315 エーデルワイスの聖女 その6
私、植物モンスターのアルラウネ。
街の中心部に転移したら、妖精キーリが壺ゴーレムに爆殺されそうになっているところに出くわしてしまったの。
──て、いきなり大ピンチじゃん!
とっさにガジュマルを伸ばして、爆発から守るようにキーリを樹木で包み込みます。
次の瞬間、耳を裂くような爆音が辺りに響きました。
「キーリ、危なかった、みたいだね」
私が声をかけると、キーリは驚くようにこちらを振り返りました。
九死に一生を得たとでもいうように、涙目になっているね。かなり嬉しそう。
「良い所に来てくれたわね、アルラウネさま!」
「そう、みたいだね。いま助けるから、ちょっと待ってて」
この場にいる壺ゴーレムは、残り一体。
私を敵と認識した壺ゴーレムが奇声を発しながら突進してくるので、ガジュマルで絡み取ってすぐさま押しつぶします。
粉々に砕け散った壺ゴーレムを確認し、周囲を見渡しました。
うん、もう敵はどこにもいないみたいだね──って、トレントが倒れてる!?
「トレント!? だ、大丈夫!?」
ガジュマルの木を伸ばして、アマゾネストレントのもとへと移動します。
壺ゴーレムと戦っていたようで、周囲には壺の破片が散らばっていました。
きっと怪我をしているはずだ──そう思って治療しようとした瞬間、トレントがムクリと起き上がります。
そして何事もなかったかのように、両腕の枝をしなやかに動かして、華麗なポーズを決めました。
さすがは妹分のアマゾネストレント。
壺ゴーレムの爆発を受けたくらいじゃ、傷ひとつ付けられないのだ。
「気絶、していた、だけみたい。見かけによらず、この子は、頑丈みたいだね」
トレントが無事だとわかった私は、続けて近くで倒れている人の所に移動します。
パン屋の目の前で倒れているその人は怪我をしているようで、すぐに治療に取り掛かりました。
「私の、蜜です。さあ、これを、飲んで……」
「うぅ……あ、甘い……それに痛みが消えて、力がどんどんみなぎっていくような……?」
「もう体は、大丈夫ですよ。安心して、ください」
「オレは、助かったのか!? でもそんなことより……蜜が……蜜が飲みたぃ」
服装からして、パン屋の人なのかな。
私の蜜を飲みながらうっとりとした顔をしているけど──ん?
この人の顔、どこかで見たことあるような……。
じーっとパン屋さんの顔を見つめていると、向こうも私のことを見つめ返してきます。
そして彼は、驚くようにこう尋ねてきました。
「そのお顔!? あ、あなたはまさか……聖女イリス様!?」
やっぱりこの人もイリスの顔を知っているんだね。
故郷であるエーデルワイスは、今でもイリスのことをこうして覚えてくれている人たちがたくさんいる。
その事実を今日だけで、本当にたくさん知ることができた。
──壺ゴーレムが街で暴れたのは大変だったけど、こうして街の人たちと交流できたのは収穫だったかも。
こんなにも胸の奥が温かい気持ちになったのだから、街に来て良かった。
「死んだと聞いていましたが、生きておられたんですね! 6年前に、イリス様が急にお亡くなりになられたと発表があったけど、みんなおかしいと思ってたんだ。ご存命だと知ったら、みんな喜ぶぞ!」
「……違います。私は聖女イリスでは、ありませんよ」
「え!? だってその顔、見間違えることなんかありませんよ! エーデルワイスの住民なら、誰だってあなたのことを知ってるんですから!」
気持ちは嬉しいけど、今の私はアルラウネです。
聖女イリスだと認めることはできない。
それに、ほら。
きっとこの人もそろそろ気付くはず。
「イリス様がオレを救ってくれたんですね! さすがはエーデルワイスの聖女…………って、え? いや、その腰の花……それに、木から体が生えて……ど、どうなってるんだ!?!?」
「………………」
「その姿……まさか、人間じゃない!?」
いくら私が元聖女イリスだとしても、この姿で『聖女』と名乗るわけにはいかないよね。
だから、きちんとこう伝えます。
「……だから言った、でしょう? 私は……聖女イリスでは、ありませんよ」
私がそう言うと、パン屋さんは否定するように首を大きく横に振りました。
そして、私の目を見ながら口を開きます。
「…………いいえ、人間でなくても関係ありません! あなたがオレを助けてくれたのには変わりない!」
パン屋さんは、私の両手を握り締めながら、こう続けました。
「あなたはオレの命の恩人です。なんとお礼すれば!」
「大丈夫ですよ。気にしないで、ください」
「いいえ、オレが気にするんです! 人間でなくても、あなたはどう見ても聖女様にしか見えないし……そうだ! アレを受け取ってください!」
パン屋さんは慌てるように、壺ゴーレムによって破壊された店へと走っていきます。
しばらくすると、中から紙袋を持ったパン屋さんが戻ってきました。
「これ、オレが焼いたパンなんです」
パン屋さんが、紙袋から一つのパンを取り出します。
少し変わった形をしているそのパンは、網目のような焼き目が付いている。
そう……それは、アヤメの形をしたパンでした。
「エーデルワイス名物のアヤメパンです。オレの故郷の村が発祥なんですよ」
説明されなくともわかっている。
だって私はついこの間、その村に滞在していたんだから。
「前に一度だけ、聖女イリス様にこのパンを献上したことがあったんです。また直接お渡しするのを夢みていたけど、それは叶わなくなって…………だから、イリス様にそっくりなあなたに、是非とも受け取って欲しいんです!」
このパン屋さんの顔、どこかで見たことがあると思ったら、そういうことだったんだ。
私は一度、この人と会ったことがある。
それだけでなく、その家族にも。
つまり、この人の正体は──
「もしかしてあなたは、村長さんの、息子さん?」
「ええ!? 父を知っているんですか?」
「エーデルワイスに来る前に、村でお世話に、なったんです」
やっぱりそうだ。
このパン屋さんは、私と魔女っこが泊ったあの村の、村長の息子さんだ!
エーデルワイスにいる息子とも会ってくださいと、村長さんに言われていたんだよね。
村の麦を使ってパン屋を開いていると聞いていたけど、まさかそのパン屋がここだったとは。世間は広いようで狭い。
私はパン屋さんから、アヤメの形をしたパンを受け取ります。
このアヤメのパンは、イリスが13歳の時、あの村を訪れたことがきっかけで誕生したものです。
病気や怪我に苦しんでいた村人たちを救ったことを恩に感じてくれた村の人たちが、後日イリスのために作ってくれたものだったよね。
この世界でも、『イリス』は植物の『アヤメ』という意味がある。
自分の名前を冠したパンを手に持ったことで、聖女だったあの頃の気持ちが蘇ってきました。
イリスは、エーデルワイスのためだけでなく、このガルデーニア国に住むすべての人──ひいては、この大陸に住むすべての人族のために、聖女になった。
生活のすべてを犠牲にしてでも、人々を救うことに人生を賭けた。
その結果が仲間の裏切りだったとしても、そのせいで命を落としてしまったとしても、イリスがやったことは無駄じゃなかったはず。
このパン屋さんやあの村長さん、それにエーデルワイスの街に住んでいるみんなのように、イリスが助けた人たちは今も立派に生活を続けている。
イリスという存在はもうこの世からはいなくなってしまったけど、それでもイリスが生きていたという証は、こうして残っている。
アヤメのパンを再びもらったことで、それが再認識できた。
──私、聖女になって、良かったなあ。
5歳の頃から聖女見習いとして厳しい修行を続けて、ついに手にした『聖女』の称号。
その名に相応しい行いをしてきたつもりだったけど、イリスって立派な聖女だったはずだよね。だって、あれだけ頑張ってきたんだから。
信じていた仲間に裏切られて殺され、こうしてアルラウネになってしまったこともあって、あまり自分の人生を振り返るという機会はなかった。
アルラウネになったばかりの頃は、暇な時間がたくさんあったけど、そんな気分にはなれなかったからね。
でも、アルラウネになってから早や3年。
今なら、イリスとして生きたあの17年の人生を、きちんと振り返ることができる気がする。
聖女としての人生に未練があるかと問われれば、やっぱりまだあるんだと思う。
やりたいことはたくさんあったし、夢もあったからね。
でも、聖女としての責務なら、姿かたちが変わっても達成することができるよね。
私が今日、公爵邸を襲う魔王軍を返り討ちにして、エーデルワイスの街を壺ゴーレムたちから救ったように、みんなを救うことは今だってできる。
だから、かな。
聖女としての未練ではなくて、イリスとしての未練が、重く私にのしかかってくる。
──やっぱり、家族と会いたい。
イリスを裏切ったあの二人に仕返しをしたいという想いは当然あります。
でもその前に、家族に会いたい。
せっかく故郷に帰ってきたんだ。
アルラウネとしてではなく、イリスとして家族に会いたい。
でも、私は植物モンスターになってしまったわけで、いくら顔がそっくりだとしても、信じてもらえるのかわからない。
もし信じてもらえなかったらと思うと不安で仕方ないし、そもそもアルラウネの姿でイリスとして家族と会話をする勇気はまだ私にはない。
「私、どうしたら、いいんだろう……」
悩みに悩んだ私は、そんなことを呟いてしまいます。
同時に、言葉を口に出したことで、我に返りました。
周囲の雰囲気が変わっていることに気が付き、辺りを見渡します。
すると、さっきまでパン屋さんしかいなかったこの通りに、いつの間にか人が大勢集まっていたのです。
「あれ……?」
「あ、やっと気が付きましたか。急に黙ってしまって、心配したんですよ」
パン屋さんが、優しそうに私に声をかけてきました。
どうやら私、あれからずっと考え込んだまま固まっていたみたい。
そんなに時間は経っていないはずだけど、それでもこんなに集中して物思いにふけっていたのは久しぶりかも。
アルラウネになったばかりの頃は、現実逃避をするようによく考え事をしたりしていたっけ。
「というか、この人たちは、どうしたんですか?」
「みんな、あなたにお礼を言うために集まったようですよ」
私たちを囲むように、街の住人たちがこの場に押し寄せていました。
人混みの中には、ピツル商会の人や、エーデルワイス騎士団の姿もある。
お祭りでも始まったかと思うくらい、辺りは大変賑やかなものになっていました。
彼らは私のほうを見ながら、喜ぶようにこう叫びます。
「エーデルワイスの新しい聖女様に、祝福を!」
えぇえ!?
な、何事?
みんないきなり、どうしたの!?
いつもお読みいただきありがとうございます。
想定していたよりもちょっと長いお話になってしまいましたが、そろそろ次の展開に移ります……!
次回、元護衛騎士アレックスは聖女についての事情聴取をするです。







