319 私と炎の精霊ともう一人の誰か
私のエーデルワイスを襲おうとした魔王軍は、すでに壊滅していた。
それでも敵のリーダーを、このまま黙って返すわけにはいかないよね。
そう思って意識を集中させると、なにか変な違和感を覚えた。
なんだろう……これ。
まるで誰かに見られているような……でも、周囲には他に誰もいないよね。気のせいかな。
気を取り直して、改めて前方にいる相手の姿を目に捉える。
敵は、炎の精霊イフリート。
名前は、イフリトさんって言っていたっけ。
この世界で精霊といえば、上位の存在です。
それこそドリュアデスの森に住んでいたドライアド様のように、その地域一帯を何百年も支配できるほどの力を持っている。
並の魔族や魔物では足元にも及ばず、人間からは恐れられ、敬われている雲の上の存在──それが精霊。
自然の力を操る精霊が敵に回れば、絶望するしかない。それほど畏怖される相手なんだけど、なんかさっきから変なんだよね。
雲の上の存在であるはずのイフリトさんが、私を見て震えている。
本来なら怖がられる存在であるはずの炎の精霊が、私を見て恐れを抱いているみたい。
別に、私は怖くないですよ?
ただのお花ですよ?
ほら──と蔓を伸ばすと、イフリトさんは炎の渦を巻き起こしました。
「オ、オレに近づくなッ!」
精霊の炎となれば、植物である私の体では、ひとたまりない。
でも、私の蔓は燃えなかった。
「貴様、植物だろう!? なぜ炎で燃えない!」
「私に、普通の炎は、効きませんよ」
耐火性のある植物を吸収し、ドライアド様以上に成長した今の私には、並の炎は効果がない。
それこそ炎龍様くらいの炎使いじゃないと、私の相手はできないよ。
「さすがは魔王軍四天王を撃破した紅花姫アルラウネだけのことはある……だが、ただの炎が効かない敵は、これまで大勢いた」
イフリトさんの体の炎が、青色に変化する。
同時に、周囲一帯の温度が急激に上昇します。
岩が焼ける音が耳に入ってくる。
「これまで何人もの四天王を倒してきた貴様のことを、オレは高く評価している……ゆえに、順を飛ばして一気に本気を出させてもらおう──火焔魔人破!」
その瞬間、荒野が青い炎に包まれた。
イフリトさんを中心に業火が吹き荒れ、私の体を熱波が襲う。
「……うそ!?」
私の葉っぱが、燃えちゃった!
この炎、ただの炎じゃない。
炎龍様の炎に匹敵するくらいの威力があるよ!
「この青い炎は、あの氷龍様の絶氷をも溶かすッ! これで貴様を根こそぎ燃やしつくしてやろうッ!」
精霊の炎が、私を襲う。
ガジュマルを生やして盾にしたけど、それごと一瞬で燃え尽くしてしまった。
──こいつ、思っていたより強いかも!
先日倒した獣鬼マンタイガーと比べると、明らかに強い。
むしろこれまで倒した魔王軍四天王よりも、この炎の精霊のほうが強いんじゃないかとさえ思える。
なにせ炎龍様のあの炎に匹敵するほどの威力だったからね。
そのせいもあって、私の体は燃えてしまった。
耐火性能は手にしたけど、なんだかんだいって私の弱点の一つは炎なんだよね。
燃えにくいとはいえ、植物は燃える時は燃えるのだ。
でも、植物だからこそできることもある。
私は地中に残った根に、光回復魔法を使う感覚で急激に芽を成長させる。
「ただいま」
「なッ!? アルラウネが復活した!? 完全に燃やしたはずなのにッ!!」
「体を燃やした、くらいじゃ、私は死に、ませんよ。根が少しでも、残っていれば、私は何度でも、再生できますから」
「ば、化け物か……ッ!」
イフリトさんが驚愕の声を震わせる。それでもイフリトさんの闘気は消えていなかった。さすがは炎の精霊だね。
でも、それよりも──。
私はイフリトさんから目をそらし、北の方角を向きます。
「遠くから、誰かの視線を、感じる……」
体が燃えたことで、私は再びこの場に芽を出して、蕾を開いた。
いったん姿を消して再度現れたせいかな……私を見るそのねっとりとした視線の存在に、このタイミングで気が付くことができた。
まるで空の上から私を見下ろしているような、そんな感じの視線。
さっきまでここにいたっていう魔女王かと思ったけど、なんか違う。むしろこの気配は、魔女王以上の存在な気がする。
私が知る中で魔女王以上というと、天使のパンディアさんか、魔王軍の炎龍様、そして闇の女神ヘカテくらい。
彼らに準ずるか、それ以上の何かが、私のことを観察しているように思える。
──今までの私だったら、この気配にも気づかなかったかもね。
成長して精霊をも超すほどの力を得た今の私だから、感じ取れた。
闇の女神ヘカテとの戦いを経て、彼女の力の一端を吸収したのもあったかも。
白色のアルラウネになっている今の私は、それこそ神の力の一端を手にすることができた。
そのおかげもあって、なんとなくだけど感じ取れている。
──いったい、何者なんだろう。
どうやって遠くから私を監視しているかわからないけど、その視線は間違いなく私を見ている。
ということは、たまたま私が今気が付いただけで、前からこの気配が私を観察していた可能性もあるかも……。
そう思うと、ちょっと怖くなってくる。
この視線は、いったい誰?
ここから北の方角にいくと、ガルデーニア王国の王都がある。
そこからか、もっと先か……。
王都よりも先というと、海を越えた場所にあるミュルテ聖光国の聖都があるよね。
光の女神セレネ様を祀る教会の総本山があり、天まで伸びる女神の塔がある場所。
そういえば『黄翼の聖女』として新たに聖女となったニーナが、聖都に滞在しているという手紙が届いていた。ニーナ、元気にしているかな。
「もしかして、この視線って……聖都から? でも、いったい誰が……」
「貴様ッ! 戦闘中によそ見をするとは、ずいぶんと余裕があるようだなッ!」
炎の精霊イフリトさんへと視線を戻す。
この謎の気配と比べれば、目の前にいる炎の精霊は、ただの強者でしかない。
そう、こいつはただの強い精霊だ。
炎龍様や闇の女神ヘカテのような神のような存在と比べると、ただの精霊では、まったく怖くない。
なにせこの謎の視線の主は、日常の枠組みを超越したところにいる気がするから。
その証拠に、イフリトさんはこの謎の視線に気づいていないみたい。
「根があるから再生するというなら、地下の根まで燃やし尽くしてやろうッ!」
青い炎が体を襲う。
でも私の意識は、遠くから感じる謎の視線に集中したままだった。
この謎の視線は、ずいぶんと高いところから私を見下ろしているように感じられる。
そう考えると、ミュルテ聖光国の聖都には、天まで伸びる塔があるよね。
仮にその塔に遠視をする能力を持った者がいたとして、何百キロも離れているこの場所を見ることはできるのかな?
普通に考えたら無理だけど、この世には普通ではない──それこそ神のような力があることを、私は実体験として知っている。
天使や女神であれば、不可能ではないんじゃないかな。
あ……体がまた全部燃えちゃった。
なら、根から芽を伸ばして、再生させないとね。
「ただいま。ほら、何度やっても、無駄ですよ」
「な、なぜだッ!? たしかに根まで燃やしたはずなのに、なぜ再生できるッ!?」
「たしかに、根は燃えました。でも、すべてでは、ないです」
「もっと深くまで根が伸びているということか!? それなら、地中ごと業火で焼き尽くすのみッ!」
「それも、無駄、ですよ」
イフリトさんが地面から、炎の柱を立てた。
土が飛び出て、すべてが燃やし尽くされる。
それでも私は、別の場所から体を再生させます。
「だから、無駄って、言ったじゃない、ですか」
「ど、どういうことだ!? 地下も含めてこの付近一帯をすべて燃やし尽くしたというのに、なぜまた再生する!?」
「私の根は、ここにあるだけ、じゃないって、ことですよ」
「どういう意味だ?」
物分りの悪い炎の精霊さんですね。
でも、私は元聖女の植物モンスター。
わからないなら、丁寧に教えて差し上げましょうか。
さあ、ご覧ください。
ここに広がっているのは、嵐で荒れ果てた大地です。
草木がどこかへ吹き飛んでいるだけで、種も仕掛けもございません。
「この荒れ果てた、大地を、緑に染め上げて、みせましょう」
「な、なにを言っている……?」
「ほら、私が指をパチンと、鳴らせば──」
私の合図に合わせて、ニョキニョキと黄緑色の草花が芽生えていました。
荒野が一瞬で、緑あふれる草原に回帰したよ!
「この草原が、ある場所は、すべて私の根が、繋がっている、んですよ」
「ば、バカなッ! この草原がある場所は、だと!? 地平線の彼方まで草原が続いているではないかッ!」
「だから、そういうこと、ですね」
イフリトさんが信じられないものを見るように、私を凝視します。
「つまり貴様は、アレか? この広大な草原すべての根を燃やし尽くさない限り、死ぬことはないということか!?」
「そういうことに、なりますね」
正確にいうと、私の根はこの草原のさらに奥にも続いている。
なにせ根は、アルラウネの森から続いているからね。
このガルデーニア王国南部は、ほぼ私の根が伸びていると言ってもいい。
私を殺すなら、この地方の大地ごと、すべてを灰燼に帰さなければならないよ。
──謎の視線のあなた。
もしかして、こういうことを知りたいから、私のことを監視しているんですか?
「ねえ、謎の視線の人……あなたは、いったい、誰ですか?」
北の方角を見ながら、私はそうつぶやいた。
でも風によって草木がなびくだけで、誰も返事はくれませんでした。
次回、エーデルワイス侵略軍の最期です。







