42 元聖女である私がこんなことをしなければならないなんて背徳感からドキドキしてしまいます
私は無数の蔓を生やして伍長さんを取り囲みました。
3本の大斧を蔓で掲げてプレッシャーをかけ、マンイーターの花で標的をロックオンします。
「武器を、捨てて、降伏、しなさい」
最後通告です。
私は人間を傷つけたくはない。
できればこれ以上、人と争いたくはないのです。
大人しく従ってくれればいいんだけど。
伍長さんは諦めるように弓を落としました。
そのまま両手を頭の上にあげます。
降参してくれるのかな。
良かったー。
これで問題解決だね。
さて、この後はどうしましょうか。
このまま軍に返すわけにはいかないよね。
私の存在を忘れるようにお願いをして軍へ戻したとしても、きちんと約束を守ってくれるとは考えられない。
きっと律儀に上司へ報告して、討伐隊を率いてこの森に戻ってくるでしょう。
なら、このまま私の栄養にしてしまいましょうか。
本当はそれが一番簡単で確実な方法なのだけどね、今の私にそれをする勇気はまだない。
せっかく無傷で3人も生け捕りにできたのだから、死なさずに生かしたまま拘束しないとね。
人間の男性を3人も飼うにはどうすれば良いのかしら。
そんなことしたことないからわからない。
経験があってもビックリだけどさ。
子飼いの兵士さんか。
お喋り人形としては飽きないだろうし良いね。
私ね、凄く暇なの。
だからコミュ障を治すお相手になってはくださいませんか。
まさか聖女として国中の国民から称えられた私が、大人の男の人を3人養う日が来ようとは……。
なんだか背徳感が凄い。
聖女である私が、男性を3人も傍に置くことになるなんて。
いけないことをしているようで、不本意にもドキドキしてしまうのは気のせいかしら。
でもね、勘違いしないでちょうだい。
言葉だけ見ると凄く悪いことをしているように思えるけど、別にどうこうしようとしているわけじゃない。これは監視するためなの。
というかそれ以外に目的もないしね。
拘束したまま生かしておくだけだから。
そこのところ誤解しないでくださいませ。
どうやってこの場に留めておこうかしら。ここまで敵対したのに今更懐いてくれるとは思えないよね。
きっと逃げ出そうとしたり、反撃しようとしたりするはず。
そうさせないためにはどうすればよいのでしょうか。
そうだ、仲直りの印に蜜をあげたらどうだろうか。
蜜狂い少年も喜んでくれたし、きっとこの兵士さんたちも嬉しいはず。
蜜が好きになってくれれば、交換条件で私に攻撃しないよう約束をさせれば良いよね。だって私を殺したら蜜が飲めなくなるんだから、手を出せなくなるはず。
蜜が飲めなくなるから、逃げることも忘れちゃうよね。蜜狂い少年だって帰りたくないって言っていたし。
蜜をあげて友達にすれば、ペットのように世話をする必要もない。
自発的に留まってくれるのが一番だよね。
よし、蜜をあげましょう。
そうすれば全てが平和的に解決です。
みんな幸せになれますよ。
まずは伍長さん、あなたからです。
あぁ、そんな全てに絶望してしまったような顔をしないで。
大丈夫、美味しい蜜を与えて上げるから。
それで元気になってよね!
私は蔓にかぶりついて、蜜をふんだんに塗りつけていく。
この私の蜜を舐めさせれば、きっと仲良くしてくれるはず。
さあ、私とお友達になってはくださいませんか。
そうすれば、私はもう寂しい想いなんてすることはなくなるのだから。
蔓を伍長さんの前に持っていく。
すると突然、遠くからバシャーという謎の大きな音が聞こえてきた。
森の向こうで、水が噴水のように空へ吹き上がっていたのだ。
細長い間欠泉のように見えるけど、それにしては水位が高すぎる。
森のどこにいても、あの噴水が見えてしまうほど高い。ビル何十階分くらいの長さなの。
自然現象にしては不自然だね。
伍長さんが「見つかったのか」と小さく呟く。
私が伍長さんに視線を戻した瞬間、茂みの奥からナイフが飛んできた。
逃がしてしまった兵士の一人からだろう。
ナイフは私に届かず、手前の地面にグサリと刺さった。
おしかったね、もうちょっと肩を鍛えてから投げた方が良いかもよ。
でも、兵士さんたちにとってはそれで十分だったらしい。
私がナイフに注目していたわずかな間に、伍長さんが動いていた。
両手をそのまま背中に回して、ありったけの矢を握る。
その矢を、素早い動作で横一列にしながら地面に突き刺した。
そして伍長さんが何かを口にすると、体の前に火の壁が吹きあがる。
矢を媒介にして炎魔法を使ったのだ。
まるで花火のよう。
並んだ矢を利用して炎魔法で壁を作られた。
目くらましだ。
まずい!
伍長さんの姿が視えないよ。
すかさずに周囲から痺れ粉を散布。
火が消えると、伍長さんは森の奥の茂みへと姿を消すところだった。
部下二人を両肩で担いでいる。
痺れ粉は間に合わなかったみたい。
しまった。
倒れたままになっていた部下ごと逃げられちゃったよ。
あんなに遠くではもう蔓は届かない。
こんなことなら、仲良くなろうとしないで有無を言わさずに痺れ粉を吸わせれば良かった。寂しさのあまり冷静さを失っていたよ、失敗したー。
でも、もう弓矢がないから、このまま攻撃をしかけることはできないはず。
無力化している部下も3人もいることだし、どうするのかな。
私が伍長さんに視線を送っていると、伍長さんは残る部下とともに静かにこの場から去っていった。
これ以上攻撃はしてこないみたいだね。
どうしよう。
逃げられちゃったよ。
このままだと、後で討伐隊を組まれるかもしれない。
兵士を3人も倒してしまったのだし、完全に悪い魔物だと思われているだろうしね。
倒したといっても眠らせて、痺れさせて動けなくしただけなんだけどね。
怪我はないはず。
毒花粉も毒の茨だって使っていない。
殺さないようにかなり気を使って戦ったのに、結果がこれかぁ。
最初から本気で戦えば、逃がさずには済んだかもしれない。
でも、私は人を害したくはなかった。
どうすれば良かったのだろう。
兵士さんを逃がしたことで私が殺されるのは嫌だ。
そう考えると、やっぱり手加減なんてするんじゃなかったかも。
もう少し私は非情にならなければならないのかもしれない。
元聖女であった私に、それができるだろうか……。
それにしても、なんでこの森にあの兵士さんたちはやって来たんだろう。
村から来たみたいだったよね。
誰かを探しているみたいだったけど、こんな森にいる人なんているだろうか。
そういえば魔王軍のミノタウロスもこの先で仕事があると言っていたね。荷物として下手なおばあさんの絵と痺れ薬、そして眠り薬を持っていた。
ミノタウロスたちも誰かを捕まえにここまで訪れた可能性は高い。
魔王軍と王国軍がそれぞれ誰かを探している。
標的の人物は同じなのか、それとも違うのか。
想像だけではこれ以上のことはわからないね。
両軍の目的を妄想していると、ふいになにか違和感を持ってしまった。
全身が熱くなるような感覚がする。
何か恐ろしいものの気配を察知してしまったようで、体が急に緊張状態になった。
なんだろう、なにかが急に変わった気がする。
うーん、なんだか熱いよね。
戦闘中も思ったけど、どうやら伍長さんの炎魔法だけが原因じゃなかったみたい。
急激に温度が上昇している。
太陽がいつも以上に眩しく見えるよ。
それにほら、なんだか太陽の距離が近い気がするし。
太陽だって普段は1つしかないのに今日に限って2つもあるよ。
しかも、そのうちに一つはこっちに近づいてくるし。
この世界も太陽は一つしかないはずだったんだけど。
そんなこともあるんだねー。
不思議だねー。
────え、太陽が2つ?
しかも動いているってどういうこと?
よくよく見てみると、一つは私もよく見知った太陽なのは間違いない。
けれどももう一つは違う。
なにか大きな光の塊が遠くからこちらへ近づいていた。
塊の輪郭がそろそろわかりそうだという距離で、その塊が強烈な光線を発射する。
まぶしいっ!
辺りが真っ白になって、何も見えなくなった。
目を開けると、あの光はどこかへ消えていた。
いったいどこへ行ってしまったのかな。
それにあの光の玉、どこかで見たことがあるようなきがする。
なんだか去年の夏のアレに似ているきがするね。
日照りになる前に現れた、あのUFO。
私が雨乞いの巫女に就職したあの夏に現れた不思議な物体のことだよ。
あの未確認飛行物体も今見た物と同じで凄く光っていた気がするの。
まるで燃えるように。
気候も嘘みたいに変わっていた。
まるで夏のよう。
しかも日照りが起きそうなくらいの強烈な猛暑だ。
あの時と全く同じ出来事が起きている。
夏を呼ぶUFO。
雨乞いをする前に冗談で思ったことが、まさか真実だったなんて。
そして私は後悔することになる。
UFOは未確認だから良いのだ。
その正体を知ってしまうと、知らなければ良かったと目を背けたくなるのだから。
お読みいただきありがとうございます。
次回、出稼ぎ伍長の仕送り便です。







