58 白い鳥さんと行く空の旅
私、植物モンスター幼女のアルラウネ。
いま私は白い鳥さんに運ばれて空を飛んでいるの。
まさかバケツに入ったまま空を飛ぶことになるとは思わなかったよね。
人生何が起こるかわからないよ。
なぜ植物である私が移動できているかというと、魔女っこの手によってバケツに植え替えられてしまい、鉢植えアルラウネとなってしまったからだ。
新居に引っ越したわけなのですが、あまり良い我が家とはいえません。
植木鉢の土はカラカラで水分不足。
きっと、このまま魔女っこに見捨てられたら、私は死んでしまう。
もう何があっても魔女っこに捨てられるわけにはいかないね。
それにバケツがちょうど良いサイズすぎて、抜けそうにないの。
自力で脱出することは不可能。
ピッタリはまっちゃったよ……。
そんな私は、バケツに入ったまま空の上にいます。
白い鳥さんに移送されて、なんだか運搬物になった気分。
あぁ、風が気持ち良いよ。
視界も広くて、遠くまで見渡せる。
空を飛ぶ鳥はいつもこんな気分を味わっているのかな。
私がこうやって移動できるのも、魔女っこのおかげ。
白い鳥さんに変身して、バケツを足で持ったまま飛んでくれているの。
魔女っこは浮遊魔法が使えるから、私を持ちながらでも簡単に移動ができるみたい。
人間のままのほうが私を持ちやすいけど、いつ誰に見られるかわからないため、鳥に変身したのだ。
さすがに人の姿のままだと、怪しすぎるからね。
黒い大地のはるか上空を優雅に飛行する白い鳥さん。
なんだか飛び慣れていて、本当の鳥にしか思えないね。
視線を鳥さんから地面の方に向けてみます。
森の焼け跡がずっと続いているね。炎によって真っ黒になった景色ばかり。
炎龍様が起こした火事はかなりの広範囲にまで広がっていたみたい。
この辺はまだ生き物が住むには適していないね。
だから、私たちは新天地である大きな森を探しているの。
魔女っこはこっちの方角に森があると言っていた。
帝国から王国に逃げて来た時に、通ったことがあるみたい。
そう、私は魔女っこの昔話を色々と聞かせてもらった。
空を飛んでいると暇だからね。
自己紹介じゃないけど、一年前に私を見つけてからのことを色々と教えてくれたの。
どうやら魔女っこは、本当に私のことを見守りながらお世話をしてくれていたらしい。正直、頭が上がりません。
ホント、嬉しいよね。
ずっと一人だと思っていたのに、こうやって影ながら助けてくれていたなんて。
あぁ、なんだか森のことを思い出したら、私の女騎士ことハチさんやお蝶夫人たちてふてふとも会いたくなってきたよ。
みんな、火事から無事に逃げられていれば良いんだけど。
森サーのみんなのことをしみじみと思い出していると、白い鳥さんが疲れたように鳴きだした。
「ちょっと飛ぶの、疲れてきちゃった」
「休憩、する?」
「栄養を補給すれば大丈夫だと思う。だから蜜が欲しい」
魔女っこめ、自然な流れで私の蜜を求めてきたよ!
蜜、あげても平気かなあ。
地面から離陸するときも、魔女っこがお腹空いたと言ってくるから仕方なく蜜をあげたばかりなのに。
「アルラウネの蜜、わたしの好物だから舐めれば元気になると思う。だから、だめ?」
ねえ、魔女っこはいつから私の蜜が好物になったの?
だって数時間前に初めて舐めたばかりでしょう。好物認定するのが早すぎるよ。
でもね、白い鳥さんに甘い声でおねだりされたら、私が断れるはずがないのです。
仕方ないねと、お姉さん気分で蜜をあげることにしましょう。
小鳥と幼女アルラウネなら、ギリギリ私のほうがお姉さんに見えるよね?
まあ魔女っこが人の姿に戻ったら、どうみても私のほうが年下なのですが。
ぐぬぬ。
精神年齢は私のほうが上のはずなのに、どうして。
私は蔓にかぶりつきます。
そうして蜜を付けて、鳥さんの嘴の前まで蔓を伸ばしました。
空を飛びながらペロペロと蜜を舐める白い鳥さん。
満足したのか、「ありがとう」と感謝を述べて、そのまま何事もなかったように羽根を動かしました。
快適な空の旅が続きます。
代わり映えのない景色に、やっと変化が現れたの。
遠くの方に、細長い棒のようなものが見える。
いったい何だろうと思っていたけど、少しずつ近づいていくと、その正体がわかるようになりました。
あれは塔だね。
前世の日本と違って、この世界には高階層の建物はほとんど存在しない。
それなのに遠くからでも視認できるほどの塔となると、数えるくらいしかないからすぐにわかるの。
この辺で高い塔というと、それは一つしかない。
塔の街だ。
あそこにあるのは、高台に広がる大きな街と、その街の象徴であり中心にある大きな塔で間違いないね。
この辺境の地では最も栄えている街と言えるでしょう。
たしか塔の街の近くには大きな森があると地図で見たことがあった気がする。
その森に住めば、あの塔の街は一番近い街となるね。
そんなことを考えていると、黒い大地の端に街道が現れていることに気がつきました。
塔の街が近づいているせいか、道が現れたみたい。
どうやら私たち以外にも、塔の街方面に向かっているお客様がいらっしゃるようです。
街道を一台の馬車が進んでいました。
きっと塔の街に向かっているのでしょうね。
でもそんなことより、私はその馬車に興味深い物を見つけてしまったのでした。
驚いたよ。
まさか、またあの印を目にすることになるとは思ってもいなかったからね。
あの馬車に描かれた紋章は、教会のハイリガー大聖堂の印。
それは一般的に、聖女の印として世間に広がっているの。
国内にいる光魔法を行使できる者のほとんどが、王都にあるハイリガー大聖堂へと集められる。
教会が所有するそのハイリガー大聖堂は、聖女見習いの育成機関のような場所なの。
私も聖女として一応、そのハイリガー大聖堂に所属していた。
つまりその大聖堂の印が描かれているあの馬車の中には、かなりの確率で聖女見習いが乗っているということになる。
きっと塔の街に異動になったのでしょう。
私が現役の頃は、国内で聖女と呼ばれる者は私しかいなかった。
それから新しい聖女が誕生したとしても、いても一人か二人でしょう。
だから、こんな辺境の地に送られてくるのは、聖女ではなく聖女見習いに決まっているの。
聖女見習いは光魔法が使用できる者として、平時でも戦闘時でも重宝される。
そのため、各地の重要な都市の教会へと送られるのだ。
もしかして、あの馬車にいるのは私が知っている聖女見習いかもしれないよね。
私を裏切ったクソ後輩の聖女見習いは王都で勇者様と結婚したらしいから、こんな国の外れに飛ばされてくることはないはず。
だからあの馬車の中身はクソ後輩ではない。
もし知り合いの聖女見習いの娘だったら懐かしいなと、聖女であった頃を思い出してしまいました。
人間であった聖女時代のことを懐かしんでしまう。
でも、私は二度と聖女として戻ることはできないの。
だって私は、もう人ではない。
人間の敵である、モンスターになってしまったのだから……。
かつては同胞だった聖女の印を偲んでいると、なんだか変な気配を感じた。
どこからか視線を感じている気がするの。
多分、あの馬車からではないと思う。
でも、地上には他に人の姿は見えないね。
ということは下からの視線ではないのかも。
ふと、上へと顔を向けてみます。
すると、私たちのはるか上空に、一羽の大きな鳥が飛んでいました。
あれは大鷲型モンスター、ベギーアデアドラー。
人間どころか、大型のモンスターでさえ鷲掴みにして攫ってしまうような、凄まじい鳥の魔物だ。
そんな恐ろしい大鷲が上空に飛んでいるという事実に、鳥肌が立つような思いをします。
魔女っこも、「あの鳥怖い」と、大鷲の存在に気がついたみたい。
もしかして私たち、ピンチではなくて?
あんな狂暴な大鷲のモンスターに襲われでもしたら、白い鳥さんではひとたまりもないです。
植物モンスターである私が戦ったとしても、空の上では向こうが有利でしょうしね。
きっと、私たちはあっという間に食べられてしまうでしょう。
──うぅ。
まさか空の上がこんなに危険なところだとは知らなかったよ。
自由に羽ばたいている鳥たちも、こうやって空の上で天敵に狙われたりしていたんだね。
魔女っこは必死に離れようとするけど、大鷲の速度には敵わなかった。
これは逃げきることはできない。
万事休すか…………と思いきや、いくら時間が経っても、なぜか大鷲さんはこれ以上近づいてきませんでした。
あれ、どういうことなの?
簡単に襲える距離なのに、なぜか襲ってこない。
なにかを見張るように、遥か高みから私たちを見下ろし続ける。
まるで私たちを監視しているみたい。
それとも、地上にいる聖女の馬車を見ているのかな。
とにかく、大鷲はそれからも襲ってくることはなかった。
しばらくすると、なにもしないままどこかへ去ってしまったの。
いったいなんだったのでしょうね。
とにかく助かりました。
そうこうしているうちに、日が暮れてきたようです。
塔の街はもう目の前。
同時に、目的地である森が見えてきたの。
「あれが新しい森だよ」
魔女っこが嬉しそうに声を上げる。
だが、そこには不思議な光景が待ち受けていた。
黒い大地が唐突に終わりを迎えていたの。
真っすぐに線を引いたように、森と焼け跡の境界ができあがっている。
まるでそこに透明な壁でもあって、炎から森を守ったようにしか思えない。
だっていきなり、そこから先の森が一切燃えていないのだから。
とても不自然。
なにか超常の力が働いたとしか思えないよ。
そんな不思議な森に、到着してしまった。
塔の街に隣接するこの大森林は、地図にも名前が記載されている。
ここはドリュアデスの森。
王国が誕生するよりも前から存在する、古の場所。
千年前から連綿として続く、人ならざる魔物が跋扈する非人界の大森林でもある。
そして同時に、ここは私たちの移住地となる森でもあるのだ。
こうして私と魔女っこは、不可解で恐ろしい魔の森へと着地するのでした。
ついに、私たちの新しい生活が始まるのです。
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次回、蜜食の魔女です。







