妖記 妖精的には街が森になるのは有り その1
妖精のキーリ視点です。
あたしの名前はキーリ。
いまはアルラウネと一緒に旅をしているけど、これでも実は偉い妖精なのよ!
誇り高い森の妖精として、あたしはドリュアデスの森を守護してきた。
そんなあたしは、どういうわけか現在……人間の街にいるの。
しかもドライアドさまの庇護下にある塔の街ではなく、エーデルワイスという遠い街。
現在あたしは、トレントと一緒にその街で放浪をしている。
「なんであたしが、こんな目に……アルラウネさまと一緒じゃなきゃ、こんな街なんか来たくもなかったのに!」
だって、あたしは森に住む花の妖精。
ああ、森が恋しい。母なる森こそが、あたしの住処!
だから、あまり人間の街は好きじゃないのよ。
人間が建てた石造りの人工の街なんか、なんの面白味もない。石でできた建物の森みたいで、どこを見ても落ち着かない。
一応、街には植物が生えてはいるけど、どの子も住み心地が悪そうで可哀そう。そういう理由もあって、人間の街は気に食わない。
いっそ街が森になれば、あの子たちも自由に育つことができるのにね。
「というか、アルラウネさまはどこ行っちゃったのよー!」
さっきまであたしたちと一緒にいたアルラウネは、人間の馬車に乗り込んでどこかへ消えちゃった。
たしかあの馬車は『ピルツ商会』とかいう、人間の商会の馬車だったわよね。
アルラウネはなぜか公爵邸に行きたがっていたけど、あの商人の馬車が公爵邸へ行くなら、無事に目的地へ到着するかも。
それはそれでいいんだけど、問題はあたしたち!
『キーリは、トレントと一緒に、宿に戻って! あとは、私一人で、行く!』
そうアルラウネはあたしたちに言ったけど、困ったことになったの。
「ここ、どこなのー!?」
初めて訪れた街だから、もちろん土地勘なんてものはない。
アルラウネの言われた通りに移動してきたから、どこから来たのかわからなくなっちゃったの。
「ねえトレント。あんたは宿の場所わかる?」
「…………」
「え、わかるの!?」
「…………!」
「そういやあんた、いつもアルラウネさまのために遠くまで珍しい植物を探しに行ってたけど、いつも迷わずに帰ってきたもんね~」
このトレント、かなり優秀なのよね。
できないことのほうが少ないくらい。
「じゃあトレント。宿に向かって出発ーっ!」
「…………!」
人間の服を着ているトレントの頭に、あたしは着地する。
あとはトレントに任せれば、宿まで帰れる……そのはずだったのに、近くにいた人間が声を上げながら騒ぎ出した。
「おい見ろ! あの子の首が、どっか飛んで行ったぞ!」
さっきまでトレントの上には、アルラウネが乗っていた。
二人合わせて人間の子どもに擬態していたわけだけど、顔役をしていたアルラウネがどこかへ行ったことで、擬態がバレてしまったみたい。
しかもアルラウネが馬車に乗り込んだ瞬間も見られていたみたいで、周囲の人間が騒ぎを始める。
「あー、どうしよう。あたしたちの正体、見られちゃったみたいだねー」
「…………!?」
「まあそう慌てないの。とりあえずトレント……逃げましょう」
「…………!」
人間たちの間を縫うように、トレントが走り出す。
馬のように速く走ることができるトレントの脚力があれば、人間の包囲なんて簡単に脱出できるんだから。
「おい、逃げたぞ!」
「なんだったんだ、いまの生物は?」
「人間にしては、おかしな感じがしてたけど……」
「羽の生えた小人みたいなのも一緒にいたけど、なんか妖精みたいじゃなかった?」
「それにさっき走っていたアレは、服を着たトレントに見えなくもなかった」
「いや、きっと見間違いだったのさ。だってエーデルワイスに妖精やトレントが迷い込んでるほうがあり得ないだろう?」
「でも、もし本当にモンスターが街に入り込んでいたら、そっちのほうがマズいかもしれないぞ……」
「念のため、騎士団に通報しておくか」
後ろから人間たちの声が聞こえてくるけど、気にすることなんてない。
王都へ向かって旅をしているあたしたちにとって、この街はあくまで通過点。どうせ長居はしないんだし、ちょっと問題になったくらい平気だよねー。
そう思ったけど、あたしとトレントだけでエーデルワイスの街を移動するのは大変だった。この街、人が多すぎるのよ!
人だらけで街の大通りは歩けないから、裏道を移動するしかない。そのせいで、なかなか宿にはたどり着かないんですけど!
しかもなぜか街の騎士団に追われたりもしたから、逃げるのに精いっぱいで、現在地がまったくわからなくなった。
「ねえ、トレント。ここ、さっきも通らなかった?」
「………………」
「なるほど。つまりあたしたちは、迷子になったってわけね」
こうなってくると、『塔の街』が懐かしくなる。
あの街ならよくこっそり遊びに行っていたから、迷子になることなんてなかったのに。
裏路地で息を吐くあたしとトレント。
けれども、あたしたちに休む暇はなかったみたい。
「見つけたぞ! 妖精とトレントだ!」
「通報を受けたときは虚偽の情報だと思ったが、まさか本当だったとはな」
「いったいどこから入り込んだんだ?」
「妖精は生け捕りにしろ。トレントは抵抗するようなら、倒してしまって構わん」
あ、ヤバイかも。
騎士団に、囲まれちゃってるんだけどー!
「ど、どうしよう、トレント!? 強行突破して、逃げる?」
「…………!」
いくら人間の騎士が強いとはいえ、うちのトレントもかなり強い。
一対一ならきっと負けないだろうけど、こう囲まれちゃうと困るわよね。
トレントと人間の騎士がにらみ合う。
その時──大通りのほうで悲鳴があがった。
「きゃーっ!」
「危ない、逃げろ!」
「あ、騎士さま! 助けてください!」
「壺が暴れてるんです!!」
大通りでなにかあったみたい。でも、これは好機ね。
騎士たちが大通りに意識を奪われている隙に、トレントが素早くその間を駆ける。
トレントとは思えないあまりにも速いダッシュに、騎士たちは反応できなかった。
「人間なんか、あたしたちの敵じゃないんだから!」
騎士たちの包囲網を突破したあたしたちは、そのまま大通りを走り抜ける。
だけど、妙ね。
あたしたちの進行方向の逆方向から、人間たちが逃げるようにどこかへ向かっている。
「さっき人間が、壺が暴れてるとか変なこと言ってたけど、もしかしてそれが原因? なら、ラッキーね!」
「…………?」
「この隙に、宿まで逃げるのよ!」
「…………!!!!」
「え、なによ? 壺が暴れてるって? そんなのあるわけな……あ」
本当だわ。
壺が暴れてるわね。
あそこは、パン屋かしら。
店を破壊しながら大通りに出てきたあの壺には、なぜか手足がついていた。
闇魔法の魔力を感じる──おそらく、魔族が操っているゴーレムね。
「でも、なんでエーデルワイスにゴーレムが……そういえば!」
エーデルワイスに到着する前に盗賊団と戦ったけど、あの盗賊たちの正体は土くれに魔力が込められたゴーレムだった。
あそこで暴れている壺は、きっとあの野盗と同じで、ゴーレム使いが操っているのね!
「魔王軍が近づいてるかもって話はしてたけど、もう街の中まで入りこまれてるじゃない。情けないわねー」
「…………!!!」
「え、なによトレント。人が襲われてるって? そんなの、あたしたちには関係ないってー」
パン屋を破壊しながら外に出てきた壺ゴーレムによって、店主らしき人間の男が襲われていた。
体が血だらけになっているみたいだし、放っておいたら壺ゴーレムに殺されちゃうわね。
「…………!!!!」
「え、助けるですって!? ああー、もう、わかったわよ! 勝手にしなさいよね!」
モンスターにしては正義感に溢れているトレントは、壺ゴーレムに体当たりをする。
アルラウネに似てしまったのか、どういうわけか人助けが好きなのよね、この子は。
だけどそのおかげで、壺ゴーレムはトレントによって吹き飛ばされた。
この人間、運が良かったわね。トレントがいなければ、あんた殺されてたわよ。
でもトレントは言葉が話せないから、あたしが言ってやるんだから。
「そこの人間。トレントに感謝しなさいよね!」
「よ、妖精!? それに、あれはトレント? 買ったばかりの壺が暴れ出したと思ったら、今度はいったいなん……痛っ」
「ああー、動かないほうがいいよー。全身を骨折してるだろうし、血もたくさん流れてるしねー。このままじゃあんた、死ぬわよ」
「そ、そんな……」
「聖蜜があればいいんだけど、残念ながらここにはないのよね。どうせ人間の寿命は100年もないくらい短いんだし、諦めなさい」
「うぅ……オレはここで、死ぬのか? せめて最期に、娘とまた会いたかった……」
いくら人間とはいえ、なんだか可哀そうね。
というか、この男の顔。いま気が付いたけど、誰かに似ているような……。
「そんなことより、トレントは!?」
トレントは、さっきの壺ゴーレムとの格闘を繰り広げているみたい。
傍から見たら、枯れ木と壺が喧嘩しているようにしか見えないわね。
「がんばれ、トレントー!」
あたしがトレントを応援していると、後ろから人間の声が聞こえてくる。
さっきの騎士団員がこっちに全力疾走してきたみたい。しかも、こんなことを叫んでいた。
「樹が暴れてるぞ!」
それ、トレントのことよね。
せっかく壺ゴーレムから人間を助けてあげたのに、人間はやっぱり薄情。
でも、なんか様子が変。
騎士たちは建物の上を見上げながら、何かに向かって指を差していた。
「樹が動いている……森が迫って来てるぞ! みんな逃げろ!」
なに言ってんの、あの人間。
森が迫ってくるなんて、アルラウネの森じゃあるまいし、そんなのあり得ないわよ。
そう思いながら、顔を上げてみる。
すると、建物を飲み込むように広がっているガジュマルの木が見えた。
まるで森が街を侵食しているかのよう。あんな天変地異が起きているんじゃ、人間がパニックになるわけね。
誰があの樹々を操っているかなんて、考えなくともわかる。
「アルラウネさま……やったわね!」
次回、妖精的には街が森になるのは有り その2です。