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325 アルラウネとトゥルペ

「ふわぁ……よく寝たぁ」


 眠りから目覚めた私は、蔓と両腕を上げて伸びをする。

 そのまま窓へと振り向くと、気持ちの良い朝の陽ざしが室内に入り込んでいた。

 うん、今日も光合成日和(びより)の良い朝だね。


 あれから私たちは、公爵家で寝泊まりさせてもらっていました。

 イリスの実家でアルラウネとして過ごすのは、今でも変な感じがする。


「おはようルーフェ。朝だよ」


「……おはようアルラウネ」


 ベッドで寝ている魔女っこを起こし、鉢植えを移動してもらいます。

 鉢植えに入った子アルラウネとなっているため、自分一人で移動するのには限界があるからだ。


 起床した私たちは身支度を整え、そのまま公爵家で朝食を食べる。

 昨夜のパーティーでの疲れもあって、魔女っこはまだ眠そう。


 私たちがエーデルワイスの街を救ったあの日から三日三晩、公爵邸ではささやかなパーティーが開かれていました。


 初日は、姉トゥルペが個人的に開いてくれた落ち着いたパーティー。

 二日目は、エーデルワイス公爵家が主催した豪勢なパーティー。

 そして三日目は、エーデルワイスの街を巻き込んでの大規模パーティー。

 あの日から毎夜、街をあげての祝賀会が開催されている。



 そして大盛り上がりだった夜とは対照的に、昼間はトゥルペと二人きりで、お茶会をするのが日課になっていました。

 場所は、公爵家の庭園の中央にあるガゼボ。


 朝食を終えて魔女っこと別れた私は、今日もトゥルペに運ばれてガゼボへと移動する。

 子どもの頃もこうやって、トゥルペと一緒にこの場所でお茶を飲んだことがあった。懐かしいなあ。


「ねえ、イリスちゃん」


 正面の椅子に座っているトゥルペが、そうアルラウネ(わたし)を呼んだ。

 周囲で聞き耳を立てている者もいないので、このお茶会の間だけは姉にイリスと呼んでもらっています。


「なに、トゥルペ?」


「もうっ! わたくしのことはトゥルペお姉ちゃんと呼んでと、あれほど言ったではないですか!」


「じゃあ……トゥルペお姉ちゃん」


「えぇ、えぇ、それですわ! 夢と日記の中でしか呼ばれなかったその憧れの呼称(お姉ちゃん呼び)がついに現実となった。わたくし、この数日間が本当に楽しくて楽しくて仕方ないのですわ!」


 ちなみに私は、姉のことを呼ぶときは昔からトゥルペと呼んでいました。

 でも、トゥルペと再会した日に一度だけ『トゥルペお姉ちゃん』と呼んでしまったせいで、何度も催促されているんだよね。

 お姉ちゃん呼びは恥ずかしいからあんまり言いたくなかったんだけど、勢いに負けてしまって今に至る次第です。


「イリスちゃんに聞きたいことがあったのですわ。イリスちゃんの聖蜜は、腱鞘炎(けんしょうえん)にも効くのかしら?」


腱鞘炎(けんしょうえん)? たぶん効くと、思うけど、どうして?」


「最近、筆が止まらないのですわ。おかげで寝不足が酷くて……寝不足も聖蜜で解消できないの?」


「さすがに、寝不足は無理」


 体の疲労感とか、そういったのは取れるけどね。

 私の蜜は、飲めば飲むほど病みつきになって、また蜜を飲みたくなると評判の一品です。疲れどころか、正常な思考すらも吹き飛ばすことができるのだ。


 というか、筆ってなんの話だろう。

 エーデルワイスで起きた出来事をお父様に報告するために、手紙を書いているのかな。


「それで、イリスちゃんのお仲間たちは、今日はどちらに?」


「今日は、エーデルワイス観光に、出かけるって、言ってた」


 こうして私がトゥルペとお茶を飲んでいる間、魔女っこたちは公爵家の方々による接待を受けています。

 妖精キーリや妹分のトレント、そして新たに仲間となったスフィンクスのクスクスさんも、エーデルワイス公爵家の客人となっている。


 人外である妖精やモンスターどころか魔族まで街に馴染んでしまっているけど、そこはエーデルワイスを救った新たな英雄──聖女アルラウネの仲間ということで、街の人たちから受け入れられているみたい。


 というか、聖女アルラウネって、なに?


 街の人たちは最初、聖女イリスが復活したと大いに喜んでいた。

 でも私がトゥルペに正体を話した翌日から、なんだか様子が変わったんだよね。


 聖女イリスが復活したという噂だけでなく、アルラウネを英雄視する話が一気に増えたみたい。

 いまや私は、名実ともにエーデルワイスの聖女となっている。


 アルラウネは危険な存在ではなく、人間の味方。それでいて聖女のように優しく、人々を助けた。

 しかも街だけでなく、あのエーデルワイス公爵家も救ったという話まで広がり、私の存在は街の英雄譚の一部となってしまっている。


 昨日行われた街でのパーティーの時なんて、本当に大変だった。

 みんな私のことを見ると祈り出して、まるで女神様扱い。

「イリス様」と言いながら涙を流す女性もいれば、「アルラウネ様万歳!」といって両手を上げる男性までいた。

 まあ私はイリスじゃないとまたしっかり説明したから、誤解は解けると思うけど。


「街のみなさんも、イリスちゃんたちのことを受け入れてくださいました。だから待っていてくださいね、イリスちゃん。お姉ちゃんであるこのわたくしが、王都にいるあの二人の不届きものに天誅を下しますわ!」


「……ありがとう」


 とはいえ、相手は王族だ。

 あくまで公爵令嬢であるトゥルペにできることは少ない。

 それでも、こうやって家族が味方になってくれるだけで十分。

 あぁ、嬉しくてまた目から蜜が出てきちゃいそうだよ。


「さて、今夜はどんな豪華なパーティーを開きましょう。一昨日はこの庭園でパーティーをしましたが、今度は植物園で行うというのはどうかしら? いまのイリスちゃんにピッタリで、素敵だと思うのだけど……いかがかしら?」


「ねえ、トゥルペ」


「お姉ちゃん!」


「……トゥルペお姉ちゃん」


「なぁあに?」


「そろそろ私たち、街を出ようと思うんだ」


「え……」


 そもそも私たちは、王都で行われる結婚式に参加するために旅をしている。

 天使のパンディアさんから、王都を守る手助けをしてほしいと頼まれたからね。


 いまの王都は気になることが多すぎる。

 ガルデーニア王国の貴族である『塔の街』領主のマンフレートさんと、イリス(わたし)の友人であるグランツ帝国の皇女フロイントリッヒェとの結婚式。

 王都に封印された魔女王。

 暗躍する聖女ゼルマ。

 王都へ進軍する魔王軍の一団。

 闇の女神ヘカテの気配。

 そして、それらの敵を迎え撃とうとする天使と教会。


 王都で何が起こるのか、私にはわからない。

 それでも私がいれば、何か一つくらいは防げることがあると思う。

 だから、エーデルワイス(ここ)でのんびりと過ごしているわけにはいかない。


「トゥルペお姉ちゃんと、一緒にいたかったから、街に残っていたけど、そろそろ行かなくちゃ」


「そうですか……」


 もうエーデルワイスを脅かす者はいない。

 怪我人も誰もいないし、街の復興も始まっている。

 それにエーデルワイスを覆う森の剪定(せんてい)もある程度は終わったので、もう私たちがいなくても問題ないはずだ。


「そう急がずとも、あと何日……いいえ、あと何か月でも好きなだけ滞在していいのですよ! なにせここは、イリスちゃんの家なのですから!」


「このままずっと、実家に残って、いたいけど……私たちは、やることがあるから」


「そう……でしたね。イリスちゃんは昔から、エーデルワイスに収まるような器の子ではありませんでしたね」


 トゥルペには、王都での結婚式に参列すること、そして魔王軍が王都に向かっていることだけを伝えている。

 魔女王だったり闇の女神だったり、そして天使に関しての話は一切していない。


 私がアルラウネになってからの出来事も、そういった触れづらいことに関しては秘密にしています。

 話すといろいろとややこしいからね。


 それでも、トゥルペなりに何か察してくれているみたい。

 まあイリス(わたし)とゼルマについてのこととかもあるから、もしかしたら復讐しに行くと思ってるのかも。


「トゥルペお姉ちゃんに、お願いがある。あと何日かしたら、この街にレオンハルト第一王子と、チャラ男が、来ると思うから、よろしくして、あげてね」


「チャラ男?」


「名前はカイル。レオンハルト第一王子の友達で、めちゃくちゃ強い」


 正体はドラゴンで、しかも魔王軍の炎龍様の弟だけどね。

 こういったことを全部話すと家族にいらぬ心配をかけることになるので、トゥルペには内緒です。


「このお姉ちゃんに任せてください! 必ずやレオンハルト第一王子を迎え入れ、そのまま一緒に王都に乗り込んでみせますわ!」


「ほどほどにね」


 レオンハルト第一王子を見つけたことについては、トゥルペに説明してある。

 行方不明となり失脚してしまった第一王子だったけど、エーデルワイスに到着しさえすれば、公爵家の後援を受けて王都に戻ることができるはず。

 少なくとも、トゥルペはそれを実行しようとしているみたい。


「レオンハルト第一王子に貸しを作り、第二王子とゼルマを失脚させ、あの二人にすべての罪を償ってもらうのですわ!」


「ほどほどにね」


 そういう政治方面は、私は昔から苦手だった。

 植物モンスターになった今は、余計に厳しいよね。

 私にできることは、森となったエーデルワイスの樹々を剪定(せんてい)して、美しく整えることくらい。

 これからこの街は、緑の街エーデルワイスとして名を()せていくことでしょう。


「それでイリスちゃんは、いつ出発しようと思っているの?」


「準備ができたら、すぐにでも。少なくとも、明日か明後日には、街を出たい」


「では今日中には準備をしないといけませんわね」


 とはいえ、必要なのは食糧と水くらいしかない。

 その辺は、『ピルツ商会』にでも頼もうかな。お礼の品をたくさんもらったから、お返し代わりに注文してあげないとね。



「では王都へ向かうイリスちゃんに、餞別(せんべつ)をお渡しいたします」


餞別(せんべつ)?」


「王都の情報ですわ。イリスちゃんには必要だと思い、この三日の間に集めておいたのです」


 さすがはトゥルペ、仕事が早いね。

 最新の王都情勢は、あればあったに越したことはない。助かるよ。


「で、これは?」


「いま王都で大流行している、アルラウネ人形ですわ!」


 トゥルペから渡された情報は、謎の人形だった。

 不思議なことにその人形は、アルラウネ(わたし)によく似ている。


「なにこれ……?」


「これは王都からやって来たとある商人から購入したものです。現在、王都では空前の美容の女神アルラウネ信仰が浸透しているのです」


 そういえばニーナが前に送ってくれた手紙に、そんなことが書かれていた気がする。

 私が発明した聖髪料(せいはつりょう)のせいで、王都で大美容ブームが到来してるんだっけ。

 塔の街のシスターさんがきっかけを作ってくれたとだけ記載されたんだけど、詳しくは書いてなかったんだよね。


「そのアルラウネ信仰の勢いはすさまじく、一部ではセレネ教会に迫る勢いだと情報が入って来ています」


「え…………え?」


「気を付けてください、イリスちゃん。王都で待ち受けているのは、聖女ゼルマや魔王軍だけではありません」


「アルラウネ信仰? ど、どういうこと?」


「アルラウネであるイリスちゃんを大歓迎するアルラウネ信仰の信徒、そしてそれを敵対視するセレネ教会──その両者から、良い意味でも悪い意味でも目を付けられてしまっているということです」


 もう一度、アルラウネ人形へと視線を移す。

 もしかしてこの人形は……アルラウネ(わたし)の偶像崇拝ってこと?


 いったいどうして?


 みんなの命を救ったこのエーデルワイスなら、まだ理解できる。

 でもアルラウネとしては一度も行ったことがない王都で、なんでそんなことになってるの!?

次回、旅路の再会です。

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まあアレだけの効果をもたらす蜜を生み出す存在+狂信者(某シスター)の布教。さもありなんって感じに
疫病とか負傷兵とか火傷とか禿げとか 信仰されるも仕方ない
国教と互角規模の新興宗教とか洒落にならないんですけど!そりゃ危険視もされるわ!
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