307 トゥルペ・エーデルワイス その1
すみません、更新遅くなりました!
私、植物モンスターのアルラウネ。
スフィンクスのクスクスさんの命を助けたことがきっかけで、彼女が私の仲間になりました。
そしてクスクスさんの体を蝕んでいた闇の女神ヘカテの魔力を吸い取ったことで、私の体の色彩が変化します。
腰回りの花冠は赤から白に変わり、髪も黄緑色から白へと変わりました。
真っ白な髪を見ると、つい魔女っこを思い出してしまうね。ルーフェとお揃いみたいになって、ちょっと嬉しい。
でも、いまはそれどころじゃない。
なぜなら、クスクスさんにエーデルワイスと私の関係を尋ねられて返事をしたら、大ピンチに陥ってしまったのだから。
「私は……このエーデルワイスの街とは、無関係じゃない」
そう私が答えた瞬間、中庭から「え……?」という声が聞こえてきました。
聞き覚えのあるその声の主へと振り返ってみると、オレンジ色の髪をした二十代半ばくらいの女性と目が合います。
どことなくイリスと似た雰囲気の顔つきをしている彼女は、私がプレゼントをしたチューリップの耳飾りを付けている。
見間違えることなんか、あるはずがない。
彼女はエーデルワイス公爵代理であり、聖女イリス時代の家族。
半分血を分けたイリスの姉──トゥルペが、私のことをじっと見つめていました。
──トゥルペがいる!!
ど、どうしよう!?
まさかこの状況で、実の姉と出会ってしまうとは思っていなかった。
会って久しぶりに話してみたいとは心のどこかで思ってはいたけど、それが実現するとなると話は変わってくる。
だって私は、もう聖女イリスでもなければ、人間でもない。
植物モンスターのアルラウネになっているのだ。
いくら顔がイリスと同じだとはいえ、実の家族と会って話をする心の準備なんてできていない。
そういう意味では、こうして一番会いたくなかった相手でもある。
「ご、ごきげん、よう……」
「!? あなた、まさか…………」
トゥルペは不審そうな目つきで、私の全身を舐め回すように観察してきます。
もしかして、私のさっきの言葉……聞かれてた!?
たしかに、昨日この街にやって来たばかりのアルラウネが、エーデルワイスと関係があるなんて発言をしたら、怪しむのも無理はないと思う。
でも、それならそれでいい。
なにせ私が心配しているのは、トゥルペが私の正体に気づくかどうかということなのだから……。
「いえ、そんなはずあるわけないですわよね…………あたくしの気のせいだったようです。それで、あなたは……アルラウネですわね!」
「は、はい……」
「ですが、聞いていた話とは見た目が違いますわね。髪も花びらも白色になっているのは、どういうことなのかしら? とはいえ、我が公爵邸にまったく違うアルラウネが紛れ込んできたと考えるほうが不自然です。それに考えるまでもありません……そのお顔を、あたくしが見間違えることなんてありませんもの!」
ものすごい早口。
やっぱりトゥルペは、昔とあまり変わっていないみたいだね。
「えぇ、えぇ、あなたは思っていた通り、素晴らしいですわ! イリスちゃん似のアルラウネと是非ともお会いしたいと思っていましたが、ここまでそっくりだとは誰が想像できたでしょうか! 似ているどころの話ではありません、瓜二つ──いいえ、あたくしの目に狂いがなければ、同じ顔だとはっきりわかりますとも! 屋敷に飾ってある絵画を毎日見ているうえに、イリスちゃんの姿は一日として忘れたことがありませんもの。ねえ、あなたもそう思いませんこと?」
「………………」
トゥルペが変なのは、昔から知っていた。
だから私の言葉が詰まったのは、変わり者の姉の様子を見て、引いたからではない。
家族である姉が、以前と変わらぬ性格をしているのが、懐かしく思ってしまったのだ。
このトゥルペ節を、また聞けるとは思ってもいなかった。
今生の別れをしたと思っていた家族と再会できたことで、なんだか目元がじーんとしてしまっている。
なにせ私がトゥルペと最後に会ったのは、7年くらい前のことになる。
その後すぐに、私は勇者と後輩の聖女見習いに裏切られて、殺されてしまった。
それからアルラウネとして第二の人生を始めたわけだけど、実家であるエーデルワイスの情報は一切入って来なかった。
家族が生きているのか、死んでいるのかもわからない。
むしろ家族は、イリスが死んだということだけは間違いなく知っている。
イリスが死んだことで、家族がどうなってしまったのか、何度も頭の中で想像した。
でも、それだけ。
もう二度と会うことはないかもしれないと思っていたから、こうやって声を聞けただけで、つい感動してしまった。
「あら? もしかして、人見知りのアルラウネなのかしら。心配しないでくださいませ、あたくしはあなたのお姉さんであるルーフェさんの、お友達ですよ」
ルーフェは私の姉じゃなくて、妹的な存在なんだけどね。
むしろ本当の姉は、トゥルペ──あなたのほうですよ。
「ええと、アルラウネさん? それともあなたのことは、紅花姫アルラウネさんと呼べばいいかしら? ルーフェさんの妹でもあるみたいですが、あなたと会ったら是非ともお伝えしたいことがありました──よろしければ、あたくしの家に住みませんか?」
トゥルペ…………まさか、アルラウネである私をエーデルワイス公爵邸に住まわせようと思っていたの!?
たしかにこの家には植物園があるから、アルラウネが住む環境は整っている。
でも、さすがにモンスターであるアルラウネを、公爵邸の中に住まわせようとするのは、公爵代理としてどうかと思うよ。
まあ、トゥルペらしいけどね。
「あたくし、イリスちゃんにそっくりな紅花姫アルラウネさんのことが欲しくて欲しくてたまりませんでしたの。本当にずっとそのことだけを考えていたのに、いざ直接会ってみると、そのことなんてどうでもよく思えるような、些細なことのように思えて仕方ないのです……だって、だって……」
トゥルペは一歩ずつ、私のほうへと近づいてくる。
そばに来られたら、正体がバレてしまうかもしれない。
だからできれば後ずさりしたいところだったけど、それはできなかった。
大人の姿となり地面に根を下ろしてしまった今の私は、この姿のままでは移動することはできないのだ。
「近くで見ると、本当に同じにしか見えませんわ。白髪のその髪は、光るようなブロンドだったイリスちゃんと少し似ているせいか、醸し出す雰囲気も本当に似ていて…………いったい、どうして?」
「あ、あのう……トゥルペさん? 私、植物モンスターなんですが……怖くないん、ですか?」
「えぇ、えぇ、怖いなんて、そんなことあるはずありません。だってあなたのお顔は、私の大切な妹とまったく同じなんですから……」
トゥルペが私の顔に手を伸ばしてくる。
手を払うことはできたのに、私はその手をそのまま受け入れてしまいます。
すると私の頰に、トゥルペの手のひらの感触が当たりました。
そういえば小さい頃も、こんなふうにトゥルペに頰を触られたことがあった。
あれはたしか、トゥルペがエーデルワイス公爵邸にやってきた日のこと。
中庭で、初めて姉と二人きりになった時のことだった。
『イリスちゃん……あなた、なんて綺麗なお顔をしているの!?』
驚くように私の顔をベタベタと触ってきたその日から、私の中のトゥルペ像は、『変わり者の姉』となった。
トゥルペ・エーデルワイス。
イリスの一歳上の姉であり、腹違いの姉。
そして、大のイリス好きでもある。
妹であり聖女であるイリスのことを怖いくらい溺愛していたトゥルペは、部屋中にイリスの絵画を飾るほどの執着心を持っていた。
そんなトゥルペが、イリスと同じ顔を持つアルラウネのことを、放っておくはずはない。
トゥルペはあの時と同じように、私の頬を触りながらつぶやきます。
「紅花姫アルラウネさん……あなた、本当に綺麗なお顔をしているのね」
そう口にしたトゥルペは、あの頃とは違って大人に成長していました。
私の計算が正しければ、たしかトゥルペは今年で24歳だったはず。
17歳のまま時が止まってしまった私とは違い、姉は大人の女性になっていました。
「なんでなのでしょうか……見た目はどう見てもモンスターなのに、不思議とモンスターとは思えませんわ。思っていた以上に人間みたい……いいえ、とても人間らしいというか、まるであの子のような仕草をしているのを見て、懐かしくなってしまうというか…………」
トゥルペの耳飾りが、小さく揺れ動く。
私が誕生日にプレゼントしたチューリップの耳飾りだ。
まだ身に着けていてくれることが、このうえなく嬉しい。
私の名前であるイリスに『アヤメ』という意味があるように、姉の名前であるトゥルペにも意味がある。
その意味は──『チューリップ』。
だから私は、トゥルペにチューリップの耳飾りをプレゼントした。
「ねえ……あなたが先ほどおっしゃっていた、あのお言葉……」
まずい。
もしかして最初に私が言ったあの言葉、トゥルペに聞かれていたんじゃ……。
トゥルペが私の顔を見ながら、困惑した表情を浮かべます。
「あなた…………もしかして──」
その時、私たちの会話を遮るように、背後から声がしました。
「ねえアルラウネちゃん! もしかしてその人間って、エーデルワイス公爵代理だったりする!?」
それまで静観を決めていたスフィンクスのクスクスさんが、慌てたようにそう叫びました。
なぜか困ったような表情をしているクスクスさんが、「ど、どうしよう!?」と声を荒げている。
「ああ、どうしようどうしよう! いまさらゴーレムへの命令を上書きはできないし、薬を飲んだ時点で自動運転になってるから、あたいにはもう止められないし……」
「ど、どうしたの、クスクスさん……?」
「とにかくアルラウネちゃん! もしもその人間と知り合いなら、いますぐに逃げてっ!」
その瞬間、異変が起きました。
先ほどまで鉢植えアルラウネだった私がすっぽりとハマっていた、あの変な壺。
私が大きく成長した際に体から離れて、それから中庭でずっと動かなくなっていたクスクスさんの壺ゴーレムのことだね。
その壺ゴーレムが急に動き出して──なぜか私たちの方へ一直線に突進してきたのです。
次回、トゥルペ・エーデルワイス その2です。