騎記 元護衛騎士アレックスは聖女についての事情聴取をする
元護衛騎士のアレックス視点です。
俺の名はアレックス。
エーデルワイス公爵家に仕える騎士だ。
10代の頃に騎士となった俺も30代となり、騎士団の中でも要職につくようになった。
いずれは父の跡を継いで、エーデルワイス騎士団長になるだろう。
だが、俺にはいまだに忘れられないことがある。
我が主君であったイリス・エーデルワイス──つまり、聖女イリス様のことだ。
俺はイリス様が5歳から11歳の間、護衛騎士として常に側に控えていた。
初代聖女ネメア様の再来と讃えられるイリス様にお仕えできたこと、そしてそんな大陸の英雄とでもいうべきお方が、我が一族が代々仕えているエーデルワイス公爵家から出ている。その事実が、自分のことのように誇らしかった。
俺の人生の中でも一番華やかだったのが、この時期だ。
双子の妹であるカタリーナと共に、イリス様をお支えする時間はとても有意義であり、なによりも楽しかった。
しかし、イリス様が正式に『聖女』として任命された日、俺たち兄妹は護衛騎士の任から外された。
「今後の聖女イリス様の護衛は、王国の近衛騎士が行うことになる。これまでご苦労だった」
王城の役人からそう告げられた時のことを、いまでも覚えている。
イリス様は聖女となって第二王子と婚約したこともあり、将来は王族になられる。
公爵家の手からは、完全に離れてしまったのだ。
「今日までありがとうございました、アレックス」
護衛騎士としての任を解かれたその日に、イリス様に手を握られながら感謝をされたことも、忘れられない思い出のひとつだ。
その言葉に感激した俺は、エーデルワイスに戻ってからも修練に励んだ。
いつイリス様の護衛騎士に戻ってもいいように、自分を絶えず鍛え続けた。
だというのに、俺が護衛騎士として呼び戻されることは最後までなかった。
イリス様の周囲には、エーデルワイス公爵家の親戚であるヴォルフガング様や、エルフのメルクーレェ様、そして勇者として覚醒された第二王子殿下もいらっしゃる。
俺がいなくてもきっと大丈夫だと──あの日まで思っていた。
イリス様の訃報を聞いたエーデルワイス公爵家は、悲しみに包まれた。
それは街の者たちも同じで、エーデルワイスのいたる所からすすり泣きの声が聞こえてきたほどだ。
もう二度とイリス様と会うことはできない。
そう思っていたのに──俺は今日、イリス様そっくりのモンスターと出会ってしまった。
「アレックス、待ってください」
「…………貴様、なぜ俺の名前を知っている!?」
このアルラウネは、俺の名前を知っていただけでなく、驚くほどイリス様にそっくりな顔をしている。
髪の色が違うことと、髪に花と葉っぱが生えていること以外は、完全に同じ顔だ。
しかも、喋る内容もどことなくイリス様に似ていた。
まるでイリス様ご本人と会話しているように思えてしまうほどだ。街の住人を助けて回っているその行動も、イリス様そのものといえるだろう
そんなアルラウネが成し遂げたことは、街の英雄と称してもいいほどの偉業でもある。
街が森に覆われたことを差し引いても、モンスターだからといって処罰することはできない。
そのせいもあり、俺はアルラウネのことを認めてしまった。
イリス様を亡き者にした憎きモンスターであるにもかかわらず、どうしてもアルラウネのことは憎めなかった。
その後、アルラウネはどこかへ消えていった。
きっと、街の住人を助けに行ったのだろう。
やはり不思議なアルラウネだ。見た目はどう見ても人外だというのに、まるで人間のような心を持っている。
俺は、公爵代理であるトゥルペ様にこの事件の概要を報告するため、アルラウネの情報を集めることにした。
「ピルツ商会長、貴様はあのアルラウネのことを知っているようだったな。知っていることを俺にすべて話せ」
「あのアルラウネは、獣耳族の商人であるルーフェ殿と一緒に、昨日この街にやって来ました──」
ピルツ商会長曰く、アルラウネは獣耳族の女商人と行動を共にしているらしい。
しかもエーデルワイス郊外で、ピルツ商会を襲った野盗を撃退したとか。話を聞く限り、悪い情報は何一つ聞かなかった。
「そういえば暴れていた壺は、ピルツ商会の品だと聞いたが?」
「はい、新人商人のゼルがグランツ帝国から仕入れた壺が、突然暴れ出したんです。ですが、誓って公爵家へ犯意を持っていたわけではございません! 本当です、信じてください!」
泣きながらそう説明するピルツ商会長の話を聞き終わり、重要参考人の名前を頭に叩き込む。
新人商人のゼル──その者が街を混乱に陥れた犯人なのだろう。部下にゼルの情報を伝え、騎士団の一部を公爵邸に戻した。
それから俺はこの場を部下に任せ、街の中を走り回った。
大きな樹木が街を覆い尽くしている。間違いなくアルラウネのせいだろう。
だが、あれだけ壺ゴーレムが暴れたというのに、死傷者はゼロだということが判明した。
怪我人は一人残らずアルラウネが治療したらしく、街の住人は誰一人として命を落としていない。
俺はアルラウネに助けられたという者たちに、何があったのか事情聴取を行うことにした。
「聖女イリス様にそっくりなお方が木から生えてきて、オレを助けてくれました!」
「蜜を飲んだ瞬間、傷が綺麗に治ったんです。あのお方と蜜のおかげで命が助かりました」
「あの方が、街の騎士を助けているのを見ました。敵じゃありません!」
「街に生えている木を操っているのも見ました。でも、あれは壺から私たちを助けるためにしていたみたいです」
「ワシの娘は、あのイリス様似の御方に助けられましたじゃ。あの方がいなければ、どうなっていたことか……」
誰もが、アルラウネのことを賞賛していた。
同時に、彼らは俺にこう質問してきた。
「騎士様、教えてください。あの方は本物のイリス様なのでしょうか?」
街の者たちも、あのアルラウネにイリス様を重ねていたのだ。
いや、それだけじゃない。
中にはあのアルラウネこそが本物のイリス様だと豪語する者さえもいた。そんなはずはないというのに。
とある老婆は、こう語っていた。
「あの方はイリス様で間違いございません。たしかに体は人間のモノではなくなっておりましたが、きっとエーデルワイスを救うために、死者の国からお帰りになってくださったのです」
また、とあるパン屋は、こう語っていた。
「あのアルラウネ、ウチの店のアヤメパンに反応してました! なんだか怪しいです!」
話を聞けば聞くほど、謎が深まっていく。
あのアルラウネは、いったい何者なんだ?
まさか本当にイリス様が、アルラウネとして蘇ったわけじゃ……。
「ねえ、そこの人」
気が付くと、俺の目の前には一人の女性が立っていた。
薄幸の美女というのは、こういった人物のことをいうのだろう。その女性は、俺が目にした中でもとびきりの美人だった。
イリス様やあのアルラウネ以上の美女はこの世にはいない。なのでイリス様の次くらいに美人だと言い切れる。
年齢は二十歳くらいだろうか。
長い白髪が目立つその女の頭には、獣の耳が生えている。おそらく獣耳族だ。
先ほどピルツ商会長が話していた、獣耳族の女商人の情報と一致する。
けれども、その女商人の見た目は10代前半だったはず。
それなのに目の前の美女は、どう見ても成人していた。これはいったい、どういうことだ?
白髪の美女は、俺にこう尋ねた。
「……あなた、騎士だよね。なら、外にいたあの軍団のこと、なにか知ってる?」
「外の軍団? 何の話だ?」
「……エーデルワイスの騎士が知らないってことは、きっと敵だよね。じゃあ、あれに魔力をぶつければ元に戻れるかも」
「おい、お前……何を言ってる?」
話が見えない。
この女は何の話をしているんだ?
「なんだかわからないが、俺の質問にも答えてもらうぞ。聖女イリス様に似たアルラウネについて、何か知っていれば教えてくれ」
「……わたしのアルラウネのこと、知ってるの?」
「わたしの? ということは貴様は、獣耳族の女商人ルーフェか?」
驚いた。この白髪の美女は、アルラウネと行動を共にしていた例の獣耳族の女商人だったらしい。
ピルツ商会長め、どこからどう見ても10代前半には見えないぞ。あいつの目は節穴だな。
たしかルーフェという女は、トゥルペ様と謁見するために、カタリーナと一緒に公爵邸へ行っていたはず。
なのに、なぜ彼女が街にいるのだろう。
気にはなるが、その前に俺は騎士として彼女に伝えるべきことがある。
「アルラウネが、街の住人を救ってくれた。騎士として礼を言おう」
「そっか……アルラウネ、また頑張ったんだね」
ルーフェはそこで、優しく微笑んだ。
その仕草だけで、彼女がアルラウネをどれだけ大切にしているのかを悟ってしまう。
けれども次の瞬間、俺は驚愕することとなる。
彼女の体が、ふわりと空へと舞い上がっていったからだ。
「じゃあ、わたしも頑張らないと」
「え……う、浮いた!?」
そのままルーフェは、空の彼方へと飛んで行ってしまった。
よく見ると、彼女の背に白い翼が生えているのがわかる。
まるで神話の天使のような姿だった。
「なんだったんだ、あの女は……?」
聖女イリス様にそっくりなアルラウネ。
そして天使かと疑ってしまうほど不思議な雰囲気をしていた、翼を生やした獣耳族の女。
これまで俺が出会ってきた者とは明らかに違う。
本当にあの二人は何者なんだ?
俺が空を見上げていると、部下の騎士がこちらへ走ってくるのに気が付く。
部下は慌てたように、俺に報告をしてきた。
「アレックス隊長、大変です!」
「大変なことは今日一日で何度も経験した……それで、今度はなんだ?」
「それが、城壁の外に魔王軍の軍勢が集結しているようです!」
「なんだと!?」
その時、気が付いた。
先ほどのルーフェが話していた外の軍団とは、このことだったのだと。
というわけで、聖女イリスの元護衛騎士だったアレックス視点でした。
アルラウネが街を駆け巡っていた間、ルーフェも何かしていたようです。
次回、魔女っこ、はじめての大人の姿を満喫するです。







