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姉記 イリスちゃん観察記録帳 No.58

トゥルペ視点です。

 わたくしの名はトゥルペ・エーデルワイス。

 聖女イリスこと、イリスちゃんの姉ですわ。


 最愛の妹であるイリスちゃんが亡くなったのを知った日のことは、今でも忘れられません。

 ですが今日ほど大いに驚いて、喜んだ日も、そうはないでしょう。


 なにせイリスちゃんは──アルラウネとして生きていたのですから!



 天にも昇ってしまうこの喜びを書き記す前に、今日まであった出来事を思い起こすことにいたしましょう。


 わたくしは12歳の時に、このエーデルワイス公爵家の一員となりました。

 父はエーデルワイス公爵で、母は平民。

 踊り子の母を持つわたくしが公爵家に迎え入れられたのには、いくつかの幸運と偶然が重なったことが原因でした。


 当時11歳であったイリスちゃんが聖女となり、王家に嫁ぐことが決まったこと。

 庶子であるわたくしにも、光魔法の才能があったこと。

 他にもいくつかの要因はありますが、そういった理由から、わたくしがイリスちゃんの代わりに公爵令嬢として教育を受けることになりました。


 ですがわたくしにとっては、貴族の一員となったことよりも、あの聖女イリスの姉になったことのほうがとても喜ばしいことでした。


 イリスちゃんと出会った時のことは、今でも忘れられません。

 人形のように整った可愛らしい小さなお顔に、(まばゆ)いブロンドの綺麗な髪。

 それでいて光る粒子(りゅうし)をまとったイリスちゃんは、まさに聖女!


 イリスちゃんが本当に輝いて見えたのはわたくしだけのようでしたが、それでもわたくしにはいつもイリスちゃんが光をまとって見えるのです!


 イリスちゃんは生まれながらにして特別な存在であり、このガルデーニア王国の誰もが憧れ、崇め奉る高貴な存在。

 そんな子が、わたくしの妹になった。

 涙を流しながら、わたくしは自分の運命を祝福いたしました。


 しかし、公爵令嬢となったことは、なにも楽しいことばかりではありません。

 エーデルワイス公爵家での厳しい貴族教育、そして周囲や親戚たちからの冷たい視線。

 わたくしを取り巻く環境は、あまり良いものとはいえませんでした。

 そんなわたくしの癒しとなったのが、イリスちゃんです。


 腹違いの姉であるわたくしは、イリスちゃんにとっては目の上のこぶ。

 しかも半分は平民の血を受け継いでいることもあり、目障りで邪魔な存在であったはずに違いありません。


 だというのに、イリスちゃんはわたくしを本当の姉のように慕ってくれました。

 わたくしの名前であるトゥルペにちなんで、チューリップの耳飾りをプレゼントしてくれたことも、生涯忘れません。

 わたくしの心の支えがイリスちゃんになったのは、自然なことでした。



 それから数年が経ち、公爵家としての生活に慣れてきたわたくしは、様々な画家に依頼をして、イリスちゃんの絵を描かせました。

 わたくしは、ガルデーニア王国で最もイリスちゃんの絵画を保有している自負があります。

 王国で最も人気を誇る英雄であり、誰もが女神のように崇める存在──聖女イリスを最も推し、支えているのは、わたくしなのです!


 だからこそ、あの日のことは今でも悔やみきられません。

 わたくしのすべてであった最愛の妹イリスちゃんが、命を落としたのです。



 イリスちゃんが第二王子である勇者たちと一緒に、魔王討伐のための旅に出ました。

 その際にこのエーデルワイスに立ち寄ってくれたのですが、それがわたくしがイリスちゃんを見た最後になるとは夢にも思いませんでした。


 その後イリスちゃんはエーデルワイスを南下し、当時魔王軍の四天王であったバルトアンデルスという魔族を討伐しました。

 その四天王を実質的に倒したのがイリスちゃんだという話が広まり、聖女イリスの名声はさらに高まります。


 しかし次に流れたのは、イリスちゃんの悲報でした。


 ──聖女イリスは、ドリュアデスの森南部で魔王軍に討たれたのです。



 王都に帰還した第二王子、そしてその後聖女となるゼルマが、そう証言しました。

 王国中が悲しみに暮れましたが、我がエーデルワイス公爵家は苦境に立たされます。


 第二王子殿下と、ゼルマがこう言ったからです。



『聖女イリスは王国を裏切り、魔王軍に寝返った』



 イリスちゃんの死の真相は、祖国と人類を裏切った聖女イリスを、第二王子とゼルマが討伐したということだったのです。

 しかもイリスちゃんは最後、光魔法で自爆したせいで、死体すらも残らなかったとか。


 もしもこのことが世間に知られたら、王国を揺るがす大問題になります。

 なので国王陛下は、このことを一部の上層部だけで秘匿することにし、世間には『聖女イリスは魔王軍によって帰らぬ人となった』と発表したのです。


 このことで救われたのが、わたくしたちエーデルワイス公爵家でした。

 もしも聖女であるイリスちゃんが王国を裏切ったことが明るみになれば、公爵家は取り潰しになっていたかもしれません。


 そうならなかったのは、後に聖女となる聖女ゼルマのおかげでした。

 聖女ゼルマが国王陛下に、エーデルワイス公爵家に累が及ばないよう説得したのです。


「この事件の責任は、先輩であった聖女イリスを止められなかったワタクシにあります」

 と、聖女ゼルマは泣きながら陛下に申し上げたそうです。

 そういったこともあり、エーデルワイス公爵家は大きな責任を取らされることはありませんでした。


 しかしその代わり、我がエーデルワイス公爵家は、聖女ゼルマに頭が上がらなくなりました。

 弱みを握られたのです。


 聖女ゼルマは、元々はイリスちゃんの後輩の聖女見習いにすぎませんでした。

 しかしそんなゼルマが正式な聖女となるよう、我がエーデルワイス公爵家は彼女に様々な援助をすることになってしまいました。


 ゼルマの後見人になったこと。

 王都での邸宅を貸し与えたこと。

 ゼルマのために、セレネ教会へ多額の寄付をしたこと。

 同じくゼルマのために、ガルデーニア王国王家へ多額の献金をしたこと。

 他にもいろいろなことをしましたが、わたくしたちは断れませんでした。


 なにせ第一王子は失脚し、ガルデーニア王国の次期国王は聖女ゼルマの夫である第二王子──つまり、勇者様になることがほぼ決定してしまっているからです。

 ここであの二人の機嫌を損ねると、今後どういった災いが公爵家に降りかかるかわかりません。

 それどころか、国王陛下は聖女ゼルマを溺愛し、何でも言うことを聞くという噂です。

 ゼルマのことを女帝だと、陰で噂する者すらいます。



 とはいえ、わたくしたちも黙っているわけではありませんでした。


 そもそもの話ですが、イリスちゃんが魔王軍に寝返ったという話自体、信じられないことだからです。

 あれほど優しい子が、わたくしたちを裏切るはずありません。


 だから何度もイリスちゃんの死の真相を確かめようとしましたが、まったく情報がありませんでした。

 イリスちゃんの死体すら見つからないのです。

 それはそれで、不思議なことですよね。

 いくら自爆したとはいえ、何かしらの痕跡は残っていてもいいはず。


 なにか怪しい。

 聖女ゼルマは、何かを隠している。

 そうは思っても、わたくしたちができることは残っていませんでした。




 そうしてイリスちゃんが亡くなってから4年が経った頃、こんな噂が流れてきます。

 ドリュアデスの森にいる聖女イリス似のアルラウネが、『塔の街』を救った、と。


 それからも、次々と噂が流れてきます。


 ドリュアデスの森に住んでいる紅花姫アルラウネは、女神のように美しい姿をしている。

 アルラウネから出る聖蜜はどんな傷をも癒やし、そしてこの世のどんな食べ物よりも美味(びみ)である。

 それでいて、魔王軍の四天王を撃破するほど強い。

 アルラウネが発明した聖髪料が、王都の貴族で大流行している。


 そういった情報が数えきれないほど流れてきますが、最も気になったのはこの話でした。



 ──紅花姫アルラウネは、聖女イリスと顔がそっくりだ、という噂です。



 一瞬、イリスちゃんが生きているのかと思いました。

 しかしそのアルラウネの髪の色は、ブロンドではなく黄緑色。

 それでいて下半身は植物の体をしているらしいので、さすがに別人かと思っていました。



 そして、イリスちゃんが亡くなってから6年後。

 そのアルラウネが、なんとこのエーデルワイスにやって来たのです!


 ああ、まだ涙が止まりません。

 紙に染みができてしまいましたね。


 なぜわたくしが、これまであった出来事を振り返っていたのか。

 それは、もう振り返る理由がなくなったからです。


 今でも夢ではないかと、疑わずにはいられません。

 なにせ信じられないことに、そのアルラウネの正体は、イリスちゃん本人だったのです!



 ──イリスちゃんが生きていた!



 その事実だけで、どれだけわたくしが救われたのか……とうてい言葉にはできません。

 筆舌に尽くし(がた)いというのは、こういったことをいうのでしょう。


 イリスちゃんのために部屋をイリスちゃんの絵で飾り上げ、毎日女神セレネ様に祈っていたかいがあったというものです。


 なぜ聖女であり人間であったイリスちゃんが、植物モンスターのアルラウネとなっていたのか。

 なぜ死んだとされていたイリスちゃんが、こうして生きているのか。


 そのすべてを、わたくしはイリスちゃんの口から教えてもらいました。



 実の妹が植物モンスターに丸呑みされ、溶解液で死にそうになっていたところ光回復魔法を使って生きながらえたということにはビックリいたしましたが、そこはさすがはイリスちゃんですわね。

 そのまま植物モンスターの体を奪ってアルラウネとなってしまったのは、聖女だから成せる御業(みわざ)でしょう。

 女神セレネ様のご加護もあったのかもしれません。


 森で一人でサバイバル生活をした話を聞いたときは、悲しくてまた泣いてしまいました。

 わたくしがその場に駆け付けられていたら、どれだけ良かったことか。

 とはいえ、獣耳族のルーフェさんに助けられ、一緒に生活することになった話は、聞いていて微笑ましいことばかりでした。



 ですが……ですが!


 わたくしが何よりも怒り心頭となり、光魔法で椅子を叩き割ってしまうほど激怒したことがあります。


 それは──イリスちゃんを亡き者にしたのが、勇者である第二王子と聖女ゼルマだということです!


 あの二人、なにイリスちゃんを裏切ってるんですの!?

 そもそも裏切り者は、あの二人だったというではないですか!


 それなのにイリスちゃんを裏切り者として(さら)し上げ、あまつさえイリスちゃんの四肢(しし)を切り落として植物モンスターの口に放り込んだなど、断じて許せることではありません!!

 今すぐにでも、あの二人の息の根を止めて差し上げたいくらいですわ。


 というか、第二王子殿下も殿下です!

 イリスちゃんの婚約者という大変名誉な存在となったのに、なにゼルマと不倫してやがるんですの!?

 しかもそのまま二人は結婚しているではありませんか!


 あの二人の結婚式は、我がエーデルワイス公爵家がそれこそ莫大な費用をかけて開いた大変豪華な結婚式でした。

 ゼルマのために嫌々お金を出したのは百歩譲って良いですが、その二人がイリスちゃんを罠にハメて亡き者にした張本人だったなんて……わたくし、怒りで我を失いそうです!!



 イリスちゃんは、「こんな話……信じられないよね?」なんて言っていましたが、わたくしはすぐに信じました。


 そもそも姉であるわたくしが、妹であるイリスちゃんのことを疑うなんてこと、絶対にいたしません。

 この部屋に飾ってあるイリスちゃんの絵画の数だけ──いいえ、クローゼットの奥にこっそり隠している秘蔵のイリスちゃんコレクションの数だけ、わたくしはイリスちゃんのことを愛しているのですから!



 あら、もうページがなくなってしまったようですわね。

 イリスちゃんがわたくしの妹になってから、この本にイリスちゃんのすべてを書き記してきました。


 58冊目であるこの本は、イリスちゃんとの再会の話で終わりそうです。

 まだまだ書きたいことはたくさんあるのですが、今日のところはここで締めさせていただきましょう。


 明日は朝から、イリスちゃんと一緒にお茶会をする約束をしているのです。

 早く寝ないといけませんね。


 これで『イリスちゃん観察記録帳 No.58』は終わりです。

 59冊目ではきっと、わたくしの復讐劇が始まることでしょう。



 待っていなさい、聖女ゼルマと第二王子殿下。


 エーデルワイス公爵家の全勢力をもって、あの二人に神の裁きを下してみせますわ!

というわけでトゥルペ視点でした。

『イリスちゃん観察記録帳』は、イリス本人しか知りえない出来事から、イリス本人すらも気づいていない話など、様々な情報が記載されています。もちろんイリス本人は、この本の存在は知らないようです。


次回、アルラウネとトゥルペです。

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― 新着の感想 ―
ついにクソ後輩と色ボケ王子の悪行が伝わったかー
踊り子の娘から急に上位の貴族の令嬢になるなんてとんでもない苦労があったろうに、妹への愛ひとつで立派な貴族になったなんて、イリス偏愛の印象が強すぎるけどトゥルペもすごい人だ。 …というか、そんな妹を裏切…
おおう、絶好調な神話録みたいな数になりそうな予感
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