書信 出稼ぎ伍長の仕送り便 前編
兵士の伍長さん視点です。
俺の名前はフランツ。
これまでずっと故郷の村で暮らしていたが、今は王国の兵士として伍長の役職を拝命している。
俺の故郷はとある有名人が生まれ育った場所としてちょっとだけ特別な村だ。
有名人の名は大賢者オトフリート。
大賢者が生まれ育ち、現在も住んでいるということでちょっとだけ有名な村でもある。
なにせ大賢者に影響されたせいなのか、村人には魔法が得意なものがなぜか多い。俺もその一人だった。
俺は普段、森に動物を狩りに行って生計を立てる狩人をしている。
しかし、今年は狩人を休業するしかない事態が起きた。それが冬の大寒波だ。
大雪のせいで春になっても冬眠したままなのか、それとも永眠してしまったのか、冬を越せない動物が多かったらしい。そのため獲物が激減した。
このままでは女房と娘に旨いものを食べさせることができない。なんとかしろと女房に尻を蹴られてしまった。
最近の女房は、どうも隣の家に住む大賢者の妻のばあさんに似てきた気がする。お隣さんだから会話をすることが多いのは当然なのだけど、本当おっかないな。
隣の家の女性はみんな気が強い。大賢者夫人であるばあさん、亡くなってしまったその娘、そして大賢者の孫娘、みんな気が強い。
孫娘だって両親を亡くしているのに立派に成長している。だらしがない弟のほうとは大違いだ。
その弟は大賢者のじいさんと一緒に旅をしているはずだ。今頃どうしているのだろうか。
大寒波の影響は他にもあったらしく、どうやら魔王軍との最前線であった城塞の街が落ちてしまったらしい。そのため、魔王軍に備えるために新たな新兵の募集が行われた。
狩人が失業になり、俺は女房に駆り立てられるように兵士になることになった。
炎魔法の腕が認められて、新兵ながら伍長に抜擢され、いきなり部下を持つ身になってしまう。
やれやれ、俺に兵士が務まるだろうか。
これまで自由気ままに一人で仕事をしていたのに、いきなり宮仕えの身になるなんてな。
しかも4人の部下をまとめる伍長だ。
これでも子供の頃から大賢者のじいさんに少しだけ手ほどきを受けていたので、腕には自信があるのだが。
まあ給料が一般兵士より高ければそれで良い。なにせ女房と娘に仕送りをしなければならないのだから。
俺は大金を稼いでくると家族に自信満々で告げて、村を出た。
兵士となったが、運悪くいきなり遠征要員となってしまった。
なんでも辺境の村で魔女が出たらしく、そいつを討伐しに行くらしい。
魔女狩りに動員され、村に到着する。
だが予想外なことに、軍が村に到着してすぐに魔女が森に逃げ出したらしい。
王都から来たという宮廷魔導士が魔女狩りの責任者として兵士たちへ指示を出し始める。
なんでも宮廷魔導士の副長をしているくらい偉くて強い人物らしい。
配下である宮廷魔導士も数人連れてきているようだ。
それほどの人が部隊にいてくれるのは正直頼りになるな。
俺たちは森へ逃げたという魔女を捜索する命を受けた。
伍長として4人の部下と共に森へ進む。
すると、森の中で不自然な蔓の塊を見つけた。
穴が開いたようにそこだけ木がなくなっている不思議な場所だった。
その中心に大量の蔓が密集している謎の塊があったのだ。
これはそうだな。
どう見ても怪しい。
森で長年狩人をしてきたが、こんな不思議な光景は初めて目にした。
もしかしたら、この中に魔女が隠れているかもしれない。
誰かが身を潜めるのにはぴったりな場所だろうしな。
俺は部下に指示を出して、蔓の塊に近づいていく。
すると、蔓が少しだけ動いたのだ。
どうやら中に誰かいるようだ。
俺たちが当たりを引いてしまったな。
気を引き締めて、前進していく。
そこで俺は驚くことになる。
蔓の間から、綺麗な少女の顔が出てきたからだ。
「こん、にちは」
蔓の中に絵に描いたような可憐な女の子が入っていた。
森の美少女という言葉がふさわしいような娘だ。
少女は黄緑色の長い髪をしており、とても整った顔をしている。
こんなに綺麗な女性と出会ったのは女房以来だ。
いや、こんなこと言えないが女房以上かもしれない。本当に驚いた。
どこかの貴族のご令嬢だと説明されても、頷いてしまうような美貌を持っている。
むしろ、ただの村娘と自己紹介されるよりそれらしい。
彼女は俺たちに挨拶をしてきたが、緊張しているのかどこかたどたどしかった。
いったい何者なのだろうか。
どうやら目当ての人物ではないみたいだ。
聞かされていた魔女の外見とは全く一致しない。人違いだったようだな。
それなら、どうして彼女はこんな森の中にいるのだろう。
ここは危険なモンスターがたくさん住み着いているという魔の森だ。
年若い女の子が一人でいるのは危なすぎる。
「お嬢さん、怖がらないでください。俺たちは王国の兵士です。そんなところにいないで、どうぞこちらへ」
少女へ手を差し伸べる。
だが、なぜか少女はこちらへは行けないと拒否の返答をした。
表情を観察すると、とても困ったような顔をしている。
部下たちが蔓に絡まって出られないのではと騒ぎ出した。
助けてやろうと少女の元へと歩き始める。
美人な女の子に良い所をみせてやろうと躍起になっているのだろう。しょうがないやつらだ。
だが、次の瞬間、俺たちは森に似合わぬ不自然な姿を目にすることになる。
「来ちゃ、ダメ」
少女が腕で拒絶のポーズをとると、蔓から上半身が出てきて、体が見えるようになったのだ。
少女はなぜか裸だった。
いや、正確には胸元を蔓で隠しているから全裸ではない。
だが、裸といっても過言ではないようなとても信じがたい格好だった。
若い女性の肌をあそこまで目にすることになったのは久しぶりだな。
とんでもない姿を見てしまったと、心臓が跳ね上がるのがわかる。
そこで俺は違和感に気がつく。
普通の少女がこんな格好をしているのはおかしい。
踊り子やその道の女でなければ外であんな姿はしないはずだが、こんな森の奥に一人でいるのは不自然だ。
正気の沙汰じゃない。
よくもまあ、あんなに恥ずかしい服を着ているものだと理解できないぞ。
この綺麗な少女の裏にはなにかがある気がすると、俺の狩人としての勘が告げていた。
だが、少女からは本当に困惑しているような印象を受けてしまう。
なにか深い理由があるのかもしれない。
「お嬢さん、もしかしてあの村の娘かい?」
「……違います、一人で、暮らしています」
なんだか怪しいな。
一人であんな格好のまま森に暮らしているなんて信じられるか。無理だろう。
年頃の娘が、そんな格好で危険な森に一人でいるというのは我が目を疑う。
頭がおかしいんじゃないかと心配になってしまうぞ。
「なんでそんなところに。早く出てきなさい」
「蔓が絡まって、出られ、ないのです」
それなら出られない理由にはなるな。
だが、それは嘘だろう。
蔓がモンスターだったりすればあり得そうだが、ただの植物の蔓の中に入り込んで出られなくなったなんて話は到底信じられない。
もしかしてあんな恥ずかしい格好をしているから、外に出るのが恥ずかしいのではないか。
こちらは大の男が5人もいる。
外に出たらなにかされるのでは怖がっているのかもしれないな。
なら、紳士らしく、誠実な態度を取ろう。
そうすればこの娘も安心して、心を開いてくれるかもしれない。
「こんな綺麗なお嬢さんを一人で森に置いておくわけにはいかない。待っていなさい、すぐに助けるから」
すると部下の一人から呼び止められた、故郷のとある云い伝えを話し始めた。
森で美女に出会って誘われても、絶対についていくな。きっとそいつはアルラウネという魔物だ、と部下は語った。
南の地方にはアルラウネという魔物が森に住みついているらしい。
アルラウネは綺麗な女性の外見で人を誘き寄せ、人を虜にしてしまう凶悪な魔物だという。
上半身は人間と同じだが、腰からは大きな花が生えており、下半身は植物の体をしている植物モンスター。それがアルラウネなのだと。
たしかにあんな破廉恥な格好の少女が森にいるなんて不自然だ。
少女は服を着ておらず、胸元には蔓を巻いている。
もしかして、それは森に住むモンスターだからではないか。
モンスターなら服など持っていない。蔓で代用するのは考えられることだ。
そして男の目を引くような肌が多い姿で、こうやって獲物を誘っていると。
事実、俺たちは少女の元へと近づいていこうとしていた。
まるでアルラウネに誘われている状況じゃないか。
雲行きが怪しくなってきたな。
「お嬢さん、ちょっと俺たちに足を見せてはくれませんか?」
蔓に絡まっていても、足くらいは動かせるだろう。
足、もしくは下半身の一部だけでも見せてくれたら、少女が人間だという証拠になる。
もし足が見せられないのであれば、きっとこの娘は人ではない。
案の定、少女は足を動かせないと回答してきた。
確信はまだないが、ほぼ人間ではないだろう。
だが、まだ魔物という証明されたわけでもない。
ここで俺は一つの手を打つことにした。
少女に当たらないよう、俺は槍を蔓の塊めがけて投擲する。
もしものことを考えて、少女に足があったとしても刺さらないような場所に槍を刺した。
槍が刺さった瞬間、少女は怖がってはいたようだ。だが、それは普通の少女でも同じ反応をするはず。
蔓が少し動いた気もしたが、錯覚かもしれない。
ならばと、かまをかけてお前はアルラウネだと宣言してみる。
「私は、アルラウネなんかじゃ、ないです。人間、なんです。信じて、ください」
どういうわけか、とても説得力あふれる言葉に聞こえた。
本当に彼女は人間なのではないかと思いたくなるような必死さがあふれている。
だが、人と話すことに慣れていないのは明白。
そのことを指摘してみると、あっさりと魔物であると認められてしまった。
それまで微動だにしなかった蔓がひとりでに動き出す。
蔓が槍を引き抜いた。
そして、背伸びをしながらしょうがないなというような表情で少女が吐息を吐き出す。
今度は蔓が一斉に動き出した。
ついに少女の全身の姿が露わとなる。
腰から赤くて大きな花が咲いていた。
その下には葉が連なり、さらに下には巨大な球根が根をつけていた。
恐るべきはその球根だろう。
食虫植物のような大きく禍々しい口がついている。
どうみても私は肉食ですとアピールしているようなものだ。
危なかった。
もしも少女を助けに近づいていたら、あの蔓で捕獲され、俺は球根の口で食われていただろう。
もしも部下がアルラウネの云い伝えを思い出さなかったら、俺はきっと彼女の栄養にされていたということだ。
すっかり騙されていた。
口笛を吹きながら少女へと賞賛を向ける。
なるほど、本当にモンスターだったとは。
でも、これなら理解できる。
なぜ少女があんなはしたない姿をしているのに、人間らしく恥ずかしがらなかったのか。
それは少女が植物のモンスターだったからだ。
人間性など最初から持ち合わせていない。
だから今、自分がどれだけ破廉恥な格好をしているか、そもそもわからないんだ。
魔物でなく、本物の少女であったならお嫁にいけないと泣き叫んでもおかしくないくらいだからな。
植物のモンスターならそんな倫理観は持ち合わせていない。肌を出すのも、獲物である人間の男を近寄らせるため。その程度のこととしか思っていないはずだ。
森に住む痴女と遭遇してしまったと思うよりは、彼女が森の魔物であったほうが安心してしまうのは不思議だな。頭のおかしい女などここにはいなかったというわけだ。
少女──いや、アルラウネが俺のことを睨むように見てきた。
人ではないことがバレて、よほど悔しかったのだろう。
それとも、簡単に獲物が食べられなかったと嘆いているのだろうか。
どちらにしろ、魔物は駆除しておいたほうが良い。
俺たちは武器を構えながら近づいていった。
それが、まさかあんな悪夢を見ることになるとは露知らず。
だが、その悪夢すら、まだ序章だったのだ。
この一日で多くの人間の人生が狂わされることとなった。
もちろん、俺の人生もだ。
だが、まだ俺は幸せなほうだろう。
なにせ、俺以外の味方は全員あの村から出ることができなかったのだから。
今回は伍長さん視点でした。
伍長さんは子どもの頃から大賢者に魔法を教わっていたので、ただの一般人であったにも関わらず魔法が得意だったのでした。しかも兵士になりたてなのでまだ伍長の役職です。一般兵士⇒伍長と昇進していきます。
次回、出稼ぎ伍長の仕送り便 後編です。