41 改めて考えると人間にこの姿を見られるのはめちゃくちゃ恥ずかしい
私、人間の少女には見られなかった植物モンスター娘のアルラウネ。
兵士さんたちに正体がバレてしまったよ。
しかも誘き寄せて食べようとしていたとか言ってくるの。酷いよね。
確かに動物やモンスター相手ではいつもやっていたけど、人間である兵士さんたちにはしていなかったのに。
最初からこっちに来ないでと言っていたのにね。
魔物だからというだけで言葉も信じてもらえず、ただの討伐対象になってしまうなんてあんまりだよ。
私はもう人ではなく植物の魔物、アルラウネ。
これは何をもっても変えられない事実。
諦めるしかないのかな……。
武器を掲げた5人の兵士さんがじわじわと近づいてくる。
おそらくだけど、一般兵士レベルなら今の私の敵ではないと思うの。
森の四天王のみんなやクマパパ、それに魔王軍のミノタウロスすら倒して栄養にしてしまった私の戦闘力から考えると、いくら5人も兵士がいたとしても圧勝できる。
ただ問題は殺さないようにすることだよね。
しかもそのあとどうするか。
兵士さんたちを全員栄養にしてしまえば証拠は隠滅できる。
でも、できれば人に危害を加えたくない。
でも手加減をしてもし逃げられでもしたら、改めて討伐隊を組んで大勢でやって来る可能性は高い。
そのときはきっと私は助からないでしょう。遠隔から火矢を射られ続けて周囲を火炙りにされたら私は今度こそ燃えちゃうから。
殺さず捕まえて5人もの大人の男性を飼い殺しにするのもちょっとね。
大変だしできる気がしないよ。これは最終手段かな。
とりあえず敵の無力化を目指しましょう。
あとはそれからです。
兵士さんたちの様子を観察します。
この中で一番強いのは、伍長と呼ばれていた真ん中の男の人だね。他は一般レベルの兵士くらいかなと予想。
なんとなくわかるのは元聖女としての最低限の観察眼です。
そこで私は気がついてしまった。
5人の男性の視線が私に釘付けになっていることを。
私の外見は上半身がほぼ裸。
胸元に蔓を巻いて隠しているだけの非情に簡素な服装です。
この世界では公的な場所で女性が外で薄着になることなんてあまりない。
だからこそ、こんな格好を公爵令嬢であり元聖女である私が大人の男性5人から見られてしまっているこの状況は本来であればありえない。だからめちゃくちゃ恥ずかしいの。
聖女としてあのまま生活を続けていたら、間違いなくすることがなかった格好だね。まだ嫁入り前の身の上なのに、そんな目で私の肌を見ないで。
しかも腰から赤くて大きな花が咲いている。その下には球根だ。
人なんて丸呑みできてしまうような禍々しい食虫植物の口が開けている。そんなところまで全部見られてしまっているのだ。
極めつけは、その恐ろしい外見の球根の上に私が生えているという現実を知られてしまったこと。
なんて恥ずかしいのでしょう。
森の動物やモンスター相手ならなんにも感じなかった。
ミノタウロスに姿を見られたけど、魔族相手にもなんとも思わなかった。
蜜狂い少年にも見られたけど、子供だしそれ以上に寂しかったので大丈夫だった。
一人で森にいる分には開放感があって平気だったし、慣れていた。
けれどもこの姿を他人、しかも大人の男性複数から同時に目撃されるのは嫌。しかも下は裸だし。
体が植物と繋がっている接合部だって丸見えだよ。
私の体が花で植物だということ、そして下には球根の獰猛そうな口がある食虫植物だということも一瞬で理解されてしまう。
うぅ、私、全部見られちゃっている。
どうしよう、顔が熱くなってきたよ。
恥ずかしすぎてザゼンソウの自家発熱をしちゃっている。
羞恥心に悶えていると、ふと私は可能性を見つけた。
人間の女性の姿だから恥ずかしいのだ。
ということは、普通のモンスターと違って人と対話をすることだってできる。
見た目は半分人間なのだから、少しは親近感が沸いてくれるかもしれない。
よし、最後にもう一回お願いしてみましょう。
「聞いて、ください。私は、人は、食べません」
兵士さんたちの動きが止まった。
この調子だよ、私。
「敵対、するつもりも、ありません。武器を、下ろして、ください」
私の言葉が通じたのか、なにやら伍長さんが悩み出したみたい。
これなら戦わずに済むかも。
「伍長、人間に友好的なモンスターなんて存在しません」「アルラウネは美少女の姿で人を惑わす魔物ですよ、思い出して」「こうやって油断しているところを襲われて故郷の男たちは何人もアルラウネにやられたんです」「信じてはダメです」
うわー!
部下の人たち、ちょっとお黙りくださいな。
なんてことしてくれるの。
ほら、伍長さんの腕にまた力が入っちゃったじゃない。どうしてくるのよ。
私が再び伍長さんに話しかけようとすると、それを防ぐように兵士の一人が弓を構えた。
惑わされないで下さいと、伍長さんが部下たちから説得されている。
魔物を見つけて排除せずに見逃すのは立派な軍規違反ですと告げられたところで、苦虫を嚙みつぶしたような表情で伍長さんが左手を上げた。
「わかった、やれ」
部下の一人が弓を放った。
交渉決裂である。
私は蔓で盾を作って、弓矢をガードします。
あぁ、惜しかったな。
もう少しで平和的解決ができたかもしれないのに。
伍長さんだけなら話し合いができたかもしれなかったのにね。
兵士の一人が突撃してくる。
部下の人たち、ちょっともう黙っていてください。
一番手前の兵士さんに向けて、青色の花粉を飛ばします。
眠り粉が直撃した兵士さんはその場で崩れ落ちました。
他の兵士さんから驚愕の声が上がります。
それを気にせず、私は弓兵に蔓を伸ばします。
兵士さんは後退して避けようとしたけど、逃がすつもりはございませんことよ。
弓兵の足元の地面から蔓を生やして、まず弓矢を奪います。
そのまま体を蔓でグルグル巻きにして、眠り粉をまた発射。
ぐーぐーと仕事を放棄した兵士さんを、その辺にポイっと捨てました。
これで残りは3人です。
伍長さんが他の兵士2人に「俺が攻撃する隙に、お前たちはあの役立たず共を連れて下がれ」と指示を飛ばす。
伍長さん、もしかして私の動きを止める気でいるの?
ただの兵士さんにはちょっと荷が重いのではなくて。
私、みなさんを簡単に逃がすつもりはないの。
伍長さんが弓を構えた。
さっきの弓兵を見ていなかったのかな。
あの程度の攻撃じゃ、私には大したダメージは与えられないよ。
伍長さんが小さく何かを唱え出した。
すると、弓と矢が真っ赤に燃え出したのだ。
え、ちょっと。
ウソでしょう?
なんと驚くことに、伍長さんは炎魔法の使い手でした。
なんでぇえ!?
なんで魔法を使える人が一般の兵士なんかやっているの!
しかもまずいよ。
私が一番恐れていた、炎魔法の遠隔攻撃が使える人と出会っちゃったよ。
今は近くに部下の兵士がいるから逃げることはできないのだろうけど、私の攻撃範囲外から火の弓矢で狙われ続けたら終わりだよ。
これはなにがあっても逃がすわけにはいかない。
私が燃やされないためには、伍長さんを捕獲、もしくは戦闘不能にするしか道はないのだ。
「行け!」と伍長さんが叫ぶ。
そして灼熱に燃える弓矢が私目掛けて飛んできました。
すかさず蔓の盾でガード。
ついでに蔓の壁を地中から作り出して、二重の守りを作ります。
でも、そこで私は信じられないものを見てしまったのです。
盾と壁という二重の蔓を貫いて、炎の矢が私に吸い込まれるように近づいてくる光景が目に入ってしまったの。
やられるっ!
人間部分の細腕で顔を防いで目を閉じてしまう。
けれども、矢は私には当たらなかった。
私のお腹部分のすぐ横を通り抜けて、後方の地面に突き刺さったみたい。
──危なかった。
蔓で二重の盾を作って軌道をそらさなかったら、直撃していたかもしれない。
この伍長さん、強い。
戦闘力は並みの兵士より少し強いくらいだと思ってはいたけど、魔法が想像以上だったね。
ただの火がついている弓矢ごときでは私の蔓は貫けないはず。
それを簡単に貫通させてしまうのだから、なかなかの練度の魔法だよ。
せめて炎魔法の使い手でなければここまで脅威には思えなかったのに。
他属性の弓矢なら私の蔓で防げるだろうけど、火ばかりは相性が悪い。
部下の兵士さんの二人が、眠りについた兵士さんの体をそれぞれ担いで後退していく。
このまま逃がすわけにはいきません。
まだギリギリ私の蔓の攻撃範囲内にいるしね。
逃げる兵士さんの近くへ地中の蔓からマンイーターを咲かせて、痺れ粉を散布します。
眠りについていた兵士さんの上にバタリと倒れる痺れ兵士さん。
これで行動不能は3人目。
でも、もう一組の兵士さんは逃がしちゃった。まあ一組だけでも留めて置ければ良いでしょう。
問題は伍長さんだねと視線を向けたら、ちょうど私に対して弓矢を放った瞬間だった。
目を離しちゃいけなかったよ。
緊急防御!
蔓の盾を急いで作成。
一重にしかならなかった盾を、易々と火矢が貫いてきた。
そのまま私の球根にグサリと火矢が刺さります。
あぁ、痛いよぉ。
そして熱い!
火矢から球根に火がついちゃった。
この場所じゃ斧で切り落とすこともできないし、どうしよう。
そう、こんな時こそ、お水欲しい。
私は隠しておいた水筒を取り出します。
蔓で蓋を開けると、水筒の中の水を火がついた球根に散水します。
消火活動完了です。
やっぱり水筒って便利だね。
あれ、口を大きく開けてこちらを見る伍長さんと目が合っちゃった。
なんだか凄く驚いているみたい。
火を消されたのがそんなにショックだったのかな。
そして私もまた驚いた。
なんだか熱い気がするなと思っていたら、私の蔓が燃えていたの。
矢で射抜かれた部分の蔓が、熱によって時間とともに火がついたのだ。
またこのパターンなの。
私、火に弱すぎなんですけど。
そして私が再び火に慌てだしたのを隙とみて、伍長さんが弓矢を構える。
追い打ちをかけるみたいだね。
こうなったらアレの出番だね。
舞台に花を添える小道具の準備です。
伍長さんの火矢が発射される。
けれども私は蔓で盾は作りません。
盾ならきちんとしたものが他にもあったからね。
魔王軍との舞踏会で大活躍した、ミノタウロスの斧を取り出します。
火矢の軌道上に斧を盾のようにして防御。
さすがに魔族の大斧の前では、炎魔法の火矢も打つ手がなかったみたい。
矢はグシャリと弾かれて地面に落ちていった。
分厚い鉄の斧はさすがに貫けなかったみたいだね。それに蔓と違って鉄の斧は簡単には燃えないよ。
そのまま斧で燃えている蔓をバサリと切断します。
そして切られた場所から蔓を再生。はい、元どおりー!
これで火矢は効かないよと伍長さんに視線を向けると、またもや大きな口を開けて驚いている伍長さんと目が合っちゃった。
そんなに火矢が防がれたのがショックだったのかな。
たしかに、あなたの炎魔法はこの大斧がある限り私にはもう効かないよ。
それにね、この斧、一本だけじゃないの。
残る2本の斧を蔓で持ち上げます。
ミノタウロスから奪った斧は、全部で3本残っていたからね。
合計3本の大斧を大きく掲げて、伍長さんに無駄ですよとアピール。
さらに目を見開いて斧と私を交互に見つめる伍長さん。
弓矢はもう私には届かないのだと落ち込んじゃったのかな。
でもね、そう気を落とすのはまだ早いよ。
斧の三刀流を披露も見せたことだし、そろそろ降伏勧告のお時間です。
羽根付きふわふわ扇子のように斧で顔を扇ぎながら、私は余裕の笑みを浮かべます。
「降伏、しなさい、悪いようには、いたしません」
同時に、伍長さんの周囲に大量の蔓を生やします。
蔓から咲いた無数のマンイーターの花が、銃口を向けるように伍長さんを狙い出す。
ここは私の庭。
あなたは最初から私のテリトリーに侵入した哀れなお客様なの。
おほほ。
炎魔法はたしかにビックリしちゃったけど、私はまだ本気を出してはいませんでしたの。
ご理解なさってくださったかしら。
さて、人間の兵士さん。
可哀そうだけど、捕まえちゃいましょうね。
お読みいただきありがとうございます。
おかげさまで異世界転生/転移の週間ランキングで26位になることができました!
これも皆さまの応援のおかげです。改めて感謝申し上げますm(_ _)m
次回、元聖女である私がこんなことをしなければならないなんて背徳感からドキドキしてしまいます。







