56 蜜の味を知った魔女
私、10才の女の子の観葉植物になることになりました。
私の所有権はこの白い鳥さんこと白髪の魔女が持つといっても過言ではないでしょう。
だって一人だとほとんど何もできないの。
私はこの女の子の所有物になっちゃうんだね。なんだか信じられない。
それに、謎の背徳感があって、さっきからなんだか変なの。
元聖女的にあり得ない境遇になるわけだしね。
まあ聖女なのに植物モンスターになっているわけだから、今更だけどさ。
というか、見た目だけならお互いかなりまずいのでは?
かたや10才の白髪の少女。かたや上半身は幼女で下半身は花の生後1日目のアルラウネ。
うん。
子供同士でかわいらしいわね。おほほほ。
「それじゃ約束通り、水やりしてあげる」
魔女っこが私にバケツの水をバシャリとかけてくれた。
あぁ、お水、おいしい!
地中に水が沈んでいき、そこから私の根が水分を吸収していくのがわかる。
生き返った気がするよ。
できればもっとお水が欲しいけど、お替りをお願いしても良いのかな。
あとで言ってみましょうか。
最後の一滴になるまで、魔女っこは几帳面にバケツをひっくり返す。
そして満足したようにして、バケツを地面に置いた。
「これで喋る花はわたしのお花になったね」
お水と交換に、私は魔女っこ所有の観葉植物になったのだ。
もう後戻りはできないね。
魔女っこがニコリと笑顔で話しかけてくる。
「これからよろしくね」
魔女っこはゆっくりと私の体を観察するように視線を動かすと、私の胸の辺りでちょっと困ったように目をそらした。
──あ。
私、気がついちゃったよ。
今ね、私、全裸なの。
新芽アルラウネとして生まれたばかりだから当たり前なのだけど、今の私は蔓で胸を隠していなかった。
時すでに遅し。
魔女っこに生まれたての姿を全て見られてしまったよ。
幼女だから胸はないようなものだけどさ、そういう問題じゃないよね。
うかつだったよ。
これからは魔女っこという他人の目があるのだし、こういうところはきちんと気を配らないと。
公爵令嬢の元聖女としても、そこのところはとても気になりますの。
私が自分のぺったんこな胸を凝視していたからでしょう。
魔女っこが言いにくそうに、教えてくれました。
「あのね、植物のアルラウネは知らないかもしれないけど、人間の女の子は服を着て胸を隠すんだよ」
へ?
「植物だから羞恥心がなくて、肌を露出させることに抵抗がないのはわかるよ。そんな常識もないのもわかる。でもせっかく可愛らしい人の姿をしているんだし、これからはきちんとしたほうが良いと思うの。ね?」
どうしましょう。
私、10才の魔女っこに憐れまれているのですけど…………。
うぅ。
意識するとダメだね。
めちゃくちゃ、恥ずかしいよ……。
こうやって他人から、しかも精神的には年下の女の子から注意されてしまうなんて。
元聖女として立ち直れる気がしません。
このまま森の土になりたいです……。
でも待って。
待つのよアルラウネ!
冷静に考えるの。
今の私は人間ではない。
ただの植物のお花なのです。
つまり魔女っこが言う通り、私には羞恥心なんてそもそも存在しなかった。
肌を露出させるのが恥ずかしいという常識も知らない、ただのお花だったの。
そう思えば、これまでのことは全く恥ずべきことではないでしょう。
むしろ野生の植物として当然のこと。
その辺の花が服を着ていたら、逆に変だからね。そっちのほうが悪目立ちしますよ。
だから、私は元聖女として悔やむことなんてないの。
大丈夫、あなたは立派にアルラウネしていましたよ。
全裸でも、半裸でも、植物だからなにも問題はないのです。
人じゃないから、恥ずかしくない!
はい、決めました。
私、絶対にこの魔女っこには前世が人間だったとは言いません。
魔女っこに私が元人間だとバレたとき、私は社会的に、そして精神的に枯れてしまいます。知られてしまったら、きっともう生きていける自信はないでしょう。
そうならないためにも、なにがあっても前世のことは隠してみせます……!
「喋る花、突然泣き出したけど大丈夫?」
「泣いて、ない、ちょっと蜜が、目から、出ている、だけ」
そう、これは目から蜜が溢れているだけ。
植物にとっては普通の自然な現象なの。
──あ。
頬から垂れた蜜が、私の胸に落ちちゃったよ。
ん、胸ですって?
そういえば幼女になってからは全裸だけど、前の大きかった時の姿は蔓で胸を隠していたよね、私。
ということはだよ。
今は全裸でも、これまでは半裸だったわけだよね。
魔女っこめ、前の格好の時のことを忘れていたのかしら。
それとも、前の格好も、魔女っこ的にはアウトだったりして……?
うん、確かめるのは怖いから、この件については不問にいたしましょう。
それが一番精神的に良いことなのです。
「喋る花は目からも蜜が出せるんだ。実はね、前からその蜜がどんな味するのか、気になっていたの」
すーっと魔女っこが地面に着地する。
そうしてしゃがみこむように、私の顔を覗き込んだ。
「蜜、舐めてもいい?」
「えぇっ!?」
私がダメと返答する前に、魔女っこが指を突き出す。
そのまま私の頬を流れる蜜を指ですくい取り、パクリと蜜を舐め取った。
「なにこれ……めちゃくちゃおいしいんだけど…………」
魔女っこの赤い目が輝いていた。
凄く喜んでいるのがわかるね。
入念に指を舐めとると、再び私の顔に視線を戻す。
そして、両手で私の顔をがっちりと抑え込んだ。
「ま、魔女、さん。な、なにを?」
「もっと蜜ちょうだい」
「蜜を?」
「そう、これは飼い主命令です。私のために蜜を出しなさい」
そこまで蜜が欲しいと言われるのは、悪い気はしないね。
今までも森サーの女友達には私の蜜をたくさん与えていた。
女騎士ことハチさんやお蝶夫人たちてふてふもみんな喜んでいたよね。
友情の証、それが蜜でもあるの。
だから新しい隣人であるこの魔女っこにも、蜜くらいあげても良いよね。
水やりもしてくれるらしいし、そのお礼にあげましょうか。
ついでに、魔女っこにもう一つお礼をプレゼントしましょう。
私は両手をお椀の形にして、口から蜜を垂れ落とす。
そうして両手に溜まった蜜を、どうぞと魔女っこに差し出した。
魔女っこは私の両手に顔を近づける。
あれ、もしかしてそのまま舐めるつもりなの?
指で汲み取るんじゃなくて??
魔女っこが、私の手の中の蜜をペロリと舐めた。
ひと舐めして味を確かめると、そのまま大きく口を開けて「うん」と言いながら私になにか催促する。
そのまま流し込めってことなのかな?
こんな近い距離で他人に蜜を与える機会はほとんどなかったよね。
だからか私、ちょっと楽しくなってきました。
やり方が間違っていたらごめんあそばせ。
妹をあやすお姉さん気分で、私は両手の蜜を魔女っこの口に注ぎます。
少し口からこぼれてしまったけど、それくらいは大目に見てくださいまし。
いかがですか?
わたしくのお茶会で大好評の、アルラウネの蜜でございます。
魔女っこはお茶会、初めてでしたよね。
お気に召してくださいましたかしら?
私が感想を求めると、魔女っこは目をパチパチさせながら返答します。
「こんなおいしい物がこの世に存在していたなんて……!」
まあ、魔女っこさんはお上手ですね。
そこまでお褒め頂くと、わたくし照れてしまいますわ。
私が幼女姿でおほほほと上品に笑みを浮かべていると、魔女っこの体が光に包まれ始めます。
「体が光ってる!?」
魔女っこが慌て始めた。
そう取り乱さなくても平気でしてよ。
ちょっと魔女っこの体に光回復魔法がかかっているだけなのですから。
そう、蜜に回復魔法を込めたの。
だって魔女っこ、火傷をしていたしね。
白い鳥さんとして私をバケツで消火してくれた魔女っこ。
もしかしたら、私を助けるときに負傷してしまったのかもしれない。
だから、魔女っこの傷を癒してあげようと思ったの。
バケツのお水をお礼です。
「火傷が、治ってる!?」
魔女っこも気がついたみたいだね。
私の蜜には回復効果もあると伝えると、魔女っこが信じられないものを見るような目で見返してきた。
そんなに驚かれても困るのです。
個人的には、魔女っこが白い鳥さんに変身できるほうが驚愕すべきことだと思うけどね。
「ねえ喋る花。蜜、もっと欲しい……ちょうだい?」
おねだりするように魔女っこが私の顔を見つめてくる。
そんなにお願いされても、これ以上はあげません。
なにせ、私はまだ栄養不足の新芽なの。
お水だってまだ足りないし。
私は蔓でバッテンを作って拒否します。
それでも、魔女っこはめげずに私と目を合わせ続ける。
あれ、なんだか魔女っこの視線がおかしいね。
まるで恋する乙女のような瞳で、私の目を凝視しているのですけど。
しかも、よだれも垂らしているし。
ちょ、ちょっと。
そんなに見つめられると恥ずかしいよぅ。
もしかして、私まだ泣いているのかな。
それで目から溢れている蜜を狙ってじーっと見ていたとか。
どうしましょう。
もしかして私、これから毎日こうやって魔女っこから蜜をねだられるんじゃないの?
なんだか覚えさせてはならない味を魔女っこに教えてしまったかもしれないよ。
過去に私の蜜を過度に舐めまくった相手は二人しかいない。
蜜狂いの少年と、クマパパだ。
どちらも正常な判断ができなくなっていた気がするんだけど、魔女っこは平気かなあ。
魔女だからきっと、大丈夫だよね……?
「もっと蜜を、出して!」
魔女っこの手によって、私の口が強制的に開かれる。
えぇええええ!?
ねえ、そこまでして蜜が欲しいの?
あんなに蜜を飲んだのに、まだ満足できないってこと?
それとも蜜をたくさん飲んだから、もっと飲みたくなっちゃうの?
もう、私にはわからないよ!
私には味覚がないから、蜜の味がわからないの。
だから植物である私にもわかるように、誰か説明してよね!
強引に口が開いているせいか、私の口から蜜がだらーんと垂れてきた。
魔女っこはその蜜を素早く指で絡ませ、パクリと舐め取った。
「甘すぎて変になりそう……喋る花、蜜もっとおかわり」
だからもうダメだってば!
必死に蔓でバッテンをしながらアピールをします。
これ以上蜜を採取されたら、私枯れちゃうよ!
それに魔女っこ、ちょっと変だって。
蜜を舐めてから人が変わったように積極的になったし。
魔女っこをこんなにも豹変させてしまうなんて。
これはおかしいよ。普通じゃない。
もしかして、私の蜜って…………めちゃくちゃ甘いのでは?
そうだよ、魔女っこも女の子だ。
甘いものには目がなかったのでしょう。
きっと村では魔女だとバレないように慎ましく暮らしていたのでしょうから、甘いものを食べる経験があまりなかったのね。
ということは、もしかしたら私の蜜の甘さを知って、感動しているのかもしれない。
それなら仕方ないね。
私の蜜はクマさんを変態のペロリストに変貌させてしまうほど甘いの。
だから魔女っこもあまりの甘さに驚いて、ちょっと我を忘れているんだよね。
うん、そういうことにしておきましょう。
まさか蜜に中毒性のある成分とかが入っているわけはないからね。
私の体からそんなものが分泌されているなんて、元聖女的には信じられないし。
「わたし、喋る花の蜜、好きになりそう……」
魔女っこが頬を紅く染めながら、おかしなことを口走り出したよ。
ねえ。
やっぱり、私の蜜っておかしくない?
いくら甘いといっても限度がある気がするのですが。
なんか変だとは思ってはいたけど、この蜜いったいどうなっているの!
お読みいただきありがとうございます。
次回、新居にお引っ越しです。







