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311 エーデルワイスの聖女 その2

「え…………聖女、さま?」


 私のことをそう呼んだ人と、思わず目が合ってしまいます。

 その人は、どこかで見たことのあるような顔をしていました。

 しかも、既視感を覚えたのはその人だけじゃない。

 周囲には初めて見る人もいるけど、懐かしい顔も混じっていました。


 その理由は、なんとなくわかる。

 ここエーデルワイスは、イリス(わたし)が生まれた場所。

 そのせいもあって、私はこのエーデルワイスの街の人たちと、知らないうちに何度も会っていたんだ。



「その顔、忘れもしません。あなたはもしや……」

「肖像画は毎日見てるけど、直にそのお顔を目にするのは本当に懐かしい」

「イリス様に病を治療してもらったあの日のことは、生涯忘れておりませんとも」

「オレも覚えてます! 魔王軍と戦って失くしたこの右腕を、イリス様に治してもらったんだ!」

「でも、イリス様はもう亡くなってるんだぞ?」

「もう6年も前になるか」

「なら、この人はイリス様のそっくりさんってことか?」

「だけどここまで似ているのは、奇跡としかいいようがないぞ」



 困惑する住民たちを前に、過去の記憶がフラッシュバックしていきます。

 以前、魔王軍がエーデルワイスを襲った際、私はこの街のみんなを助けた。それだけでなく、街に病人や怪我人が出た際は、治療のために街を何度も歩き回った。

 そういった時に、彼らと顔を会わせたことがあったんだろうね。


 でも、これって──もしかして、私のことを聖女イリスだと認識しそうになっているってこと!?

 それはちょっと、困るんですけど!


「あのう、ええと……」

 なんと応えていいかわからずに言いよどむ私に対して、彼らはさらに言葉を続けます。



「本当にイリス様にそっくりだな。瞳の色も一緒だぞ」

「髪の色はブロンドじゃなく白色だけど、なんだか光り輝いて見えるな」

「本物の聖女さまのように神秘的な気配を感じる」

「ここまでイリス様とそっくりな人がいるなんて、信じられないわ」

「いや、そもそも人じゃないような気が……?」

「樹から体が生えてるし、どう見てもモンスター…………」



 みんなの視線が、わたしのおへその辺りに注がれます。

 人間部分と樹の連結部分を、不思議そうに眺めているみたい。


 そう──今の私は、アルラウネなんだよね。

 ガジュマルの木に直接生えているから下半身の大きな球根がないとはいえ、上半身は蔓ブラだけだから、聖女からは程遠い野性味あふれる姿のはず。

 そのせいもあり、さっきまで「聖女さまだ!」と興奮気味に話していた人たちが、不可解なものを目にしたというように困惑した表情になっていました。


 こんなふうにじろじろと見られるのは久しぶりなうえに、その相手が聖女イリス(わたし)を知っている人たちなのは、むずがゆい気持ちになってしまう。


 急に恥ずかしくなってしまった私は、蔓で顔を隠しながら横を向く。

 そして、この場の人たちにこう言い残しました。


「ひ、人違い、ですっ!」



 ──転移!




 ああー、恥ずかしい。

 アルラウネになった頃のことを思い出すような恥ずかしさだったよ。

 塔の街ではこんな気持ちになったことなかったのに、やっぱり生まれ故郷(エーデルワイス)にいるせいなのかな。


 聖女イリス時代をよく知っている領民たちの反応は、想像以上に私の精神を刺激した。

 ひと言でいうと、とっても複雑な心境です。


 それに冷静に考えると、今の私って色々ととんでもないことをしているような……。

 いや、深く考えるのはやめおこう。

 だって今は緊急事態の真っ最中だ。細かいことは気にせずに、人を助けることが最優先だよね。


 ──うん。さっきのことは、いったん忘れましょう。

 気を取り直して、次の人を助けないと!



「大丈夫、ですか? いま、助けますね」


 十八回目の転移で、子どもを襲おうといていた壺ゴーレムを破壊しました。

 道で倒れていた女の子は6歳くらいかな。この騒動で迷子になっていたようで、一人ぼっちになっていた。

 しかも壺ゴーレムに襲われた際に転んでしまったようで、足を怪我している。


 私はすぐさま蜜を蔓に付着させ、女の子に差し出します。


「さあ、これを飲んで。痛いのが、すぐになくなり、ますよ」


「お姉さん……もしかして、木の精霊さまなの?」


 女の子が、私の体を見ながらそうにつぶやきました。

 木から上半身だけ生えている女の人を見たら、そりゃ不思議に思うよね。


「はい、そうです。人間に優しい、精霊さんですよ」


「そうなんだっ! なら精霊さんって、イリスさまとおんなじで、聖女さまなんだね」


「…………イリスさまと、同じ?」


「うん、おばあちゃんが言ってたもん。イリスさまはエーデルワイスを救ってくれた、聖女さまだって。精霊さまはわたしを助けてくれたし、それにその聖女さまの顔とすっごく似てるの!」


「…………ええっと、あなたはそのイリスさまの、顔を見たことが、あるの?」


「あるよ! だって街のいろんなところに、肖像画が飾ってあるもん!」



 私が聖女イリスとしてこの世を去ったのは6年も前のことだから、この子は私の生前をよくは知らないはず。だというのに、この子は聖女イリス(わたし)のことを知っていた。

 それはつまり、聖女イリス(わたし)のことを次の世代に言い伝えてくれている人がいるということになるわけで──そのことがなんだか、とっても嬉しかった。


「良い子ですね。ご褒美に、蜜をたくさん、あげますよ」


 それから女の子に甘い物の素晴らしさを伝授していると、建物の角から慌てた様子のおばあさんが現れました。

 どうやら、この子の保護者みたいだね。

 蜜をちゅぱちゅぱと舐める女の子の無事を確認したおばあさんは、控えめな声で尋ねてきました。


「そのお顔、間違いございません……あなたさまは、聖女イリス様でございますね」


「…………違い、ますよ」


「いいえ、見間違えることなどあるはずもございません! もう何年も前になりますが、私はイリス様に不治の病を治していただきました。それから一度たりとも、イリス様のお顔を忘れたことなどございません」


 きっとこのおばあさんは、私の上半身が樹から生えていることに気が付いていないんだね。

 そうでなかったら、こんなにも私のことをイリスだって言わないはず。


「人違い、ですよ。髪の色だって、イリスとは、違いますし」


「そ、それは……」


「それに……そのイリスという人は、もう亡くなっている、はずです」


「…………」


 自分で自分が死んだことを口にするのは、何度体験しても複雑な心境になる。

 それでも、認めるわけにはいかない。

 私の正体を知る人は、絶対に少ない方がいい。だから申し訳ないけど、こんなところで真実を口にすることはできない。


 だから念のため、最後にこう付け加えておきましょう。


「ねえ、おばあさん……この体を、見てください。私、人じゃないんです」


 だから、ごめんなさいね。

 残念だけど、あなたの記憶にある聖女イリスは、もうこの世にはいないの。


 女の子をおばあさんに預けた私は、次の現場に向かって移動します。

 転移をするその刹那(せつな)、おばあさんの声が少しだけ聞こえました。


「ウチの子を助けてくださり感謝いたします──」



 ──転移。



「…………あのおばあさんの顔も、見覚えがあった気がする」



 さっき会ったおばあさんのことは、私もなんとなく覚えていた。

 私の光回復魔法によって不治の病が治り、泣きながら何度も何度も感謝の言葉を告げてくれたおばあさんの顔は、妙に記憶に残っていた。


 そして驚くことに、転移する前に私に感謝を述べていたおばあさんの表情は、あの時とほとんど一緒でした。


「──そっか」


 私、アルラウネになったけど、聖女の頃とやってることは変わらないんだ。

 聖女だった頃と変わらずに、昔と同じようにこの街の人たちから感謝をされた。

 その事実が──私の心を温かく満たしていく。


 もう私は人間ではなく植物モンスターになっているから、顔以外の姿形(すがたかたち)はかなり変わってしまった。

 だけど、それでも私の心は変わらない。

 それが再認識できて、少しだけ心が軽くなった。



「さてと、残りは……」


 街を覆い尽くすガジュマルから発せられる振動を通して、なんとなく現状は把握している。

 壺ゴーレムが暴れていると思わしき場所は、残り二か所。


 そのうちのひとつは、妹分であるアマゾネストレントが暴れている気配がする。

 なら、ここは最後で大丈夫だね。


 なので、もう一方の激戦地となっていると思わしき場所に転移します。




 ──転移。


 新たに移動した場所では、騎士たちと壺ゴーレムが激しい戦闘を繰り広げていました。

 エーデルワイス公爵家の騎士のうち、かなりの人数がここに集まっているみたい。

 でも、なんでここだけ、こんなに騎士と壺ゴーレムが多いんだろう?


「ん? ここって、もしかして──」


 この場所、『ピルツ商会』じゃん。


 私たちがエーデルワイスにやって来た際に、野盗から助けてあげた商会だね。

 その縁もあって、この『ピルツ商会』に足を運んだのは記憶に新しい。


 それと同時に、この商会は変な壺を大量に入荷して、エーデルワイスに壺ゴーレムを持ち込んでしまった元凶ともいうべき所でもある。

 そのせいで在庫となっていた壺ゴーレムが、大暴れしちゃったんだね。


 昨日まではあんなに綺麗で立派な商会だったのに、いまや見るも無残な状況になっているよ。

 この街を混乱に陥れたきっかけの商会ではあるものの、ちょっと可哀想。



 私はガジュマルの木を伸ばして、壺ゴーレムを次々と破壊します。

 瞬く間に、『ピルツ商会』はガジュマルの木で覆い尽くされてしまいました。うん、これで安全だね。


 そんな私の姿を目にした騎士たちが、驚いたように口を大きく開けました。

 今日だけで、その表情を何度見ただろうね。なんだか、もう見飽きちゃったよ。


 それでも、私がすることは変わらない。

 唖然とする人間たちを前に、私は勝ち誇ったように心の中で叫びます。



 ──みんな、安心して。

 私はもう聖女ではないけど、聖女の時と同じように、この街のことを全力で守るよ!

次回、エーデルワイスの聖女 その3です。

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聖女イリスの魂の故郷。 植物モンスターとなった今、再度訪れたことで自らの精神性がどうしようもなく「人間」であることに気付いたアルラウネ。善きことです。 ピンチを救われたって理由も有るんだろうけど、領…
生き写し(半裸)でこれなら下半身知ったら、聖蜜と相殺出来るかなぁ
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