44 白馬の王子様、あるいは王女様
巨大な炎の波が森を襲った。
まるで恐ろしく大きい火炎放射器に噴射されているような光景だ。
森が焼き払われてしまっている。
でも、一番問題なのは、その火炎放射が私の方へと飛んできていることだ。
直撃すれば、私は一瞬で灰になってしまうだろう。それくらいの火力なの。
このままでは森と一緒に燃やされてしまうよ。
誰か私を助けて……!
でも、そんな都合の良い人は現れてはくれない。
現実は非情なのである。
自分の身は自分で守らないとね。
蔓で体をガード。
植物の壁では、簡単に燃えてしまうかもしれない。
それでも、私にはこれしかできないの。
だって植物は逃げられないのだから。歩けないから物陰に隠れることだってできない。
植物はただ迫りくる炎を浴びて燃やされる運命なの。
──目を開けると、私は無事だった。
どうやらあの火炎放射は私には当たらなかったみたい。
ギリギリ、炎の掃射から逸れたみたいだね。危なかった。
でもね、その代わり、私の左側の森が炎上していたの。
私をかするように飛来した激流の炎は、森の一部を一瞬で灰にしてしまった。
あと少しでも角度が違えば、直撃していただろう。そうなれば今頃、私もあの灰の仲間入りをしていたかもね。
この威力、ただの炎ではないよ。
超高度な魔法攻撃、もしくはそれに準ずる何かでしょう。
森を燃やしている犯人さん。いえ、犯人様。
先ほどはお説教をしてやるなんて生意気なことを述べてしまい、大変申し訳ございませんでした。
お手数をおかけしますので、名乗りあげなくて結構でございます。
あなたは無罪です。どうかこのまま静かにお帰りいただけるようお願いいたします。
だから、もう火炎放射はしないでよね。
怪獣みたいな光線もダメなんだからね。
あんな攻撃ができる存在は見たことがない。
もしもあの炎が直撃でもしたら、植物の身である私はひとたまりもないよ。一瞬で消し炭になってしまう。
なんなのこれ。
いったいなにがどうなっているの。
誰が暴れているのかはわからないけど、関わらないのが一番なのは間違いない。
それでも、森が火事になっているのだから他人事でもないのよね。
炎のせいでこんなに空気も熱くなっているし。
体だって燃えるように熱いよ。
え、燃えるように?
下に視線を向けると、蔓が燃えていた。
それだけではない。
いつの間にか球根にまで燃え移っていた。
うぎゃぁあああああああああ!!
火事だぁああああああああああああッ!!
しょ、消火しなくちゃ。
水筒を取り出して、火を消していく。
それでも、全ての火を消すことはできなかった。
水筒の中身の水が、少なかったからだ。
ミノタウロスを倒してから、雨はまだ一度も降っていない。
先ほどの王国の兵士相手にも水筒を使ったので、十分な水量が残っていなかったのだ。
万事休すである。
誰か、助けて……っ!
私の心の声を聞き届けてくれたのか、前方の茂みから何かが近づいて来た。
来たよ、私の救世主!
白馬に乗った王子様!!
いえ、王女様でも構いません。
どなたでもいいから助けてください。
そうしたらあなたのために私はこの身を捧げましょう。
それくらいね、私は切羽詰まっているの。
だが、王子様は白馬じゃなかったみたい。
タヌキだった。
タヌキの群れが、走りながらやって来たのだ。
先頭にはあのタヌキ長老がいる。
もしかしてタヌキ長老がぽんぽこたちを引き連れて私のピンチに駆けつけてくれたというの?
さすがは長老。頼りになるね。
けれどもおかしなことに、ぽんぽこたちは私を素通りして、森の反対側へ全速力で走り去っていった。
タヌキ長老もこちらを一瞥しただけで、群れを率いて森の彼方へと消えてしまう。
まるで、もうこの森は終わりだとでも言うような全てを諦めた表情で。
……もしかして、私、見捨てられた?
そんなのってないよ、あんまりだよ。
いくら植物が森の主だからといってもさ、もう少しくらいは協力してよ。
こっちだってタヌキ長老が連れて来た魔族を倒すために命をかけて戦ったりしたんだから。
うぅ、私に味方はいないの。
せめてお水が欲しい。
もうね、全部燃えちゃいそうなの。
球根の一部がこんがりと焼けてしまっている。
このままじゃ野菜炒めされちゃうよ。野菜じゃなくてただのお花だけど。
私が目から蜜を垂れ流しにして泣いていると、空に白い点が現れた。
その小さな白い物体は、こちらに近づいてくるにつれて徐々に鳥の輪郭に見えてくる。
白い鳥が、来てくれたのだ。
ああ!
白い鳥さん、あなたはやっぱり私の白馬……いえ、白鳥の王子様なのね!
それとも白鳥の王女様?
オスなのか、メスなのか。
鳥さんの性別、わからないや。
でもね白い鳥さん。
こんな大ピンチに駆けつけてくれるなんて、私はすごく嬉しいのだけど、ちょっと気になることがあるの。
白い鳥さんが足で持っているそれって、バケツだよね?
なんで鳥さんがバケツを持って空を飛んでいるの?
私の疑問には答えてくれないらしく、白い鳥さんは私の頭上まで飛んでくる。
そして、バケツを落としてひっくり返した。
バシャーン。
水の塊が球根の炎に直撃する。
バケツの水によって、火が完全に消されたのだ。
──た、助かったよ。
まさか白い鳥がバケツの水で消火してくれるなんて夢にも思わなかったね。
白い鳥さん、ありがとう。
もうこの身を白い鳥に捧げても良いくらい感謝しています。
でも、その前にちょっと訊きたいことがあるの。
あのね、鳥さん。
気になるのだけど、ただの小さい鳥であるあなたが、どうすれば大量の水が入っているバケツを持ったまま飛べるの?
自分の体より大きいバケツを持つだけでも厳しいでしょう。
それなのに水で重くなったバケツを持って空を飛ぶなんて普通は不可能だよ。
ねえ白い鳥さん。
やっぱりあなた、普通の鳥じゃないよね?
普通の鳥はね、バケツで消火活動とかしないの。仮にやろうと思ってもできないしね。
あなたはいったい何者なの?
私と同じように実は魔物だったりするの?
だから他の鳥より頭も良くて、力持ちなの?
謎は深まるばかりだけど、とりあえず私は鳥さんにお礼を伝えることにした。
「助けて、くれて、ありが、とう」
この白い鳥さんに命を救ってもらったのはもう何度目かしら。
それくらい、私は白い鳥に助けられている。
なんでこんなに気にかけてくれているのかはわからないけど、とにかくありがとうね。感謝しています。
でも、さすがに言葉は理解してくれないか。
冬に花を取ってきてとお願いした時も、言葉だけでなくジェスチャー込みで伝えたからね。
今回も蔓を使って、私の感謝の気持ちを伝えましょう。
いくら白い鳥が特別だとして、鳥に人の言葉はわからないのだから。
でも、私は次の瞬間、驚愕の事実を知ってしまうことになる。
白い鳥が私の目の前まで飛んできて、その場で滞空を始めた。
そうしてその可愛らしくも小さな嘴を開いて、鳴きだしたのだ。
「隠れて」
──────え。
ちょっと今、白い鳥さんが変な風に鳴かなかった?
たしか白い鳥さんは鳴くのは苦手だったはずだけど、この短期間でさらに下手になってしまったの?
それとも逆に上手くなりすぎちゃったの?
なんだか人の言葉のようにも聞こえたのだけど、もしかして火にやられて幻聴でも聞いちゃったのかな。
「早く隠れて」
白い鳥が私に話しかけている。
やっぱり人の言葉にしか聞こえない。
今度こそ認識してしまった。
この白い鳥は、人の言葉が分かるのだ。
「あいつが来る前に、隠れて」
白い鳥が、しゃ、喋ったぁああああああああああああああああああああああ!!
お読みいただきありがとうございます。
一ヵ月記念ということで、明日も二回更新にしたいと思います。
次回、白い鳥の隠し事です。







