74 私が燃えるのが先か、蛾に食べられるのが先か
私、植物モンスター幼女のアルラウネ。
今、私の蔓が燃えているという緊急事態でありながら、蛾のモンスターに餌として襲われているところなの。
ど、どうしましょう。
蔓が燃えていて命の危機に直面しているというのに、巨大な火蛾さんに食べられそうになるなんて、火起こしをしたときには想像もできなかったよ!
火に燃やされるのが先か、それともこの灯り大好き火蛾さんに食べられるのが先か。
この蛾型モンスターのナハトファイファルターは、羽を広げると3メートルはありそうなほど大きい。
そのサイズのせいか、ちょっと前世の怪獣映画を思い出すよ。
あの映画の中では一番、蛾の怪獣が好きだったの。
それなのに、鱗粉を飛ばしてくるとはどういうことなのかしら。
どうやら火蛾さんは私たちを餌としか見ていないようですね。
モンスターから魔女っこを守って、私が立派なお姉さんであるということを見せるんだから!
鱗粉の雨が降ってきます。
でも、私は大丈夫。
なにせ私は植物。
肺呼吸ではないから鱗粉を吸い込むことはないの。
けれども、私の後ろに肺呼吸をする人が二人も存在していました。
魔女っこと妖精さんが咳き込みだす。
もしかしたら人間に悪影響を及ぼす粉かもしれない。
早く退治しないと二人が倒れてしまうかもしれないよ。
涙目で怯える魔女っこと違い、妖精さんは火蛾さんに反撃しようとしていました。
「これでもくらいなさいー!」
妖精さんが小石のようなものを火蛾へと投げつけます。
ユーカリの苗と一緒に持ってきたものだろうね。
けれども小石程度ではナハトファイファルターは無傷。
小石は私の近くの地面へとポトリと落ちてきました。
やはり妖精さんでは戦闘面はまったく頼りにならない。
ここは私がなんとかしないとね。
そうだ!
せっかく蔓が燃えているのだから、有効活用しないと。
炎の蔓で鱗粉を燃やしていきます。
粉塵爆発も心配してしまうけど、そこまでの鱗粉は密集していなかったみたい。
鱗粉を全て燃やし落としたあとは、本丸を崩しましょう。
燃える蔓を蛾へと叩きつけます。
火蛾さんは巨体だったせいか、避けられることなく簡単に直撃しました。
蔓の炎が火蛾さんの羽に燃え移る。
羽が燃え出したことによって慌てだす火蛾さん。
気持ちはわかるよ。
なにせ私も体が燃えている真っ最中だからね。
ごきげんよう火蛾さん。
火で燃えている者同士、仲良くいたしましょう。
わたくし、炎上している火蛾さんを見たら親近感がわいてしまいましたの。
火蛾さんが大好きな炎を、もっとプレゼントいたしましょう。
仲良しの証に、火蛾さんへとダンスにお誘いいたします。
蔓で火蛾さんの体を優しくホールド。
さあ、一緒に燃えるような情熱的なダンスを踊りましょう。
炎上しているからといって、決して敦盛を踊るわけではございませんよ。
ここは本能寺ではなくて、ただの森ですからね。
燃えやすいように、蔓にユーカリの葉を生成します。
火に油が加わり、火蛾さんとわたくしのダンスは最高潮に達しました。
でも、どうやら植物である私よりも火蛾さんのほうが先に燃え尽きてしまったの。
羽を失った火蛾さんが、地面へと墜落しました。
きっと踊り疲れてしまったのね。
舞踏会の途中で地面に横になるなんて、火蛾さんったら淑女としてはしたないですわ。
まったく、しょうがないですね。
そんな火蛾さんには、燃える蔓のお布団をかけてあげます。
元々、火に釣られてここまでやって来ましたのですからね。
だから火蛾さんには温かい炎のお布団を被ってもらって、疲れを癒してもらいましょう。
火布団の温もりが気持ち良いのか、火蛾さんは動かなくなりました。
どうやらお休みされたようです。
ゆっくりとそこでお眠りくださいませ。
さてと、これで飛んで火にいる夏の虫問題は解決しました。
残るは私自身が燃えているということだね。
「すぐに川に運んであげる!」
魔女っこが私に向かって走ってきます。
今の私はバケツアルラウネ。
燃えていても、移動することができるから消火も可能だね。
とはいったものの、火蛾さんとの舞踏会を終えて、私の蔓はすさまじい炎を上げていました。
今にも、球根にまで火が届いてしまいそう。
やっぱり、火蛾さんを倒すためとはいえ、ガソリンツリーの異名を持つユーカリの葉を追加投入したのは悪かったかな。
実は私が火蛾さんを拘束した蔓は一本ではない。
幼女である私と比べて巨大な火蛾さんを包むため、十本くらいの蔓を使用したの。
そのため今や、燃え盛る蔓は一本ではなくなっている。
十本に枝別れした蔓による導火線ができあがっているの。
しかもどれもユーカリの葉の脂によって、炎の強さは絶好調。
この勢いだと、川に着く前に私が燃え尽きてしまいそう。
新芽である幼女アルラウネでは、大きかった時と違ってすぐに火だるまになってしまうの。
まさか自分で起こした火によって、燃えることになるなんて思わなかったよ。
ある意味、炎龍様に燃やされたときよりも悲しい。
せめてミノタウロス斧がこの場にあれば、今すぐにでも蔓を切り落とせるんだけどね。
斧は炎龍様に融かされてしまった。
なにか、斧の代わりになりそうなものはないかな。
周囲を見渡します。
すると、すぐそこの地面に落ちている物体に気がつきました。
これはさっき妖精さんが投げた小石だね。
小石では蔓は引き裂けない。
せめてもう少し大きい石があれば、石器として使用可能だったんだけど。
──あっ。
どうやら火蛾さんが完全に燃え尽きたみたい。
真っ黒な炭になっちゃっているよ。
私も、もうすぐああなるのかな。
「アルラウネっ!」
魔女っこが私を抱きしめてくれる。
でも、ダメだよ。
このままじゃ魔女っこまで炎に巻き込んでしまう。
たとえこのまま空を飛んでも、すぐに空中で一緒に炎に包まれてしまうことでしょう。
魔女っこに危害は加えられない。
燃えるのは私一人だけで良いからね。
私は残っている蔓で魔女っこを巻きつけます。
そうして私から引き離しました。
「アルラウネ、燃えちゃダメ!」
魔女っこの叫び声が心に染み込む。
「もう二度とあなたが燃えるところなんて見たくないの! それにアルラウネが燃えたら……やだよ、もうわたしを一人にしないでぇ……」
魔女っこが泣き崩れるのが視界の端に入りました。
大丈夫、私はここで燃えるつもりはないよ。
なにせ最後の手段がまだ残っているからね。
そう、いざというときはまた自家受粉すれば良いのだ。
バンクシアの能力を使えば、また私は種となって炎から逃げることができる。
とはいっても、前に受粉してからまだ数日しか経っていないよ。
まだ成長していない新芽のままだし。
できれば大きくなるまではこの手は使いたくなかった。
というか可能ならば、自家受粉とはいえ二度と種にはなりたくないの。
元聖女的には、受粉はやっぱりちょっとねえ。
それでも死ぬくらいなら、受粉したほうがマシ。
二度目の受粉を覚悟して、私は蔓を構えました。
その時、視界の奥に何かが入ったの。
あれはさっきの小石。
妖精さんが持っていたただの石だよね。
でも改めて見ると、石にしてはちょっと変な形な気が……。
──あ。
もしかしてこの石、私知っているかもしれない。
というかこれは石じゃないよ。
私は、石に擬態したその物体を蔓で捕まえました。
このまま炎に燃えてしまうか。
それとも二度目の受粉を行ってまた幼女からやり直すか。
それに続く、第三の選択肢を思いついたのです。
お読みいただきありがとうございます。
次回、私、脱皮しますです。







