316 聖女イリスの面影
私、植物モンスターのアルラウネ。
街を襲っていた壺ゴーレムを一掃したら、いつの間にか街の人たちに囲まれてしまっていました。
私たちを囲むように、街の住人たちが広場に押し寄せてくる。
人混みの中には、ピツル商会の人や、エーデルワイス騎士団の姿もありました。
お祭りでも始まったかと思うくらい、辺りは大変賑やかなものになっている。
彼らは私のほうを見ながら、喜ぶようにこう叫びました。
「エーデルワイスの新しい聖女様に、祝福を!」
えぇえ!?
な、何事?
みんないきなり、どうしたの!?
「私は、聖女じゃなくて、アルラウネなんですが……」
今の私は、ガジュマルの木に上半身だけ生えている状態とはいえ、私の顔は街のみんなが知っている聖女イリスと全く同じ。
そのせいで私のことを『聖女』だって勘違いしているのかな……と思ったけど、なにやら雰囲気がおかしい。
街の人たちは一心に私のことを見つめているけど、街を救ったアルラウネに向ける表情じゃない。
私の顔を見るだけで泣きそうな顔になっている人や、懐かしい知人と久しぶりに再会したときのような安堵感のある笑顔を向ける人までいた。
何か、違和感を覚えてしまう。
彼らが私に向ける表情──そう、それはまるで……聖女イリスに向けているかのよう。
群衆の誰かが声を上げた。
「あなたはエーデルワイスの新しい聖女様です!」
彼の言葉に続いて、群衆の中から次々と声が聞こえてきた。
「街を救った英雄だ!」
「あなたがエーデルワイスを救ってくれました。みんな感謝しています」
「あの時、あなたが助けてくれなかったら、俺も娘も変な壺に殺されていました。あなたは命の恩人です!」
「街を覆っているこのでっかい木が、壺の爆発からオレたちを守ってくれたんだ。あれも、あんたなんだろう?」
「エーデルワイスが森みたいになったのは困るけど、人の命と比べればこれくらい問題ないわよね」
「これだけの騒ぎで死者が一人も出なかったんだ。奇跡としかいいようがないぞ!」
「それを言うなら、俺の両足は爆発で吹き飛んだはずなのに、聖女様の蜜のおかげで足が元に戻ったんだ! これも奇跡としか思えない!」
誰もが、私のことを讃えてくれていた。
こんなに褒められたのは、アルラウネになってからはめったにない。
そうだ、違和感の正体が分かった。
この人たちは、私のことをモンスターのアルラウネとしてではなく、一人の聖女として見ているんだ。
木から生えた上半身しかない女を、まるで人間のように扱っている。
誰も私のことをモンスターだからと、疑いの眼差しをしてない。
あれだけ街の人たちに馴染んだ『塔の街』ですら、こんなことは一度もなかった。
あの街では、私は街を守護するアルラウネだったから。
だけど、エーデルワイスでの反応は違う。
アルラウネのままエーデルワイスを救ったのは同じはずなのに、向けられる感情がまったく違う。
私のことを、一人の人間として──街を守る聖女として、彼らは扱ってくれている。
──なんだろう、この気持ち。
モンスターでもなく、アルラウネとしてでもなく、聖女として認めてもらえた。
そう思った瞬間、胸の奥に温かい何かが広がっていく。
それは、後輩の聖女見習いに裏切られて殺され、アルラウネになってからは久しく忘れていた感情でした。
もう二度と、こんなふうに呼ばれることはないって思ってたのに……。
私のことを『聖女』だと、街の人たちが認めてくれている。
その事実が、かつての聖女イリスの感情を思い出させてくれた。
「嬉しい……」
アルラウネとしてではなく、新しいエーデルワイスの聖女として、認めてもらえたんだ。
喜ばないわけがないんだけど……でも、ちょっと待って。
これ、本当に喜んでいいの?
まるで私のことを本物の『聖女』のように扱ってくれるけど、今の私はもう聖女イリスではない。
むしろ『聖女』だと呼ばれてしまうと、私の正体がそのイリスだってことがバレる恐れがあるんじゃないの!?
私の不安が的中するかのように、誰かが声を発しました。
「街を守ってくれたあなたの活躍は、かつての聖女イリス様を彷彿とさせました……そう、聖女イリス様を……」
広場が静寂に包まれる。
みんなの視線が、私の顔に集中していた。
「やはりそのお顔……聖女イリス様にそっくりだ」
「髪の色は変わっても、それ以外はまったく同じにしか見えない」
「それだけじゃない、雰囲気も似ているぞ」
「しゃべる言葉も、昔の聖女イリス様を彷彿とさせる内容だった」
「ああ、お懐かしい……もう二度とお目にかかれないと思っていたイリス様が、目の前にいるかのよう……」
「イリス様の面影がある? いや違うね──あなたこそが、イリス様なんじゃないのか?」
「でもイリス様は、魔王軍との戦いでもう何年も前にお亡くなりになってるんだぞ?」
「じゃあ亡くなったイリス様が、アルラウネを遣わしてくれたとか?」
「いいや、イリス様が蘇られたんだ! 女神セレネ様にあれほど愛されていたイリス様なら、きっと女神様がご慈悲をくださったに違いない!」
「そういえばさっき、白い翼を生やした天使が空に舞い上がってくのを見たぞ」
「なんだと? エーデルワイスに天使様が!?」
「女神様の御使いの天使様がここに降臨されたことこそが、イリス様がお帰りになった証拠だ!」
次の瞬間、ドワッと広場が沸き立った。
勝手に話が進んで、みんな私のことをイリスだと思い込んでいるみたい。
「ちょ、ちょっと待って。みんな、落ち着いて!」
ダメだ。
私の声がかき消されるくらい、大盛り上がりしちゃってる。
というか、白い翼が生えた天使ってなんの話?
この街に、天使が降臨したの?
天使のパンディアさんは王都に行ってるはずだけど、別の天使が来たってことかな。
どういうことかわからないけど、その謎の天使のせいで、聖女イリスが復活したと街の人たちが思い込んでしまったみたい。
女神セレネ様が人を生き返らせたなんて話は、聖典にはいっさい書いていない。
それなのに、なんでそんなふうに思っちゃったの?
早く弁解しないと!
「私はイリスでは、ありませんし、聖女は蘇ったりも、しません!」
そう私が言うと、すぐ近くにいた男性が返答しました。
「でも目の前にイリス様としか思えないアルラウネがいるから、蘇ったとしか思えないぞ」
他の観衆たちも、彼に続く。
「昔、イリス様に瀕死の重症から助けてもらったことがあったけど、その時とさっきのアルラウネの反応がそっくりだったわ!」
「さっき助けられた時、前にワシと会ったことがあるような反応もしてたのう」
「アヤメのパンも懐かしそうに見てた」
「なんでモンスターがエーデルワイスを助けてくれるのか不思議に思ってたけど、イリス様だと思えば納得だ」
「もしかして、聖女イリス様は亡くなって精霊になったんじゃないのか?」
「女神セレネ様が道半ばで亡くなられたイリス様の不幸を嘆いて、精霊にして蘇らせた……そんなことあるか?」
「でも目の前に、イリス様そっくりのアルラウネがいるのはどう説明するんだ? 木から生えているところを見ると、アルラウネじゃなくてドライアドだったのかもしれないけど……」
「なら精霊だ。きっとイリス様は精霊となって、エーデルワイスに帰ってきてくださったんだ!」
王都の教会の人たちが聞いたら、荒唐無稽な話だと鼻で笑い飛ばしたかもしれない。それくらい、あり得ない話をしている。
でもここは、王都ではなくエーデルワイス。
聖女イリスを女神のように崇めるこの街の人には、私が何を言っても聞いてくれないのかも……。
みんなが私のことを、聖女様だと言う。
しかもイリスが復活して、精霊となって蘇ったなどと言い出した。
でも、それは違うんですよ!
私はただのアルラウネですよ!
聖女イリスとは……まあ関係ないとは言えないんだけど、それでもいったん無関係ってことにしてくださいー!
私がいくら「違います!」と叫んでも、群衆は声を出すのをやめなかった。
なるほど……もう私の言葉なんて関係なしに、聖女イリスが復活したと思いたいわけね。それほど聖女イリスのことを想ってくれたんだ。うん、嬉しいよ。
そういうことなら納得ではあるんだけど……でも、絶対に認めるわけにはいかない。
こんな大々的に聖女イリスが蘇ったなんて思われると、アルラウネが困る。
だから──。
「静かに、してー!」
植物生成で、サンドボックスツリーの爆弾種を作り出し、近くの建物に投擲します。
種が建物の壁に触れた途端、大きな音を立てながら破裂しました。
サンドボックスツリーの実は、熟れると爆発して種を飛ばす性質を持っている。
それを利用して、私はここで種を爆発させた。
もちろん、けが人が出ないよう、飛び散った種はガジュマルの木ですべて受け止めてある。この種、当たるとかなり危ないからね。
でも、壺ゴーレムの爆発に怯えていた街の人たちを静かにさせるには、十分な爆発音でした。
「聞いてください、私はただのアルラウネで、聖女イリスとは無関係です。顔が似てる、赤の他人、なんですよ!」
私がそう声を上げると、街の人たちが悲しむ顔が見えた。
やっぱり彼らは、街の英雄でありアイドルであった聖女イリスが死んだことが未だに受け入れられなくて、街を救ったそっくりさんに、聖女イリスの面影を重ねているんだ。
でも、そういうことなら、まだ挽回するチャンスはある。
私が聖女イリスではないということを言い続ければ、きっと間違いだったと信じてくれるはず……!
「私の顔が、聖女イリスと似ている、ということ以外、私と彼女の共通点は、まったくなくて──ひゃあっ!? ん……なにコレ?」
突然、私の顔に何かが覆いかぶさってきた。
これ、布かな。
上から青色の何かが落ちてきたみたい。
その青い布を手にとってみると、群衆が息を呑む音が聞こえてきた。
なぜかみんな、この布を見ている。
──いや、違う。
これ、ただの青い布じゃない。これは──ドレスだ。
しかもこれ、見覚えがあるよ。
澄んだ泉のように鮮やかな青色の布地、そして美しいアヤメの刺繍。
エーデルワイスでアヤメの刺繍が入ったドレスを着ることが許されたのは、ただ一人だけ。
このドレスは、イリスのドレスだ。
私がそう思ったのと同時に、元護衛騎士のアレックスが慌てるように叫びました。
「あのドレス、イリス様のドレスだぞ!」
その瞬間、街の人たちから喝采が上がる。
先ほどとは比べ物にならないくらい、広場が熱気に包まれました。
サンドボックスツリー(スナバコノキ):トウダイグサ科。南北アメリカの熱帯地域や、アフリカの一部に生息しています。近づいたら怪我をしそうなくらい危険が外見をしているのが特徴。樹液や種にも毒があり、毒矢の原料として使われたりもしていたとか。実が爆発する時速は200㎞を超えており「猿の拳銃」とも呼ばれているそうです。
祝、400話目到達!
皆さまの応援のおかげで、こうして連載を続けることができています。感想もいつも拝見しておりまして、執筆の活力となっています!
改めてまして、いつも応援いただきありがとうございます(*ᴗ͈ˬᴗ͈)ꕤ*.ペコリ
次回、聖女イリスのドレスです。







