45 白い鳥の隠し事
私、植物モンスター娘のアルラウネ。
こっちはなぜか人語を喋る白い鳥さん。
私の球根が燃えるという緊急事態に現れたのは、白馬の王子様である白い鳥だった。
白い鳥さんはバケツの水で消火してくれると、「隠れて」といきなり話し出したの。
もう驚きだよ。
でも、ちょっと待ってよ。
なんで白い鳥さんは人の言葉が喋れるの?
だって冬には「チュン」としか鳴かなかったじゃない。
それが春になったら「隠れて」に変わるなんておかしいよ。
男子三日会わざれば刮目して見よ、とは言うけど、ここまで成長するものなの?
オスなのかメスなのかわからないけどさ。
とにかく、もう下手とか上手いとかそういう次元じゃないって。天才ですか、白い鳥さんは。
まあそんなことはないよね。
「あいつが来る前に、隠れて」とまで言っているし、完全に言葉を理解しているよね。才能のレベルじゃないよ。
この春にいきなり喋れるようになったのか、それとも前から話せたけども隠していたのか。どちらなのかはわからない。
それでもこれだけは事実。
私は、白い鳥さんと会話ができるということだよ。
「鳥さん、喋れ、たの?」
白い鳥さんは黙ったまま私を見つめる。
「お願い、鳥さん、喋って、欲しいの」
「……隠していたのは謝る。けど、今はそれどころじゃない」
隠していたということは、前から言葉が話せたのね。
でもね、謝らなくても良いんだよ。むしろ私は嬉しい。
あぁ、なんだか感動するよ。
何度となく命を救ってくれたあの白い鳥さんと対話をすることができているなんて。今でも信じられないね。
「鳥さんは、何者なの?」
「それは……」
白い鳥さんの嘴が止まる。
そして、私たちの会話を邪魔するような轟音が耳に入る。
巨大な何かが近くに落下するような、重厚な衝撃が森に響き渡った。
なにかとんでもなく大きい存在が、森に降り立ったのだ。
その音の主は、一歩ずつこちらに近づいているようだった。
ドスン、ドスン、と次第に音が大きくなっていく。
白い鳥さんが焦ったように羽ばたきだした。
「あいつが来る。もう行かなくちゃ」
森の木々よりも上に行かないよう、低空飛行のまま白い鳥さんはこの場を離れようとする。
「喋る花、なんとか生き延びて。そしたら水やりしに来てあげるから」
「待って鳥さん、あいつって、誰?」
私の言葉を背にしながら、白い鳥さんは逃げるように動き出した。
そのまま木の間を滑空して、視界から消えて行った。
なんだったの、今のは。
まるで夢のよう。
まさか白い鳥さんとお話する日が来ようとはね。
白い鳥さんは私のことを「喋る花」として認識していたんだね。
私も白い鳥さんのことはずっと「白い鳥」と呼んでいたし、今では「喋る白い鳥」という認識だからお互い似たような認知の仕方だね。ちょっとおもしろい。
互いに呼び名が外見の印象しかないのは、自己紹介なんてしたことがないからだ。
できればゆっくりとお話を聞きたいところだけど、今はそんなことを言っている時間はないみたいだね。
白い鳥さんは「隠れて」と私に告げていた。あいつが来るからだと。
でもね、隠れてといわれても、どうやって隠れればいいのかな。
私、移動できないから蔓で隠れることくらいしかできないのだけど。
というか白い鳥さん、この火事から生き延びることができたら私に水やりしてくれるの?
めちゃくちゃ嬉しいのですけど!
白い鳥さんは私のためにそんなことまでしてくれるのね。
ちょっと楽しみになっちゃった。
森で白い鳥さんを含めた森サーのみんなとお茶会をする光景を想像します。
女騎士であるハチさんと、お蝶夫人たちてふてふ、そして白い鳥さん。
今までとは違って、今度からは言葉を交わして談話をする相手までもいる。
白い鳥さんとも一緒に舞踏会だってできるかも。
なんて楽しくなりそうなお茶会かしら。
そうやってこの森で、私は静かに植物ライフを送るのだ。
それはとっても、幸せなことだよね。
──さて、現実に向き合いましょう。
私がこの森で楽園を保つためには、この火事をなんとかしなければならない。
その火事の原因となった放火魔が、なぜか私のところに向かってきているのだ。
これはチャンスかもしれないよ。
放火魔さえなんとかすれば、これ以上火事が広がることもない。
いくらあんなに怪獣映画みたいなことをする存在だといっても、きっと隙があるはず。こっちはパッと見はただの花だもん。
伏兵のように花のフリをして潜んで、放火魔が来た瞬間に毒花粉を食らわせてあげれば勝機はある。
本当は地中に隠れたいところだけど、間に合うかな。
数本の蔓を密集させて、穴を掘り出します。
うーん、やっぱり厳しそう。
蔓単体だけを地中に忍ばせることはできるのだけど、やっぱり大量の土を持ち上げるのは苦手なの。
ハチさんやてふてふみたいなサイズの穴ならそうは難しくないけど、私ほどの大きさとなると少し手間なのだよね。
なにせ下の球根がでかい。数々のモンスターを一口で捕食してきた球根は、それなりの大きさを誇っているのだ。
ゆっくり時間をかければ掘れなくはなさそうだけど、すぐそこに巨大な何かが近づいて来ている現状では、間に合いそうにない。
こんな短期間で私全体が入れるような大きな穴は掘れないか。穴を掘るのが得意な植物とかだったら平気だったのだろうけど。
この巨大な何かをやり過ごしたら、穴を掘るのも良いかもしれない。
そうすれば少しは火事から身を守れるよね。
だから今は蔓で繭を作って、その中に隠れましょう。
繭の中からでも、突然の来客の歓迎くらいできるんだから。
これからが正念場。少し気合を入れて、頑張りましょう。
さあ、お茶会のお時間です。
森の主として、たとえあなたが放火魔であろうとも大事なお客様として対応させていただきますわ。
まず招待状をお送り致しましょう。二度と帰ることはできない、天国へと昇る至高なお茶会となることでしょう。
お客様の進行方向の地中に茨を潜ませます。
これで歓迎の準備は完璧ね。
私がお茶会の主催者としての下ごしらえを終えて満足していると、いきなりすぐそこの森が空に飛びあがった。
森の木々が薙ぎ払われたのだ。
お茶会の来賓は、森の木に隠れるようなちっぽけな存在ではなかったみたい。
木を簡単に踏み潰しながら、巨大な体をゆさゆさと揺らしながら一歩ずつ前進してきた。
ついにお客様の姿が露わとなる。
森の放火魔の正体。
それはドラゴンでした。
四足歩行で森を進み、大きな翼が動くたびに風が吹き荒れる。
10メートルもあったクマパパよりもでかい。
地に手足を全てつけてこれなのだから、ドラゴンが二足歩行で立ち上がったらもっと大きく見えるのだろう。
ドラゴンの体は全身がマグマのように燃えていた。
そして灼熱に包まれた光る尻尾を持っている。
こんな神々しくも恐ろしいドラゴンは初めて見た。
このドラゴンはただのドラゴンではない。
炎龍だよ。
通常のドラゴンよりも上位の種族。
その炎龍の中でも、おそらく最上位の個体でしょう。
それほどまでの圧倒的な炎の圧力を感じるの。
つい龍王と呼びたくなるような威厳を持ち合わせているよ。
絶大な力を秘めていることが察せられる。
そういえば放火魔はUFOでもあった。
つまり夏を呼ぶUFOの正体は炎龍だったのだ。
去年の夏の深夜、燃える飛行物体が光りながら空を飛んでいた。
まさにこの炎龍の姿そのものだ。
季節を変えるドラゴン。
なにそれ、絶対強いじゃん。
それに、さきほどの太陽みたいに光り輝いていた姿にも納得がいく。
さらには怪獣映画のビームを発したのは、きっとあの光る尻尾だろう。
あの尻尾から森に光線が放たれたのだ。
うん、なんだか納得だね。
怪獣映画みたいだとは思っていたけど、まさか本当に怪獣が出てくるなんて。
こんなに強大な存在は初めてお目にかかるよ。
私は聖女時代、魔王軍の幹部を倒したことがある。
幹部は尋常ならざる相手だった。
あの時も死ぬかと思うような激しい戦いを経験したけど、それでも敵を滅ぼすことができたの。
その魔王軍幹部のことが可愛く思えてしまうほど、目の前の炎龍は遥か高みの生物だった。
幹部より強いって、どういうことなのさ。
もしかして魔王軍の四天王なの?
四天王で最強の存在だったりするの?
それとも、それ以上のお方……?
あ、これは、無理だわ。
ピーピー!
緊急事態警報を発令します。
お茶会は中止です。
計画変更ですわよ。
このドラゴンとはお茶会はできないよ。
だって大きすぎて私の蔓の椅子では支えきれないもの。
それに偉大な種族であるドラゴンの上位種であらせられる炎龍様を森サーの庶民派お茶会に歓迎するなんて、大変失礼なことですものね。
下賤の者であるわたくしが炎龍様の視界に入るようなことがあっては、粗相になってしまうわ。
だから炎龍様がやって来るまえに退場いたします。
ごめんあそばせ。
──って、どこかに逃げたいです。
でも、逃げられないの。
だって私、植物だからぁ………………。
お読みいただきありがとうございます。
初投稿から約一ヵ月経ちまして、おかげさまで異世界転生/転移の月間ランキングで42位になることができました!
これも皆さまの応援のおかげです。改めて感謝申し上げますm(_ _)m
本日も二回更新となります。
次回、炎の王です。







