獅記 敵地に送り込まれたスフィンクスは、喋るお花を保護する
スフィンクス視点です。
あたい、ゴーレム使いのクスクス。
誇り高きスフィンクス族の魔族です。
スフィンクス族は代々、魔王軍に所属しているの。
そんなあたいの夢は、魔王軍の四天王になること!
8人兄弟の長女として家族の期待を一心に背負ったあたいは、見習い期間を経て、ついに魔王軍に正式に配属となりました。
そして、やっと憧れの四天王にお目にかかることができたの!
「ガルダフレースヴェルグ様、お会いできて光栄です!」
四天王の一人である黄金鳥人、光冠のガルダフレースヴェルグ様。
彼はあたいの同期である、ハーピーのパルカのお兄さんだ。
でもそんなガルダフレースヴェルグ様も、やられてしまった。
倒したのは、新たに聖女となった“黄翼の聖女”ニーナという人間と、紅花姫アルラウネというモンスターだそうです。
その紅花姫アルラウネは、魔族たちをパクリと丸呑みしてしまうほど巨大な花のモンスターだという話です。
これまで数々の魔族や魔物を胃袋に収めてきた、大食い植物だとか。
植物モンスターってよく知らなかったけど、かなり怖い存在なんだね。
あたい、戦って勝てる自信ないよ。
そんな紅花姫アルラウネは、魔王軍四天王である獣王マルティコラス様すらも倒してしまった。
ドライアドのフェアギスマインニヒト様も含めれば、四天王を三人も倒していることになる。
それだけではなく、あの魔女王キルケー様もアルラウネに敗北したという噂もあるくらいです。
魔王軍四天王よりも強いアルラウネなんて信じられない。
いったいどれほど巨大で、凶暴なアルラウネなんだろう。
聞いた話によると、紅花姫アルラウネは、『塔の街』の塔よりも大きいとか、髪は赤ではなく実は白色なのだとか、近づくと魅了されて虜になってしまうとか、そんな噂もある、謎の多いアルラウネだ。
だけど、それだけ強いのなら、倒せば大きな実績になる。
もしも紅花姫アルラウネを討伐すれば、功績が認められてあたいも四天王になれるかもしれない。
でも、あたいのボスがそれを許さなかった。
よくわからないけど、紅花姫アルラウネに手を出すのは危険みたい。
そんなあたいのボス──氷龍である魔王軍宰相様に、あたいは呼び出されました。
どうやら大事な会議があるみたい。
魔王城のとある部屋に入ると、一人の女性の姿が目に入りました。
全てを凍てつかせるような冷たい瞳に、氷をイメージさせる深い青のドレス。
長い髪からは、氷の結晶が舞い散るように光を放っている。
彼女こそが、全魔王軍女性の憧れの存在であり、現魔王軍の実質的指導者でもある、魔王軍の宰相様です。
この一室には、宰相様麾下の精鋭がそろっている。
魔族以外にも、アフロ髪の謎の男や、白髪の魔女の姿もありました。たしかあの白髪の女は、魔女王の副官だったはず。
そして宰相様は、前置きをしてから簡潔に命令を下します。
「ガルデーニア王国の王都へ攻めます。目的は、魔女王キルケーの奪還、そして王都の制圧です!」
部屋中に「オオーッ!」という勇ましい声が響き渡りました。
みんな、やる気がすごい。
だけどあたいは、つい気になってしまって尋ねてしまいました。
「それは魔王様のご命令ですか?」
「……違います」
宰相閣下に睨まれる。
そうだった。
よくは知らないけど、魔王様の名称を公の場で出すのは、いけないんだった。
あたいは昔から、一言多いと両親によく言われていました。
その癖が、こんな大事な場面でも出ちゃったみたい。
そんなあたいの頭を、誰かがつかんで地面に叩きつけます。
あたいの直属の上司──イフリト様が、あたいを平伏させたのです。
「宰相様のお言葉を遮るなど言語道断! 部下が出過ぎた真似をしてしまい、大変申し訳ございません」
「……まあいいでしょう。クスクスは新人ですが、実力は認めていますしね」
どうやらあたい、宰相様から許されたみたい。
でも上司のイフリト様が、あたいを射殺すような視線で睨んでる。こわい。
「ですが、クスクスのように気になっている者も多いことでしょう。魔王軍宰相として、この件は魔王様ではなく──魔族を統べる尊いお方の御意思ということだけは、伝えておきましょう」
宰相閣下が、後ろを向く。
そこには、闇の女神──ヘカテ様の彫刻が置かれていました。
すべての魔族と魔物の生みの親であり、あたいたちを見守ってくれているという、尊いお方です。
人間が信仰している邪悪な女神セレネと違って、女神ヘカテ様は慈悲と正義の御方だと教わりました。
本当に女神が存在しているわけではないだろうけど、それでもあたいたちにとっては、なによりも大切な女神様です。
そして邪神セレネの先兵である聖女が、ガルデーニア王国の王都にいる。
もしも聖女を討ち取ることができたら、あたいも四天王になれるかもしれない。
そして会議の結果、宰相様が率いる魔王軍の軍勢は三つに分かれて、王都を侵攻する計画になりました。
遊撃隊として、獣鬼マンタイガー様も参戦してくれるらしいです。
実力は四天王並だっていう話だし、頼りになるね。
そしてあたいが所属する第三軍は、エーデルワイス方面から王都へと向かうらしい。
つまり手前にあるエーデルワイスを落としてから、王都に行かないといけないみたい。
第三軍の軍団長は、あたいの直属の上司であるイフリト様です。
その実力は魔王軍四天王をも上回ると噂されていて、五百年以上も前から宰相様にお仕えしているという話です。
エーデルワイス近郊の街まで進んだところで、あたいはイフリト様に呼び出されました。
「クスクス、エーデルワイスのことは知っているか?」
「いいえ、まったく知りません!」
「……エーデルワイスは、聖女イリスの生まれ故郷だ。そのため、エーデルワイスを滅ぼせば聖女イリスの心を折れると考え、幾度となく侵攻が行われた──だが、すべて失敗した。なぜだかわかるか?」
「やっぱり、聖女イリスが守ったんですか?」
「そうだ。万の軍勢がエーデルワイスを襲ったが、聖女イリスひとりに敗れ去った」
聖女イリス、恐ろしい人間だよ。
魔族からは死神と恐れられていたみたいだけど、そんなに強いなんてもう人間じゃないじゃん。
「だが、聖女イリスは多忙の身だったこともあり、エーデルワイスにいないことのほうが多かった。その隙を狙って再び襲撃が行われたが、失敗した」
「聖女イリスがいないのに、ダメだったんですか?」
「聖女イリスは遠隔による光魔法の大結界を張り、エーデルワイスを守っていたのだ。そのため、魔族や魔物は、エーデルワイスには一切入れなくなった」
それって伝承で聞いた、初代聖女ネメアみたいじゃん。
聖女って、やっぱり恐ろしい。
「だが、それも聖女イリスが死ぬまでだ。聖女イリスが死んだことにより、エーデルワイスを守る大結界は消えた」
「ってことは、もう攻め放題ですね~!」
「しかし、その頃には新たな強敵が育っていた。エーデルワイスの一族から大魔導士が現れ、聖女イリスの代わりに新たなエーデルワイスの守護者となったのだ」
「大魔導士?」
「王宮魔導士の首席にもなれる実力らしいが、エーデルワイスを守ることを理由に辞退したらしい。その大魔導士の存在のせいで、魔王軍は結局エーデルワイスを落とせずにいる」
「じゃあ、あたいたちも、その大魔導士とやらにやられちゃうんじゃないですか?」
「普段ならその可能性もあった。だが現在、その大魔導士はエーデルワイスにはいない。王都で重要な結婚式があるらしく、それに参列する公爵の護衛として王都に旅立っているらしい。つまり、いまのエーデルワイスはもぬけの殻も同然だ」
「それ、めちゃくちゃラッキーじゃないですか! 野盗に偽装したゴーレムたちによる食糧の略奪も進んでますし、このまま頑張って人間の街を滅ぼしちゃいましょうよ!」
「クスクス……お前はアホだが、ゴーレムを操る土魔法の実力は魔王軍随一だ」
「イフリト様? あたい、いま褒められたんですよね?」
「だからクスクス……お前、ちょっとエーデルワイスに潜入してこい」
「えっ!?」
「公爵邸に忍び込んで、敵の司令官である公爵代理を暗殺しろ。そのまま本隊が到着するまで、公爵邸で陽動作戦を実行しろ」
「でもそれって、敵地のど真ん中で、一人でいるってことですよね? かなり危ないような……」
「お前のゴーレムの魔法は、離れた場所では使えないという制限がある。だから街でゴーレムを起動させて、暴れろ。それが陽動作戦だ」
「あたいを陽動に、本隊がエーデルワイスの街を奇襲するってことですよね? でもあたい、どうやって敵地から脱出すればいいんですか?」
「魔族の誉だ。お前の骨は拾ってやる。死んでも任務を果たせ」
「そ、そんなぁ……」
「会議でのことを、オレは忘れたわけじゃない。宰相様にあのような無礼な態度を取るなど言語道断。命をもって、償ってこい」
そういえばイフリト様は、宰相様に心から忠誠を尽くしている。
だからあたいの会議での行動に、お怒りだったみたい。
イフリト様が、あたいに小さな包みを手渡してきます。
中を確認してみると、真っ黒な薬丸が入っていました。
「あのう、イフリト様。これは?」
「魔族の力を底上げする、特殊な薬だ。飲んでから潜入しろ」
「あ、ありがとうございます、イフリト様! これなら、生きて帰れるかもしれません!」
「それは四天王フェアギスマインニヒトが創った薬で、闇の女神様の力の一端を身に宿すことができる大変貴重な薬だ。本当に貴重な物ゆえ、光栄に思うがいい」
──パクリ。
うん。なんだか力が湧いてきた気がする。
魔力を全力で解放すると、体から黒いオーラみたいなのが出てくるよ!
「すごいです! これならゴーレムを百体以上操るのも余裕です!」
「それはそうだろう。なにせその薬は、使用者の命を代償に力を与える薬だからな」
「え…………?」
「もって一日の命だそうだ。頑張れよ」
「イ、イフリト様!? どういうことですかッ!?」
「クスクス──我が第三軍の未来、そして魔王軍の未来は、お前にかかっている。作戦が成功したら、お前は英雄になったと家族に手紙を送ってやろう。期待しているぞ」
そうしてあたいの、片道の潜入作戦が始まりました。
「うぅ……死にたくない……でも、命令は絶対だし、逃げたらスフィンクス族の名誉にかかわるし…………そもそも、あたいの命は、あと一日しかないよ……」
あたい、もう四天王にはなれないね。
人間の敵地に侵入するなんて、怖くて体の震えが止まらない。
寿命がもう一日しかないっていうのも、信じられないくらい怖い。
でも、もう戻れない。
あの闇の薬を飲んでしまったら、もう何をしても無駄らしいから。
解毒薬も存在しないみたいで、力の代償に命を確実に散らすそうです。
だから、腹をくくりました。
誇り高きスフィンクス族として、最後まで立派に務めを果たそう。
そうして故郷の家族に、あたいの勇姿を伝えてもらうんだ!
それからあたいは、体の表面を土魔法でコーティングして、土偶に変装することにしました。
陽動作戦で使用する、壺ゴーレムも大量に製造した。
そして宰相様の会議にも参加していた、アフロ髪の人間の手を借りて、公爵邸へと忍び込むことに成功します。
どうやらこの男は、人間だけど魔王軍の協力者みたい。
商人のフリをしている協力者と別れたあたいは、中庭へと移動しました。
あの噴水の先の部屋に、公爵代理がいるという情報です。
ここからなら、公爵代理を暗殺するのにちょうどいい。
でも、先客がいました。
鉢植えに入った大きな花が──突然、喋ったのだ。
「は、花が、喋ったぁあああああッ!!!」
これってもしかして、アルラウネ!?
は、はじめて見た!
というか、めちゃくちゃかわいいじゃん!
小さくて子どもみたい。
あたいみたいな地味な魔族とは違って、綺麗な赤色のお花のアルラウネは、正直いって憧れるくらい素敵。
しかもなんだか、気が合いそう。
だってアルラウネも、あたいのこと見ながら「土偶が、喋ったぁああああああッ!!!」って言ってるし。
そういえば紅花姫アルラウネは巨大なアルラウネだって聞いていたけど、目の前のこのアルラウネはすっごく小さい。
一般的なアルラウネの大きさは、これくらいなのかも。
あたい、この子のこと気に入ったよ。
だから迷子のアルラウネを壺ゴーレムの中に入れて、保護してあげました。
あの闇の薬とやらを飲んでから、そろそろ丸一日が経つ。
あたいの命は、もうすぐ終わる。
でもその前に、このアルラウネだけでも、人間の魔の手から逃がしてあげたい。
それがあたいにできる、最後の魔物助けだから。
あたいに感謝してくれたのでしょう、アルラウネが蔓を出してきました。
「助けてくれる、お礼に、コレを、あげます」
「これって!?」
「私の、蜜です」
アルラウネの蜜。
それはめちゃくちゃ美味しいと、噂されているものです。
特に聖蜜と呼ばれる最高級品の蜜はとんでもない美味しさらしくて、人間の王族や貴族の中では大流行しているとか。
その流行は、魔王軍にも広がっている。
同期のパルカ曰く、魔王軍のとある御方も、聖蜜を愛好しているとか。
ほっぺたが落ちるくらい美味しくて、病みつきになるらしい。
でも聖蜜は貴重だ。
購入するお小遣いはないし、そもそも伝手もない。
だから聖蜜ではなくとも、アルラウネの蜜には非常に興味があった。
それが別のアルラウネのものだとしても、蜜には変わりないはず。
どうせ死ぬなら、最後にひと舐めくらいしてから死にたい。
遠慮なくアルラウネの蜜を舐めようとした、その瞬間──。
公爵邸の窓ガラスが割れ、中から白い鳩が飛び上がった。
「……合図だ」
協力者の合図。
つまり、襲撃が始まったんだ。
というわけで、スフィンクスのクスクス視点でした。
魔王軍側の視点は久しぶりだったうえに、懐かしい名前もたくさん出てきましたね。
次回、魔女っこ、はじめての部下を持つです。