王記 第一王子とチャラ男の王都道中膝栗毛
第一王子のレオンハルト視点です。
僕の名前はレオンハルト・フォン・ガルデーニア。
この国の第一王子だ。
でも、僕のことを覚えてくれている人は、あまりいないんじゃないかな。
なにせ僕は勇者となった弟にすべてを奪われ、命を狙われる逃亡中の身だからね。
国民から忘れられていたとしても、仕方ないさ。
僕の運命が変わったのは、いつからだったかな。
我が国の至宝であり大陸一の光魔法の使い手、それでいて大貴族であるエーデルワイス公爵家の御令嬢──聖女イリスが、弟の婚約者となったことで、僕の王位への道は絶たれた。
次の王は、弟になる。
僕はあまり争いごとが好きではないし、戦うことも得意ではないこともあって、血みどろの後継者争いなんてゴメンだった。
だから田舎の辺境で過ごして、悠々自適の領主生活をする。
そう思っていたのに、とある大事件が起き、この国に激震が走った。
聖女イリスが、亡くなった。
全国民から愛されていた彼女の死によって、ガルデーニア王国は悲しみに包まれた。
僕にとってイリスは、小さい頃からよく知っている存在だったので、本当に悲しかった。
だけど、僕よりも、もっと悲しむべき者がいる。
なにせ弟にとって、イリスは婚約者だ。
愛する女性が亡くなった弟に声をかけようと思ったその時──僕は見てしまった。
弟が、笑っているところを。
すぐに気のせいだと思った。普通、婚約者を亡くして悲しまない人はいないからね。
弟の隣にいる見覚えのない女性──聖女イリスの後輩であるゼルマとやけに仲が良さそうにしていた気がするけど、それも気のせいだと思った。
きっと二人で、イリスの死を悼んでいるんだろうと、その時は思った。
でも、ね。
僕はどういうわけか、そういった妙な場面を、よく目撃してしまうんだ。
第一王子なのに影が薄いと国民から思われていることも知っているよ。
だけど、ね。
まさか弟と聖女ゼルマが結婚するとは思わなかったし、そのゼルマが魔女と結託して、僕の暗殺計画を練っているところを目撃してしまうことになるとは思わないじゃないか!
そうなんだよ。
弟は、イリスからゼルマに乗り換えて、兄である僕を殺そうとしているんだ。
しかも弟の妻であるゼルマは、魔女と通じていた。
見ちゃいけないものを見ることが多い僕でも、この時ばかりは焦ったね。
だってさ、見たくなかったけど、ここで見ていなかったら僕は何もできずに殺されちゃっていたかもしれないんだよ。
もうどうしていいかわからなかったよね。
ゼルマと結婚して堕落した弟を王位から遠ざけるために、臣下たちに担ぎ上げられた僕だったけど、すぐに危機はやってきた。
魔女たちによる暗殺だよ。
事前に僕の暗殺計画のことは知っていたおかげで、命からがら逃げ延びた。
僕は昔から、気配を消すのが得意だったからね。
でも……おかげで部下は、すべて失った。
彼らは、僕を生かすために命を捧げた。
そんな僕が──このまま逃げ隠れしているだけだなんて、彼らに格好がつかないよね。
彼らのためにも、僕はこのまま死ぬわけにはいかない。
僕は一人、国内を彷徨いながら逃げ続けた。
人生で初めて、野営もした。
食べ物がなく、乞食のようなことも何度もした。
木の根っこをかじったこともある。
追手の魔女や、通りすがりの盗賊に追われ、無事に明日を迎えることすら叶わない毎日だった。
だからこそ、ガルデーニア王国では有名な魔境──ドリュアデスの森に身を潜めることにしたのは、自然な成り行きだった。
そんな時だよ。
潜伏先だったその森で、原住民のように暮らしていたときに、彼女と出会った。
イリスによく似たそのアルラウネは、どこか懐かしい雰囲気がした。
どうやらイリスとは関係ないらしいんだけど、どう見ても無関係には見えない。
まあ、アルラウネがイリスを殺したわけではないみたいだし、アルラウネが作った野菜料理は美味しかった。
それにイリスよりも、見た目が女性らしい。妖艶といったらいいのかな。
つい目線が胸元にいってしまうほど、彼女のスタイルはすごかった。
しかも蔓で隠しているだけで、ほぼ半裸。
アルラウネがイリスではないと思った理由の一つが、そこだね。
大陸中から聖女として崇められていたあのイリスが、こんなはしたない格好をするわけがない。
なにせイリスは、聖女であり、公爵令嬢だからね。
あんな森の原住民のような格好、するわけがない。
そういえばアルラウネの仲間に魔女の子どもがいたのも驚いた。
魔女も一枚岩ではないみたいだね。
でも、僕にとって一番の収穫は、カイルと出会ったことだろう。
アルラウネの友人だという、カイル──なぜかチャラ男と呼ばれていた彼は、僕の友人となった。
そうそう、彼の声はこんな声だったね。
「おい、起きろこの優男!」
「ふわぁ……もう少し眠らせてくれ。今、カイルと出会った時の夢を見ていたんだ」
「もしかして夢でも見てんのか? 悪いが、そろそろ出発する時間だから、無理矢理起こさせてもらうぜ」
「うぎゃぁああああ!」
体がしびれた。
まるで雷に打たれたみたいだ。
でも、おかげで完全に目が覚めたよ。
「カイル……電撃はよしてくれって言ったじゃないか」
「レオンハルトを起こすには、これが一番手っ取り早いからな。ほら、馬に干し草をやるぞ」
周囲を見渡すと、緑の草原が広がっていた。
そうだ、僕は野営をしていたんだっけ。
王族である僕が、こうして野宿をすることに慣れる日が来るとは思わなかった。
だけど僕は、運がいい。
こうしてカイルが護衛として付いてきてくれているおかげで、安心して夜も眠れるようになった。
カイルは不思議な男だ。
体は大きく、髪は閃光のような黄色。
冒険者をしていたらしいが、とにかく強い。
特技は電撃を放つこと。この世界に雷魔法なんて存在しないはずなんだけど、いったいどうやって雷を操っているんだろうね。
僕はカイルに続いて、新たな相棒となった栗毛の馬のところへ移動する。
「あはは、見てよカイル! この馬、よく食べるね」
「バカやってないで、早く出発するぞ。アルラウネの嬢ちゃんに追いつけなくなるからな」
「わかってるさ。アルラウネたちと合流して、王都に行くんだよね?」
「合流できればそれでいいが、できなくてもオレたちは王都に行く。お前には、やることがあるんだろう?」
「ああ、わかっているよ。王都に戻って、僕がこの国を救ってみせる」
亡くなったイリスは、このガルデーニア王国をこよなく愛していた。
しかし、この国は病気に蝕まれている。
内部にゼルマのような逆賊が台頭し、第二王子である弟はゼルマの言いなりだ。
このままでは、国はゼルマたちに乗っ取られてしまうだろう。
けれども、こんな時にイリスに似たアルラウネに命を救われたのは、なにかの縁だったのかもしれない。
いいや、むしろ運命だったんだろう。
イリスに似たアルラウネと協力して、ゼルマたちを追い払う。
亡きイリスのためにも、この国の腐敗を正そう。
そう、誓ったんだ。
そのために、僕はこのチャラ男──カイルとともに、旅に出た。
チャラチャラしてるけど妙に義理堅いカイルとは、すぐに打ち解けることができた。
今では、酒を飲むたびに肩を組んだりもしている。
王族である僕が、他人と馴れ馴れしく接することは、普通はあり得ない。
だからこそ、こんな関係は生まれて初めてだった。
新鮮だったし──、一人の人間だと認めてもらったみたいで、嬉しかった。
カイルは、僕の新しい親友だ。
どこの生まれで、何者なのかも知らない。
なぜ雷を操れるのかも知らないし、なぜ電磁波とやらを使って空中を浮遊できるのかも知らないし、なぜか魔物に詳しいのもよくわからない。
それでも、僕とカイルの間には、たしかに友情が芽生えていた。
「まったく、レオンハルトは相変わらずノロマだな。早くしないと、また追手の魔女が飛んでくるぞ」
「これでも早くなったほうだよ。ほら、準備万端だ」
「ほら、行くぜ相棒」
「ああ、カイル」
塔の街で手に入れた馬に乗り、旅を続ける。
この栗色の馬に跨って移動するのも、だいぶ慣れた。
カイルが乗っている馬を追いかける形で、草原を駆ける。
ああ、なんて楽しいんだろう。
僕はこの旅の時間が、なによりも楽しかった。
身分など気にせずに、誰かと一緒に自由に旅をする。
王族としてあの狭く窮屈だった王城で暮らしていた時には、想像もできないことだった。
この数日の旅で、色々なものを見た。
どこまでも広がるフライハイト大平原を駆け、アルラウネの森へ移住する獣耳族の一団と出会い、謎の木製の巨大馬の噂も耳にした。
そうして、エーデルワイス公爵領に入った。
ここは聖女イリスの故郷だ。
麦畑で有名なとある小さな村では、面白い話を聞くことができた。
その昔、聖女イリスがこの村で宿泊したことがあったらしいんだ。
しかも数日前には、アルラウネたちもこの村に泊まっていたらしい。
彼女たちは、やはりエーデルワイスに向かっているようだね。
僕は一度も訪れたことはなかったけど、この辺りでは最大規模の街だ。
そのことがわかると、カイルはこう言った。
「ルーフェは聖女イリスの故郷であるエーデルワイスに興味があるみたいだった。きっとその街で数日は留まるはずだ」
あの魔女の子どもは、カイルの旅の弟子になっている。
でも、『旅の弟子』って、いったいなんだろうね。僕にはわからないや。
とにかくこのまま進めば、エーデルワイスでアルラウネたちと合流できるかもしれない。
手綱を握り、馬を急がせる。
そしてあと少しでエーデルワイスに着くかというところで、事件が起きた。
僕を狙う傭兵団から襲撃を受けた。
どうやら僕には、莫大な懸賞金がかかっていたみたいだね。
なぜか帝国兵だったり、魔物みたいな連中も混ざっていたけど、とにかく大軍勢だった。
でも、カイルが傭兵たちをあっという間に蹴散らしてしまった。
「僕たちはお尋ね者になっているみたいだね。先に進むためには、変装をしたほうがいいかもしれないよ」
「変装か。なら、オレに任せろ。どう見ても王族には見えないよう、コーディネートしてやる!」
「それはありがたいけど……問題は、馬が逃げてしまったのを、どうするかだね」
僕の馬も、カイルの馬も、傭兵たちと戦っている際にどこかへ去ってしまった。
これは困ったね。
この先は、馬の代わりに、自分の足で歩かなければならない。
「カイル、どうしようか? このままじゃ、アルラウネたちはエーデルワイスを出発してしまうかもしれないよ」
「なら、走るしかないな」
「いやいやいや、無理だよ。僕は体力がないし、君みたいに筋肉バカじゃないんだよ」
「なら、オレがレオンハルトを運んでやるよ」
「え……?」
カイルが僕を持ち上げる。
そして、自分の肩に座らせた。
「こ、これは!?」
「肩車だ」
これが──肩車!
文献では読んだことがあったけど、実際に体験してみるのは初めてだった。
「どうだ、レオンハルト?」
「ああ、視界がすごく高いよ」
「このまま走る。オレが本気を出せば、馬よりも速く走れるからな!」
そうして僕は、カイルに肩車されたまま、移動した。
それからは速かった。
カイルの足はどういうわけか、馬よりも速かったんだ。
こんな人間、初めてみたよ。
というか君は本当に人間なのかな。
僕、不安になってきたよ。
そうして僕たちが肩車のまま移動して、3日後。
今度は刺客に待ち伏せされた。
「そこの肩車をしている男、止まれ!」
街道を走る僕たちを、剣を持った兵士が呼び止めた。
僕の足となってくれているカイルが、大人しくその場で立ち止まる。
「カイル、どうした? なぜ止まった?」
「あいつ、人間のくせに強いぜ。かなりの使い手だ」
その男は、一人だった。
エーデルワイス騎士団の制服を着ていることから、公爵の手の者というのがわかる。
だが、何か怪しい。
なぜなら服のサイズが、大柄な彼に合っていないように思えたからだ。
警戒しながら、尋ねてみる。
「もしやあなたは、エーデルワイス騎士団のお方ですか?」
「そうだ、我が名はクビラ。貴様たち……怪しいな。身を改めさせてもらうぞ」
「クビラという名に、凄腕の剣の使い手……そういえば帝国十二剣将の一人が、そんな名前だったね」
「我が名を知っているだと? やはり怪しい……まさか貴様、レオンハルト第一王子ではないだろうな?」
変装をしているおかげで、僕の正体には気づいていないみたいだ。
でも、厄介なことになったね。
どうやら彼の目的は、僕みたいだよ。
アルラウネがエーデルワイス公爵に話を付けて、騎士団を派遣して僕を迎えに来てくれたのかな。
それとも彼の正体は帝国兵で、僕を狙った刺客かもしれない。
クビラが剣先を、僕たちに向けた。
いったい、彼の正体はどっちなんだ?
カイルが困ったように、顔を上げた。
「おい、レオンハルト。こいつ味方なのか? それとも敵か?」
「わからない……わからないけど、いざとなったら…………頼んだよ」
じりじりと、両者の間合いが狭まる。
その時だった。
──ニョキ。
僕たちとクビラの間の地面から、何かが出てきた。
地面が盛り上がり、緑の植物のようなものが生えてくる。
それは、緑色の球根だった。
その球根から葉っぱが生え、花が咲く。
そして──中から人が現れた。
「あ……アルラウネ?」
これはいったい、どういうことなんだろう。
信じられないことに──小さなアルラウネが突然、地面から生えてきたんだ。
というわけで、第一王子のレオンハルト視点でした。
余談ですが、「膝栗毛」って、自分の脚を馬の代わりに使う徒歩旅のことを言うらしいです。初めて知りました。
次回、姪アルラウネは静かに貴族ライフを過ごしたいです。







