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39 わたし女優になります

 私、植物モンスター娘のアルラウネ。

 魔王軍もいなくなって、森に日常が戻りました。



 春だからか、最近はとても良い気候が続いている。

 あの大寒波の大雪が嘘のよう。

 

 太陽がいつも以上に輝いて見えるよ。

 あぁ、光合成楽しいな。


 雪解け水が十分に地中に溜まっているおかげで、水不足に悩まされる必要もない。

 お水おいしい。



 でも、なんだか退屈だね。

 誰か来ないかなー。



 あ、白いなにかが見える。

 白い鳥が来てくれたのかな。それはちょっと嬉しいかも。

 

 ──いや、違う。

 たしかに色は白いけど鳥じゃないね。

 なんだろうあれ。


 白い花、みたいだね。


 前方の茂みに、白くて派手な花が生えていた。


 あんな目立つ花はここで見たことがないよ。

 というか昨日はあんなところに花なんかなかったはず。


 いきなり枯れてしまった木と並んで、森の七不思議に認定いたしましょう。



 鳥のさえずりが聞こえてきた。

 一羽の鳥が花に近づいていく。


 白い鳥ではなく、普通の緑色の鳥。

 メジロに似ているかも。ちょっとかわいい。


 あの鳥は花の蜜を吸おうとしているみたい。


 白い花の前に鳥がとまる。

 すると驚くことに、いきなり花が鳥を捕まえた。


 二本の蔓のようなものでしっかりと鳥をホールドする。


 なにごと!?

 まさかあの花も私と同じで食虫植物なの??


 よくよくその白い花を観察してみると、なぜか花と目が合ってしまった。それだけじゃない、触覚まである。


 あ、わかっちゃった。


 あれは植物じゃないね。

 昆虫だ。


 カマキリのモンスターだったのだ。 



 どうやらカマキリが花に化けていたみたい。

 そんなことができるカマキリを、私は女子高生時代に知っていた。


 昆虫図鑑で見たそのカマキリの名前はハナカマキリ。


 姿が花に似ていることから花に擬態して、近寄ってきた虫を捕まえて食べることで有名なの。


 つまりこいつの正体はハナカマキリのモンスター。

 花に擬態していたのだ。


 鳥を捕まえたのも蔓ではなく、カマキリの鎌。


 あんなの初めて見た。

 正式なモンスター名もわからないよ。


 だって王立図書館のモンスター図鑑にだって載っていなかったのだから。

 世の中、まだ知られていないモンスターが存在していたんだね。


 世界はまだまだ広いということを悟ったよ。



 ムシャムシャと鳥を捕食するカマキリ。


 私が昨日就寝してから今朝(つぼみ)を開くまでの間に、あのハナカマキリはここへ移動してきたということだね。


 よーし。せっかくだし、ちょっとカマキリに蔓を伸ばしてみましょう。



 蔓で挨拶してみる。

 動くものに反応するみたいで、ハナカマキリは近づいて来た蔓に威嚇(いかく)の姿勢を取ってきた。


 私の見間違いでなければ、ちょっとハナカマキリが蔓にビックリしていたね。


 どうやら、私のことをただの花だと思っていたみたい。

 まさか花である私が襲ってくるとは考えもしなかったのでしょうね。


 あのね、私はあなたと違って擬態しているわけじゃないの。


 ちょっと雌しべが人の形をしているから人間と間違われることもあるかもしれないけど、それでも堂々と花として生きているんだよ。


 だからこうしてね、相手が私に近寄って来なくてもほら。

 蔓で獲物を捕獲とかできちゃうわけ。



 さて、ハナカマキリさんこんにちは。


 無駄だよ。

 あなたの鎌程度じゃ、私の蔓は切れないよ。


 そう暴れなくてもいいから。

 蔓から逃げるのは大変でしょう。

 すぐに私の中に入れてあげるから。


 心配することなんてないの。

 だってこれはあなたが今、緑色の鳥にしていたことと同じなんだから。


 この森は弱肉強食。

 それが自然界の掟だよね。


 はい、パクリ。


 もぐもぐ。


 ふむ、なるほど擬態かー。



 アルラウネになってからの食事といえば、蜜の匂いに誘われてやって来たモンスターや動物を捕まえることが主流だった。


 どちらかというと、それは食虫植物の技のように思えるね。

 甘い蜜で獲物を誘い出して、パクリ。


 でも、アルラウネな私は他の食虫植物とは大きな違いがある。

 それがこの雌しべ。


 人の外見だね。


 見た目は完全に人間の女性。

 十代半ばくらいの少女に見えるはずだ。

 聖女であった私とだいたい同じような容姿だろうからね。


 アルラウネになってからこの格好を活かせたのは一度だけ。


 蜜狂い少年との会話をすることができた一度きりだ。


 でも、あのハナカマキリのように、私自身をもっと上手く使えるのではないだろうか。


 まあ、人間相手にしか使えないだろうけどね。

 そもそもこの森、人っ子一人もいない。


 モンスターが跋扈(ばっこ)する危険な森だからさ。そりゃ普通の人は近寄らないよ。

 人がやって来たとしても、食べるつもりはないからお腹は膨らまないのだけどね。


 この姿を活かすことは当分なさそうだよ。

 そんなことしなくても、蜜と蔓があれば栄養を捕まえるのには困らないし。

 



 それにしても、白い鳥だと思ったら、白い花に擬態していたハナカマキリだったなんて。


 そういえば最近、白い鳥を見かけないよね。


 あの大寒波の厳しい冬ですら、2、3日に一度は顔を出しにきていたのに、それがもう一週間以上会いに来ていない。


 もしかして何かあったのかな。

 ちょっと心配だね。



 会えなくなって、やっと理解した。

 私はあの白い鳥のことを、結構気に入っていたのだ。


 白い鳥、初めはいけすかない鳥だと思っていたけど、長く付き合ってみると良い鳥だとわかるんだよね。


 色々あったけど、別に私に対して悪気があっての行動ではなかったと今では思う。



 まさか私があの白い鳥のことをここまで想うようになるとは。

 どうしよう、ちょっと胸がもやもやするよ。早く会いたいなあ。


 またあの下手な声で「チュン」と鳴いて欲しい。


 そうしたら上手くなれるよう、応援してあげるから。

 一緒に練習しようね。




 それからいくら待っても、白い鳥は現れなかった。



 でも、代わりに思わぬ珍しい客人がやって来たの。



 鳥のさえずりではなく、森の奥から人の声が聞こえてきたのだ。

 


 誰かを探しているような大人の男性の声。


 しかも一人じゃない。

 何人かの人間がこちらへ近づいて来ている。


 驚いたよ。まさか人がこんな森の中まで入って来るなんて。


 いったい何をしにここまで進んできたのだろうか。

 考えてもわからないね。


 人影が近づいて来た。


 やっぱり人間だ。

 どうしよう、ついに人間が来ちゃったよ。


 蜜狂い少年はハチさんに連れてこられた子供だったということと、命を助けた恩人だったから平和的に対応することができた。


 でも、普通の人間が私を見たらどう思うだろう。


 それこそモンスターだと襲いかかってくるかもしれない。


 できれば人とは争いたくないよ。

 元聖女としては、特にそう思うの。


 なのでこのままでは、あの人間たちは私の元までたどり着いてしまう。



 どどどど、どうしよう!?


 落ち着いて私。


 そうよ、人のフリをすればいいの。


 ハナカマキリが花の擬態をしていたように、私は人間のフリをする。


 大丈夫、上半身だけならいけるって。

 どうみても人間の女の子。


 でもね、絶対に下半身は見せちゃダメだよ。

 花だって咲いているし、こんな怖そうな球根の口を見られたら一発で魔物判定だから。

 


 うぅ、緊張する。

 元は人間だったのに、今は人間のフリをすることがこんなにも大変なことになるとは。


 ちょっと植物歴が板についてきたみたいだよ。

 植物はね、基本的にボッチなの。


 だから人間時代みたいに誰かとコミュニケーションをとることは滅多になかったんだから。久々すぎて震えちゃうの。



 蔓で頭を抱える私。


 そんな中、人影のほうからなにか光が反射したのがわかった。


 森から光がする。

 あの人間たちのほうからだけど、なんで光るの?


 答えはすぐにわかったよ。



 こちらに近づいてくる人間たちは、全員甲冑を着ていた。

 全身武装。


 まるでこれから誰かと戦争でもするのではないかというような格好である。


 手には武器を持っていた。

 

 剣、槍、弓。


 それぞれがフォーメーションを組んでいつでも戦えるように臨戦態勢を取りながら、こちらに歩み寄ってくる。


 まるで獲物を捕らえようとしているハンターのような気配だ。



 そういえば、さっき誰かを探しているような声が聞こえたね。


 まさか、私を?


 どうして。

 あの蜜狂い少年から私の居場所がバレたのかな。


 それで軍が動いて討伐にやって来たと。

 

 それともこないだの魔王軍から?

 いや、さすがにそれはないね。

 

 やって来たのが人間じゃなくてミノタウロスだったら当たりだったろうけど。



 ともかく、私の今の立ち位置はあまりよくない。

 王国の兵士であれば、モンスターは出会ったら殺すものとして訓練を受けているはず。


 たとえ私を探しに来たわけではなくとも、そのまま魔物狩りをされてしまうかもしれない。


 

 もう、戦うしかないのかな?


 私はできれば人とは穏便に済ませたいのに。


 それにもし、戦闘になって一人でも逃がしてしまったらどうなるの。

 こないだのミノタウロスのように、後から復讐に来るかもしれないと毎日脅えなければならなくなる。


 魔王軍よりも、人間のほうがモンスターに対する嫌悪感は強い。

 きっと討伐隊(とうばつたい)を組まれて、排除されるに決まっている。


 このまま兵士たちに近寄られたら、きっとポツンと一本だけ生えている巨大な花を不審がるはず。なんだろうこれはと調べるために近づいてくるかもしれない。


 そうならないためにはどうするか。

 

 もう方法は一つしかない。


 擬態するのだ、人間に。

 

 それで穏便にお帰り願うしかない。


 私は元人間。

 前は聖女だったのだし、きっと大丈夫。


 でも、もう長いこと植物になってしまっているからちょっと不安だよ。

 植物の体になってしまったのに、上手くできるのかな。



 ──くじけちゃだめだよ、私。

 心配なら女優になりきればいいの。


 透明な仮面をかぶって、植物である私を隠す。

 そうして普通の少女の演技をするの。


 そうやって自身をマインドコントロールすれば、きっと勇気がでるはず。


 頑張れ私!


 あなたは人間よ!


 アルラウネじゃなくて、人間になりきるの!!



 ──うん、ちょっとできる気がしてきたよ。


 私はアルラウネじゃない。

 なぜか森に住んでいる、ごく普通の女の子。


 よし、なんだか行ける気がしてきた。

 聖女だった頃の私を思い出すの。


 それで植物のモンスターだとバレないよう、なんとか人間に擬態しきってみせるのだ!


お読みいただきありがとうございます。

明日は1回更新の予定です。

本作を読んで「面白かった」「頑張っているな」と思われましたら、ブックマークや★★★★★で応援してくださるととても嬉しいです。その応援が執筆の励みになります。


次回、信じてください、ちょっと下半身から花が咲いているように見えるけど私は普通の人間です。

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― 新着の感想 ―
いやいや、其を人はアルラウネって言うのだろう(^^;) テンパリ過ぎもちつけ(落ち着け)!
あえてつっこみましょう。 ごく普通の女の子は、一人で半裸で森に住みません。
[一言] 無理じゃないかなー…… そういえば上半身女性のモンスター、他にもいるよね…… スキュラって言うんだけどさ。溺れるフリしてオトコをおびき寄せたりするんだよなぁ
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