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日報 新米聖女は塔の上から下界を見下ろす 前編

新米聖女のニーナ視点です。

 あたしは新米聖女のニーナ。

 アルラウネとなったイリス様の言いつけを守っていたら、いつの間にか“黄翼(こうよく)の聖女”として名をはせるようになってしまいました。


 そんなあたしは現在、セレネ教会の本部があるミュルテ聖光国(せいこうこく)聖都(せいと)にいます。


 ミュルテ聖光国は、ガルデーニア王国の王都を北上して、大陸の端の港から船で移動した場所にあります。

 ここであたしは、正式に教会本部から聖女として認められ、時間の許す限り聖女としての修練を積んでいました。


 それもすべては、宿敵である聖女ゼルマを討ち滅ぼすため。



 イリス様を、勇者と共に亡き者にした宿敵──聖女ゼルマ。

 彼女はガルデーニア王国の要人として、権力を手中に収めている。


 すでに亡くなったのではないかと噂される第一王子が行方不明になっている現在、勇者である第二王子が次期国王として実権を持つようになりました。

 その妻である聖女ゼルマは、国王陛下からの信頼も厚く、この世の春を謳歌しているのです!


 そんな彼女をガルデーニア王国から追い落とすためには、さらなる力がいる。

 でも今のあたしでは、ゼルマには及ばない。

 聖女としての力も、政治的な力も、何もかもゼルマよりも下だ。

 だからあたしは、この『月の女神の塔』で、力を蓄えているのです。


「せめて、レオンハルト第一王子殿下が生きていれば……」


 勇者として目覚めた第二王子が国の英雄となり、兄である第一王子は田舎に隠遁(いんとん)しました。

 けれどもその第二王子は、聖女ゼルマと結婚してからというもの変わってしまった。

 仕事を放りだし、毎日のように酒を飲んで女遊びをしているという噂です。


 そのせいで第二王子にあるべき権力は、妻である聖女ゼルマが持つようになりました。

 やりたい放題の聖女ゼルマによって王城は混乱し、諸侯は第一王子に復帰を願い出る始末。

 そうして第一王子がやっとのことで王都へ戻ってきたのも束の間──第一王子は姿を消した。


 失踪した理由は謎。

 けれども、みんな噂しています。



 ──レオンハルト第一王子は、第二王子派に暗殺されたのだと。



 でも本当に亡くなったのなら、死体が出るはず。

 だから第一王子は、どこかに逃げ延びているという話もあるようです。

 もしも第一王子が王都に戻れば、聖女ゼルマと第二王子を追い落とすことが可能かもしれませんね。


「まあ、そんなあたしは、第一王子派に仲間だと担ぎ上げられているのですが……」


 平民出身のあたしに後ろ盾は存在しない。

 そういうこともあって、あたしは第一王子派の方々と仲良くさせてもらう機会が多かったのです。


 このままだと、あたしも命を狙われてしまうかもしれない。

 ただでさえ、聖女ゼルマには目の(かたき)にされているというのに……。


「でも、負けませんよ」


 聖女ゼルマは、あたしが敬愛する聖女イリス様を裏切って、亡き者にした張本人。

 いくらイリス様がアルラウネになって生きているとはいえ、その恨みは決して忘れることができない。


 今のあたしの夢は、イリス様の奪われた人生を取り戻し、聖女としてまた表舞台に戻ってもらうこと。

 アルラウネになってしまったイリス様ですが、それでもきっと元の生活に未練はあるはず。

 もしも昔の生活に戻りたいと思っているのなら、あたしはその手助けがしたい!


 とはいえ、イリス様は植物モンスターの生活に馴染んでいるようにも見えました。

 イリス様があのまま森で過ごすのを望んでいるのであれば、あたしは差し出がましいことをするつもりはありません。

 一番優先すべきは、イリス様の意志と幸せ。


 まあイリス様が何と言おうと、あたしは聖女ゼルマへ復讐するつもりですが。



「さてと、時間ですね。そろそろ()()()()のところに行かないと」


 教会の修練所で自主練習を終えたあたしは、『月の女神の塔』へと移動します。

 聖都にそびえ立つこの塔は、人類を守護している光の女神セレネ様を祀るセレネ教のシンボルでもあります。


 雲を突き抜けるほど高いこの塔は、1000年前に建てられました。

 その後ずっと増築され続け、今も少しずつ高さを伸ばしているという神秘的な塔です。


 神話では、この塔の最上階にセレネ様が住んでいるという話ですが、それが本当かどうか、あたしは知りません。

 そもそも女神を実際に見たことがある人など、この世には存在していない。

 1000年前に初代聖女ネメアが、女神セレネ様から天啓を得たという話ですが、それも大昔の話。

 真偽は不明ですが、疑うつもりはありません。

 だって実際にあたしは、女神セレネ様のお力の一部である光魔法に目覚めているのですから。


 ──でも、この塔に住んでいるのは、女神セレネ様ではなく、()()()()なんですよね。



 塔に入ったあたしは、転移陣によって上層階へとワープします。

 この転移陣なるものの存在も、世界には秘匿されている。

 最初は変な感じがしたけど、今ではこの転移した際の体の浮遊感にも慣れたものです。



 そしていつもの通路を進み、とある部屋の前に止まる。

 黄金色の重厚な扉をノックしようと腕を動かした瞬間──「入れ」と中から声が聞こえました。


 凛としたその声を耳にして、全身に鳥肌が立つ。

 あたしがどこにいるのかすべて理解しているようで、その不可解さには未だに慣れない。


「失礼いたします」


「ニーナ、待っておったぞ」


 細かい彫刻が刻まれた荘厳な柱の先に、玉座のような椅子が設置されている。

 普段はその椅子に座っているはずの()()()()は、今日は珍しく部屋の端にいました。


「ニーナ、こちらへ来るがいい」


「かしこまりました」


 光り輝く宝冠(ミトラ)を被り、黄金色の祭服を着た少女が、窓から外を見下ろしている。

 この方は、“女神の巫女様”。


 セレネ教会のトップである教皇聖下よりも偉い、真の最高指導者です。

 世界で彼女の存在を知っている者はほとんどおらず、存在そのものが秘匿される重要人物。

 1000年前に光の女神セレネ様から初めて力を与えられた人間──初代聖女ネメアの後継者という立ち位置らしいです。代々世襲で決めるのだと、“女神の巫女様”はあたしに教えてくれました。


 ──それにしても、相変わらずすごい魔力量。


 あたしには、光魔法のオーラを視認できる特別な目があります。

 【女神の聖瞳(せいどう)】というその力のせいで、あたしには光魔法の使い手の実力を、見ただけである程度判断できる。


 “女神の巫女様”を見たときの第一印象は──底知れない光の輝きでした。


 これほどの光のオーラを目にしたのは、イリス様以来。

 つまりこの“女神の巫女様”は、初代聖女ネメアの再来として讃えられたあのイリス様に近いか、同格の力を持っているということになる。


 イリス様以外にそんな規格外の人間が存在していたこと自体、驚きですよね。

 実際、あたしはたまに、“女神の巫女様”がただの人ではないように思えることがあります。

 だってこのお方は、不気味なほど神秘的な雰囲気を醸し出しているのですから。


「……あのう、“女神の巫女様”……先ほどから何をされているのですか?」


「気にするな。それでニーナよ、それで紅花姫アルラウネの話は、どこまで聞いたかのう?」


「魔女王を倒したところです」


 あたしがここに呼ばれたのは、アルラウネの話をするためです。

 これもすべては、アルラウネの聖蜜が、女神セレネ様がお作りになったエリクサーと同じ効果を持つと判明したから。


 そのせいで、“女神の巫女様”がアルラウネに興味を持ってしまったのです。

 アルラウネの正体が聖女イリス様であることはバレていないけど、なんだか怖い。


「もちろん、話し終えたらニーナの修練に付き合ってやるから、安心するといい。その()のきちんとした使い方を、身に付けさせてやろうぞ」


「お、お手柔らかにお願い致します……」


 アルラウネの話をすることを条件に、“女神の巫女様”に修行をつけてもらっています。

 どうせ“女神の巫女様”の申し出を断ることはできないので、利用させてもらった形です。



 それからあたしは、イリス様に不利益が出ないよう色々と隠しながら、“女神の巫女様”にアルラウネのお話をしました。

 話をしている最中も、ずっと“女神の巫女様”は窓の外を見ている。

 こちらに見向きもしないで会話をするのは、これが初めてのこと。


「“女神の巫女様”、ずっと外を眺められていますが、何をご覧になっているのですか?」


「ちょっと下界(げかい)を見ているのじゃよ」


「下界を?」


 “女神の巫女様”にならって、窓から外を覗いてみる。

 雲に近い場所にあるこの塔からは、聖都の景色が一望できました。


「ここってすごく眺めがいいですよね」


「そうじゃな。おかげで、遠くまで見ることができる」


「あたし、ここで初めて地平線の先というのを目にしましたよ」


「ここは下界と比べると高いからのう。それこそ、普段は見えない場所まで見える」


「すごいです、あそこに海が見えますよ! あの先はガルデーニア王国ですかね」


 あたしの生まれ故郷であるガルデーニア王国。

 平民生まれのあたしが、まさか聖女になって国の外へ出ることがあるなんて、夢にも思わなかった。


「でも、さすがに王都までは見えませんね……」


「ニーナでは、まだ見えぬじゃろうな」


「からかわないでください。まるで“女神の巫女様”は見えるみたいにお話していますが、いくらなんでも遠すぎて見えませんって」


 あたしがそう言うと、“女神の巫女様”はクククと薄笑いをしました。

 冗談だと思っていましたが、まさか“女神の巫女様”には人外じみた視力があるのでしょうか。


「……ええと、本当に王都が見えるのですか?」


「ニーナ、ちょっと静かにせよ」



 “女神の巫女様”の雰囲気が、急に変わった。


 真剣な目つきで、遠くをじっと見つめている。

 まるで、なにか重要なものを見逃さないようにしているよう。


 それからしばらく沈黙が続きます。

 そして、やっと“女神の巫女様”が口を開きました。


「これは、ずいぶんと面白いものが見られたのう」


「……どうされたのですか?」


「ちょっと南のほうで(いくさ)があってな。気になったので見物してみたのじゃが……意外なものが見えた」


 “女神の巫女様”が、懐から小瓶を取り出します。

 アルラウネ印が刻まれたその液体は、とても見慣れたものでした。



「エリクサーと同じ効力を持つこの聖蜜を生み出す能力に、あの規格外の化け物じみた力……放っておいては、教会の求心力が奪われるかもしれないのう」


「……え?」


「根を燃やしても、他の場所から根を生やして何度も再生するとは、恐れ入った。炎の精霊をいとも簡単に倒し、食すのも信じられぬ。あの力、このままだと神に匹敵する危険もある……」



 根を生やして再生って、どう考えてもアルラウネのことですよね。



 景色の話をしていたのに、なんで“女神の巫女様”は、アルラウネであるイリス様の話をしているのですか!?

次回、新米聖女は塔の上から下界を見下ろす 後編です。

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― 新着の感想 ―
キャー遠くて高い塔からストーカーの覗きが起こってますよーーー
前回の視線と今回の言葉の温度差が激しくて風邪を引くわよ 前回>ねっとりとした視線 今回>真剣な目つきで、遠くをじっと見つめている >あの力、このままだと神に匹敵する危険もある シリアス 女神の巫女様…
わぁ…凄い目が良いんですねぇ〜(逸らし目)
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