6 受粉の危機
緊急事態です。
聖女時代、仲間に裏切られたことに匹敵するんじゃないかと思えるほどの緊急事態。
私、アルラウネ。雌花であり上半身が雌しべなの。
あそこにいるのはミツバチっぽいモンスターさん。体に雄しべの花粉をつけているの。
あのミツバチさんについている花粉が私に付着すると、受粉してしまうわけ。
人でいうところの妊娠だね。
このままでは私、あのハチに辱しめられてしまう。
怖すぎるのですけど!
こんな簡単に子孫を残そうとするなんて植物はどうかしている。
そこに愛はないの?
恋とかして好きな相手を選ばないの?
ええ、わかっているって。植物はそんなことはしないよね。
自然界は厳しい。気軽に子孫を残せないようではすぐに絶滅してしまうことでしょう。でも、私は例外にして欲しかったな。種とかいらない。ずっと独身の花でいたいの。
受粉したら私はきっと実になってしまい、最終的には種となるはず。そうなると今みたいに自我を保つことは難しいだろう。
そうなれば、このアルラウネという人生も終わり。ある意味で死に等しい。
というか、どこの誰とも知れない雄花の花粉を受粉させられるなんて冗談じゃない。
私はそんな安い花じゃないんですよ。なんといってもアルラウネだからね!
名無しの雄花さんよ、自己紹介がてらに写真とプロフィールを送ってからしかるべき時に挨拶しに来なさい。お見合いだけなら許しましょう。
さて、ちょっと冷静になろう。
普通、雌しべの柱頭に雄しべの花粉が付着してしまうと、そのまま雌しべの中を花粉が進んでいって胚珠内で受精してしまう。
柱頭ってどこだろう。
頭か?
髪の毛か?
花粉は柱頭からめしべ内部に侵入して胚珠を目指すわけだから、もしかして口か。
この口が柱頭なのか??
口に花粉がつくとマズイっていうのは、絵柄的にもマズイのですけど。私的にもお断りでしかないんですけど……。
まあ吸い込むだけで終わりだろうから、変な図にはならないだろうけどね。
実際には顔に花粉が付くだけだろうし。
顔でも頭でも髪の毛でも口でも恐ろしいのは同じなので勘弁してもらいたい。
とにかくだ、あのハチを絶対に私に近づけてはいけない。貞操の危機。断固反対!
私の種から生まれた子アルラウネに、
「あなたのお父さんはどこの誰とも知れない植物です」とは言いたくはない。
というか私がその種になるから言いたくても言えない。
純潔を守るためにも、私戦います。
全神経を集中させて、迫りくるハチ型モンスターへ蔓を叩きつける。
けれども当たらない。
ハチだからね、やっぱりすばしっこいや。
それでも、ミツバチと違ってやつはモンスター。大きさも人間くらいあるわけだから、的も当てやすい。
だが、攻撃しやすいのは向こうも同じだった。
私の蔓をね、あのハチがかじり切ったのだ。
まさかハチに刺されるんじゃなく噛まれるとは予想だにしていなかったよ。
痛いのと悔しいのと貞操の危機だということが合わさって、目から涙の代わりに蜜がしたたり落ちる。
その蜜を見たハチさんがやる気が出ましたと奇声を上げた。
ヒィー!
怖いよ。もう、こっちに来ないで。
これでもくらえ!
毒の花粉を発射。
ペロリストの変態クマさんですら一撃であの世へ旅立ってしまう私の最終兵器。
しかし、こいつには効かなかった。
さすがはハチ型モンスターのツォルンビーネ。
どうやら毒の耐性を持っているみたい。小癪な。
一応警戒しているのか、ハチさんは私の蔓が届かない場所で滞空し始めた。
涙目の私は、噛まれた蔓をよしよしと優しく撫でる。
こういう時、聖女だった頃ならすぐにでも回復魔法を使ったんだけどね。
そういえば、今の私は魔法が使えるのだろうか。
ためしに、光魔法で光の矢をツォルンビーネ目掛けて放ってみる。
──反応なし。
光魔法は発生しなかった。
どうやら魔法は使用不可能らしい。まあ魔物とはいっても植物だからね。仕方ないね。
てことは回復魔法も使えないかと思いきや、魔法に反応してなんと蔓がニョキニョキと伸びていき、ハチに齧られる前の姿に戻ってしまった。
なんだこれ。
回復魔法とは少し違う。蔓が回復というよりは成長していったみたいだ。
もしかして回復魔法を使うと、治癒する代わりに植物の成長を促進させる効果が発生しているんじゃないだろうか。
私の回復魔法は正式には光回復魔法。
植物にとって光は重要なものであり、私の現在の三大欲求でもある。
だからなのか、光回復魔法と植物の体は相性が良いのかもしれないね。
ためしにと、他の蔓にも回復魔法をかけてみる。
すると、蔓がみるみるうちに伸びていき、元の二倍の長さになった。それだけではない。
蔓の数も倍以上に増えていった。
回復というよりは植物を急成長させる能力を得ていたみたいだ。
これならあのハチさんを倒せるかもしれない。
滞空中のツォルンビーネに蔓を差し向ける。
だがまだ長さが足りない。
嘲笑するようにキィーと鳴き声を上げるハチさん。
でも、油断禁物だよ。
私は回復魔法を使う要領で、蔓を急成長させる。
いきなり伸びた蔓には反応できなかったようで、ツォルンビーネの羽に蔓が当たった。
バランスを崩したツォルンビーネ目掛けて、成長させた他の蔓で一斉に攻撃。
地面に向けて叩きつけて、締め上げる。
ギェエエエと鳴きながら必死の抵抗をするハチさん。
蔓をかじったり、お尻の針で刺したりしているが、蔓が傷つくだけで拘束は解けない。
これで終わりだよと、ツォルンビーネの胴体を蔓で引きちぎる。
私を犯そうとした者の末路である。慈悲はない。
勝ったよ……!
やったね!
これで私の純潔は守られた。
そう思ったのも束の間。
森の向こうからヘリコプターの連隊が近づいてくるような轟音が響きだす。
そういえばハチは自分が死ぬ間際に、仲間に救援の信号を送ると聞いたことがあった気がする。さっきの鳴き声はそれか。
そう納得する私は呆然とした様子で非情な現実を目の当たりにする。
空が黄色に染まっていた。
一面ハチモンスターの軍団で覆われている。
数えられないくらいのハチの目が私の姿を凝視していた。
どうしよう。
私を手籠めにしようとしたハチさんを倒したら、手籠め仲間を呼ばれてしまった。
きっと、みんな花粉付けてるよね……。
もう緊急事態どころじゃない。
絶体絶命。
私の純潔はハチに穢され、知らない雄花の花粉を体に付着させられてしまうのだ。
もうダメ。
あの数は無理。
私、受粉しちゃうかもしれない…………。
次回、はじめてだから受粉は優しくしてねです。