323 イリスとトゥルペ
イリスが死んだことを知った家族は、どう思ったんだろう。
悲しんでくれたかな。
そうであれば、きちんと成仏できるってものだよ。
でも私は、そのまま死ぬことなく、植物モンスターのアルラウネになってしまった。
もしも公爵家の娘が、聖女からモンスターになったら──家族はどう思うか。
考えるだけで不安だった。
もしかしたら、私のことをイリスだと、理解してくれるかもしれない。
でも、もしそうではなかったら……?
もし、モンスターだからといって排除されたら……?
もし、イリスだとわかったうえで、他人のように扱われたら……?
そう思うたびに、家族と会う勇気は、私から少しずつ消えていった。
アルラウネになったばかりの頃──森で私が一人でサバイバル生活をしていた頃は、いつもこんなことを考えていたんだよね。
毎晩、家族のことを想った。
真っ暗な森で、一人で静かに涙を流した回数は、数えられない。
それでも私は、明るく振る舞った。
植物モンスターとなった体を受け入れて、森で生き延びた。
そうして今がある。
今の私は、あの頃のように、なよなよとしている私ではない。
心も体も成長して、ルーフェという新しい家族もできた。
だからもう、逃げたりなんかしない。
自分から姉と向き合って、自分から姉に伝える!
私は姉──トゥルペに、こう告げます。
「その耳飾り──」
トゥルペが、視線を上げた。
涙をぬぐっていた右手を、そのまま自分の耳元へと移動させる。
姉は、今もチューリップの耳飾りをつけてくれている。
「まだ付けて、くれていたんだね。再会した時、本当に嬉しかった」
「…………え?」
トゥルペが困惑している。
このまま自分の正体がイリスだと明かせば話は簡単なんだけど、なんて言えばいいのかわからない。
『私は、あなたの妹のイリスです!』
そう大声で叫びたかったけど、少しだけ勇気が足りなかった。
もしも今、トゥルペと再会した直後だったら、何も気にせずに言えたかもしれない。
だけどアルラウネとして顔を合わせて会話をしてしまったせいで、今さらなんと言って正体を明かせばいいのかわからなかった。
なので、ちょっと遠回りしながら、すべてを話すことにします。
「その耳飾りは、あなたの妹──イリスがプレゼントした、ものですよね?」
「……そ、そうですわ。でも、なぜそれを? もしかして……家の者から聞いたのですか?」
「ち、違います」
もしかしたら、アルラウネになってから今が一番、緊張しているかも。
ニーナやヴォル兄に正体を明かすのとは比べものにならないくらい、心臓がドクンドクンと音を立てている気がする。
まあ植物の私には、心臓はもうないんだけどね。
そのないはずの心臓が爆発しそうになってると錯覚してしまうくらい、緊張する。
それでも、ここまで来たら最後まで言うしかない。
後戻りをしてしまったら、二度と姉妹で再会できない気がするから。
「私が、このことを……知っているのは……」
トゥルペがチューリップの耳飾りをつけているのには、理由がある。
その出来事のきっかけは、私のイリスという名前がきっかけだった。
「あなたの妹の……イリスが…………」
イリスという名前には、花の「アヤメ」という意味がある。
そのこともあり、イリスの身の回りにはアヤメに関する装飾品が多かった。
さっき魔女っこが着ていたドレスにはアヤメの刺繍がされていたし、村人たちからアヤメの形をしたパンを献上されたこともあった。
そして姉であるトゥルペという名前には、花の「チューリップ」という意味がある。
そんなトゥルペがエーデルワイス公爵家に来たのは、12歳の時。
その時、私は11歳だった。
半分血の繋がった相手とはいえ、まったく知らない子が、急に家族になった。
お前たちは今日から姉妹だよと急に言われても、到底受け入れることはできない。
だからこそ私は、トゥルペにチューリップの耳飾りをプレゼントしたんだよね。
家族や街の人から自分の名前を冠した物を貰ったことが、とても嬉しかった。自分のことを認めてもらえたような気がした。
だから姉の名前を象徴した装飾品を贈りたいと、あの時の私は思ったんだっけ。
そのことがきっかけで、私たちの仲は縮まった。
あの日から、私たちは本当の姉妹になったのだ。
「イリスは……そのう…………」
「……はい」
気が付くと、トゥルペが私の顔を凝視していた。
姿勢を正して、私が何を言うのかを、じっと待っている。
その姿が、妹のわがままを聞いてくれる、しっかり者のお姉さんのように見えた。
トゥルペは、私の話をきちんと聞いてくれようとしている。
私が何を話そうとしているのか、もうだいたいのことを悟っているんだ。
そうわかった途端、心がさらに軽くなった。
「……私、ね」
「はい」
「イリス、なん……だ」
言った。
言ってやった!
もう言い逃れはできない。
ここまで言えば、姉だってわかるはず。
でも、私は自分が、しっかりと笑えているかわからなかった。
せっかくの再会なのだから、笑顔で顔を合わせたい。
だというのに、頰がピクピクと無意識に動いてしまう。
姉から本当に認めてもらえるか、まだ心配なのだ。
口を閉ざした私は、再度トゥルペを見上げる。
姉は目を見開きながら、手で口を覆い隠していた。
「本当に……イリスちゃんなのですか?」
「こんな体に、なっちゃった、けど……私は、イリス──イリス・エーデルワイス…………信じられ、ないよね?」
「……いいえ、いいえ!」
トゥルペは、また涙を流していた。
さっき泣いたばかりだというのに、いつの間にか涙もろくなっていたのかな。
「種族も変わっちゃったし、髪の色も変わった。でも顔と瞳の色は、前と同じだよ」
「……なんでアルラウネさんが、イリスちゃんと同じ顔なのか、ずっと疑問に思っておりました。ですがこうして直接お会いして、わたくしは変なことを思ってしまったのです────なんだかアルラウネさんの雰囲気が、イリスちゃんに似ていると」
トゥルペが私のことを疑っていることはわかっていた。
やっぱり、家族だからなのかな。
隠そうとしたのに、バレちゃってたみたいだね。
「ですが、本当にイリスちゃんなのですか? もしやそうでないかとは思っておりましたが、こうして改めてわかると、信じられなくて……」
「なら、このことを言えば、信じてくれる?」
チューリップの耳飾りについては、メイドから聞けば情報を仕入れることができる。
でも、このことはイリスとトゥルペしか知らないことだ。
「私はトゥルペに、チューリップの耳飾りを、プレゼントした。でもその後、トゥルペは私に、お返しとして、別の耳飾りをプレゼントして、くれたよね」
自分の耳に触れる。
そこには何もないけど、姉から初めてもらったあの出来事は、今でも良い思い出になっている。
「私が魔王討伐の、旅に行く前に、その耳飾りを、トゥルペに預けた。大事なものだから、無くさないように、家に置いて行ったんだよね」
「もちろん知っております。ですがそれについて、ひとつ質問させてください──イリスちゃんから耳飾りを受け取った場所がどこか、覚えていますか?」
「この部屋」
トゥルペは視線を落とし、机に手を伸ばす。
そして引き出しから何かを取り出し、私に見えるように差し出した。
「その時、わたくしがお預かりしたアヤメの耳飾りですわ。イリスちゃんの形見として、わたくしが大切に保管しておりました」
イリスという名前には、花の「アヤメ」という意味がある。
そのせいもあって、私はアヤメの形をした物をもらうことが多かった。
パンやドレス、色々なものをもらった。
それでも特に嬉しかったのが、コレだ。
「二度とこれを返すことはできないと思っていました。でも、やっと返すことが……できるのですね」
トゥルペが椅子から立ち上がり、私の前まで近づいてくる。
そしてアヤメの耳飾りを、私にそっと手渡した。
「私のことを、イリスだって……認めてくれるの?」
「み、認めるに決まっていますわ! だってわたくしたちは……家族なのですから!」
トゥルペの腕が、私を包み込む。
こうやって抱き合うのは、何年ぶりだろう。
「もう人間じゃ、なくなっても、いいの?」
「そんなの関係ありません。だってイリスちゃんは、わたくしの大切な妹なのですから!!」
その言葉だけで、救われた気がした。
じーんと、胸の奥に温かい何がが広がっていく。こんなに幸せを感じたのは、いつ以来だろう。
ふと、自分の目から蜜が流れていることに気が付いた。
トゥルペに抱きつかれている状況で涙を流すと、姉のドレスに蜜がついて汚してしまう。
そうならないよう蔓で蜜を拭いながら、視線を上げる。
すると、天井にも絵画が飾ってあるのが視界に入った。
もちろん頭上に広がっているその絵画たちにも、聖女イリスが描かれていた。
「天井にも、イリスの絵を、飾ってたんだ」
「だからイリスちゃんがアルラウネになっても、すぐに気づいたのですわ!」
まあ、そういうことにしておきましょう。
今日だけは、イリスの絵画については目をつむりますとも。
「それにしても、トゥルペは本当に……変わらないね」
「イリスちゃんもですわ」
姉妹として6年振りに再会した私たちは、そのまま抱擁を続ける。
イリスのことが大好きな変人の姉に、今ばかりは感謝することにしました。
「おかえりなさい、イリスちゃん」
「うん……ただいま」
次回、今だけは妹としてです。







