69 森の精霊ドライアド
空腹と熱によって倒れた魔女っこを救うため、私たちは森の聖域へと向かうことになりました。
私と魔女っこ、そして妖精さんを乗せたトレントが木々をかき分けながら進んでいきます。
森の精霊ドライアド。
この森が生まれたときから存在する、森の主だと妖精さんは語りました。
私は王都の書物で読んだドライアドについての記述を思い出します。
森の精霊は人の前には滅多に出てこないことで有名です。
姿は人と同じような姿だけど、その正体は古木だと云われています。
人の姿を持ちながら植物でもある。
少し私と似ている境遇かも。
それでいて魔物である私よりも上位の存在と考えると、先輩として尊敬しなければならなそうだね。
そんなことを考えていると、いつの間にか私たちは霧の中にいました。
そして突如、目の前に黒くて大きな岩のようなものが現れたのです。
いや、岩ではないね。
これは巨大なクマだよ!
霧から出現したのはクマ型モンスターのラオブベーア。
しかも10メートル以上ある気がするね。クマパパと同じくらいのサイズだよ!
はじめまして。
もしかしてクマパパのご親戚のお方ですか?
わたくし、クマパパとはとても仲良くさせていただいておりましたの。ですから、わたくしたちも同じように良い関係が築けると思うのです。
私がクマを見ながらわなわなと震えていると、妖精さんが「警備お疲れさんー」クマに声をかける。
え、知り合いのクマなの……?
「このクマはドライアド様の聖域の番人みたいな存在なの。だから安心して」
妖精さんの言う通り、クマパパのご親戚は私たちを襲ってくることはありませんでした。
こんなにも強いモンスターを従えているなんて、森の精霊様は只者ではないみたいね。
クマパパの親戚を背にしながら霧を進んでいきます。
「お待ちしておりました」
どこからか女性の声がします。
声に連動するように、突然霧が晴れる。
気がつくと、私たちはどこかの森の奥へと場所が移動していました。
正面には森を突き破るような巨大な大木が待ち構えている。
白い鳥さんに乗って森の上を飛んでいたときは、こんなにも大きな木は見えなかったよね。
もしかして聖域の結界のようなものによって、外からは見えないよう隠れているのかも。
そんな大木の下には、一人の女性が木を背にするように立っていました。
彼女こそ、きっと森の精霊なのでしょう。
ごきげんよう、ドライアド様。
森の女王様であらせられます精霊様に拝謁できて、大変嬉しく存じます。
なにぶん急な訪問でしたもので、バケツに入ったままというわたくしの非礼をどうかお許しくださいませ。
そんなわたくしと違い、ドライアド様はとてもお美しくてわたくし見惚れてしまいそうですの。
まるで聖典に出てくる女神さまのようですね。
見た目は人間の女性とほぼ同じですが、髪がとても個性的でつい目が行ってしまいますわ。
精霊様の髪は、蔦のような葉っぱが連なってできてる、とても植物らしい髪の毛だったのです。人間ではあり得ない姿が少し神々しく思えます。
緑色の蔦と大量の葉による髪が扇状に広がっていて艶やかですね。
髪飾りのような枝が頭から生えているのも、とても森の精霊らしいです。
そして驚いたことに、服装は人間の女性のものなのです。
蔦でアレンジされている白いドレスをお召しになっているの。とても綺麗。
蔓を巻いて胸を隠しているだけのわたくしとは大違いです。
やはり森の精霊様とお会いするのにきちんとした身なりをしないと、場違いすぎて恥ずかしくなってしまいますね。
でも、わたくしの今の姿は幼女。
幼女ならどんな格好でも許される気がするのです。幼女で良かった……!
「貴女が例のアルラウネですね」
ドライアド様の優しそうな声が、耳に入りました。
「とても変わったアルラウネと魔女の二人組を見つけたとキーリから話は聞いています」
キーリというのは妖精さんのことだね。
昨日出会ったばかりの妖精さんから話が通っているということは、野暮用あると言っていたのはこのドライアド様のところに報告しに行く用事だったということだね。
そういえば王都の図書館での書物にも、森の妖精は主であるドライアドに仕えていることがあると記述されていた。
どうやら妖精は森の精霊への連絡係みたいなことをしているみたい。
「貴女はただのアルラウネには思えません。体にとても力強い光のようなものが見えます」
光ってなんのことかな。
もしかして元聖女としての光のパワーみたいなのが見えちゃっているってこと?
そんなことまでわかるなんて、森の精霊様は他の人とは一味違うね。
「アルラウネなのに喋れること、どう見ても人間にしか思えない外見、そして小さな植物の魔物からは考えられないような強い力。どうやら規格外の特別なアルラウネのようですね」
まあ、前世が聖女のアルラウネはそうはいないよね。
他のアルラウネと会ったことがないから、実際のところはわからないけど。
「貴女の種族は魔物ですが、内面的な力は精霊に近いかもしれません」
あれ。なんか私、すごく褒められていない?
ちょっと嬉しいかも。
そんな精霊様の評価に対して、妖精さんが驚くように呟きます。
「ドライアド様がこのアルラウネをそんなにお褒めになるなんて……」
「このアルラウネは外で聖域を守護しているラオブベーアと同じか、それ以上の強さを身に秘めさせています」
幼女になる前だったけど、既にラオブベーアは二匹ほど食べたことあるからね。
再戦しても、同じ手を使えば勝てる自信があるの。
「そんな特別なアルラウネが、森の精霊であるわたくしにいったい何用なのですか?」
「お願い、です。この子を、助けて、ください」
私は魔女っこを蔓で持ち上げて、ドライアド様の前へと掲げます。
「ふむ、どうやらこの娘は病気のようですね。それと栄養不足というところでしょうか。これなら癒すことができそうです」
「本当、ですか!?」
魔女っこが助かる。
そう聞いただけで、私は目の前に道が切り開かれたように感じてしまう。
ドライアド様の足元から一本の蔓が伸びて来ました。
魔女っこの顔の上まで伸びたその蔓に、一輪の花が咲きます。
その花の中心から、一滴の雫が落ちる。
小さなその雫は、魔女っこの口の中に吸い込まれるように入っていきました。
「わたくしの生命の力を与えました。これで病は治るはずです」
魔女っこの額に蔓を当ててみます。
本当だ、もう熱が引いているよ!
こんなにも即効性があるなんて、これが精霊の雫の力なのかな。
精霊の力を目の当たりにしたことに驚きながらドライアド様を見ると、少し疲れている様子なのに気がつきます。
よく見てみると、ドライアド様の髪の葉は基本的に緑色だけど、ところどころ茶色になって枯れている葉が何枚かあったの。
もしかしたら森の精霊様も、なにかお疲れなのかもしれないね。
「あとは人間の食事ですね。そちらは皆さんにお願いします」
ドライアド様が言葉を発すると、周囲の木々から数十個の光の玉がたくさん飛び出してきました。
この光は妖精だね。
まさかこんなにたくさんの妖精を一度に目にすることになるとは思わなかったよ。
妖精たちは聖域の外へと消えて行きました。
いったいどこへ向かっていったのかな。
ドライアド様は私を見下ろしながら、静かにここで一晩過ごすようにすすめてきます。
「明日にはその娘の食料問題は解決します。今夜はここでおやすみなさい」
「で、でも」
「ここで貴女たちを襲うような不埒な者はおりません。この場は女の園ですし、安心してお眠りなさい」
──ん、女の園?
ということは、この場には男はいないということだよね。
私はドライアド様、妖精キーリ、魔女っこ、そしてトレントへと順番に視線を移します。
え、このトレント、女の子なの?
ということはメスのトレントってこと??
ドライアド様の言葉はトレントには通じているらしくて、なんだか恥ずかしそうにもじもじとし始める。
そのしぐさは、ちょっと女の子らしい。
えぇええええ!!
「あ~あ、バレちゃったか~」
妖精さんが種明かしをするように話しかけてきます。
「このトレントはメスなんだよ。どうやら綺麗なものに目がないらしくて、美しく咲いている花のアルラウネに憧れているみたいなんだよね~」
綺麗なもの好きのトレント?
オスだから私をストーキングしていたわけでなく、同性のファンだったってこと?
「トレントからは自分がメスだとは言わないで欲しいって頼まれていたんだけど、こうなったら仕方ないよね。自分の見た目と趣味がかけ離れていたから、恥ずかしかったんじゃないかなー」
なるほど、妖精さんとトレントが内緒話をしていたのはこのことか!
あの時妖精さんが、「トレントはメ……」と言っていたのは、「目」のことではなく、「メス」という意味だったわけね。合点がいったよ。
ならこのトレントは子分ではなくて妹分だったというわけだ。
どうしましょう、わたくしいつの間にかお姉さまになっておりましてよ!
トレントがメスだったということに混乱しつつも、私は夜のため寝床を確保しようと移動することにしました。
トレントに持ちあげてもらい、聖域の端のほうに視線を向けるとある物を発見してしまいます。
近くの木の陰に、兜と板状の石が落ちているのを見つけてしまったの。
トレントにお願いして、兜の前まで運んでもらいます。
見たところ、かなり古い兜みたい。
大きさと形からするに、人間用の兜だね。
もう何十年も経っているように見える。
そこで私は気がついてしまいました。
この兜は、墓石の前に置かれていることを。
地面に落ちている板状の石は、墓石だったのです。
苔まみれになって風化し始めているこの墓石は、ここに置かれてからすでに数十年が経過していることが窺えます。
「ドライアド様、この墓石は、誰のもの、なのですか?」
「森で命を落とした、ただの人間の墓です」
人間の墓というのは間違いないだろうね。
でも、ドライアド様は全てを言ったわけではない。
なにしろこの墓石には、ここで眠っている者の素性がかかれているのだから。
墓石にはきちんと文字が刻まれている。
けれども、私がただのモンスターで人の文字が読めないと思っていたのでしょう。
だから全てを語らなかった。
でもあいにく、私は元聖女なの。
人間として生きたことがある私にかかれば、刻まれた人の言葉を読み解くことなんて造作もない。
墓石には一文だけ書かれていた。
『勇者、ここに眠る』
私は悟ってしまいました。
きっとこの兜は勇者の物なのでしょう。
そしてこれは、勇者の墓なのだ。
お読みいただきありがとうございます。
次回、妖精蜜漬け大作戦です。







