7 はじめてだから受粉は優しくしてね
こんなのってないよ、あんまりだよ。
前世の女子高生時代の私は、恋人いない歴=年齢のオタク女子だったから相手なんていなかった。
聖女時代だって彼氏はいなかったけど、その代わりに婚約者である勇者様がいた。
だから初めては勇者様に捧げると決めていたのに。
後輩の聖女見習いに婚約者を寝取られたうえ、私は今、ハチ型モンスターの大群に蹂躙されようとしている。
終いには、どこの誰とも知れない雄花の花粉を体にべったりと付けられて、無理やり花粉を口内へと入れられてしまうのだ。花粉はお腹中の胚珠を目指して進んでいき、そうして私は受粉する。
子孫となる種を宿すのだ。
そうして私のアルラウネ生は終焉を迎える。
そんなの、絶対にイヤだ!
後輩と勇者様に裏切られて殺された時だって、アルラウネになっちゃったけどなんとかなったのだ。
だから今回もなんとかなるはず。
そう思いながら、球根へと力を込める。
回復魔法を意識し、蔓をどんどん増殖させて、同時に成長もさせる。
そうして出来上がった蔓を体に巻き付けていき、繭のように全体をガード。
私が取った作戦はこうだ。
いのちをだいじに!
とにかく防御あるのみ。
だって仕方ないじゃん。
いくら蔓を増やしても、あれだけの数のハチが特攻してきたら全部弾き落とせる自信はない。十匹くらいならなんとかなりそうだけど、百匹もいたら諦めるよね。
だから防御あるのみ。
予想通り、ツォルンビーネの大群は蔓の繭にまとわりついて来た。
そうしてムシャムシャと蔓をかじる音が聞こえてくる。
でもこれは計算通り。
かじられてもすぐに成長させて穴を再生させれば問題ない。
そうすればハチどもが本体まで侵入するのを防げるはずだ。持久戦と行こうじゃないか。そう簡単に私の貞操は渡さないぞ。
ああ、喉が渇いて来たね。
アルラウネとなった体は魔力を扱うことはできないけど、代わりに水分を消費するらしい。蔓を再生させるたびに喉が渇く。お水欲しい。
早く終わらないかなあ。
ちょっと待ってよ。
いつまでかじりついてんのさ、このハチどもは。
体感だけど、もう数時間は経っているはずだよ。
諦めて帰ってよ。巣であなたたちの主である女王バチがきっと帰りを待っているって。早く帰宅して家族そろって晩御飯でも食べてよ。
あ、マズイかも。
お水が足りない。
最初と比べると蔓がしなしなになっている。
蔓の再生も、少しずつだけど遅くなっていた。このままじゃ蔓の繭が破られるのも時間の問題。
どうしよう。
今から蔓で戦っても、勝てる自信はない。
なにせ一匹でも体に触れられたらアウトなのだ。全てを叩き落とすのは不可能。
なら体に触れられないでお帰り願うにはどうすれば良いか。
考えろ、私。
そもそもだけど、このハチさんは何の用で私のところに来たんだっけ?
そうだよ、私の蜜が目当てだった。
なら、蜜をあげれば満足してくれるんじゃないの?
そうと決まればと、身体付近の蔓をパクリと咥えた。
舌を使って念入りに蜜を舐めつける。
そうして蜜付きの蔓を繭の外へと伸ばす。
驚いたよ。想像以上の食いつきようだね。
ザザッとハチの群れが私の蜜付きの蔓に移動したのがわかった。
足並みを揃える軍隊のような規律ある行動にビックリしてしまう。
よい、これならいける!
私はせっせと蔓を舐めまわして、よだれを付けるように蔓を蜜まみれにする。
それを片っ端から繭の外へと伸ばしていく。
ハチさんが新しい獲物が来たと蜜採集を始める。
その繰り返しだ。
体の中の蜜と水分が全て無くなり、干上がってしまったと目が回り出した時、繭の外から生き物の気配が消えていることに気がついた。
恐る恐る外を覗いてみると、空が真っ暗になっていた。
いつの間にか夜になっていたようだ。
ハチどもの姿はどこにもいない。
の、乗り切った…………!
あの危機的状況から、私は無傷で生還したのだ。
もちろん蔓はボロボロだ。かじられて、舐められて、もうどうしようもないくらい蹂躙された。
けれども本体であるアルラウネの体には傷一つついていない。これは立派な勝利と言っても過言ではないだろう。
ああ、疲れたら眠くなってきたよ。
なにより喉が渇いた。
雨とか降らないかなー。
そんなことを想いながら蕾を閉じて、就寝の準備をする。
安心したからだろう、すぐに眠りに落ちてしまった。
だが、悪夢は目が覚めてからやって来た。
翌朝。
蕾を開くと、数匹のツォルンビーネが私を出待ちしていたのだ。
あ、ハチさん、おはようございます。
昨日振りですね……。
まさかこんなに早く再会することになるとは思ってもいなかった。
我慢できなくてすぐに会いに来たくなるほど、私の蜜を気に入ってくれたのかな。
それは嬉しいけど、君たちとは二度と顔を合わせたくなかったよ。
やはり私はハチに身を捧げて受粉する運命を受け入れるしかないのだろうか。
最後の抵抗だと、私は蔓に蜜を付着させて、それをハチさんへ伸ばす。
これでお帰りになっていただけないだろうかと両手を合わせて懇願する。
すると不思議なことが起きた。
ハチさんが、大人しく私の蔓の蜜を回収し始めたのである。
そうして余すことなく蜜を取り終わると、私と対面するように滞空し始める。
グェエエと奇声を上げるハチさん。
そんな声も出せたんだね。何言ってるかわかんないけど。
なんだろう、もっと蜜を寄こせと言っている気がする。
けれどもごめんよ。
もう私はくたくたなの。自慢の花びらだって、ほら。
しなびて艶がなくなっている。下半身の球根だって水っ気がなくなって口をヘの字にしているし。
そんな私の満身創痍アピールが通じたのか。
ハチさんは森の奥へと去ってしまった。
あれ?
私、助かっちゃった?
なんで襲われなかったのかと不思議に思っていると、ハチさんたちが舞戻って来た。
もうかい。ちょっと早いよ。
まだ回復しきっていないから。蜜まだ出ないから。
そんな白目状態の私へ向かって、ハチさんたちが何かを落下させる。
ドサリと固形物が地面にぶつかった。
これは……イノシシ!?
ハチさんたちが運んできたのはイノシシ型のモンスター、ヴァーンシュヴァインだった。
これ、もしかして私にくれたの?
プレゼントってこと?
困ったような視線をハチに向けると、彼らは頷くように上下に浮遊する。
まさか、このイノシシを食べて栄養にして、早く元気になってまた蜜をちょうだいね、ということだろうか。
信じられない……。
けれどもこの状況からして、他に意図は考えられない。
罠ではないかと疑いながら、有り難くイノシシをいただくことにする。
パクリ。
うん、特に問題はないみたいだね。
私がイノシシを飲み込むのを見たハチさんたちは、満足したようにどこかへ去っていった。
そういえば花とハチは自然界で共生していると聞いたことがある。
ハチは花から蜜や花粉を貰い、花はハチによって受粉させてもらう。
ある意味、花とハチは共存関係を結んでいる仲なのだ。
それはハチ型モンスターであるツォルンビーネと植物型のモンスターであるアルラウネにも言えることだったらしい。
アルラウネの蜜を求めて、ツォルンビーネが食事を与えてくれたのだ。
敵として無理やり私から蜜を搾り取ろうというのではなく、友好的に分け与えてもらう道を選んだ。私が受粉したくないということを忖度してくれたのだ。そうとしか考えられない。
それほどの魅力が私の蜜にはあるのだろうか。
ハチのモンスターを従えてしまうような、何かが。
数匹のハチが私の周りを旋回する。
もしかして、私を守ってくれているの?
ハチが騎士に見える。
まるで姫を守る忠実な親衛隊じゃないか。
女子高生時代、同好会に紅一点しかいないせいでサークルの姫と化してる女子生徒がいたのを覚えている。イメージはそんな感じである。
サークルの姫にはなりたくないけど、森の姫なら満更でもないね。
というか私、いまはこんな風になっちゃったけど元々は公爵家のご令嬢だったから生粋のお姫様なの。
そこのブンブン飛んでいるハチ、頭が高いわよ!
そんなこんなで、私が蜜を差し出すことを条件に、ハチが仲良くなってくれました。
アルラウネの蜜の凄さを認識するのと同時に、私はハチと友達になった。
植物になっての初めての友人である。ハチだけど。
お読みいただきありがとうございました。
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今日はもう一度更新予定です。
次回、森立アルラウネ女学院です。