317 聖女イリスのドレス
空から青色のドレスが舞い降りてきた。
しかもこれ、イリスのドレスなんだけど!
聖女イリスを連想させる容姿と行動をしているアルラウネのもとに、イリスのドレスが舞い降りてきた。
その奇妙な組み合わせにより、広場にいる人たちが大盛り上がりをみせる。
同時に、私を見る観衆の視線が一気に高まった。
「イリス様のドレスがアルラウネに……こんな偶然あるはずない!」
「やはりイリス様の魂がアルラウネに導かれていたんだ!」
「きっとあのドレスは、亡きイリス様がこの場に授けてくれたのでしょうね」
「アルラウネは聖女イリス様が復活なされた姿──それでいて、エーデルワイスの聖女の後継者だ!」
「奇跡だ……奇跡はここにあったんだ!」
大盛り上がりをみせる観衆たちの声は、一向に止む気配がない。
むしろ、私を見ながら拝む人まで増えている始末です。
せっかくアルラウネは聖女イリスではないってみんなに説得できそうだったのに、こんな状況になったらもう無理だよ!
どう説明しても、誤解を解く方法が見つからない。
まあ本当は誤解でもなんでもなくて、真実なんだけどね……。
「というか、なんで空から、ドレスが?」
そう思って空を見上げてみる。
だけど空には、雲しか浮かんでいなかった。街から離れた場所はなぜか嵐みたいになっているけど、それだけ。
空からイリスのドレスが、アルラウネ目掛けて降ってきたとしか思えない。
そのあまりにも不可解な現象に、私は言葉を失ってしまう。
けれども、そんな私を見た観衆たちは、勝手な妄想を続けます。
「エーデルワイスでアヤメの刺繍が入ったドレスを着られるのは、聖女イリス様だけだ!」
「そのイリス様のドレスがあのアルラウネの手に落ちてきたってことは……」
「やはり、そういうことだったんだ!」
「もう無関係とは思えないよな」
「あのアルラウネ、本当にイリス様なんじゃ……?」
「だから、違いますよ!」
そう抗議しても、誰も聞く耳を持ってくれなかった。
くっ──このドレスが空から降ってこなければ、こんなことにはならなかったのに。
そもそも、なんで空からイリスのドレスが落ちてくるの?
意味わかんないんだけど!
空をうらめしく睨んでいると、元護衛騎士のアレックスが私にささやきました。
「街の住人たちは、聖女イリス様のことを本当に愛していました。そのイリス様が亡くなられて寂しい想いをしていたときに、あなたのような方が街にやって来た……あなたを聖女イリス様と重ねてしまうのは、仕方のないことなのです」
「私に、聖女イリスの面影を、重ねているって、こと!?」
「簡単に言うと、そういうことになりますね」
ということは、本当にアルラウネが聖女イリスだとは思っていないってこと?
でも、この喧騒だよ。
そう信じてる人もけっこういそうだけど……。
その時、通りの向こうから馬に乗った騎士が駆けてきました。
騎士は「道を開けろ、緊急事態だ!」と叫びながら、こちらへと近づいて来ます。
どうやら、なにかあったみたいだね。
壺ゴーレムが街でテロを起こして、私のガジュマルが街を植物で覆い尽くしてしまったこの状況以上に、もう緊急事態なことは起きないと思っていたんだけど……。
その騎士はアレックスの前で止まると、慌てたように叫びます。
「緊急のため、騎馬上から失礼いたします。アレックス様にご報告がございます!」
「伝令か!? いったいどうした?」
アレックスが馬上の騎士を見上げながら、そう応えました。
街の門の方角から来たみたいだけど、いったいどうしたんだろう。
「それが、街の遠方に無数の敵影を発見しました! 異形の者たちであり、黒い翼の旗を掲げていたことから、魔王軍だと思われます」
「魔王軍だと!? ガルデーニア王国西部を侵攻中とは聞いていたが、エーデルワイスまで侵攻してきたのか?」
そういえば獣鬼マンタイガーから聞き出した話によると、魔王軍の一部がこのエーデルワイスを襲撃しようとしているって話だったね。
スフィンクスのクスクスさんも、その部隊の一人だったはず。
そもそもクスクスさんのエーデルワイス公爵邸の襲撃や、壺ゴーレムによる街の混乱は、その魔王軍が街を襲撃するための作戦の一部だった。
先遣隊であった壺ゴーレムが街を襲ったんだから、今度は本体が攻めてくるのは道理だったね。
アレックスは、伝令の騎士に尋ねます。
「それで、敵の数は?」
「少なくとも、一万はいます」
「一万……そんなにか……」
さすがに一万は多い。
お父様である公爵が留守にしているというのもあって、今のエーデルワイスは戦力が減っている。その状態で一万の魔族と戦うのは、かなり厳しいかもしれないね。
「だが、街に警報の鐘は鳴っていないぞ!? どういうことだ?」
「それが……謎の植物が鐘楼を覆い尽くしてしまい、敵の襲来を知らせる鐘が鳴らせなかったのです」
あ…………。
なんか、すみません……。
「敵影を確認してから、ここに来るのにもかなり時間がかかってしまいました。私はこのまま、公爵邸へ報告に向かいます!」
「わかった。伝令ご苦労」
アレックスが声をかけると、騎士は馬を走らせて公爵邸のほうへと向かっていきました。
つまり、私が壺ゴーレムを退治している間に、魔王軍がこっそりエーデルワイスに進軍していたってことだね。
あの辺りには私の根が伸びているはずだけど、街の騒動のせいでまったく気が付かなかった。
というかこれって、かなりピンチなんじゃないの!?
伝令の話を聞いた周囲に騎士たちが、慌てたように話し合い始めます。
「そういやさっきから遠くでピカピカなにかが光っていたが、もしかして魔王軍が攻撃をしかけてきたんじゃないか?」
「ゴロゴロと雷の音みたいなのも鳴ってたな」
「風もなんだか強くなっていたぞ」
「先ほど天使様が郊外に飛んで行ったのは、その魔王軍と関係しているかもしれないな」
「しかし、敵は一万の大軍……まだ街の混乱が収まったばかりだというのに」
「いまのエーデルワイスには、すぐにそれだけの大軍を迎え撃つ余力はないぞ」
「なぜここまで接近されるのに気づかなかったんだ?」
「壺ゴーレムが街を襲ったのは、敵の本隊に気づかせないためだったのか」
「まさか街が森になって見張りの注意が逸らされたのも、敵の仕業だったのか!?」
「とにかく、やるしかないな。オレたちで街を守るぞ!」
さすがはエーデルワイスの勇敢な騎士たち。
魔王軍一万が攻めてくるというのに、毅然とした態度を取っている。
元エーデルワイス公爵令嬢として、鼻が高いよ。
だからこそ、このピンチは私がなんとかしないとね。
聖女イリスであった、私が。
それに……街が森になっちゃったのは、私が原因でもある。
壺ゴーレムからみんなを救うためとはいえ、ちょっとやりすぎちゃったし。もちろん反省はしていますとも。
だからこそ、やるしかない。
私は周囲をゆっくり見渡してから、こう宣言します。
「魔王軍は、私に任せて、ください!」
「で、ですが、敵は一万もいるのですよ!」
「敵が何万人、いようが、関係ありません。この街は、私が守ります」
そういえば、前にもこんなことがあったね。
あれはまだ、私が人間だった頃。
久しぶりに故郷のエーデルワイスに帰ってきたタイミングで、魔王軍が街を襲撃するという事件が起こった。
聖女イリスを敵対視している魔王軍が、私の故郷を滅ぼして戦意を削ごうと企んだんだっけ。
万を越す軍勢がエーデルワイスを襲ったけど、私は光魔法の奥義を使って、街を一人で守ったんだよね。
あの出来事からさらに魔王軍から怖がられるようになったけど、そのおかげかエーデルワイスが襲われることはなくなった。
私が張った光魔法の結界もあって、エーデルワイスは平和を謳歌した。
でも、それは聖女イリスが死ぬまでの話。
もうこの街にはイリスの結界は残っていない。
だから、魔王軍が二度とエーデルワイスを襲うと思わないくらい、完膚なきまでに敵を倒してみせる!
「アレックス……さん、ドレスを、預かって、ください」
「あのう、本当に行かれるのですか?」
「もちろん、です。この場は、任せましたよ」
「……かしこまりました。ご武運をお祈りいたします!」
──転移!
魔王軍と戦うために、私は街の郊外へ転移しました。
エーデルワイスへ伸びる街道の真ん中に分身アルラウネを生やして、その体の中に意識を移した。
目を開ければ、一万の魔王軍が待ち構えているはず。
そう思ってまぶたを開けると──そこは、すでに戦場の跡のように酷い有様でした。
「……え、なにこれ?」
まるで嵐にでもあったのかというほど、周囲は散々な様子になっている。
木々は折れて、草木は地面からひっくり返されたかのように荒れていた。
なにより目につくのは、武器や旗などの人工物が散乱した跡と、倒れた魔族たち。
しかも、なぜか数が少ない。まるでどこかへ飛んで消えてしまったのかと思うくらい、敵がいない。
そのうえ、立っている者もいなかった。
みんな倒れていたり、折れた木に引っかかっていたりしている。
大型の魔族が、まるで雷に打たれたかのように黒焦げになっているのも気になる。
なにがなんだかわからないけど、少なくともこれだけはわかった。
エーデルワイスを襲おうとしていた魔王軍は、すでに壊滅していたのだ。
「いったい、なにがあったの?」
唖然としながら周囲を見渡していると、異変が起きます。
突然、すぐ近くの地面がモゾモゾと動いた。
ビックリした私は、その盛り上がった地面へと視線を向けます。
「なにか、出てくる……!」
次の瞬間、地中から手が飛び出てきた。
そして炎をまとった人型の何かが、モグラのように地中から這い出てきたのです。
次回、なんか魔王軍が壊滅してるんですけどです。







