71 新芽のまま受粉するのは困ります
私、植物モンスター幼女のアルラウネ。
今ね、私の口の中に妖精さんの上半身が突っ込んできているの。
蜜を欲しがる妖精さんは、あろうことか私の口の中にダイブしてきた。
おかげで私は妖精さんの上半身を咥えるはめになってしまったよ。
それだけなら大事にはならないのだけど、問題は私の口は柱頭でもあるということ。
柱頭である私の口の中に、雄しべの花粉が入ることがあれば私は受粉してしまう。
妖精さんは森を飛び回っていた。
その時に身体に雄しべの花粉を付着させてしまった可能性はゼロではない。
もし雄しべの花粉が妖精さんの体に付いてることがあれば、私は今、まさに受粉している真っ最中ということになるの。
や、やめてぇえええ!
せっかく幼女になったばかりなのに、私受粉なんてしたくないの!
しかも他の花粉によって受粉させられた場合は、この元聖女としての精神はもうアルラウネとして転生できない。
まさかこんなことになるなんて……。
敵でもないのに、近くにとんでもない伏兵がいたよ!
私のアルラウネとしての人生、いや花生は今日終わりを迎えるのだ。
このままお腹が大きくなる姿を想像します。
私と妖精さんが連れてきたどこかの雄花との子どもが、お腹の胚珠に誕生するのだ。
元聖女としてのアルラウネは、おそらく自家受粉でしか引き継げない。
だから私の転生人生はここで終了となってしまうかもしれないの。
この世の終わりを覚悟した私は、静かに目から蜜を流します。
うぅ。
受粉したくないよぉ……。
受粉…………って、あれ?
こないだ受粉したときのような感覚がいつになっても来ないね。
ということはだよ。
もしかして、私、受粉してないんじゃ……?
や、やったぁああああああ!!
妖精さんには花粉がついていなかったのだ。
よ、良かったよー!
本当に安心した。
花粉をつけている可能性がある妖精さんが私の口の中に入った時点で、私は受粉するかもというリスクを背負ってしまったのだ。
だからこうやって時間を置いて実際に受粉したかを確認しないと、本当に受粉してしまったかがわからない。
つまり、私の幼女アルラウネとしての純潔は守られたのだ。
花粉がついていないと思えば、口内にいる妖精さんはただの蜜狂いの妖精にしかすぎない。
早く外に出してしまいましょう。
おそるおそる妖精さんを口から引き抜いてみます。
すると、そこには蜜まみれでベトベトになった妖精さんの姿がありました。
妖精さんの髪に羽根、そして服にべっとりとした黄色い蜜がまとわりついている。
頭の上から大量のハチミツを垂らしてトロトロにさせてしまった感じになっているよ。
「あぁ、蜜があたしに入ってくるー! 蜜、しゅごいよ、美味しくて大好きだよー!!」
どうしましょう。
想定以上に、妖精さんが変な感じになっているよ。
心なしか、妖精さんの目の色がハートマークになっているように見える。
「蜜もっと欲しい! アルラウネちょうだい!」
「……うん、でも条件が、ある。これから、私の命令を、聞いてくれるなら、あげても、いい」
「命令でもなんでもききます! なんあらあたし、アルラウネのものになっちゃうー!」
「えぇ……」
そこまで言うの?
だって妖精さん、あなたはドライアド様専属の妖精なんじゃないの?
「ドライアド様は、別にあたしがいなくても平気なの。だからあたしはアルラウネの妖精になってあげる!」
すりすりと私のほほに身体をすりつけてくる妖精。
私の顔にも蜜がべっとりとついてしまって、あまりよろしくないね。
「森の妖精、ではないの?」
「それは昨日までのあたし。今日からは花の妖精になっちゃうよー!」
私の花冠の上にベトリと落下する妖精さん。
まさか主人を鞍替えしてしまうほど蜜のことが気に入るとは思わなかったよ。
でもね、あんまり嬉しい気持ち以上に面倒くさいことになりそうな気がするのはなぜでしょう。
この妖精、さっきからミツミツミツとうるさいの。
すでに蜜狂いの兆候が出ているし、これは優秀なペロリストになりそうな気配がするよ。
なんだったらいつでもドライアド様にお返ししても良いですね。
「今日からあたしは花の妖精キーリ。よろしくね!」
まあ、思っていた筋書きとは違うけど、まあ良しとしましょう。
今まで以上に妖精キーリは私と仲良くしてくれることでしょう。
ちょっと扱うの大変そうだけど……それくらいは私と魔女っこの生活のためだと思って我慢だよね。
蜜が欲しいと暴れる妖精さんは、私の花冠から地面へと落下していきました。
べちゃりという音がして、地面に蜜とともに張り付く妖精さん。
そのまま全身に付着している蜜に悶えながら、なにやら一人楽しそうに声を上げています。
こんな状態じゃ、情報を聞き出すことは難しそうだね。
妖精さんが正気に戻ったら、勇者の墓のことを含めて色々と尋ねてみることにしましょう。
私が妖精さんを無言で見降ろしていると、横になっていたはずの魔女っこから声がかかりました。
「ねえ、アルラウネ」
どうやらいつの間にか起きていたみたいだね。
私はおはようと魔女っこに挨拶します。
「実はドライアド様とアルラウネが話しているところ、聞いちゃったんだ」
「あの時、起きて、たんだ」
どうやら帰り際の会話を聞かれていたらしい。
ドライアド様との話というと、魔女っこは街で暮らしたほうが幸せだという内容でしょう。
「あたしは街では絶対に暮らさないよ」
魔女っこが私をバケツごと抱きかかえてきます。
「だってあたしとアルラウネはずっと一緒なんだから」
私のほっぺたに、魔女っこの頬が擦りつけられる。
蜜まみれの妖精キーリのべとべとした感触と違って、魔女っこの柔らかくて心地良い頬を感じる。どういうわけか、魔女っこと触れていると嬉しくなってしまうの。
あぁ、魔女っことこうやって一緒になっていると落ち着くね。
この時間が永遠に続けば良い。
けれども至福の時間というのはなかなか続かないもの。
なぜなら、いきなり背後から叫び声が聞こえてきたからです。
「ギャーーー!!」
この声は妖精さんだね。
いきなり大声を出してどうしたのかしら。
私と魔女っこの二人の時間を邪魔しないで欲しいのですけど。
やれやれと思いながら、魔女っこと同時に後ろに振り向きます。
すると、そこには緑色のオオトカゲに咥えられている妖精さんの姿がありました。
なにこの状況。
妖精さん、食べられそうになっているよ!
こいつはトカゲ型のモンスター、クスアイデクセ。
でも、私が知っているクスアイデクセとは少し違っている。
人間の大人くらいの大きさがあるオオトカゲということは同じ。
けれども全身が緑色でブツブツした肌をしている。
私はこのクスアイデクセに似たトカゲを、前世で見たことがありました。
女子高生時代に読んだ動物図鑑に載っていたそいつの名前は、オオヒルヤモリ。
主にマダガスカル島に生息しているトカゲさんです。
オオヒルヤモリは雑食で昆虫などを食べるけど、他にも果実や花の蜜を食べる習性があるの。
花に舌を伸ばしてペロペロと蜜を舐めるトカゲさんということだね。
オオヒルヤモリが花の蜜を吸うときに、花粉が体についてしまうことがある。
その花粉をつけたまま他の花に移動すると、前の花の花粉が別の花に付着してしまう。
そうして花を受粉させる、送粉者としての特徴も持っているトカゲさんなのです。
花を受粉させるために花粉を運ぶもののことをポリネーターともいいます。
私の女騎士であったハチさんも、そしてこの緑色のトカゲさんも、そのポリネーターなわけだね。
つまり、このトカゲさんにペロペロされると、私は受粉させられてしまうわけなの。
「や、やめてー!」
私の心の声を代弁するように、妖精さんが悲鳴を上げました。
妖精さんは緑色のトカゲさんに食べられないよう、必死に抵抗しているみたい。
きっとトカゲさんは蜜を狙っているのでしょうね。
でも雑食でもあるから、妖精も一緒に食べようとしているのでしょうけど。
「トカゲがいっぱい……」
魔女っこが引きつったような声をしながら呟きました。
気がつくと、蜜の匂いに惹かれてきたのか、いつの間にかこの場はトカゲだらけになっていたようです。
緑色のオオトカゲはざっと十匹くらいもいるね。
妖精さんが食べられそうなのも心配だけど、同時に私も貞操の危機を迎えてしまいそうです。
なにせ、こいつらの一匹にでも私は舐められることがあれば、私はまた受粉してしまう可能性があるの。
自家受粉は経験済みですけど、相手がいる他家受粉はいやなのです。
せっかく妖精さんに受粉未遂をさせられた直後だったのに、どうしてこう立て続けに私を受粉させようとする輩が現れるの?
妖精さんに受粉させられるのも勘弁だけど、トカゲが相手なんてもっと論外だよ!
細長い舌をペロリと出しながら、団体客のトカゲさんたちが徐々にこちらへと近づいてきます。
どのトカゲも、蜜を求めるペロリストの目をしていました。
今の私は幼女。
大きかった頃と比べると戦闘力は少し低下していると思う。前みたいに簡単にモンスターをあしらうことはできないかもしれません。
もしもトカゲに受粉されるようなことがあれば、元聖女として精神が耐えられそうにないよ。
うぅ、なんでなの。
聖女として国のみんなのために頑張って働いてきたはずなのに、どうして私ばかりこんな目にあっているの。
ごく普通の聖女だったはずなのに、なぜ森の中でトカゲと貞操をかけたサバイバルをしなければならないのか理解できません。
これも全ては私の婚約者である勇者様を寝取ったうえに私を裏切って亡き者にしようとした聖女見習いのクソ後輩のせい。
できることならば、後輩をこのトカゲの群れに放り投げたいね。きっと楽しいダンスが拝めることでしょう。
感情が高ぶったせいか、目元から蜜が零れ落ちます。
頬を流れる蜜に反応したのか、トカゲたちが一斉に私目掛けて走り始めました。
一心不乱になりながら踊る様に私の元へと駆けてくるトカゲさんたち。
猛り狂うトカゲさんたちに一口舐められるだけで受粉してしまうという、狂気の舞踏会が開催されたのです。
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次回、花の蜜大好き、グルメなトカゲさん軍団です。







