73 求む、植物が火を起こす方法
魔女っこに温かい物を食べさせてあげるため、私は火を起こすことに決めました。
ドライアド様から貰った食料のおかげで食生活は改善されたけど、それは全て保存食。
両親を失って一人ぼっちの魔女っこに、温かい家庭の味を少しでも取り戻させてあげたい。
こんな森の奥で暮らしているから夜は寒くて身体が凍えるというのに、冷たい食べ物しか摂れないなんて可哀そうすぎるからね。
けれども、人間だった知識を使って火を起こすことはできませんでした。
公爵令嬢は火起こしなんてしたことがないの。
前世の女子高生の私も、ライターなどでしか火をつけたことがない。
でもね、人間の時の経験が使えないなら、植物として火を起こせば良いんだよ!
そう思った私は、さっそく行動することにしました。
その成果あってか、妖精キーリが森の探索から戻って来てくれたみたい。
「見つけてきたよー。脂っぽい木というと、この辺りじゃこいつが一番だね」
妖精さんが小さな木の苗を持ってきてくれました。
そう、私は妖精さんにとある植物を探すようお願いしたの。
もちろん対価は私の蜜です。
喜んで飛んで行った妖精さんは、私の望む植物を見つけてきてくれたみたい。
鉢植え生活のおかげで、私はこの森を散策することができた。
その時に思ったの。
この森は、たくさん種類の植物が群生している。
ここは森の精霊であるドライアド様が存在する、太古の昔からある深い森。
そのせいか、様々な生態の植物が大集合しているみたいなの。
普通だったらこんなところには存在していなさそうな植物も、森の精霊の加護の力なのか、なぜか生息していることがある。
妖精さんが私の前に木の苗を置きました。
「アルラウネの要望通り探してきたけど、これで合ってるー?」
「ばっちり。ありが、とう」
私専属の花の妖精となってくれたキーリに、ご褒美として蜜を与えます。
こうやって妖精さんに雑用を頼めるのは便利だなと思いながら、私は運んでもらった植物に目を向けます。
妖精さんが持ってきたのは、ユーカリの木の苗でした。
正確にいうと、女子高生時代の世界にあったユーカリの木に似た、この世界の魔木です。
このユーカリの木の葉っぱを使って、火を起こすことができるの。
私はユーカリの魔木を蔓で掴んで、下の口で捕食します。
これで私はユーカリの能力を得ることができました。
ユーカリはコアラが食べることで有名だけど、もう一つ有名な側面がある。
別名、ガソリンツリー。
ユーカリの葉は、自然発火することでも知られているの。
ユーカリの葉にはテルペンという揮発性の高い引火性の物質が含まれている。
そのため、乾燥や高温に落雷などが重なると、自然に発火してしまうことがあるの。オーストラリアは山火事が多い印象だよね。
そういえば私は先日、火事の際に種を飛ばすバンクシアの能力を私は手に入れました。
バンクシアもオーストラリア原産の植物なのだけど、そもそもバンクシアが火事に適応して進化したのは、このユーカリのせいかもしれないよね。
オーストラリアの山火事が多いのは、ユーカリの木が原因の一つだから。
幸運なことに、この辺りの地域はオーストラリアのように乾燥していないから、森が火事になることはなかった。
それにいくらガソリンツリーだなんて呼ばれていても、勝手に自然発火することはめったにないの。そこまで危険な植物ではないからね。
普通にしていたら燃えないのなら、発火しやすいように品種改良すればいいよね。
蔓の先にユーカリの葉を生成します。
その際に、水分をできる限り吸収して、乾燥した状態のユーカリの葉を生み出しました。
あとは高温状態を作れば、きっと発火する。
それにはザゼンソウの能力を使えば良いよね。
冬の大寒波の際、自家発熱によって雪を溶かすことができたザゼンソウの力を使えば、私は全身に熱を帯びさせることができる。
乾燥状態のユーカリはだいたい40度くらいになると自然発火するといわれています。
普通のザゼンソウは20度くらいまでしか発熱はできません。
けれども、前世の世界では40度まで温度をあげることができるザゼンソウの種類も存在していた。
私は植物だけどモンスター。
きっと40度くらいまでなら温度をあげられるはずだよ。
頑張って意識を高めます。
人間だったときの体温は36度くらいが普通だった。
けれども植物になると発熱の能力を使わなければ同じくらいまで温度を上げることができない。
改めて私は人間ではないのだなと再認識してしまうね。
ぐぬぅ。
もう40度くらいになっているはずなのに、なかなか葉が燃えないよ。
さすがに乾燥させて高温状態になっただけでは、自然に発火するなんてことはなかったか。
あとはこれに落雷があれば発火するのだろうけどね。
さすがに雷を起こすことはできない。なら他に方法はないかな。
魔女っこに視線を向けると、少し体が冷えるのか体を擦っていました。
──そうだ、摩擦だよ!
摩擦熱を起こせばなんとか発火してくれるかもしれない。
そういえばユーカリの木が倒木したさいの摩擦によって、自然発火したなんていう記述も見たことがあった気がする。
私は蔓を使って、ユーカリの葉っぱをこすり合わせます。
普通のユーカリだったら、この程度では発火することは難しいかもしれない。
けれどもこの世界のユーカリに似た植物で、しかも魔木のこの葉っぱは私の摩擦に応えてくれました。
ついに葉っぱが燃え出したのだ……!
苦労した成果もあって、やっと火種を生み出すことに成功しました。
私がユーカリの魔木を食べて燃えやすいよう品種改良したうえに、水分を吸収して乾燥させ、かつ摩擦熱を加えたから発火ができたのでしょうね。
本当はもっと簡単に自然発火する植物もあるにはあるのだけど、そちらは扱いが難しいんだよね。
だから見つかったのがユーカリで良かったよ。
おかげで私は、火起こしができる植物に進化できました。
ご近所の植物さん方に自慢できるくらいの偉業じゃないかしら。
でも、ちょっと待って。
ユーカリの葉が燃えたのはいいんだけど、一緒に私の蔓も燃え出している気がするのですが……?
ぎゃぁああああ!!
私、燃えているよぉおおおおおお!!
当たり前のことなのですが、ユーカリの葉とともに蔓の先端が燃え出してしまった。
火起こしに夢中で、その後どうなるかすっかり忘れていたね。
まあ今の私はバケツアルラウネだから、万が一の時は川に連れて行ってもらえば良いかななんて軽い気持ちでいたのもあります。
でもね、アクシデントはそれだけでは済まなかったの。
既に時刻は夕刻。
森は薄暗くなっていたせいか、火の灯りにつられて虫が集まってきました。
まさに飛んで火にいる夏の虫。
でも、一言に虫というには大きすぎるお客様が訪ねてきてしまわれました。
火の灯りによって、一匹の大きな蛾の魔物が飛んできたのだ。
こいつは蛾型モンスター、ナハトファイファルター。
羽を広げると3メートルくらいはあるんじゃないかな。
ちょっと蛾にしては大きすぎるよね。
そういえば、夏の夜に灯火に集まってくる虫のことを火取り虫といいます。
主に飛んでくるのは蛾が多いけど、カブトムシとか他の虫のことを含めてそういうの。
同じ意味で火蛾ともいうね。
それでこのナハトファイファルターは、まさに火蛾という名前にふさわしいモンスターなの。
火に釣られて飛んでくる蛾の魔物として、この世界では有名だったりするわけ。
夜の森でたき火をしていると、このナハトファイファルターに襲われることは少なくない。
音もなくやってくる巨大な蛾に気がつかずそのまま捕まってしまい、闇夜に攫われてしまったという被害者の話を聞いたこともあります。
私の蔓の火を凝視しながら、ナハトファイファルターが接近してきました。
どうやら既に臨戦態勢に入っているみたい。
そういえば蛾のなかには植物を食べるものもいる。
新芽の植物は柔らかくて美味しかったりするのかな……。
でも、それだけじゃない。
虫を食べる肉食の蛾もいることから考えると、魔女っこも危ないかも。
子どもくらいなら簡単に捕食してしまいそうなほど、この蛾は大きいのだから。
ということは、私と魔女っこはこの巨大な蛾のモンスターにとっては餌というわけだね。
そう思ったところで、ナハトファイファルターが耳に響くような奇声を上げてきました。
同時に羽から鱗粉を飛ばしてきます。
うん、間違いないね。
この巨大な火蛾さんは、私たちを食べるつもりでいるよ!
でもね、できればまた後にして欲しいの。
だってね、今、私は燃えている真っ最中。
忙しいから、蛾の相手をしている暇なんてないのです。
そうこうしている間に、蔓の火の勢いはさらに強くなっていました。
ちょ、ちょっとやめてぇええええ!
火で燃やされるのと、蛾に襲われるの、どっちかにして欲しいのですが!!
私の心の叫び声もむなしく、蔓の火と巨大な蛾のモンスターが同時に私へと迫ってきたのでした。
お読みいただきありがとうございます。
次回、私が燃えるのが先か、蛾に食べられるのが先かです。