313 エーデルワイスの聖女 その4
すみません、更新遅くなりましたm(_ _)m
公爵家が誇るエーデルワイス騎士団には、特に親しかった騎士が二人いました。
イリスが聖女見習いであった5歳から11歳までの間、護衛騎士として常に側に控えていてくれた。
そのうちの一人が、女騎士であるカタリーナだね。
彼女は現在、私の姉であるトゥルペの護衛騎士をしている。
そして、つい私が名前を呼んでしまったこのアレックスは、そのカタリーナの双子の兄です。
護衛騎士をしてくれていたこの二人は、ある意味でイリスの両親よりも、イリスのことを知っている。
そんな元護衛騎士であるアレックスを目にして、つい名前を口に出してしまった。
ど、どうしよう!
「俺はお前に名を名乗っていないし、部下たちも俺の名を呼んでいない。なのに、なぜモンスターである貴様が、俺の名を知っているッ!」
元護衛騎士のアレックスは、剣先を私に向けながら叫んできました。
顔を合わせているだけで威圧されてしまいそうな覇気を感じる。
新米騎士だった昔とは違って、今のアレックスは30歳を超えているはず。見違えるくらい、立派な騎士になったんだね。
「おいッ! 聞いているのか、貴様ッ!」
「あ、はいはい。もちろん、聞いていま、すよ」
「クッ! そのほんわりとした態度、気に食わぬ! 貴様、いったい何者だ」
どうやらアレックスは、私のことをモンスターだからと決めつけて、一方的に攻撃するのはやめたみたい。
私のことをただのモンスターではなく、コミュニケーションの取れる相手だと認識したんだろうね。
それに、私が怪我人を治療しているところも見ているはず。
ここでしっかりと話し合うことができれば、この場を穏便に治めることができるかもしれないよ。
そのためにも、なんとか誤魔化さないと!
「見ての通り、私はアルラウネ、です」
「モンスターであるアルラウネが、なぜ俺の名を知っている?」
「あなたの、ことは……そう! カタリーナから、聞いたのです!」
「……貴様、俺の妹を知っているのか!?」
もちろんだよ。
あなたの名前は、アレックス・カーン。
魔女っこを迎えにきたあの女騎士カタリーナ・カーンの双子の兄であり、私の元護衛騎士。
猪突猛進なところがあって、なによりも熱い漢であることも知っている。
そういう理由もあって、アレックスが敵対的な態度を取ってくるのは、まったく気にならないよ。
エーデルワイス公爵家への忠誠心もかなりのものだったから、街を守るために私のことを警戒しているんだろうね。
だから、私はあなたとは戦いたくない。
なんとかこの場を切り抜けないと。
「公爵邸で、カタリーナから、あなたの話を聞きました。こんな身、ではありますが、私は敵ではありません」
「……俺のことを知っていることについては、それで納得してやろう。貴様が怪我人を治療してくれたことも、感謝する」
「いえいえ、人を助けることに、理由なんて必要、ありませんから」
「街の住人たちを守り、傷を癒やして回っている女がいるという情報も知っている。その女は木から上半身を生やした、人外であることも」
もしかしなくとも、それって私のことだよね。
街を転移して回ったけど、いつの間にか噂になっていたんだ。
まあ、それなりに頑張っていた自信はありますとも。出会った人は、すべて助けてきたからね!
「だが、だッ! 俺は信じないぞ! その女の顔が、あのイリス様に似ているなど、絶対に信じないッ!」
元護衛騎士のアレックスが、私の顔を見ながらそう言いました。
でもすぐに。その表情は困惑した様子へと変化していきます。
「いや……めちゃくちゃ似てるッ! 見れば見るほど、イリス様に似ている、だと……!?」
「あ、アレックス?」
「敬愛するイリス様の顔を騙るなぞ、言語道断! だが、またそのお顔を拝見できて嬉しい……グッ、その顔はいったい、どうなっているんだ! 貴様……よくも、よくも俺を惑わしてくれたなッ!」
この元護衛騎士のアレックスは、昔からちょっとイリス贔屓なところがありました。
簡単にいうと、イリスの大ファンであるトゥルペと似た者同士な感じ。
アレックスはよく、「イリス様のファン第一号は、俺ですからッ!」と、訳の分からないことを言いふらしていたっけ。
私にとっては、あのトゥルペと同じで、イリスの厄介な過激ファンという印象でもあったりするんだよね。
「クソッ! 怪我のせいで目が見えん。きっとそのせいで、貴様のことをイリス様そっくりだと誤認しているんだ。そうに違いない!」
「そういえば、アレックスは怪我を、していますね。今すぐ、治療しない、と」
「く、来るなッ! 顔がどれだけイリス様に似ていても、俺は騙されんぞ。なにせ俺は、イリス様の護衛騎士をしていたのだからな、本物か偽物かくらいわかる!」
残念。
私、植物モンスターになっちゃったけど……本物なんだよね。
「イリス様の髪の色は、白色ではなくブロンド! それに貴様のように、頭から花など生えておらぬわ!」
そうなんだよね。
今の私は、スフィンクスのクスクスさんの体を蝕んでいた闇の女神ヘカテの魔力を吸収したせいで、髪が真っ白になっているのだ。
「それにイリス様は、貴様のような破廉恥な格好を絶対にしないッ!」
ん?
あ、アレックス……?
「イリス様の体は華奢で美しく、そしてスリムなお体をされていた。貴様のように胸は大きくないし、蔓を巻いて人前に出るようなことは決してしないッ!」
「うぅ……」
「伝承によると、アルラウネはその女の身体を使って、森に迷い込んだ男を誘惑し、惑わすと聞いたことがある。まさに今の貴様は、その伝承のアルラウネの通りだッ!」
ふと、視線を下に向けます。
そこには蔓を巻いて胸を隠しただけで、肌を外にさらしている自分の上半身がありました。
そういえばこの格好って、この世界の一般常識から見れば、かなり破廉恥な衣装なんだった。
森ではこれが当たり前だったし誰も言及しないから、まったく気にしなくなっていたよ。
「それにイリス様は聖女であるうえに、公爵令嬢であるッ! 純粋な乙女であったあのイリス様が、露出狂のような格好をするはずがないッ!」
うぅ、アレックス…………。
こんなこと言われたら、絶対に正体がバレるわけにはいかない。というか、バレたくない。
やっぱり知り合いに──とくに聖女としてのイリスを崇拝しているような相手に会うのは、心にくるものがあるね。
というかアレックス。
あなたの発言、覚えておきますよ。
絶対に許すまじ!
「そもそもの話だが、いくら街の者たちを癒やし、守っていたとしても……なによりその顔がイリス様にそっくりだとしても、街をこんな有様にして良い理由にはならないッ!」
「……こんな有様?」
「とぼけても無駄だ! この景色を見てみろ!」
「ええっと……緑がいっぱいで、目に優しく、なりましたよね?」
「そう、それだ! 街が一瞬のうちに、森に覆われたんだぞ! いったいどうしてくれる!!」
やっぱりそれ、気になるよね。
うん……なんとなく、そうかなーって思ってたよ。
でもさ、緊急事態だったんだから、仕方ないじゃん!
街に木を張り巡らせないと私は転移して移動できなかったし、そうしないと壺ゴーレムから街のみんなを守ることができなかったんだからさ!
でも、ちょっとやりすぎちゃったね。
あとで元に戻しておくので、大目にみてください。
「ついやりすぎて、しまいました。わざとでは、ないので、許してください」
「グッ……そんなイリス様のようなことを言っても、俺は流されないぞ! イリス様の顔を真似るだけに飽き足らず、性格まで似せるとは……なんて恐ろしいモンスターなんだッ!」
アレックスが頭を抱えながら、ふらふらとしている。
私はなんにもしていないのに、言葉を交わすたびにアレックスは苦しんでいるような悲鳴をあげています。
やっぱり、頭の怪我がひどいのかな。
このまま話し合っていても平行線になりそうだし、ここは無理やりにでも傷を治したほうがいいかもしれないね。
「……アレックス、ごめんなさい!」
「な、なにをする貴様! は、離せッ!」
私は蔓を使って、アレックスを拘束します。
彼の全身を蔓で縛り上げて、自由を奪う。これで暴れられても安心だね。
「はーい、口を開けて、くださいね。そのままじっとしていて、くださいー」
「うわ……ベトベトする! 貴様、何を飲ませ……や、やめろぉおおおお!!」
たっぷりと蜜をつけた蔓を、アレックスの口に突っ込みます。
ゴクリと蜜を飲み込んだ瞬間、彼の傷が瞬時に癒されました。
これでもう怪我は大丈夫ですよと、蔓で縛り上げているアレックスへと視線を向けます。
すると、目の腫れが引いて完全に視力を回復したアレックスと、目が合ってしまいました。
「この強引に怪我人を治療する態度に、そのほんわりとした雰囲気、そしてうっかり者の性格。それでいて光回復魔法のように温かなこの蜜の味……どうしてだろうか。貴様を見ていると、無性にあの方のことを思い出して……懐かしく感じて、しまう……!」
うげっ。
アレックスが、泣いてる!?
いったいどうして?
「認めたくないが、認めざるを得ない……俺は貴様に……あなたに、イリス様を重ねてしまっている! エーデルワイス公爵家に忠義はあるが、それ以上にイリス様似のあたなに剣を向けることなどできんッ!」
「ア、アレックス? お、落ち着いて……」
「グッ、俺の負けだ。このまま体を引き裂くなり、好きにしろ! イリス様似のモンスターに殺されるなら、悔いはないッ!」
「…………なら、アレックスに、お願いがあります」
私は蔓を緩めて、アレックスの身体を解放しました。
そして彼の目を見つめながら、小さく微笑みます。
「街の人たちを、助けるのを、手伝ってください」
「…………なん、だと?」
「私と一緒に、この街を、守りましょう」
そうして彼に、蔓ではなく、手を差し伸べる。
アレックスは困惑した表情をしながら、私の手と顔を交互に見返してきました。
「一つ、教えてくれ。あなたはモンスターなのに、なぜそこまでしてこの街を守ろうとする?」
「そんなの、簡単ですよ。私がこの街を、愛している、からです」
たとえ聖女でなくなったとしても、植物モンスターになっても、変わらない。
姿が変わっても、私は私なんだ。
誰も私のことをイリスだと認識しなくても、モンスターだと驚かれても、この街はイリスの故郷ということも変わらない。
今回、街を回ってみんなを助けたことで、そう再認識することができた。
だから、私は絶対に止まらないよ。
愛する故郷の街と、そこに住む人たちを守るためなら、街を森に変えたって、みんなのことを守ってみせる。
「だから、協力してください。私と一緒に、この街を、守りましょう!」
次回、エーデルワイスの聖女 その5です。







