70 妖精蜜漬け大作戦
翌日になりました。
目を覚ました私は、蕾の中で考えます。
昨夜、私は森の精霊ドライアド様の聖域で勇者の墓を発見してしまいました。
あの墓が何なのか気になるところではあるけど、ドライアド様はそれ以上の質問を受け入れてくれなかった。
何を訊いても受け流されてしまったの。
仕方ないから勇者の墓については一時保留です。
機会を見て、また様子をうかがうことにしましょう。
さて、起床のお時間です。
蕾を開いてみると、なぜか私の前に大量の食料が並んでいました。
干し肉、魚の燻製、野菜にパンまである。
まるで人が住む街の店で買って来たばかりというような物だらけだよ。
「これは、どう、やって?」
「妖精たちが調達してくれました。彼女らは隠密行動が得意なのですよ」
ドライアド様は宙を舞っている妖精へと、感謝の言葉を述べ始めます。
けれどね、私、ちょっと思うの。
これ絶対に夜のうちに街に行って、勝手に取って来た食料だよね?
だって妖精が人の住む街で物を購入しているなんて話は聞いたことがないのです。
パンもあきらかに人の手で加工されている物だしね。
でも、待つのです私。
こうやって決めつけて疑うのはよくないですよね。
そうです。
これはきっと、妖精さんが正規のルートで手に入れられた食料なのでしょう。
だからやましい気持ちを持って食べてはいけません。
魔女っこの健康がかかっているんですもの。
些細なことを気にしていたら、一緒に過ごすことなんてできないよね。
私は妖精さんたちがどこから食料を手に入れたのか、なにも気がつかなかったことにしました。
「これらの食料を全て貴女にあげましょう。これでその魔女は森で生活することができるでしょう」
「ありが、とう、ございます」
これだけの量があれば、当分は食べることに苦労しないで済みそうだよ。
魔女っこの食料問題はとりあえず解決だね!
まさかドライアド様に会っただけで、こんなに上手く行くとは。
もう感謝の言葉しかありません。
けれども、そんなドライアド様は私に厳しいお言葉を述べられます。
「病を治して食料を与えました。けれども、貴女がその娘とこの森で暮らすことはオススメはいたしません。人の子は街で生活するのが一番です」
「でも、この子は、魔女で」
「人に紛れて生きる魔女は大勢いますし、それが嫌なら魔女の里に送るという手もあります。少なくとも、森は人が住む場所ではありません。街で生きることがこの娘にとって幸せになることでしょう」
──魔女っこは街で暮らしたほうが幸せになれる。
その言葉は、私の胸の奥底へとグサリと刺さりました。
「それと、今回のことは貴女に一つ貸しです。ですので、わたくしが求めるときに、きちんと働いてもらいます」
「なにを、すれば、良いの、ですか?」
「簡単なことです。貴女の強さを見込んで、用心棒をして欲しいのです。この東の森に外敵が迫った時は、わたくしの代わりに戦ってもらいます」
森の用心棒か。
私と魔女っこが住む森を襲うようなやつが現れれば、そいつは私たちの敵でもある。
ドライアド様については少し気になることはあるよ。
昨晩から口を閉ざしている勇者の墓とかね。
でもきっとドライアド様のお願いがなくても、外敵が森に迫ったら結局は戦うことになる気がするの。
どの道、結果は同じだと思えば、森の用心棒の件は受けても問題ないかな。
前の森でも、森の主として似たようなことをしていたから大丈夫だろうしね。
「承知、いたし、ました」
「お願いしましたよ、アルラウネ」
魔女っこを助けてもらったお礼だからね。
私、森の用心棒のお仕事頑張るよ!
色々と思うことはあるけど、魔女っこの健康のためなら安いものだよね。
熱が下がって静かに寝息をたてる魔女っこの頭を、蔓で優しく撫でます。
私は魔女っこのお姉さんだもん。
魔女っこの生活の安寧のためなら、何が相手でも戦うよ!
こうして森の用心棒となった私とその一行は、ドライアド様の聖域を後にすることになりました。
トレントに運んでもらいながら、私と魔女っこ、そして妖精さんは元いた場所へと戻ります。
聖域を後にしたせいか、あの勇者の墓のことが頭から離れなくなってしまいました。
私は許嫁であった幼馴染の勇者様の顔を思い出します。
いや、きっと違うよ。
私の勇者様が死んでいるはずはないよ。
勇者様はきっと生きている。
忌々しい聖女見習いのクソ後輩と結婚して、今も王都で暮らしているはずだよ。
蜜狂いの少年がそう教えてくれたからね。
ならあの勇者は、おそらく先代の勇者の墓ということだ。
私は祖父から聞いた一人の勇者の話を思い出します。
私が生まれるよりもずっと前。
50年程前に魔王軍と戦って亡くなったとされる勇者がいたと、おじい様は語ってくれました。
ならきっとあれは、その勇者の墓なのだ。
ということは先代の勇者は、この森で命を落としたということなのかもしれない。
でも、森の精霊の住処でなぜ勇者が亡くなったのかはさっぱりわからないよ。
まさかドライアド様と先代の勇者が戦ったなんてことはないとは思うのだけど。
それでもドライアド様は森の精霊とはいえ、人間ではありません。
なら、魔物と同じだという理屈で先代の勇者と戦闘になった可能性もある。
それだと勇者を倒したのはドライアド様になるのだけど、はたして勇者を亡き者にできるほど森の精霊様は強いのかな。
うーん、わからないよ。
魔女っこは妖精キーリのことを信用するなと私に忠告した。
同時に、それはあの森の精霊であるドライアド様にも言えること。
お互い、まだ初対面のようなものだからね。
相手を信用するためには、情報が足りないよ。
私と魔女っこの平穏な生活のためには、もっとこの森の住人のことを知らなければならない。
その情報はどこから仕入れるか。
妖精さんしかいないよね!
とはいえ、正直に妖精さんが話してくれるとも思えない。
なら、真実しか言えないように交渉すれば良いんだよ!
妖精さんは蜜を欲しがっていたし、蜜と情報の交換という形なら全てを話してくれるかもしれないね。
名案が浮かんだところで、私たちは元のいた大きな岩がある場所へと戻りました。
まだ家はないけど、ここが私と魔女っこの自宅になるのだ。
今のところただのキャンプ地だけどね。
トレントに地面に下ろしてもらいます。
そうしてトレントは、森の奥へとゆっくりと歩いていきました。
このトレントは私の妹分。
きっと私が命じた、魔女っ子の食料と私用の珍しい植物を探しに行ったんだね。
枯れ木の妹さん。
あなたの姉として、食料集めの成果を期待しておりますわよ。
妹分を見送ったところで、妖精さんへと視線を向けます。
今回は妖精さんにはお世話になりました。
ここは以前の約束通り、蜜をあげましょう。
東の森に連れてきてもらったら蜜をあげると約束をしていたのだけど、まだ渡していなかったからね。
妖精さんが蜜を舐めてその甘い味にたっぷりと漬かったところで、蜜と情報の交換を提案する。
完璧な計画だね!
そうと決まれば作戦開始です。
「妖精さん、私の、蜜、あげる、約束、だったね」
「そうだよ、すっかり貰いそびれていたよ!」
妖精さんは私の顔の前まで飛んできます。
私の目を見つめながら、よだれを垂らし始めた。
「アルラウネ! 約束の蜜を早く!」
「あせら、ないで」
私は蔓にかぶりついて、蜜を付着させました。
そうして、どうぞと言いながら妖精さんに蜜つきの蔓を差し出します。
妖精さんはペロリと蜜を舐め取り始めました。
「濃厚で脳が蕩けてしまいそうなこの甘さ……アルラウネの蜜、最っ高ね!」
蔓の蜜を入念に堪能した妖精さんは、再び私の顔を凝視します。
「まだ足りないわ。もっとおかわりが欲しい!」
「これ、以上は、また、明日」
「明日までなんて待てるわけないじゃん! こうなったら……!」
妖精さんがなにかを決意したよう表情になりました。
そんな顔をされても、今日はもうあげるつもりはないのです。
蜜のあげすぎは危険。
それに私も水分があまり残っていないから、蜜をたくさんあげる余裕はないの。
私が「ダメ」と口を開けた瞬間です。
驚愕の事態が発生してしまいました。
妖精さんが跳ねるように動き出す。
信じられないことに、妖精さんは声を発している私の口の中に体ごと飛びこんできたのだ!
まさかの出来事に反応できなかった私は、妖精さんを口で咥えてしまいます。
「やったー! ここなら蜜が食べ放題じゃん!」
私の口の中から妖精さんの声が聞こえてきました。
えぇええええええ!?
私、妖精さん咥えちゃったよー!
妖精さんの頭から腰のあたりまでが、私の口の中にすっぽりと入っている状態だよ。
外から見ると、私の口から妖精さんの下半身が突き出るような感じになっちゃっているね。
どれだけ私の蜜に飢えていたのさ、この妖精さんは!
なんだろう。妖精さんは体の体積が小さいせいか、他の蜜好きの人よりも蜜狂いになるのが早いよ。
よもや妖精さんが蜜が詰まった私の口の中に突っ込んでくるほどのペロリストに成長していたとは、想像もできなかった。
でも私は、口の中に妖精さんが入ってしまっているという衝撃以上の不安にかられることになるの。
それは私の口が、花として柱頭の役割を持っているから。
柱頭は雌しべが受粉するための場所のことなの。
つまり、柱頭である私の口の中に雄しべの花粉が入れば、私は先日のように受粉してしまうわけ。
ということはだよ。
万が一、妖精さんの体に雄しべの花粉がついたりでもしたら、私は強制的に受粉させられる運命になるというわけだね。
私の口の中でもぞもぞと動いているのは、森の妖精さんです。
森を飛びまわっている間に、花に触れて花粉が体に付いてしまっていた可能性は捨てきれません。
もし雄しべの花粉がついていたら、私は妖精さんに受粉させられてしまうの。
そ、そんなぁああああああ!!
時すでに遅し。
せっかく生まれ変わって幼女なったのに、私はまた清い体を失ってしまうことになるかもしれないなんて……。
私は白目になりながら、妖精さんの体を口で受け入れ続けます。
誰かウソだと言って。
もしかしたら私、妖精さんに穢されてしまったかもしれません。
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次回、新芽のまま受粉するのは困りますです。







