320 私を見るあなたは誰
私、植物モンスターのアルラウネ。
エーデルワイスを侵攻しようとしていた魔王軍の軍団長を、ちょうど倒したところです。
──パクリ。
なんか体が熱くなってきた気がする。
やっぱり炎の精霊だけあって、燃えてるからかな。
このまま体が燃えちゃったら、どうしよう。
でも、多分大丈夫。
だってちょっと熱いくらいで、むしろ栄養がたくさん詰まっていたから。
「そういえば、精霊を食べるのは、これで二度目だった、かな?」
一度目は、魔王軍四天王であった闇堕ちドライアドのフェアギスマインニヒト。
あの時は命がけの大決戦をしてやっとのことで倒したけど、今回はやけにあっさりしていたね。
それだけ私も成長したということかな。
そう思うと、不思議と体が元気になってきた気がする。
やっぱり精霊なだけあって、植物の精霊的な存在になった私とは相性が良かったのかも。
「さてと。魔王軍を、倒したのは、いいんだけど……この視線は、まだ消えないんだね」
遠くから私を監視する謎の視線。
炎の精霊であるイフリトと戦っている最中も、ずっと私のことを見ていた。
「いったい、何が目的、なんだろう?」
北の方角をじっと見つめていると、また別の視線を感じた。
こちらの視線は、私を監視する謎の視線とは、種類が違う。
嫌な感じもしなければ、変な感じもしない。
それどころか、遠くから「アルラウネー!」と私を呼ぶ声が聞こえるような……。
「アルラウネー!」
「ルーフェ!?」
街の方角から、白色の小さな鳥がこちらに飛んできた。
懐かしの白い鳥──つまり魔女っこだ!
なぜか白い鳥に変身している魔女っこが、これまたなぜか青色のドレスを足でつかんでいる。
というか、あの青いドレス……さっき私が街にいた時に、空から降ってきたイリスのドレスでは?
なんで魔女っこが、あのドレスを持ってるの??
「アルラウネー! やっと会えた!」
「ルーフェこそ、どこ行ってたの!?」
魔女っこが、鳥の姿のまま私のもとへと舞い降りた。
蔓を差し出すと、止まり木のように白い鳥が止まる。
同時に、青いドレスがふわりと宙に舞った。
「あ!」
魔女っこがしまったというような声を出した瞬間、すでに私は反射的に動いていた。
とっさに別の蔓を動かして、青いドレスをキャッチ。
うん、やっぱりこの青いドレス、さっきのイリスのドレスだね。
なぜこの青いドレスを持って魔女っこが現れたのか気になるけど、それ以上にもっと気になることがある。
「ルーフェ、体は大丈夫? 怪我とかしてない?」
「うん……わたしは平気」
白い鳥の体を、手で確認する。
羽毛の下も、くまなく触診してみたけど、怪我はしていないみたい。
私が触ったのが恥ずかしいのか、魔女っこが猫のような声を漏らした。
「うぅ……アルラウネ、くすぐったい……」
「あ、ごめんね。人間の姿に、戻らないの?」
「いま服を着てない……だから無理」
「え!? 服はどうしたの?」
「メイドに脱がされた」
「??」
ど、どういうこと?
メイドって、たぶんエーデルワイス公爵家のメイドだよね。
なんでメイドが、魔女っこの服を脱がせたんだろう……あ、まさか!
「メイドに渡されたから、そのドレスを、持ってるの?」
「うん。メイドに着せられた」
よくわかんないけど、わかったよ。
メイドに服を脱がされた魔女っこは、なぜかイリスのドレスを着ることになった。
それはわかったけど、なんでそんな事態になってたんだろう。
「魔女王の部下──ディーゼルを倒したのは、魔女っこだよね?」
「うん。わたしが倒した」
「てことは、もしかして……魔女王本人とも、会った?」
「……魔女王?」
あれ、この反応。
もしかして魔女っこは、魔女王と会ってない?
「私、さっき見たの。公爵邸の窓から、魔女王が私のことを、じっと見てた」
「魔女王は王都にいるんでしょ? なんで公爵邸にいたの?」
「さあ、わかんない。ルーフェは知ってる?」
「知らない……魔女王があそこにいたと思うと、急に怖くなってきた」
白い鳥の体が、ぶるりと震えた。
魔女王は魔女っこを狙っていたから、いまでもトラウマなんだろうね。
「それで、ルーフェはディーゼルを、倒したあと、どうしたの?」
「ええと……アルラウネに手を振って別れたあとは、メイドと会って、ドレスを着せられた」
「それでルーフェが、ドレスを……。でも、なんか急だね。理由もなく、ドレスを着ることには、ならないのに」
「服が小さくなってたから」
「小さく?」
「うん。わたし、大きくなったから」
魔女っこが何を言っているのかわからない。
というか私、魔女っこに手を振られたっけ?
あの時、私に手を振ってきたのは、魔女王だったはずだけど……。
ふと、頭の中で魔女っこの顔を思い出してみる。
ルーフェと魔女王の顔は、瓜二つ。
とはいえ、年齢が違い過ぎるから、見間違えることはない。
だってあの時、私に手を振ってきたのは、間違いなく大人の女だった。
──でも、待って。
あの魔女王の服は、魔女っこの服に似ていた気がする。
それどころか、私にウィンクをしてきたあの表情は、魔女っこの仕草にそっくりだた。
ま、まさか、大きくなったって……?
「聖女イリスのドレスを借りたあとは、アルラウネを探した。でも街の木がなんか襲ってきたから、とにかく逃げて…………あの木って、アルラウネでしょ?」
「は、はい……」
「街が森みたいになってた。アルラウネはいけない子」
「……ごめんなさい」
私だって、わかってる。
街を森にしちゃったのは、ちょっとやり過ぎちゃったよね。
「それで街の外に魔王軍がいるって騎士に聞いたから、外に飛んでいった」
「そう、魔王軍! 情報通り、エーデルワイスを、襲ったみたいだね」
獣鬼マンタイガーから聞き出していたから、私たちはこの情報を知っていた。
なんとかエーデルワイスが攻められる前に間に合って、本当に良かったよ。
でも──。
「私がここに、来た時には、魔王軍は、壊滅してたんだ」
「……それ、わたしがやった」
「…………え?」
「わたしが魔王軍を倒した」
私は周囲を見渡します。
今でこそ私の力で草原になっているこの場所は、さっきまで荒れ果てた大地になっていた。
万を越す軍勢だったはずの魔王軍の姿はなく、大型の魔族が倒れるのみ。
まるで大きな嵐でもあったのかと思うような、散々な惨状だった。
炎の精霊イフリトも、なぜか地面に埋まっていた。
軍団長であるイフリトが、抵抗もできずに身を隠していた相手が、うちの魔女っこってこと??
「す、すごいよ! ルーフェ、えらい!」
「うん。わたしがんばった!」
「えらい、えらい」
「えへへ」
「でも、どうやったの?」
魔女っこを疑うつもりはない。
この子が魔王軍を倒したというなら、きっとそれが事実なんだと思う。
でも、いくら魔女っこが強くなったとはいえ、万を越す軍勢を壊滅させるまではいっていないはず。
「あのね……わたしが魔王軍を倒せたのは、アルラウネのおかげなの」
「私のおかげ?」
「そう。ヤドリギの実を食べたから」
「ヤドリギって……まさか魔女王の!?」
「そう。アルラウネが魔女王を倒した時に落ちた実を持ってたから、それを食べた」
私が魔女王の目に寄生させたヤドリギは、魔女王の魔力を吸い取って実として落とした。
それを魔女っこが食べたということは──。
「それでわたしが魔女王の姿に変身して、強くなった。ここにいた魔王軍も、前に魔女王がアルラウネに使った魔法を真似してみたら、みんな吹き飛んじゃった」
「それで、あの惨状かあ」
ちょっと納得かも。
炎の精霊イフリトは、魔女王にやられたと言っていた。
つまりその魔女王の正体は、魔女っこだったというわけね。合点がいったよ。
ということは、だよ。
「ルーフェが魔女王に、変身したのって、いつから?」
「ディーゼルを倒したとき」
「……やっぱり!」
これまで感じていた違和感が消え去り、すべて理解しました。
あの時、公爵邸から私に手を振ってきた魔女王の正体も、魔女っこだったんだ!
私を見ていたのは、魔女っこ。
魔女王でも誰でもない。
私の愛するルーフェだったのだ。
そもそも、ここエーデルワイスには、魔女王なんていなかった。
あれは全部、魔女っこが──ルーフェが魔女王に変身した姿だった。
ヤドリギの実で存在感ごと魔女王並になった、パワーアップ・ルーフェ。
私があの時に目にした魔女っこは、たしかに魔女王と同じ気配を放っていた。
魔女っこが魔女王と同じくらいの力を持ったってことは……それって、めちゃくちゃすごいんじゃないの?
「ええぇ! ねえルーフェ、その魔女王の姿、私にも見せてよ」
「で、でも……」
「あ、裸なんだっけ。このドレスを着れば、平気だよ」
「……アルラウネが、言うなら」
白い鳥の体が歪んだ。
小さな鳥が姿を変え、少女となる。
そうして私の前に、見慣れた子ども姿の魔女っこが現れました。
「…………あれ? いつもと、同じだけど?」
「魔王軍に魔女王の魔力を全部使ったから、元に戻った」
魔女っこは、青いドレスで身を隠しながら、恥ずかしそうに告げます。
なんか、ごめんなさい。
先にそう言ってくれれば良かったのに。
そこで、気が付いた。
私を見る、あの謎の視線は、まだ私を見続けていることに。
「ねえ、ルーフェは、なにか気配とか、感じない?」
「気配? うーん、わからないかも」
「そっか」
今もなお、その気配は感じられる。
私と魔女っこが会話しているのを、遠くから今も監視し続けているんだ。
そう思ったところで。
「あ…………消えた」
これ以上、見るものはないと思ったのかな。
謎の視線が、急に消えた。
本当に、なんだったんだろう。
北の方角だったから、ガルデーニア王国の王都か、その先のミュルテ聖光国の聖都あたりから見られていたんじゃないかと思うんだけどね。
「アルラウネ……どう?」
声に反応して、魔女っこへと視線を戻します。
すると、そこにはぶかぶかの青いドレスを着たルーフェの姿がありました。
聖女イリス時代の私のドレスを、魔女っこが着ている。
そのことが、あまりにも不思議だった。
──そのドレスは、元々は私のドレスだったんだよ。
そう告げられないもどかしさを感じながら、ニコリと微笑みます。
「ルーフェ、似合ってるよ」
「……ありがとう」
ただ、一つ気になることがある。
私を見ていた、あの謎の視線。
あの視線は、白い鳥がルーフェに変身した後に消えた。
つまり魔女っこの正体が魔女であり、姿を変身できることを、あの謎の視線に見られてしまったということ。
そのことだけが、気がかりでした。
次回、新米聖女は塔の上から下界を見下ろすです。







