314 エーデルワイスの聖女 その5
私は聖女イリス時代の元護衛騎士アレックスに、手を差し伸べました。
──私と一緒に、この街を守りましょう!
アレックスは戸惑うような表情をしながら、私の手と顔を交互に見比べます。
その瞳には、疑念と困惑の色が混じっている。
私の提案に困惑するのはわかるよ。
アレックスはさっきまで、私の蔓に絡め取られて、蜜まみれになっていたからね。
だけどアレックスは、アルラウネである私に、聖女イリスを重ねていた。
それでいて涙を流していたくらいだから、きっと私の提案を受け入れてくれるはず。
静かにアレックスのことを見守っていると、彼はゆっくりと口を開きました。
「あなたは先ほど、この街を愛していると言った。だが、それはおかしい。モンスターであるならば、このエーデルワイスとは縁もゆかりもないはずだ!」
そういえば、勢いでついそんなことを言っちゃったね。
アレックスを説得するために、こっちまで熱くなっていたみたい。
でも、これくらいなら大丈夫。
「私にとって、エーデルワイスは、縁がまったくない、わけでありません」
「嘘だ! 俺は生まれた時からエーデルワイスにいるが、アルラウネなど一度も見たことはないぞッ!」
「アルラウネは、そうかも、しれません。ですが、この顔を見てください」
アレックスの視線が、私の顔に吸い込まれるのがわかる。
久しぶりにイリスの顔が見られて嬉しいけど、同時になぜか苦しいといったような、そんなことを考えているね。
だからこそ、そんな彼に対して、こう言い放ちます。
「私の顔は、聖女イリスという人間に、似ているそう、ですね?」
「そ、それは……」
「アレックスさんが、ここまで狼狽するほど、そっくり、というわけですよね?」
「まあ、その通りだが……」
「そんなに私に、似ている人が、いたのなら、他人のようには、思えないのです」
私には生前──つまり聖女イリスの記憶があるから、自分が聖女イリスとそっくりな姿をしていることは、当然だと思っている。
だけど、もしもだよ。
もしも私の主人格が聖女イリスではなく、イリスを食べたあの花のモンスターになっていたら、どうなっていたんだろう。
きっと聖女イリスの記憶は薄れて、自分がなぜ聖女イリスとそっくりな顔をしているのか、理解できなかったと思う。
でも、そんなアルラウネになっていたとしても、これだけ皆に「聖女イリスと似ている」と言われたら、さすがに気になると思うんだよ。
だから、この言葉は嘘じゃないはず。
それに、聖女イリスが他人とは思えないっていうのも本当。
だって私は、聖女イリスだったんだから。
人間として命を落として植物モンスターになったとしても、私が聖女イリスであった事実は変わらない。
たとえアルラウネになったとしても、この街を想う気持ちは変わらない。
だから、言ってやる。
私は、もう──
「聖女イリスでは、ないけど、聖女イリスと縁がある、この街のことを、大切に想っているのです。その想いに、人もモンスターも、関係はない、はずです」
「…………嘘では、ないみたいだな」
「はい。私はこの街を、愛しています、から」
アレックスは何かを考え込むように、空を見上げます。
私も釣られて視線を上げてみると、新緑の森のカーテンがこの場を覆い尽くしていました。
エーデルワイスってさ、いつの間にか森みたいになっちゃったよね……。
少しでも緑の部分を減らそうかと思ったところで、アレックスが鼻をすすりながら告げてきます。
「あなたはイリス様のことを、知っているのか?」
「…………いいえ、よくは、知りません」
「グッ……イリス様はなあ……イリス様は、もう……亡くなられ、たんだ……!」
「アレックス?」
ど、どうしよう。
アレックスが、男泣きしてるよ!
目から涙を流し続けながら、気丈に私のことを見つめ続けている。
「こんな歳になっても、まだあの日のことが忘れられない……」
「あの日?」
「最後にイリス様とお会いした時のことだ」
イリスがアレックスと最後に会ったのは、いつだったっけ。
勇者パーティーとして王都から南部へ出発して、その途中でこのエーデルワイスに立ち寄った。
その時が最後だったはずだから、イリスが殺される数カ月前だった気がする。
「最初、その知らせを聞いた時は誤報だと思った。だって、あのイリス様が亡くなられるなんて信じられなかったからな。ご当主様も、奥様もトゥルペ様も……誰もが、間違いだと思った」
「…………」
「だけど、イリス様が亡くなられたという知らせは、本当だった! 公爵家の方々はみんなショックで寝込んでしまった。俺も心を癒やすために何度もイリス様の肖像画を眺めたり、トゥルペ様秘蔵のイリス様コレクションを拝見させてもらったりしたが、それでもこの心の虚無感は満たされなかった!」
「トゥルペ秘蔵の、イリスコレクション!?」
えっ、なにそれ。
もしかして、イリスの肖像画だらけのあの狂気的な部屋以外にも、変なものを隠してるんじゃないよね?
「イリス様は、もう亡くなられた……勇者であるあの王子とその仲間だけに、護衛を任せていたのは間違いだったんだ。命令を無視してでも、俺も同行できていれば……!」
そういえばアレックスは、勝手に勇者パーティーに付いてこようとしたことがあったっけ。
でも命令違反だと、すぐに追い出されたんだよね。
ああ、すべてが懐かしい。
できることなら、あの頃に戻りたい。
人間として、聖女イリスとして生きていた、あの頃に。
でも、それは不可能なんだよね。
聖女イリスは死んだ。
アルラウネとなった私が、元の人間の体に戻ることができないように、時間も戻らない。
それでも今日、私はアレックスと会話できて、本当に良かったと思ってる。
イリスが死んだことで、この街の人たちが抱えてしまった感情。
そのことを、改めて実感してしまったから……。
だから、改めて誓うよ。
今度はアルラウネとして、この街を守る。
それがこのエーデルワイス生まれの聖女である、イリスの最期の願いでもあるから。
「イリス様は、魔王軍のモンスターに殺されたという話だ。そんな憎きモンスターの仲間であるアルラウネが、イリス様の顔をしながら、この街を守ると口にした! それを聞いた俺の気持ちが、あなたにはわかるか!?」
「…………わからない、かな」
だけど、私は嬉しいよ、アレックス。
こんなにも私のことを想ってくれている人がいるのだとわかって、とても嬉しい。
ニーナやヴォル兄も、私のことを心配してくれていた。
それでも、家族にも等しい、エーデルワイス公爵家の騎士であるアレックスから、こうしてイリスに対しての想いを打ち明けてくれたことが、胸に深く響く。
でもアレックスは、その想いをアルラウネに言っているのであって、イリスに言っているつもりはないんだよね。
それがなんとも、もどかしい。
「俺はモンスターのことが憎い! だが……あなたのことは、なぜか憎めない。それはあなたがイリス様の顔と同じ顔だからなのか、そのせいでイリス様と会話しているように錯覚しているからなのかは、わからない……」
本当は、錯覚じゃないんですよ。
私はあなたが慕ってくれた、イリスなんだから。
だけど、ごめんなさい。
このことは、あなたには打ち明けられないの。
それにアレックスあの言葉──まだ覚えていますよ。
私はね、アルラウネなの。だから露出狂ではないんですよ。口には気を付けてくださいね!
しばらくすると、アレックスは静かに、私の手を取りました。
やっと私の気持ちが、伝わったんだ。
アレックスは恥ずかしそうに顔を紅く染めながら、名残惜しそうに手を離します。
そうして涙をぬぐいながら、叫びました。
「全騎士団員に伝令だ! アルラウネは敵じゃない、絶対に攻撃するな!」
困惑する騎士たちに向けて、アレックスは続けます。
「責任は俺が取る! イリス様似のアルラウネに傷ひとつ付けてみろ、俺が絶対に許さんッ!」
こうしてエーデルワイス騎士団は、私のことを受け入れてくれました。
恐る恐る近づいてくる彼らは、代わる代わるこんなことを言ってきます。
「民を守ってくれたこと、感謝します」
「アルラウネなのにあんなに強いなんてすごいです!」
「他の場所でも、あなたが街の者たちを守ってくれたと聞いています。騎士として礼をいたします」
「あなたは美しい……惚れました。好きです!」
「お前、なに言ってるんだ?」
「うるさい! エーデルワイスの英雄であるイリス様にそっくりなお方に、声をかける機会なんて、もう二度とないんだぞ!」
「なら、オレも! モンスターだから敵だと思っていましたが、あなたのような方もいると知って、考えが変わりました!」
「おい、お前たち! アルラウネの顔がイリス様とそっくりなことを理由に、甘えるんじゃない! 離れろ!」
「アレックス様こそ、さっき泣いていましたよね。むしろこの中で一番甘えていたのは、アレックス様ですって!」
「結局のところ、みんなイリス様のことが忘れられないんですよね~」
エーデルワイスの騎士たちが笑い合っているのを、私は静かに眺めます。
うん、やっぱりエーデルワイスは良いなあ。
一瞬だけ、聖女イリスに戻ったかのように錯覚してしまったよ。
生まれ故郷は落ち着くね。
それによく見てみると、アレックス以外にも見覚えのある騎士の顔がいくつかある。
アルラウネとしても、彼らと仲良くなれたことが何よりも嬉しいね。
その後、騎士たちは壊れた壺ゴーレムの破片を集める作業を始めました。
そして私は、すぐそばで四つん這いのまま項垂れているピルツ商会長へ声をかけます。
「商会長さん、どうされたん、ですか?」
「破産だ……」
どうしよう。
今度は商会長さんが、泣いているよ。
男の人が泣いている姿を続けて見たのは、かなり久しぶりかも。
とりあえず、いまの私ができるのは、これだけだね。
「商会長さん、これを売って、なんとか、してください」
「……これは?」
「蜜です」
商会長さんの両手に、蜜をゆっくりと貯めていきます。
いまや金よりも価値があるといわれる、聖蜜の原液だよ。
「いまはこれだけ、ですが、あとで樽いっぱいの蜜を、プレゼントしますね」
「うぐっ……あ、ありがとう……この恩は一生忘れません……!」
商会長さんにニコリと微笑んだ私は、根を伝う最後の振動に意識を集中させました。
街を襲う壺ゴーレムの現場は、残すところ一ヵ所。
そこさえ鎮圧すれば、エーデルワイスは再び平和を取り戻す。
私がこの街にいる限り、誰も死なせない。
だから、待ってて。
いま助けに行くからね!
──転移!
私は街の中心部に移動しました。
状況を確認するために、すぐさま目を開ける。
すると、いまにも壺ゴーレムに爆殺されそうになっている、妖精キーリの姿が目に入ったのです。
次回、エーデルワイスの聖女 その6です。







