55 魔女の狡猾な提案
白い鳥さんの正体は白髪の魔女でした。
そんな魔女っこが、私を飼育したいと言い出したの。
私は植物だから、どちらかというと飼育というよりは栽培したいという意味だよね。
まあモンスターでもあるから飼育でも間違いないかな。
とにかく、植物として私を育てたいと堂々と宣言されてしまったのだ。
もう、ビックリです。
たしかに私はただのお花だよ。
ちょっと人の言葉を喋ることができたり、食虫植物のモンスターだったりするけど、基本的には植物だからね。
それに10才くらいの可愛い女の子が、お花を育てたいと言い出すのは違和感がない。
でも、子供とはいえ魔女が、アルラウネを気に入ったから育てたいというのは一体どういうことなのー!
今の私は新芽の幼女の姿になっているから、育てたいという意欲がでるのはわからないでもない。
でもね、私はこれでも植物モンスターなのです。
人間の幼女ではないのよ。
しかもだよ、中身は元聖女なの。
魔女っこよりも精神年齢は年上なわけだね。
もう、どういうことかわからない。
誰か、私に説明をしてくださいませ。
そうは思っても、私に解説してくれるのは目の前の魔女っこしかいないのだ。
魔女っこはゆっくりと語り出す。
「わたし、人間は嫌い。信用もできない」
魔女は人間の敵。
そしてこの魔女っこも、人間のことは嫌いだという。
まだ幼い少女だけど、きっとこれまでの人生で色々とあったのでしょうね。
人嫌いになるのはわかるような気がするよ。
「でも、魔物の花であるアルラウネなら信用できる。人じゃないから」
──ごめんなさい。
隠しているのは悪いのだけど、私は元人間です。
しかも魔女の天敵の聖女だったの。
だから中身的には、かなり魔女っこが信用できない人物なのよ。
それでも私のことが欲しいのかな。
「わたしはこの一年間、喋る花をずっと見守ってきた。あれだけ世話をしてあげたのだし、あなたはもうわたしのものといっても過言じゃないはず」
なんだかすごい理論がきちゃいましたー!
たしかに、白い鳥さんには何度も命を救ってもらったし、凄く助けてもらった。
白い鳥さんがいなかったら、今こうして私は生きてはいなかったからね。
相当お世話をされた自覚はありますとも。
それでも、白い鳥さんのものになっていたというのは初耳だよ。
「わたしね、この一年ずっとアルラウネの飼育をしてきたつもりなの。だからこの先も、あなたはわたしの物になってお世話されるのが一番幸せだと思うの」
どうしましょう。
さすがに白い鳥さんの願いでも、私が10才の女の子のお花になってお世話されるというのはどうかと思うの。
しかももう所有物宣言しているし。
たしかに人間からしたら、自宅の花は自分の所有物という認識だよね。
観葉植物も同じはず。
うーむ、これは悩むね。
炎龍に燃やされそうになった時みたいに、自分の命と観葉植物になる運命を天秤にかけるわけでもない。
かといって、積極的に魔女っこの観葉植物になりたいかと言われると、そうとも思えない。いくら白鳥の王子様とはいえ、飼育されるのは考え物だよね。
私は森のアルラウネ。
人に飼いならされるようなその辺の植物とは一味ちがうの。
しかも私、普通の花と比べるとお手入れとか絶対に大変だからね!
だから、魔女っこの観葉植物にはなれないよ。
元聖女としても、年下の女の子の所有物になるというのは抵抗があるし。
「喋る花、そんな警戒するような目で見ないで」
私の決意が通じたのか、なぜか魔女っこがニヤリとほほ笑んだ。
「ねえ喋る花。あなた、お水は欲しくはない?」
お水、ですって…………!?
「水やりをしてあげるつもりだったから、このバケツにはお水がたくさん入っているの」
魔女っこがバケツを掲げる。
その動きに連動して、ちゃぷんと中の水が波打つ音が聞こえた。
──ごくり。
お水欲しい。
私ね、今、すごく喉が渇いているの。
火事で大地は渇いているし、新芽として発芽したばかりだから、成長するためにたくさんのお水が必要なの。
だからね、いまめちゃくちゃ、お水欲しい!
去年の日照りの時と同じくらい、欲しいの!!
なんだったら、お水くださいと上目づかいで懇願しても良いくらい、欲しているの!!
「わたしの物になるなら、水やりをしてあげる」
「お水、欲しい、の」
気がついたら、私は水を恵んでくださいと口にしていた。
だってしょうがないじゃない。
砂漠で行き倒れているところに、オアシスがわざわざやって来てくれたようなものなんだよ。
このまま水が貰えなければ枯れちゃうし、もう我慢できないの。
は、早く、お水を、私にください……!
「その、バケツで、私に、水やりを、してください」
「じゃあ、わたしのお花になるって約束してくれる?」
魔女っこがしつこく確認をしてくる。
うぅ、約束かー。
お水と引き換えに、私の体は魔女っこの物になってしまう。
それは困るよ。
でもね、お水、欲しいの。
ど、どうしましょう。
魔女っこの観葉植物になるか、それともここで枯れ果てるか。
なんて狡猾な提案をしてくるのでしょうか。
私がこんなにもお水を求めていることを、知っていて提案してきているのかな。
究極の二択です。
最近こういうの多くない?
うーんと私が悩んでいると、バケツを持つ魔女っこの腕にふと視線が移る。
魔女っこの手に、赤い火傷の跡が見えてしまった。
よく見ると、手の至る所に熱傷の跡がある。
あの火事から逃げるときに、きっと火傷してしまったのでしょう。
魔女っこは、白い鳥さんでした。
そうだよ、白い鳥さんは、私のことを命懸けで何度も私を助けてくれた。
その火傷もきっとそう。
もしかしたら私が燃えないように消火してくれたときに、火傷を負ってしまったのかもしれない。
私が返答を遅らせているのに我慢できないのか、魔女っこは言葉を続けだす。
「喋る花のように見惚れてしまうほど綺麗な花は見たことがないの。だからわたしはあなたが欲しい」
あなたが欲しい。
そう言われたのはいつ以来でしょうか。
もう私のことを欲しがる人なんていないと思っていた。
けれども、ここに一人いた。
私はまだ、世界中の人から見捨てられたわけではなかったのだ。
「わたしは喋る花と一緒にいたいの。喋る花を見ていると、なぜだか安心できるから……」
私も、白い鳥さんを目にすると、なぜか安心してしまっていた。
自分の身を犠牲にしてまで、私のことを救おうと思ってくれていたのだ。
そんな魔女っこに、心を開かないでどうするの。
一度はこの身を白い鳥さんに捧げても良いと思ったじゃない。
だって魔女っこは、私の白鳥の王子様なのだから。
よく考え直すのよ、私。
このままこの焼け果てた黒い大地に一人取り残されるのと、魔女っこに飼育されるの、どちらが良い?
仮にこの地に残ることを選んだら、きっと私は栄養不足で枯れてしまう。
火事で水分がないうえ、餌となる生き物が消滅した。
森が消えてしまった今、これまでのように栄養を摂取することはできないでしょう。
私は歩いて移動できない。
きっとこのまま長い時間をかけて、ゆるやかに枯れていくのだ。
対して、この魔女っこに飼われるとどうだろう。
水やりをしてくれるから枯れないし、獲物となる栄養も運んできてくれるかもしれない。
それだけでなく、この場所から移動だってできるかも。
幸運なことに、今の私は幼女だ。
魔女っこが私を手に持って、空を飛んでどこか安全な地へと移動することだってできるかもしれない。そうなれば私は枯れないで、命は助かることになる。
しかも、魔女っこは一年間私を飼育して気に入っていたみたいだ。
私に悪いことはしないはず。
むしろこれまで何度も命を助けてもらった。
あの眼帯ミノタウロスのようにデザート兼愛玩用の奴隷になるのは嫌だよ。
けれども、こんなに可愛らしく、優しそうな魔女っこに水やりされながら生活するのは意外と悪くない気がする。
というか、それしか生きる道がない。
私の元聖女としてのプライドは、白い鳥だったという魔女っこによって緩和されていく。
「ねぇ、魔女さん、なんで私と、一緒にいたい、の?」
「それは」と、魔女っこは音もなく瞼を閉じる。
「わたしの両親は殺されたの。だからこの世界にもうわたしの味方はいない。わたしはね、もう一人ぼっちなの」
目を瞑ったままの少女は言葉を重ねる。
「でも一人はもう嫌。誰かと一緒に過ごしたい、そう思った時に最初に浮かんできたのが、喋る花、あなたなの」
魔女っこは穏やかな表情をしながら、目を開いて私のことをしっかりと見つめる。
「今のわたしにとって、あなたはこの世界で一番大事な存在。人間じゃなくて花だけど、そんなことはわたしには関係ない」
私の心に何かが刺さった。
それは小さな棘だったのかもしれない。
それも毒が染み込んだ、危険な棘だ。
じんわりと、私の全身になにかが回っていく。
とても心地良い、猛毒のようなものが。
「お願い、喋る花。わたしと一緒にいて欲しいの」
そうして魔女っこは黙ったまま私のことを注視する。
返答を待っているのだ。
──思うの。
白い鳥さんは、私の白鳥の王子様だった。
その白い鳥の正体である魔女っこなら、きっと私の凍りついた寂しい感情を溶かしてくれるはずだと。
寒々しくて代わり映えのない私の世界に、温かい居場所を与えてくれるかもしれない。
だってこの子は初対面であって、初対面じゃない。
あの白い鳥だったのだから。
大寒波の大雪の日にだって、私に会いに来てくれた。
日照りが続いた夏の日には、水をかけてくれた。
今回の大火事の時でさえ、バケツを持って助けてくれた。
私が大変なときには、いつも白い鳥が近くで見守っていてくれたのだ。
白い鳥じゃなくて白髪の女の子だったけど、見た目は変わっても中身は同じ。この子となら、一緒に過ごしてもいいかもしれない。
「私も、あなたと、一緒に、いたい」
気がついたら、私は魔女っこの提案を承諾していた。
このまま死ぬよりはマシだしね。
それに、万が一の時はこの魔女っこをどうにかしちゃえばいいのだ。
多分だけど、戦えば私の方が強い。
魔女っこは私の命を握っているつもりみたいだけど、こちらも魔女っこの命を握っているのだ。
でも、それはあくまで建前の話。
私の本音はこちらです。
これでやっと、私は寂しい想いをしないで済む。
そう思うだけで、今にも目から蜜が溢れてしまいそうなの。
どれだけ願ったことでしょう。
寂しいと言葉に出して、蜜を流した夜もあった。
一人きりの時間が永遠のように続いて、気がおかしくなってしまったのではと思ってしまった日もあった。
こんな生活、もうイヤ。
誰か、私に水やりをして慰めて欲しい。
そうやって虚しい気持ちを青空にぶつけながら、私はひとりぼっちのサバイバル生活を続けていた。
そんな苦行の日々が、ついに終わりを迎えるのだ。
──あぁ、一年待った。
寂しくて、心が潰れちゃいそうで、しなしなに枯れそうにもなった時もあった。
そんな辛い孤独から私はついに解放される。
もう、私は一人でいなくて良いのだ。
白い鳥さんとなら、きっと平気のはず。
この子と一緒に生きよう。そう、決めた。
もう寂しいと蜜で頬を濡らすこともない。
凍え切った絶対零度の心が、太陽のような人肌の温もりによって溶けてくのがわかる。
アルラウネに転生してしまってから一年という、長い長い冬が終わりを告げる。
そして私の心は、ついに春を迎えたのだ。
お読みいただきありがとうございます。
次回、蜜の味を知った魔女です。







