日誌 魔女っこ、はじめての大人の姿を満喫する その2
引き続き、魔女っこ視点です。
わたしの名前はルーフェ。
アルラウネの謎を解き明かすために、聖女イリスの実家であるエーデルワイス公爵邸へとやって来た。
そんなわたしが、なぜかあの聖女イリスのドレスを着ている。
──アルラウネに、この格好を見せたい。
もしこの服を着てわたしがアルラウネの前に出たら、どんな反応をするんだろう。見るのが楽しみ。
「でも、その前に……」
アヤメの刺繍が編み込まれたドレスを着たわたしは、鏡の前で一回転してみる。
青色のスカートの裾がふわりと舞い上がって、一瞬だけアルラウネの花びらみたいになった。
「これ、いいかも!」
平民の村娘であったわたしは、もちろんこんな立派な服を着たことはない。
なんだか物語のお姫様になったみたいで、気分が上がる。
服を借りたわたしはメイドと別れて、公爵邸の庭へと戻る。
すると、蕾になっているアルラウネの側に、トゥルペ公爵代理が座っていた。
「アルラウネが蕾になってる……ということは、転移して本体は別のところにいるのかな」
いつもアルラウネがやってる方法だ。
つまりアルラウネは、根を通して別の場所へ移動したってことだと思う。
「トゥルペ公爵代理は……なんか話しかけづらい」
なぜか謎の粘液で体がベトベトになっているトゥルペ公爵代理は、さっきからずっとアルラウネの蕾を凝視していた。
いまは話しかけちゃいけない気配がするね。
わたしはトゥルペ公爵代理をそのままにして、獅子のような姿をしている魔族に声をかける。
「ねえ、そこの魔族」
「え、あたし?」
その魔族は、獅子のような体をしているのに、上半身は人間の女みたいだった。
前に図鑑で読んだことがある──たしかスフィンクスっていう種族だ。
「アルラウネがどこに行ったか、知らない?」
「あんた、アルラウネちゃんの知り合い? ならさ、蜜……持ってない? あの濃厚な蜜の味が忘れられなくて、なにも手がつかないんだ!」
「……そっか」
このスフィンクスも、アルラウネの蜜の虜になっちゃったんだね。
まあ特別珍しくもないし、驚かないけど。
「はい、これ」
「ありがとう! ゴクゴク──プハアッ! 最高!」
「いい飲みっぷりしてる……わたしの予備の聖蜜を渡したんだから、早く教えて」
「ええとね、アルラウネちゃんは街の壺ゴーレムを退治しに行ったよ」
そういえば『ピルツ商会』で大量の変な壺を見かけた。
あれらがすべて暴れているなら、人間が大好きなアルラウネなら放っておけないはず。
「わかった。街に行く」
「ちょっと待って、白髪のお姉さん! これからアルラウネちゃんに会いに行くんでしょう?」
「……そうだけど」
「なら伝言をお願いしてもいい? 外に魔王軍が集結してるんだけど、この混乱に乗じてエーデルワイスに侵攻する計画になってるから、街から逃げるなら早いほうがいいって」
「外に魔王軍がいるんだ。でもアルラウネは街から逃げないと思うけど?」
「アルラウネちゃんは、あたいを連れて森に行くって約束したんだよ! 外にいるイフリト様たちが攻めてきたら、皆殺しにされちゃうよ!」
「イフリト様?」
「第三軍団長のイフリト様だよ。炎の精霊なのに魔王軍に所属してる変わり者──それでいて、実力は四天王以上だって噂。戦ったら絶対に殺されちゃうから、イフリト様が街に来る前に脱出しないと!」
「……わかった。よくわかんないけど、あなたはここで公爵邸を守って」
「え?」
「わたしもアルラウネの仲間。あなたが一緒に付いてくるつもりなら断らないけど──裏切ったら許さない」
「…………は、はい」
なんかスフィンクスがビクビク震えてる。
もしかしていまのわたし──威厳があるのかな。大人の姿とドレスの組み合わせの力かも。
使い魔となった壺のルルをスフィンクスに預けて、街へ向かうために浮遊魔法で空を飛ぶ。
でも公爵邸から浮上した瞬間──大きな木の枝がわたしを襲ってきた。
「なんでわたし、襲われたの!?」
移動速度を上げるために、背中から翼を生やした。
これなら鳥よりも速く飛べる。
それでも、木は枝を伸ばして、絶えずわたしを襲ってくる。
この木は、たしかガジュマルって名前だったはず。絞め殺して来る木だ。
「…………ここまで上空に飛べば、もう届かないよね?」
あの木は間違いなく、アルラウネのもの。
アルラウネがわたしを攻撃するはずないから、きっと理由があるんだと思う。
たとえば、わたしは大人の姿になって、いつもと違う──魔女王の魔力に反応して、わたしを自動的に襲ってるのかも。
「アルラウネは魔女王の魔力を感じられる──たぶんそう」
魔女王の目にヤドリギを植え付けたって話を聞いた時に、そんなことも言っていた気がする。
とにかく、ガジュマルの木には注意しよう。
そして空から街を観察していると、壺ゴーレムがガジュマルに破壊されているのが見えた。
でも、アルラウネの姿はない。どこにいるんだろう?
よく街が見えるように、高度を下げる──そのタイミングを見計らったように、ガジュマルの木が建物の陰から伸びてきた。
「うわっ……危なかった」
木の先端が、体にかすった。
同時に、木がすった場所から、魔力が吸い取られたのがわかる。なんだか力が抜けてきた。
「これ、魔力を吸い取る精霊ドライアドの技だ。前に、アルラウネが使ってるのを見たことある」
ここは危険だと、すぐさま上空に舞い上がる。空の上まで逃げれば、木は届かない。
安心したところで、気が付いた。
──なんか少しだけ、わたしの背が縮んでる!
そういえばさっき魔力を吸い取られたときに、体に異変があったよね。
「もしかして、わたしの中の魔女王の魔力がなくなれば、元に戻るかも!」
このままだと、アルラウネと再会するどころではない。
元の姿に戻らないと、あの木に殺されちゃう……。
せっかく大人の姿になって楽しんでいたけど、こんなことしてる場合じゃなかった。
それに聖女イリスの服が破れたりしたら大変──あの木に襲われないように、一刻も早く元の姿に戻らないと。
「でもこの魔力、どうやって無くそう?」
木に捕まると魔力を全部取られて動けなくなっちゃうし、壺ゴーレムと間違えられて大変なことになっちゃうかも。それはイヤ。
「そういえば、アルラウネも力を使いすぎると、よく萎れてたよね?」
魔法をたくさん使えば、魔力は減るんだ。
だけど、わたしは一度に魔力をたくさん放出できる魔法は使えないし──そうだ!
さっきディーゼルを倒したときに使った、天気を操る荒天魔法。
わたしはそこまで大きく天候を変えたことはないけど、前に一度、とんでもなく大規模な魔法を見たことがある。
魔女王がアルラウネを襲った際に放った嵐を呼ぶ魔法──あれは、かなり強力だった。
いまのわたしなら、同じことができるかも。
空を見渡して、視界を広くする。
そのせいで、わたしは見つけてしまった。
「……あれは、なに?」
街の外から少し遠い場所に、何者かが集結してる。
しかもこっちに向かってるみたい。
「さっきスフィンクスが言ってた魔王軍かな──そうだ、あの魔王軍に魔法を放てばいいんだ」
これから魔王軍がエーデルワイスを襲うらしいし、その防衛ができる。
わたしは魔女王の魔力を、魔法として消費できる。
一度に二度お得。
「でも……あれが魔王軍じゃなくて、人間の軍隊だったら困る」
エーデルワイス公爵家にはお世話になった。
トゥルペ公爵代理とも仲良くなったし、迷惑はかけないほうがいい気がする。
それに、魔王軍以外に攻撃したら、あとでアルラウネに怒られるかも。
「事前確認は大事だって、チャラ男師匠も言ってた。外の軍団が魔王軍なのか、それとも人間の軍団なのか、先に確認しないと」
だけど、あそこまで飛んで行くのは、ちょっと面倒。
とりあえず、知っている人に聞いてみようかな。
街の壺ゴーレムを掃討し終わったのか、アルラウネの木の動きが止まっていた。
いまがチャンス!
「手ごろな人は──あの騎士、なんだか偉そう。きっと物知りのはず」
30歳くらいの男の人の背後に、空から降りる。
そして、声をかけた。
「ねえ、そこの人」
この人、エーデルワイス公爵家の騎士みたい。
なんだか女騎士のカタリーナさんに雰囲気がちょっと似てる。
「……あなた、騎士だよね。なら、外にいたあの軍団のこと、なにか知ってる?」
「外の軍団? 何の話だ?」
「……エーデルワイスの騎士が知らないってことは、きっと敵だよね。じゃあ、あれに魔力をぶつければ元に戻れるかも」
「おい、お前……何を言ってる?」
外の軍団は、魔王軍で決まりだ。
エーデルワイスとは無関係なら、何をしてもいいよね。
「なんだかわからないが、俺の質問にも答えてもらうぞ。聖女イリス様に似たアルラウネについて、何か知っていれば教えてくれ」
「……わたしのアルラウネのこと、知ってるの?」
「わたしの? ということは貴様は、獣耳族の女商人ルーフェか?」
そういえば、そんな設定だった。
いつまでわたし、ネコ耳を生やしていればいいの?
わたし、獣耳族でも、商人でもないのに……。
「アルラウネが、街の住人を救ってくれた。騎士として礼を言おう」
「そっか……アルラウネ、また頑張ったんだね」
街を救うために、頑張ったんだ。
『塔の街』のときと同じだね。
アルラウネが人間が好きで、一生懸命頑張って助けようとしていることは、わたしが一番よく知っている。
「じゃあ、わたしも頑張らないと」
「え……う、浮いた!?」
驚く騎士を地上に置いたまま、わたしは空へと浮上する。
白い翼を羽ばたかせて、一気に街の外へと飛んでいった。
魔女王の魔力は、わたしを強くしている。
体からその魔力を無くすためには、大規模な魔法を使うしかない。
けれどもわたしは一度も、そんな強力な魔法を使ったことはなかった。
それでも、いまのわたしには自信があった。
アルラウネから前に教えてもらった、魔女王が使ったあの大魔法を使うときだ。
「でもその魔法を使うには、近くに炎がないとダメって言ってた……あ!」
郊外の一角が、なんか燃えてる!
あれは……魔族かな。
魔王軍に炎の精霊がいるってスフィンクスが言ってたから、それかも。
大きな炎の弾を作っているみたいで、遠くからでも目立っている。
「ええっと、あの炎の上昇気流っていうのを利用して……天気を操る!」
魔法を使った瞬間、空気が変わった。
わたしを中心に、渦巻き状の風が発生する。
地面に落ちている小石が空へと舞い上がり、竜巻へと呑み込まれていった。
同時に、魔王軍の上に、巨大な積乱雲が発生する。
かつて魔女王がアルラウネに向けて放った嵐には及ばないけど、それでも空を覆い尽くすほど巨大な雲。
この雲を、エーデルワイス郊外にいる、あいつらにぶつける。
「荒天魔法“嵐災”!」
雨のような落雷とともに、無数の竜巻が空から降りていく。
見るだけで鳥肌が立つような、異様で、恐ろしい光景。
あれほど巨大な災害を、わたしが作り出した。
「わたしにも魔女王と同じことが、できるんだ!」
次回、魔女っこ、はじめての大人の姿を満喫する その3です。







