48 ドラゴンからプレゼントをもらうのは初めてなのに全く喜べないのはどうして
どうしましょう。
炎龍の炎の吐息が私を襲った。
それに対して、私は大斧と鎧で防御し、蔓が炎上しているのを利用して私が燃えてしまったと炎龍に思わせることに成功したの。
──それで終わりかと思いきや、そうは簡単にはいかないのが現実です。
この場を去ったはずの炎龍が、再びこっそりと戻っていたのだ。
方法はわからないけど、炎龍が帰って来た足音はしなかったよね。
忍び足という特技があるのか、それとも空を飛んで無音で着地したのか、私にはわからないよ。
タネはわからないけど、これだけはわかる。
炎龍は私のことが良いにしろ悪いにしろ気になっていたのだ。
だから本当に燃えてしまったのか、確認しようとしたのでしょう。
その結果、私と炎龍がまた視線を合わせることになってしまったのだから……。
炎龍が驚くような声を出し、私を見下ろし続ける。
「もしやと気になり戻ってみれば、まさか我の炎でも燃えない植物が存在していたとは」
そんな気になるだなんて滅相もございません。
わたくしめはただの卑しい野のお花でございます。
高貴なる存在であらせられます炎龍様のお気を煩わせるようなことはしたくありません。
ですからわたくしのことはただの雑草だと思っていただいて、このままお帰り頂きたく存じます。
「こんな愉快なことは初めてだ。其方に我の炎を受けて生き延びた褒美をやろう」
え、ご褒美ですって?
もしかして炎龍様、私を見逃してくださるのですか?
なんて慈悲深いドラゴンなのでしょうか。
えぇ、私はわかっていましたとも。
この炎龍様が気に入ったお花を焼却してしまうような悪い竜ではないということを。
きっと自然を慈しみ、蜜を愛する心優しくも気高いドラゴン様なのね。
森は火事になってしまったけど、そういうことにしておきましょう。
「一思いに灰にするのは止めた。じっくり時間をかけて確実に燃やしてやろう」
ううん?
ちょっと、どういうことなのー!?
なにもご褒美ではないのですが。
結局燃やされる定めじゃない。
「勘違いするな、我が其方に与える褒美とは時間のことだ。燃え尽きるまでの残された短い最後の時をじっくりと味わうと良い」
炎龍の光る尻尾から、小さな青い炎が飛んできた。
その小さな青い炎は、私の球根に付着する。
見ればわかる。これは魔法の炎だ。
「この青い炎を消すことは其方にはできぬだろう。水をかけても消えない、特別製の炎だ」
たしかに、この青い炎はすぐに燃え広がる気配を見せなかった。
けれども、ゆっくりと着実に燃える範囲を広げていく。そんな不思議な火だった。
「火力は抑えたのですぐに全身に炎が回ることはない。じわじわと燃えていき、残された生の時間を噛みしめながらゆっくりと灰になるが良い。其方に時間を与えたのは我からの蜜の礼とも思ってくれ」
むしろ、お礼はさっきの炎のブレスだけにして欲しかったのですが。
というか炎龍様、一度この場を去ったよね。
なのにこっそりと戻って来るとか、どれだけ私のことが気になっていたのさ。
それだけ気になっているのなら、もうこのまま私を持ち帰ろうよ。
朝食用のデザート兼愛玩用の観葉植物でいいからさ。
私をお側においてください。
燃やされるよりは良いのです。
「時間はかかるが、間違いなく其方を燃やして息の根を止めることであろう。さて、我は忙しい。まだ仕事の途中だからな。まあこの有り様ではもう殺してしまったかもしれぬが……」
炎龍が森をぐるりと見回した。
どこから探すか、と呟きながら大きな巨体を動かし出す。
「では本当にさらばだアルラウネ。蜜、旨かったぞ」
炎龍様はのしのしと体をゆらしながら、森の奥へと去っていった。
今度こそ、私は一人に戻ったのだ。
さてと、どうしましょう。
炎龍が蜜を気に入ってくれたおかげで、この場で焼却処分されることだけは防げたね。
絶望的な状況だったことから考えると、ある意味それだけでも勝利といえるでしょう。
ただし敗北もしている。
なにせ時限装置つきの魔法の炎を装備させられてしまったからね。
この火は水でも消えないと言っていた。
そうして青い炎は、静かに私の体を侵食させていく。
この調子だと、火事がこの辺りにまで広がってくる頃には、私の全身が青い炎に包まれていることでしょう。
つまり残された時間はかなり少ない。
女子高生時代の感覚からすると、おそらく1時間もないだろうね。
これじゃ地面に穴を掘って、火事から身を守ろうという私の計画がご破算だよ。
土に潜っても、きっとこの青い炎はなくならない。
試しに土を火にかけてみたけど、消せなかった。もうどうしようもないよ。
なんなの、このご褒美は。
最後の時を噛みしめろって?
もうすぐ燃やされて灰になる未来がわかっているのに、なにを堪能すれば良いのさ。
まるで命のロウソクみたいだよ。
ロウソクが燃え尽きると、その人の寿命も尽きるってやつ。
私がロウソク自体になっちゃったけどね。
今の私にできることはなにもない。
考えることといえば、森サーのみんなの安否くらいかしら。
そんな私の思考が通じたのか、まだ燃えていない右側の森からヘリコプターのような重音が聞こえてきた。
私の女騎士ことハチさん軍団がやって来たのである。
その後ろからは、大きな蝶がゆらゆらと舞っていた。
お蝶夫人と取り巻きのてふてふたちの姿だ。
みんな、無事だったのね。本当に良かった。
森サーのみんなが私のところに会いに来てくれた。
うぅ、私は嬉しいよ。
こうして森が火事になっている中で心配してくれる友達がいるんだから。
ごきげんよう。
ハチさん、お姉さまはご無事ですか?
そう、ハチさんの巣はあの火炎放射から免れたのね。
でも、火事によって巣を追われることになってしまったと。
ふと、森の上に視線を移す。
ハチ型モンスター、ツォルンビーネが群れを密集させながら飛んでいた。
あれは分蜂だね。
ミツバチは巣に新しい女王蜂が誕生すると、古い女王蜂が半数ほどの働き蜂を連れて引っ越しを行う習性があるのだ。そのことを分蜂という。
女王蜂はフェロモンを出して、群れを統率することができる。そのため、みんなで仲良く一緒にお引越しができるのだ。
ということは、あの先頭にいる大きなハチさんがお姉さま。女王蜂なのね。
お初にお目にかかります。
ごきげんようお姉さま。
こうしてお会いできてうれしく存じます。
火事から逃げるために、仕方なく群れの全員を引き連れて分蜂をしているのかな。
うん。それが良いよ。
このまま森に残っていても、火事に巻き込まれてしまうだけだからね。
ということは、お蝶夫人たちもお引越しかな。
ハチさんたちの後に着いていくところを見ると、森サーの仲間として仲良くしているみたいだね。森サー設立者として、私は嬉しいよ。
早く森から脱出しないと火に囲まれて逃げられなくなってしまうのに、みんなはわざわざ私のところまで来てくれたんだね。
まったく、ハチさんもお蝶夫人も、みんなおバカさんだよ。
植物である私はここから移動できないことはわかりきっているというのに。
この火事で取り残されて燃えてしまうのは明白。
それなのに、こうしてわざわざ貴重な時間を使用して、会いに来てくれたんだ。
──あぁ、どうしよう。
目から蜜が垂れてきちゃったよ。
ホント、もうしょうがないね。
森サーが発足した当初は、蜜と餌を交換するギブアンドテイクの関係だったのに。
そうやって共生する仕事上の付き合いだったはずが、気がついたら魔王軍のミノタウロスに命をかけて一緒に戦ってくれるようなお友達に変わっていたのだから。
ホント、しょうがないよね。
だからね、この最後の蜜はハチさんとお蝶夫人にあげるよ。
ほら、早く蔓から蜜を採取して。
大事に味わってね。
私からの最後の贈り物だよ。
あぁ、そんな悲しそうな顔をしないでちょうだい。
みんなが森を去っても、私はこの森に残るから。
ちょうど炎龍から時限爆弾みたいなのを付けられちゃったしね。
たとえここから逃げられても、私は燃えてしまう運命なの。
だからこの森の主として、植物として、ここで最後を迎えるよ。
でもね、そんな運命にみんなは付き合ってもらうことなんてないの。
だからこんな危ないところで油を売っていないで、早くここから逃げて。
さあ皆さん、今生のお別れです。
今日をもって、この森サーは解散です。
ハチさん、今まで女騎士として私のために戦ってくれてありがとうね。ハチさんたちとは長い付き合いだから色々とあったけど、友達になれて本当に私は幸せだったよ。
お蝶夫人、ミノタウロスたち魔族との舞踏会では大変助かりました。またみんなで踊りましょうね。もちろんお茶会もセットでしてよ。
さあ、早くお行きなさいな。
火事がもうすぐそこまで来ていましてよ。
私のことは気にしなくて良いから。
だから皆さん、今度こそごきげんよう。
名残惜しそうにしながら、ハチさん軍団とお蝶夫人たちは、森の奥へと飛んで行った。
さようなら、私のお友達。
アルラウネになって初めてできた、友達だったね。
できれば他の森に逃げ延びたとしても、たまにで良いから私のことを思い出して欲しいの。
せめて記憶の中だけでも、とある森に一人のアルラウネがいたということを忘れないでいてくれれば、嬉しいな…………。
次回、森と共に燃えぬです。







