38 アルラウネの夢
森に平和が戻りました。
魔王軍のミノタウロスたちとの過酷な戦闘も終わった。
さて、戦利品の見分をしましょうか。
ミノタウロスやウシ型モンスターの荷物をほどいていきます。
じゃじゃーん。
行軍用の食料として蓄えてあった動物の肉を手に入れたよ。
それに見てよこれ、水筒だよ。しかも4本も!
これで水を貯えることができるね。
今年の夏にまた日照りに襲われても、水筒があれば去年のように酷い事態にはならないはずだよ。
お水欲しいと思えば、水筒の中身で自分に水やりをすればよい。
最高だよ、これ!
さてと、この水筒の持ち主の一人であったミノタウロスは今頃どうしているのでしょうね。
後詰めミノタウロスのことです。あのミノタウロスの荷物持ちだったウシさんも、今や私のものだからね。
結局、1匹ミノタウロスを逃がしてしまったけど、大丈夫かな。
きっと眼帯ミノタウロスたちと私たち森サーの闘いをこっそりと観察していたんだろうね。
だから私がミノタウロスたちを倒したのも知っているはず。
援軍を連れて復讐しに来なければいいんだけど。
とりあえずもう遅いかもしれないけど証拠は隠滅しちゃいましょう。
それではウシさんの食べ放題です。
私、舞踏会で踊り疲れて栄養不足なの。
ウシさんをパクリ。
もぐもぐ。
お替わりもありますよ。
あ、喉も渇いて来た。お水欲しい。
でも今日の私は一味違うの。
だってここには水筒があるのだから!
水筒の水を根元に散水します。
あぁ、お水おいしい。
生きているって実感がするよ。
ホント、生き延びられて良かった。
それでも、こうして生き残ることができなかった仲間もいる。
女騎士ことハチさんと、お蝶夫人の取り巻きのてふてふたちだ。
だいたい半数よりも少し多いくらいの数がやられてしまったみたい。
残されたハチさんとお蝶夫人たちが彼女たちの上でひらひらと舞っている。
みんな、ごめんね。
守ってあげられなかったよ。
助けに来てくれてありがとう。
おかげで森は守られたし、私も燃やされずにすんだよ。
地面に伏したままのハチさんとてふてふを丁寧に一個所へと運んだ。
このままにしておけないからね。
どうしようかと悩んだけど、倒された女騎士ことハチさんとお蝶夫人の取り巻きは、土に返すことにした。
私の栄養にすることでみんなと一つになるという供養法もあるのではと思ったけど、それは選ばなかったよ。
みんなはこの森で生まれて、この森を侵略してきた敵と戦い、この森で散ったのだ。
なら、生まれ故郷であるこの森に返してあげるのが一番だと考えたの。
茨でせっせと穴を掘る。
一本の茨では固い土を掘り起こすことはできなかったけど、茨を何本も束ねて縄状にしてみたら強度が上がった。
束ねた茨をスコップ状に並べて、土をえぐる。
私は地面に穴を掘ることを覚えた。
ハチさんとてふてふを穴に埋めて、静かに土をかけてあげる。
墓標代わりに私の茨を一本斧で切り落として、それを刺す。
そしてマンイーターの花を咲かせて、それも斧で切り落とす。
みんなに花も添えられたし、これでいいかな。
たぶんこの森で私の次に大きな花だよ。喜んでくれればいんだけど。
最後に私の蜜を墓標に垂らしてあげた。
みんな、私の蜜が好きだったよね。またいつでも舐めにきていいからね。
残されたハチさんとお蝶夫人たちに、私は蜜を与えた。
ありがとう、みんな。
森サーのみんながいなかったら、私はあのミノタウロスたちには勝てなかったよ。
土に返った森サーメンバーも、生まれ変わったらまたみんなで舞踏会をしようね。
私も転生できたのだ。
もしかしたら森サーのみんなもと願わずにはいられない。
たとえそれが現実的でないとしても、私はそう思わずにはいられなかった。
たった一日の間に色々なことがあったね。
森サーで舞踏会をしていたら、魔王軍のミノタウロスが乱入していた。
乱入者を倒したと思ったら仲間のミノタウロスとウシ型モンスターがやってきて、私を助けに来てくれた女騎士とお蝶夫人たちと森サーVS魔王軍の武道会が始まってしまった。
敵を排除したと思えば、眼帯ミノタウロスが森に火を放って火事になるところだったし、無事に鎮火させたら後詰めのミノタウロスが逃亡していった。
最後には仲間のお墓を作るために穴掘り。そうして本日の森サーの激動の舞踏会は終了した。
これだけのことが一日で起きたのは初めてかも。
大変だったけど、ハチさんやお蝶夫人たちと一緒にいれて、私は幸せだよ。
改めてありがとうね、みんな。
これからもよろしく。
蜜の採取を終えると、女騎士とお蝶夫人たちは森の奥へと帰っていった。
ハチさんたちは倒したウシさんをお土産に持っていく。
きっと家族の元へと戻ったのだろう。
みんな、自分たちの巣があるのだ。
でも、私はここで一人ぼっち。
ああ、今日は本当に騒がしい一日だったね。
いつになく色々あって賑やかだったせいで、つい思い出してしまった。
他人の温もりのありがたさを。
ハチさんとお蝶夫人の気持ちが温かい。
助けに来てくれたとわかったとき、心が沸騰するかと思うくらい熱くなった。
人は一人では生きていけない。みんなで助け合って生活していたのだ。
植物として一年近く生きていたせいか、すっかり忘れてしまっていた。
ボッチ歴が長すぎたのだ。
でも、おかげで誰かと共に過ごすということの幸せを、思い出しちゃったよ。
「あぁ、寒いな……」
季節は春。
ぽかぽかした陽気によって、夕方になっても温かいまま。
それでも、私はそう呟かずにはいられなかった。
故郷の王都は遥か先。
親類縁者は死んだ私のことを少しずつ忘れていき、私を裏切って殺した張本人である勇者様と後輩の聖女見習いは二人で新婚生活を送っている。私のことなど既に覚えていないだろう。
前世の日本については二度と戻れない夢の彼方の世界。
かつての両親の姿も、朧げにしか思い出せない。
今の私は世界で一人きり。
森サーの友人や白い鳥という来客はあっても、あくまで他人。
誰も身内のものはいない。
私には頼れる家族が誰も存在しない。
それどころか、話し相手すらいない。
ただ、一人で森にぽつんと生えているだけ。
これまでも、そしてこれからも変わることはない。
私は今後の世界で一人きりのまま。
──そんなのってないよ、あんまりだよ。
そうだよ、実は私は今、アルラウネになっている夢を見ているのだ。
さあ瞼を閉じましょう。
次に目が覚めればきっと私は聖女に戻れる。
そうすればお父様やお母様たち家族だっているし、婚約者の勇者様だって私を迎えにきてくれる。
私の居場所という温もりがあそこにはある。
だからこれは夢なのだ。
目を開けば、きっと夢は覚める。
勇気をもって瞳を開きましょう。
瞼を開けるとそこには薄暗い森が私を待ち構えていた。
落胆なんてしなかった。胡蝶の夢のようにどちらが夢なのかなんて悩んだりしない。
現実逃避をしても無駄だ。過去は変えられない。
私は、アルラウネなのだ。
一人ぼっちの、アルラウネ。
「寂しいよぉ……」
この一年、心の中では何度も唱えたこの言葉。
それでも、実際に言葉にして発したのは、これが初めてだった。
「本当に、寂しい…………」
ハチさん、お蝶夫人、白い鳥。
誰でも良いから、私と一緒にいて。
私を慰めて。
それで水やりとかしてくれたら、嬉しいな。
お読みいただきありがとうございます。
本日も二回更新となります。
次回、わたし女優になりますです。







