322 姉との再会
イリスの腹違いの姉──トゥルペ・エーデルワイスが、アルラウネに話があると言った。
トゥルペは私が入った鉢植えを受け取るため、魔女っこへと手を伸ばす。
「アルラウネさんは、あたくしがお運びいたしましょう」
「……だめ。アルラウネはわたしが持つ」
「ルーフェさまがお召しになっているそのドレスですが、どうやらサイズが合わないようですね。こちらで新しいドレスをご用意しておりますので、まずはお召し替えになってはいかがでしょうか?」
パンと、トゥルペが手を叩く。
すぐさまメイドたちが集まり、魔女っこを取り囲んだ。
魔女王の魔力で一度は大人の姿になった魔女っこだったけど、いまは元の子どもサイズに戻っている。
そのせいで、大人の時に合わせたドレスがぶかぶかになってしまい、あられもない格好になっているんだよね。
「ルーフェ、私は大丈夫だから、着替えておいで」
「……アルラウネがそう言うなら」
魔女っこはしぶしぶ、私をトゥルペに渡します。
そうしてメイドたちに引き連れられ、屋敷に入っていきました。
もちろん、トゥルペが魔女っこの着替えを口実に、私を引きはがしたことはわかっている。
どうやら、二人だけで話したいことがあるみたいだね。
できれば魔女っこがいないところで話したかったし、こうなった以上、私としても望むところだよ!
「では、アルラウネさん……行きましょうか」
トゥルペに抱きかかえられたまま、私たちも屋敷の中へと足を踏み入れる。
もちろん私に足はなく、鉢植えを抱っこされている状況です。
子どもの頃ですら、トゥルペに抱きかかえられて運ばれることはなかった。なにせ私たちが初めて会ったのは、私が11歳の時。
一歳年上の腹違いの姉は、当時12歳。
それから十二年が経って、私は植物モンスターのアルラウネになった。
トゥルペは現在、24歳。
子どもから大人になって雰囲気は変わったけど、オレンジ色の髪色は昔のまま。
それでいて、私がプレゼントしたチューリップの耳飾りを今も付けている。
イリスは死んでしまったけど、今も家族の絆が残っているのだとわかって、すごく嬉しかった。
だけど、トゥルペの執務室に入ると、つい目を背けてしまう。
だってさ、壁のいたるところに、イリスの絵画が飾ってあるんだもん。
壁一面に、いろんな形の額縁がかかっている。
絵画には、すべて聖女イリスの絵が描かれていた。
それらが部屋の四方の壁にあるせいで、圧迫感が半端ない。
自分の絵画に囲まれた部屋なんか、入りたくない。
入りたくないけど、入らざるを得ない。だって私、鉢植えアルラウネだから。
そのままトゥルペは、執務室の真ん中のテーブルの上に、私をそっと置いた。
そしてその正面の椅子に、姉がゆっくりと座る。
私の正体が聖女イリスであることは、基本的に秘密だ。
魔女っこにすら話していないので、トゥルペにも内緒にするつもりだった。
だからこそ、こうやって一対一で話すというのは、とても変な気分になる。
目を合わせると、自分が妹のイリスであることがバレてしまいそう。
その感情を隠すため、つい視線を横に向ける。
壁には、今では懐かしい金色の髪をした少女の絵が、こちらに微笑みかけていた。
瞳の色は、蜜色である今とさほど変わらない。
しかし人間ということの一点が、現状の私と大きく違っていた。
あの絵は、イリスが初めて光魔法に目覚めた時のものだ。懐かしい。
あっちは、エーデルワイスの教会を訪問した時の様子。
あれは私が魔王軍を撃退したことを称えて、お父様が画家に描かせた絵。
あちらは私が民衆を癒やして、とある街を救ったことのお礼に、その街出身のさる高名な画家が贈ってくれた絵。
王都で勇者パーティーがパレードした時の絵もある。
それでいてあれは、とある辺境伯の息子が私にプレゼントした絵──ってこれ、『塔の街』の領主のマンフレートさんの絵じゃん。うちにもマンフレートさんの絵、あったんだね。気づかなかった。
とにかくこの部屋には、イリスの人生の重要な場面が描かれた絵画でいっぱいだった。
もちろん、何気ない日常のイリスの絵や、家族の絵も存在している。
それでも圧倒的に、部屋は聖女イリスで満ち溢れていた。正直言って、ヤバイよね。
我が姉ながら、変わってると思う。
こんなイリスだらけの狂気的な部屋に通したんだから、何か話があってもいいはず。
一応私は、生前にこの部屋の存在を知っていたよ。
でもイリスが死ぬ前よりも、部屋の状況が酷くなっている。
だから、まずはこの部屋のことを色々と説明してもらいましょうかという視線を、トゥルペに送ってみます。
すると姉は、さも当然というように話を始めました。
「あたくしがアルラウネさんをここに呼んだ理由が、気になっているのですね?」
違うんですけど!
いや、たしかに私を呼んだ理由も気になってはいるよ。
でもその前に、初めてこの部屋に来たアルラウネに対して(本当はイリスの時に来たことあるけど)、この部屋の絵画について説明があってしかるべきだよね!
「あたくしはアルラウネさんに、お尋ねしたいことがございます。そのために、この場を設けさせていただきました」
やっぱり姉は、変人だった。
この部屋の異常さを、客人にまったく説明しないで、そのまま話を進めようとしている。
ドン引きしてしまうような状況だけど、今さら私も動揺したりはしない。
我が腹違いの姉がそういったお人だということは、よく知っているからね。
そんなトゥルペは、平然としたまま話を続けます。
「ルーフェさまは、アルラウネさんのことを『妹』だとおっしゃっていました。ですが二人は、本当の姉妹ではありませんよね?」
「……見てわかる通り、私とルーフェに、血のつながりは、一切ありません。ですが、私たちは、家族として一緒に、暮らしています」
「姉妹の絆を結んでいるのですね。しかも種族の垣根を越えている……素晴らしいですわ」
でも本当は、私が魔女っこの妹なんじゃなくて、魔女っこが私の妹なんだけどね。
だって私のほうがお姉ちゃんだし。
だけど、次のトゥルペの言葉を聞いて、私はちょっと困ってしまった。
「妹……と聞くと、あたくしはつい、あの子のことを思い出してしまうのです。実はあたくしには、妹がおりました」
正直、なんて返そうと考えてしまった。
だってその妹というのは、イリスのことなんだから。
とはいえ、さすがにトゥルペ公爵代理の妹が、聖女イリスであるということは、この街の者なら誰でも知っている。
街の者だけでなく、このエーデルワイスを訪れる商人や旅人だって、みんな知っていることだ。
それはもちろん、魔女っこも同じ。
そんな魔女っこの仲間であるアルラウネがそのことを知らないというのも、わざとらしいような気がするよね。
なので、少しの勇気を振り絞って、返事をします。
「トゥルペ……様の妹というのは、あの聖女イリスの、ことですよね?」
おそるおそる、トゥルペの様子を伺ってみる。
彼女の瞳が、揺れ動いたように見えた。
私の直感が、「マズイ」と言っている。
やはりトゥルペは、私のことを疑っているのだ。
どこまで私の正体に近づいているかわからないけど、少なくとも「聖女イリスとアルラウネの顔がそっくりなのは、なんで?」という、誰しもが思いつく疑問は、持ってしまっているはず。
実際にトゥルペがそのことに疑問を抱いていることを、魔女っこからさっき教えてもらっているしね。
だから、これ以上変なことを言われないように、続けてこう質問をしました。
「トゥルペ様にとって、聖女イリスという方は……どんな妹だったのですか?」
「…………イリスちゃんは、あたくしの大切な……たった一人の妹ですわ」
最初は何か口ごもっていたトゥルペだったけど、次第によく舌が回りだし、滑らかに喋り出す。
「えぇ、えぇ、そうなのです。イリスちゃんはあたくしの大事な大事な妹なのですが、目に入れても痛くない可愛らしく、それでいて素晴らしい子なのですわ! イリスちゃんと初めて会った時、あの子は光り輝いて見えました。それは比喩表現でなく、あの子の美しさや聡明さが身から溢れてしまったものだと思います。みんなそれは幻覚だと言うのですが、あたくしにはたしかにそう見えたのです。そんな聖女という名に相応しいイリスちゃんが、このあたくしと半分血の繋がった妹だということは、未だに信じられません。ですがあたくしはその幸運に感謝し、女神セレネ様への感謝の祈りを欠かしませんでした。あたくしは幸せ者です。だってあの子の、姉になることができたのですから」
出た、いつものトゥルペ節だ!
姉は、イリスのことになると、話が止まらなくなる。
でも、今日だけは何か違った。
何度も見て聞いてきたはずの流れだったのに、徐々に話のペースが落ちていき、声が震えていく。
「けれども、あたくしは不甲斐ない姉なのです……イリスちゃんのように強くはなく、光魔法もあまり使えません。あの子のことを助けることが、何一つできなかった……あの子が本当に辛い時に、一緒にいてあげることすらもできなかった……。どこで最期を迎えたのかも、どうしてそうなってしまったのかも、何一つ知らない。それでいてどんなに願っても、知ることは叶わない。なぜならイリスちゃんは、もうこの世にはいないのですから……」
トゥルペから、鼻をすするような音が聞こえた。
それでも姉は、舌を動かし続ける。
「あたくしはイリスちゃんに、また会いたい……会って話がしたい……あの子の名誉も挽回したいし、なんで死んでしまったのか真実が知りたい。それでいてイリスちゃんは本当はもっと凄いんだよってことを、世界中の人にもっともっと広めたい…………だけど、やっぱり一番は……」
トゥルペの頰から、涙が零れ落ちる。
いつの間にか、姉は泣いていた。
「イリスちゃんと会って、やりたいこと…………それは、また姉妹として昔のように──会ってお話がしたいことですわ」
ああ、私って幸せ者だったんだな。
家族からこうも想われていたなんて、知らなかった。
自分が死んで、どう思われていたか不安だった。
腹違いの姉妹だけど、トゥルペは私のことを本当に愛してくれていたんだ。
ただの変人かと思ってたけど、やっぱり家族は家族なんだね。
私の中に植え付けられていた不安という名の種が、音もなく消えていく。
アルラウネになって3年間、ずっと胸に突っかかっていたその種が、やっと剥がれ落ちる。
心は決まった。
私も家族へ、誠意を見せないといけない。
こんなふうに想いを告げてもらって、黙っておくなんてことはできない。
だから私は──自分からトゥルペに、しっかりと伝えることにした。
次回、イリスとトゥルペです。







