67 魔女っこ、空腹で倒れる
私、植物モンスター幼女のアルラウネ。
東の森での魔女っことの新生活が始まったの。
朝になりました。
蕾を開くと、魔女っこの顔が視界いっぱいに入ります。
「おはようアルラウネ」
そう挨拶してくる魔女っこは、今日も自分の指をしゃぶっていました。
こういう子どもっぽい行動はあまり癖になるとよくないよね。
魔女っこのお姉さんとして、今度注意しなければ。
「口に指を、咥えるの、子どもっぽい、から、よくない」
私の言葉に反応した魔女っこは、不思議そうな表情をしながら私を見つめ返してくる。
「わたしね、いま10才なの」
魔女っこさんよ。
そんな威張る様に言われても、困ります。
10才というと、まだお子様だよ。
そんな自慢するようなことじゃないでしょう。
「まだわからないのね。アルラウネはいま何才だかわかる?」
──え、私の年齢?
そういえば何才なのでしょう。
前世を含めるとかなりあるよね。
聖女として17才、日本の女子高生時代も同じくらい。
とはいえ、それは精神年齢の話。
ここで前世の年齢を答えるのは違うよね。
女性に年齢を尋ねるのは失礼ですよとも言いたいけど、私はそういう年でもない気がする。
だって私、アルラウネとしては多分1才くらいなんじゃないかな。
幼女の体に生まれ変わってからは数日だけど、そっちの意味で聞いてはいないよね。
「1才、くらい」
「アルラウネは1才。でもわたしはいま10才なの。その意味がわかる?」
うーん、どちらも子どもということかな。
「わたしはアルラウネの10倍も生きている人生の大先輩なの。年長者であるお姉さんには敬意を払ってよね」
そう言いながら、魔女っこは私の口元についていた蜜を指ですくい取ります。
そのままパクリと蜜を口へと運ぶ。
どうやら私は今朝も口からよだれを垂らしたみたい。
魔女っこと一緒に寝ているせいで、気が緩んでしまっているせいだね。
子どもっぽいと魔女っこを注意していたはずなのに、私のほうも子どもっぽい行動をしていた。これじゃお姉さんとして恥ずかしいよ。
「1才なんて人間だったら赤ちゃんみたいなものだよ。だからこれからゆっくり大人になっていけば良いの。お姉さんとしてわたしがアルラウネのことを育ててあげるから、安心してね」
魔女っこに頭をなでなでされてしまう。
ちょっと嬉しい…………。
って、喜んでいる場合じゃないよ!
ぐぬぬ。
アルラウネとしての実年齢が1才なうえ、いまの姿は幼女。
そのせいで完璧に妹ムーブをさせられているよ。
本当は私のほうがお姉さんなのに!
でも、アルラウネとして生きてきた年月では、どうやっても魔女っこの10才には敵わない。
く、くやしい!
どうにかして私がお姉さんであることを魔女っこに認めさせなければ。
そうだ、私が出来るアルラウネというところを見せつければ、納得してくれるかもしれないよ。
魔女っこのために衣、食、住を確保すれば、きっと尊敬してくれるはず!
まずは直近の問題であった食生活の改善だね。
大量の食料を手に入れる私の姿を見れば、きっと魔女っこは喜んでくれるよ!
「川に、行って、魚を、獲ろう」
「たまには魚も食べるのも良いよね。わかった」
白い鳥さんに変身した魔女っこと一緒に、川へと移動します。
自然味溢れる綺麗な川へと到着です。
うん、ここならたくさん魚が泳いでいそうだよ。
私の腕のみせどころだね。
本当のお姉さんは私だということを魔女っこに見せつけてやらなければ!
人型に戻った魔女っこに蔓を持ってもらいます。
そうして私を川の中へと放り投げてもらう!
川に潜った私は、毒花粉を水中に散布します。
すると、毒花粉を吸いこんだ川魚たちが、プカプカと水面に浮いてきます。
そこをすかさず蔓で捕獲!
やったよ、大漁だよ!
10匹以上も捕まえちゃった。
「はい、お魚、あげる」
愉快な気分で魔女っこにお魚を渡してあげる。
すると、なんだか嫌そうな顔をされてしまいました。
「この魚、毒入りなんじゃ…………?」
────あ。
たしかにそうかも!
この魚は全て毒を飲ませて捕まえたからね。
獲物が毒に汚染されていても自分のだから効かないから、すっかり忘れていたね。
毒花粉で倒すと、毒まみれになっちゃうから普通の人は食べられないんだった。
仕方ない。
もったいないからこの毒入りの魚は私がいただくことにしましょう。
その後、蔓で普通に魚釣りをしてみたけど、結果はダメでした。
そう簡単には魚は釣れないみたい。
川がダメなら、地上の動物を狙いましょう。
今度は毒を使わないで捕獲するぞー!
私の蜜の匂いに釣られてきたのか、たくさんの小動物たちが集まってきました。
ネズミにリス、シカにクマさん。
それらの動物たちを蔓で捕獲していきます。
暴れる動物たちの首の骨を、次々と蔓で折っていく。
これでみんな大人しくしてくれるね。
「肉、食べ放題。これ全部、あげる!」
ニコニコしながら、魔女っこに動物たちをプレゼント。
さっき私はお魚を食べたから、この獲物は好きなだけ魔女っこが食べて良いよ!
私が愉快な気分で動物を献上していると、魔女っこは申し訳なさそうに横を向きました。
「動物の生肉はちょっと……」
────生肉。
人間を辞めてけっこう長くなっていたからすっかり忘れていました。
普通の人は、生肉を食べられないんだった。
そういえばネズミを丸齧りしている人間なんて見たことがなかったね。
私も聖女時代はそこまで野生になったことはないから、食えと言われても無理だよ。
せめて火があれば焼き肉ができるのだけど、あいにく火種はないの。
魔女っこは村から逃亡してきたから荷物が皆無だからね。
もちろん私の所有物もバケツしかありません。
試しに近くの木を使って火起こしを試みたけど、そう上手く火はつきませんでした。
だって火起こしなんて、一度もやったことないから無理だよ。
公爵令嬢は自分で火をつけたりしたことがないの。
もちろん女子高生時代だって、ライターとかマッチとかでしか火を付けたことがない。
「動物はアルラウネにあげる」
「あり、がとう……」
パクリ。
動物さんたちを私の下の口へとご招待していきます。
魔女っこは、私が生肉たちを栄養にしていく様子を静かに見つめていました。
どうしましょう。
私と魔女っこ、食べるものが全く違う!
植物モンスターと人間の違いを痛感させられてしまったよ。
同じものが食べられないなんて、いったいどうすればいいの!
動物の代わりに、私はいつものリンゴと蜜を魔女っこに与えることにする。
現状では、魔女っこは私の蜜と私のリンゴしか食べることができない。
その二つだけを食べて、成長期である魔女っこがきちんと生きてけるだろうか。
もしかして、植物モンスターとなってしまった私が人間と一緒に暮らすなんて無理な話だったのかな。
普通、植物は森で、人は町で暮らすもの。
両者が交わることなんて、できなかったのかも。
このままだと、魔女っこが倒れてしまうかもしれない。
魔女っこが食べられる新しい食料を森で見つけないといけないよね。
それとも、魔女っこに合わせて人里に移動したほうが良いのかな。
とにかく、今のままでは普通に生活することは困難だと悟りました。
一緒に過ごすためにも、なんとか私が頑張らないと!
そして翌日。
ついに危惧していたことが起きてしまったの。
魔女っこが突然、倒れてしまったのだ。
「アルラウネ、お腹、空いた……」
「蜜、あげるから、元気、出して?」
有無を言わさず、魔女っこは私の口のなかに指を突っ込んでくる。
そのまま口内をかき回して蜜を採取して、自分の口へと持っていった。
なんだろう、口の中に指を突っ込まれるのは嫌なはずだったのに、今はそれほど変に思わない。
むしろ、ちょっと安心してしまう。
なぜだか魔女っこの指は私の口の中にあることが当たり前のように感じるの。
口内の蜜を指で採られるのはこれでまだ二回目なのに、おかしいね。
私の蜜を舐め続ける魔女っこ。
それでも、蜜だけでは体に力が入らないみたいで、地面に寝転がったまま。
「ダメ。蜜を舐める元気はあるのに、体に力が入らないよ……」
蜜を舐めていた魔女っこの腕が、地面にバタリと倒れます。
魔女っこぉおおおおおお!!
蔓で魔女っこを支えながら、私は叫びます。
心なしか、魔女っこの体温が高い気がする。
もしかしたら風邪を引いてしまったのかもしれない。
そういえば粘液まみれになったり、川で水浴びをしたりと、魔女っこは何度も濡れてしまっていた。
それで体で体調を崩してしまったのかもしれないね。
それだけでなく、魔女っこの体が凄く軽いの。
私と合流する前は、魔女として村人に拘束されていた。
その頃から何日も満足に食事をとっていなかっただろうから、栄養失調になっていたのかもしれないね。
すぐに魔女っこを助けたいけど、私では魔女っこを持ったまま移動することはできない。
だって私、植物だから。
仮に移動できても、どこへ行けば良いのか。
魔女っこは魔女だけど、一応は人間だ。
やはり街に連れて行ったほうが良いのかもしれないね。
でも、魔女っこと違って私はモンスター。
街に一歩でも踏み入れれば、きっと討伐されてしまう。
ならこの森の中でなんとかするしかないのだけど、ここで頼れるのはあの妖精くらい。
というかそれ以外に知り合いがいないの。
もう通りすがりの優しいモンスターとかでもいいから、魔女っこを救って欲しいよ。
「誰か、助けて!」
「…………ぐぅ~」
私の必死の叫び声に反応したのか、近くから小さな寝息が聞こえてきます。
「寝てる、だけ……?」
どうやら魔女っこは寝ちゃっていたみたい。
なんだ、寝てただけだったのね。
もう最後なのかと思って、取り乱しちゃったよ。
とはいえ、魔女っこが栄養失調で倒れたのも事実。
熱があるのは変わりはないし、早く治療してあげないと。
私が魔女っこへの処置の仕方を思案していると、近くの茂みから足音が聞こえてきます。
音のした方を振り向くと、一本の枯れ木が立っていました。
そのフォルムはとても見覚えがある。
この一年間、何度となく目にしてきた、私のご近所さんだったあの枯れ木にとても良く似ているね。
実はあの枯れ木は樹木型モンスターの、トレントだったんだよね。
まさかまた枯れ木とご近所さんになるとは思わなかったよ。
でも、今は枯れ木のことを考えている余裕はないの。
早く足音の正体を見極めなければ。
もし妖精さんが戻って来たのなら、助けを求めたい。
でも、仮にモンスターが近づいているのであれば、私は魔女っこを守るために戦わなければならないの。
警戒しながら辺りを見回していると、枯れ木がのっそりと歩き始めました。
足音の正体。
それは枯れ木が歩く音だったのでした。
普通の枯れ木は歩いたりしない。
ということはこいつの正体は、樹木型モンスターのトレントだったのだ。
こいつってもしかして……?
試しに私は、蔓を振ってトレントに挨拶してみます。
するとトレントが枝を振り返してきました。
敵対的というか、なんだか親しげな感じだね。
そして次の瞬間、トレントが鋭いフォームで私のほうへと走り出してきたのだ。
この颯爽と駆け抜けるような走り方。
こんな俊足のトレントはそうはいないはず。
これはもう決まりです。
あなたはあの時のトレントですね!
この枯れ木は、前の森で火事にあったときに私を見捨てて、一人で走り去って行ったあのトレントで間違いないよ!
まさかの展開に唖然とする私に向かって、トレントは全速力で駆け寄ってくる。
火事の時と同じで、私はトレントが走る姿をただ見ていることしかできませんでした。
──うそでしょう。
はるばるやって来た新天地の森で、思わぬ知り合いに会ってしまったのだけど。
私を置いて逃げたトレントと、まさかの再会を果たしてしまったのだ。
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次回、私を見捨てた枯れ木なら別に食べちゃっても問題ないよねです。







