312 エーデルワイスの聖女 その3
私、植物モンスターのアルラウネ。
もう私は人間ではなくなってしまったけど、私の心は昔から変わっていないと再認識できました。
今の私は聖女でもなければ、公爵令嬢でもない。
それでも聖女の時と同じように、この街を守ってみせるよ!
「敵は全部、やっつけた、みたいだね」
『ピルツ商会』を襲っていた壺ゴーレムたちは、すべて私のガジュマルによって破壊されました。
とはいえ、さすがは壺ゴーレムの発生源だけあって、被害はかなり深刻そう。
昨日までは立派な商会だったのに、まるで廃墟のようになっています。
そんな『ピルツ商会』は現在、私が生やした植物によって森のように覆われていました。
緑がいっぱいで、木もたくさん生えている。
なんだか破壊された商会というよりは、森に飲み込まれた商会に見えなくもない。でも、壊れているよりはマシだよね。
周囲を見渡してみると、『ピルツ商会』の人たちはみんな途方に暮れているようでした。
自分たちの商会の変な壺が突然、壺ゴーレムとなって大暴れしたのだから、その混乱は凄まじいものだったんだろうね。
それでも、エーデルワイス公爵邸から騎士団が派遣されていたおかげで、死者はゼロのようです。
さすがは我がエーデルワイス公爵家が誇る、エーデルワイス騎士団!
元エーデルワイス公爵令嬢として、鼻が高いよ。
でも、怪我人はいるみたいだから、さっそく治療していくよ。
「さあ、これを、飲んでください」
私は蔓を咥えて、たっぷりと蜜を生産していきます。
それらを、あちこちで倒れている商会の人たちに飲ませていきました。
「え、何を出して……あ、甘い!」
「まさかこれって、聖蜜!?」
「おいこれ、聖蜜だぞ! 試飲で一口だけ飲んだことあるから、間違いない!」
「ああ、傷が治っていく!」
「これが……聖蜜の力……!」
「蜜ぅ……蜜が、もっと欲しいよう……」
「これだけ凄いものなら、聖蜜は金貨の山を生むというあの噂も納得だな」
おそらく彼らは、壺ゴーレムが最初に暴れたとき、鎮圧するために頑張っていたんだろうね。
だけど一般人である彼らが壺ゴーレムに勝てるはずもなく、みんな倒されてしまったみたい。
私は流れ作業で、商会の人たちすべてに蜜を飲ませていきました。
ざっと数を確認してみたけど、この場所だけで50人以上の負傷者に蜜を飲ませる必要がありそう。
街をいろいろと回ったけど、被害はここが最大だろうね。
──そういえば、シュペックさんの姿がないかも。
さっき私と一緒にエーデルワイス公爵邸に行ったばかりだから、まだ公爵家にいるのかな。
そんなことを思っていると、瓦礫の横に見覚えのある人を見つけました。
「あ、商会長さん、無事だったん、ですね!」
蔓を振りながら、ニッコリとご挨拶。
すると、地面に倒れたままになっている商会長さんは、困惑した表情を浮かべながら声を上げました。
「だ、誰!? というかその顔……いや、そもそもその体は……!」
商会長さんの視線が、私の腰の辺りへと注がれます。
私の体は、頭から腰のラインまでは人間とほぼ同じだけど、そこから下は現在、ガジュマルの木から直接生えている状態です。
上半身は人間で、下半身は植物。そんな姿を目にしたら、普通は驚いちゃうよね。
それにしても今日だけでいったい、何度この反応をされたんだろう。いい加減慣れたけど、やっぱり自分がもう人間ではないということを改めて認識させられてしまうよ。
「というか、商会長さん……重傷じゃない、ですか!」
商会長さんの右足は、見事に吹き飛んでいました。
壺ゴーレムの爆発に巻き込まれたんだろうね。
「今すぐ、助けますから、ね」
「あなたが誰だか知らないが、我が商会はもうお終いだ。それにこの傷じゃ、もう…………」
どうやら商会長さんは、私が誰なのか気が付いていないみたい。
昨日面会したときは、魔女っこの妹として紹介されたし、その時は子どもの姿のままだった。しかも今の私の髪色は、いつもの黄緑色ではなく白色。
それでいて木から上半身だけ生えている状態なのだから、わかるほうが無理だよね。
「大丈夫ですよ、商会長さん。商会はきっと、建て直せます」
「いや、無理だよ……この傷じゃ、オレはもうすぐ死ぬだろうし……それに万が一助かっても、足がないんじゃ歩けない」
「それも、大丈夫ですよ。はい、いいから早く、これを飲んでください、ね」
「な、なにをする!? ふがっ…………あ、甘い!」
「ほら、大丈夫、だったでしょう?」
「ど、どうなってる!? 傷が治っただけでなく、足が生えてきた!? ということは、今あなたが出した液体は……!?」
再び私は、ニコリと笑みを返してあげます。
どうやら商会長さんは、私がアルラウネの森のアルラウネだということに気が付いたみたい。
「まさか、ルーフェさんが話していた紅花姫アルラウネというのは、あなたなのですか!?」
「そんな、ところです。昨日は、ルーフェが、お世話になりました」
私はエーデルワイス公爵邸に潜入する際に、この『ピルツ商会』の馬車に同乗させてもらった。
そのおかげで、無事に公爵邸に潜入することができたんだよね。
あの時の恩くらいは、これで返せたかな。
「紅花姫アルラウネ殿、傷を治していただき感謝いたします。ですが、それでも我が商会はお終いです。なにせ仕入れた壺が、この大惨事を生み出してしまったのですから……」
『ピルツ商会』が仕入れたあの変な壺の正体は、スフィンクスのクスクスさんの壺ゴーレムでした。
魔王軍の策略にハマってしまったとはいえ、きっかけはこの商会が原因。
公爵家から責任を追及されることを、恐れているんだろうね。
とはいえ、『ピルツ商会』の人たちとは知らない仲じゃないし、このまま一方的に断罪されるのはかわいそう。
そもそも悪いのは、この事件を引き起こした魔王軍。
今回のエーデルワイス侵攻作戦を考えたっていうクスクスさんの上司──そいつが諸悪の根源なのだ。
うーん、なんとか『ピルツ商会』を助けてあげられないかな。
せっかく命を助けてあげたんだから、彼らにはこれからも、エーデルワイスのために頑張ってもらいたいしね。
でも、その前に──。
「まずは、あなたたちを、何とかしなければ、ならないみたい、ですね」
私は背後へと振り返ります。
そこには、鎧を身に着けた騎士たちの姿がありました。
『ピルツ商会』で、壺ゴーレムと戦っていたエーデルワイス公爵家の騎士たちです。
彼らは私に剣を向けながら、こんなことを叫んできました。
「貴様、いったい何者だ!」
「間違いない、こいつ木から生えてるぞ!」
「上半身しかないし、どう見てもモンスターだ!」
「ということは、魔王軍の仲間だな」
「街を森にした犯人はお前だったのか」
「でも、怪我人を治療していたみたいだぞ?」
「怪しげな蜜を飲ませていたようにも見えたが」
「というか、あの顔って……」
「え……あのお方に、すごく似てる!?」
「お前たち、何をしてる! きっとそいつが街を木で覆った犯人だ! 部隊長命令だ、今すぐ攻撃しろ!」
困惑する騎士さんたちとは対照的に、最後に命令を下した部隊長さんの体は血に染まっていました。
おそらく壺ゴーレムの爆発に巻き込まれているんだろうね。
顔も血で真っ赤になっていて、目の焦点も定まっていない。
みんなを守るため、ボロボロになるまで率先して戦ったのだ。
さすがはエーデルワイスの騎士、元公爵家の一員として、誇らしく思うよ。
それに見た目に惑わされずに、モンスターと判断すれば即座に臨戦態勢に入るその姿勢は、騎士のあるべき姿ともいえる。
──それにしても、久しぶりだね。
また懐かしい顔と再会しちゃった。
部隊長だと名乗った彼は、イリスが子どもの頃に護衛を務めてくれた騎士の一人でした。
あれから何年も経って、部隊長にまで出世しているのを見ると、宣言通り立派な騎士になったんだね。かつての主として、胸が熱くなるよ。
だけど、今だけはちょっとだけ待ってほしい。
このままでは、あなたが死んでしまうから。
今にも私に突進しようとする彼に、私は手を伸ばし制止するように呼びかけます。
「アレックス、待ってください」
「…………貴様、なぜ俺の名前を知っている!?」
しまった。
知り合いだったから、つい名前を呼んじゃったよ!
次回、エーデルワイスの聖女 その4です。







