52 私、幼女になりました
小さな暗闇の世界に、私の意識が存在していた。
なにも考えることができない。
そんな真っ暗な世界に、突如ヒビが入った。
天井のヒビから光が漏れていく。
その光を目指して、体の一部が伸びていった。
もしかしたらこれは発芽しているのかもしれないと、少しずつ私の意識が戻ってくる。
体が急激に成長する。
これが超回復魔法の効果だと気がついたのは、私がなにか薄い何かに包まれて座っていると感じたときだ。
この感じには覚えがあるね。
私はこのあと、花として咲くのだ。
立ち上がる様に体が起き上がる。
そして、私を包み込んでいた花びらが、ゆっくりと広がり出した。
蕾が開くのだ。
私が、開花する。
初めに感じた五感は嗅覚だった。
焼け焦げた炭と灰の匂いがする。
視界に光が入ってきた。眩しいよ。
次第に目が見えるようになる。
気がつくと、私は黒い灰の上に立って────いや、生えていた。
上半身は人間の体。
腰からは赤い花冠が咲いており、下半身は食虫植物の口を持つ球根です。
球根からは地中に根が伸びており、地下の水分を必死に求めているのがわかりました。
そう。
私の体は、よく見慣れたアルラウネの姿でした。
──私、生きていたみたい。
そう、私だよ!
元聖女であり前世は日本の女子高生である私!
良かった、私の意識は残ったままだったよ。
どうやら私の仮説は正しかったみたいだね。
上手いことに、私の意識は種子の中へと移動することができた。
それで、その種から発芽したアルラウネに、再び私が宿ることができたの。
うわぁあああい!
やったよー!
めちゃくちゃ嬉しいのですけど!
あの絶望的な危機的状況から生還することができたんだよ。
だって、見てよ。
周囲をぐるりと見渡してみます。
けれども、そこに生物の存在は確認できなかった。
森の木は一本も残らずに全て燃えてしまったみたい。
火は消えていた。
代わりに、真っ黒な炭と灰が、広大な大地を埋めつくしていた。
その中にぽつんと私だけが生えているの。
よくもあの惨状から生きてこられたと褒めてあげたいね。
森を覆う火事、そして炎龍の青い炎も、もうここにはいない。
その引き換えに、私の前の体の残骸と思われる黒い塊が近くに落ちていた。
1年間ありがとうという気持ちを込めて、祈りを捧げましょう。
私の身代わりになって燃やしてしまってごめんなさいね、私の元体。
これからは、こっちの新しい体で元気に生きていきます。
森の植物である仲間たちにも悪いけど、私はこれからも生活を続けるよ。
みんなの分も、植物として頑張るからね。
そこで私は違和感を覚えた。
なんだかね、地面までの距離が近い気がするの。
これまでの私はかなり大きかった。
なにせ球根が巨大だったからね。人間部分が腰から上しかなかったとはいえ、おそらく2~3メートルくらいは身長があったとおもうの。
なのに、今は1メートルにも満たないくらい低い。
というか、私の手、凄くちっちゃいのですが。
まるで子供の手みたい。
でも悲しいことに、子供になっているのは手だけじゃなかった。
な、ないの!
私の胸が……無くなっている!
アルラウネとなって成長したはずの私の胸が、ぺったんこになっていたの。
どう見ても完全に幼児体型だね。
体型というか、全体的に幼児そのもの。
どうやら私、幼女になったみたいです。
触ってみたけど、やっぱり顔も小さいね。
腰から咲いている花も小ぶり。
というか、見てよこれ。
下半身の球根がスイカみたいになっちゃっているんですけど。
凶悪に見えたあの球根も、スイカくらいの大きさしかない。
とんでもなく縮んでいる。
これじゃハムスターくらいしか捕食できないよ。
あと、虫とかだね。
球根は小さい代わりに、凄くピカピカしていて艶があった。まるで新芽みたい。
あ、なるほど。
私、新芽なんだね。
種から発芽したばかりなのだから、新芽のアルラウネになっているんだ。
私は受粉して種になり、新しい体を手に入れた。
ということは、この体はまだ一度も受粉したことがない。清い体のままということ。
一度受粉してしまったとはいえ、そこはちょっと安心したかも。
元聖女的に少しは気になるのだ。うん、良しとしましょう。
新芽になるということは、体が新しく生まれ変わるということだから、そういうことだよね。
私は生まれたてほやほやなのだから。
それなら幼女になってしまった理由がわかるよ。
きっと、また成長すれば元の大きさに戻れるというわけだ。
そうなれば胸も無事大きくなるでしょう。
こんな時だけどね、私は私を裏切った聖女見習いのクソ後輩に負けたくないの。
胸さえもう少し大きければ、婚約者の勇者様に捨てられることだってなかったかもしれないのに。
勇者様はあの後輩の胸に誘惑されたに違いないのだから。許すまじ、後輩!
怒りをパワーに変えて、せっかくなのでちょっと実験です。
少し色々と試してみます。
どうやら前の体の時と一通り同じことができるみたい。
蔓も茨も、毒花粉、そして蜜なんかも出せる。
今までの私と何一つ変わらない。変わったのは幼女に戻ったことくらいだね。
そこで、改めて思ってしまいました。
アルラウネとして自分の種子を作り出す、という行為を私は成功させた。
記憶の性質も引き継いで、新しい体に自分を作り替えることができる。
もしかして、私はとんでもないことをしてしまったのではないでしょうか。
きっと同じことをすれば、私はまた生まれ変わることができるでしょう。
私は植物としての体を新しいものに作り替え、生き続けることが可能かもしれない。
手が震える。
やはり、私はもう人間ではないのだと再認識してしまった。
受粉して種になって、そこから発芽して新しい体を得るだなんて、人間では不可能だよ。
私は、植物モンスターのアルラウネなのだ。
そう、今まで以上に強く意識してしまいました。
でも、この震えは恐れからというだけじゃなかったの。
ちょっとね、失敗してしまった。こんな時に実験だと植物生成を連発するんじゃなかったよ。
今ね、私は凄く栄養不足だったみたいなの。
なにせ種から発芽したての赤ちゃんみたいなものだからね。
発芽して成長するのにたくさんのエネルギーを消費したみたい。
手っ取り早く栄養となる獲物が欲しいけど、こんな焼け焦げた大地には生き物は誰も存在していない。
それにね、不足しているのは栄養だけではないの。
お水欲しい。
火事によって、地中の水分が極端に少なくなっているみたい。
しかも発芽したばかりの私の体は成長期。
だからね、今めちゃくちゃお水欲しいの。
生まれたてだけどさっそく雨乞いの巫女に就職したくなるくらい、お水欲しい。
もうへろへろです。
発芽したてだけど、もう枯れちゃいそう。
だ、誰か、お助けを……。
今の私の状況を救ってくれる存在なんて普通はいない。
恵みの雨が奇跡的に降って来れば別だけど、空は晴れていた。
火事が起きたあとは上昇気流が起きやすいから、雨が降る確率は高いはずなんだけどね。すぐには降らないか。
唯一の希望は、白い鳥さんである。
私にバケツをかけて火を消してくれた命の恩人である白い鳥さん。
その白い鳥さんが去り際に、「なんとか生き延びて。そしたら水やりしに来てあげるから」と言っていたのだ。
空を自由に飛べる白い鳥なら、きっとあの火事からも生還したはず。
それなら、約束通りに水やりをしに戻ってくれるかもしれない。
白い鳥さん。
それが、絶望的である水不足な状況の唯一の希望なのである。
あー。
鳥さん、遅いなー。
まだかなー。
ぼーっと太陽光を受け続けること数時間。
ここで私は気がついてしまった。
もしかして、もう白い鳥さんは来た後だったんじゃないの?
私はついさっきまで、地面の上に種として落ちていた。
それが急成長して発芽し、アルラウネになったのだ。
もし発芽する前に白い鳥さんがここへ来ていたら、私の燃えた残骸を見て、私は死んでしまったと勘違いするはず。
まさかその近くに落ちている小さな種が私だなんて、誰も思わないよね。
どうしましょう。
もし白い鳥さんが去ったあとなら、もう誰も私に水やりをしてくれないじゃない。
うぅ。
せっかく受粉して種にまでなったのに、結局私は枯れて死んでしまう運命なの?
私が意気消沈して下を向いていると、体に小さな影が重なった。
もしかして雨雲が頭上に現れたのかもしれない。
そう思って空を見上げると、不思議な光景を見てしまった。
空にね、人が飛んでいたの。
青い空の中に、黒いローブを着た人物が浮いていた。
なにもせずに空中に立っている。
ただ、その人物は空の上から私を見下ろしていた。
空に浮くことができる人間なんているはずがないよ。
仮に風魔法で空を飛ぶにしても、補助道具となる他のものが必要になるはず。
それにそもそも、風魔法で空を飛べる人間などほぼ存在しないのだから。
できるとしたら、大陸一の魔法使いと呼ばれる、大賢者様くらいでしょう。
その大賢者様ですら、ぽつんと空に立っているように浮遊することは不可能なはず。
なら、いったいあの人は何者なの?
外見は、黒いローブを被って、フードで顔を隠しているね。
体格は小さい。
まさか、子供なのかな。
突然、一筋の風が吹き抜ける。
空に浮遊する謎の人物のフードが、風によって取れてしまった。
隠れていた顔が露わとなる。
すると、フードの中から、白くて長い髪が風になびかれるように現れた。
空に浮いている謎の人物。
それは白髪の少女だった。
白髪の少女は、風に流される髪の毛を、片手でゆっくりと押さえつける。
そのまま、私と静かに目を合わせた。
少女を見て、私はパズルのピースがハマるように一瞬で理解しました。
魔王軍のミノタウロスが持っていた、あの謎の絵。
あの絵はてっきり、おばあさんの絵だと思っていた。
あの時、ミノタウロスの絵が下手すぎたため、私はその絵から読み取れるいくつかの情報からおばあさんの絵だと判断したの。
その絵からは、小柄で、黒い女性用のローブを着て、白い髪をしている人間ということだけが認識できた。それなら、この人物はおばあさんだろうと思ったの。
でも、本当は違った。
私の目の前に、絵の情報と完全に一致している人物が飛んでいるのだから。
あれは、おばあさんの絵ではない。
あの絵の正体。
それは、いま私の上で浮いている、あの白髪の少女のことだったのだ。
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次回、白髪の少女です。







