日誌 魔女っこ、はじめての公爵邸訪問 その3
引き続き、魔女っこ視点になります。
わたしの名前はルーフェ。
女騎士カタリーナさんに連れられて、エーデルワイス公爵邸にやって来ました。
しかも、これから公爵代理である聖女イリスの姉と謁見しないといけないみたい。
そういえば、よくわからないでここまで来たけど、なんでわたしは公爵代理に会わないといけないんだろう。
それに公爵は王様の次に偉い人みたいだし、代理の人も同じくらい偉い人なはず。
怖いからもう帰りたい──そう思っていたけど、公爵代理の声を聞いて考えが変わりました。
なぜなら公爵代理の声は、どことなくアルラウネの声と似ている気がしたから。
女騎士のカタリーナさんが扉を開き、中に入るようにわたしに命じます。
ゆっくりと、そして静かに足を動かす。
だって足元のカーペットが、これまで感じたことのないくらい踏み心地がよくて、とても高価そうだったから。
金色に近い、光るような黄色のカーペットが部屋に敷き詰められているみたい。
この色、どこかで見たことがある気がする。
目線を上げて、正面を見ます。
奥の机に、一人の女性が座っていました。
仕事中だったのか、書類に何かペンを走らせています。
ここ、どうやら執務室ってやつみたい。
──あの人が、聖女イリスのお姉さんなんだ。
公爵代理は、聖女イリスのようなブロンドとは違って、オレンジ色の髪の人でした。
お母さんが違うみたいだから、髪の色が違うのはそのせいかも。
だって、絵画で目にした聖女イリスとそっくりな顔じゃなかったから。
ところどころ似ている気がするし、雰囲気とかは似ているから、ひと目で聖女イリスの姉妹だということはわかる。
でも、あくまで姉妹として似ている気がするというくらい。
聖女イリスの姉は、アルラウネのように顔がそっくりというわけではなかった。
だからこそ、どういうことなのかわからなくて余計に混乱してしまう。
なんでアルラウネは、聖女イリスのお姉さんよりも顔がそっくりなの?
お母さんが違うとはいえ、聖女イリスの実の姉よりもアルラウネのほうが、顔がそっくりっていうのは、どういうことなんだろう。
もしかして、アルラウネは聖女イリスの姉妹だったりして?
トゥルペ公爵代理の足元を確認しようとしたけど、机のせいで見えませんでした。
もしもこの人もアルラウネだったりしたら、どうしよう。
「あなたが、獣耳族の商人ルーフェですね」
聖女イリスのお姉さん──トゥルペ・エーデルワイスが、わたしに声をかけてきました。
その際に、トゥルペ公爵代理の耳飾りが凛と動いたのが見えます。
チューリップの耳飾り。
もしかして、チューリップが好きなのかな。
たぶんだけど、20代半ばくらいの人に見える。
アルラウネや聖女イリスよりも年上なせいか、大人の綺麗な女の人という感じがしました。
わたしは女騎士カタリーナさんに教えられたように、お辞儀をします。
「ルーフェです。今日はトゥルペ様とお会いできて、光栄です」
「獣耳族とは聞いていましたが、最低限の礼儀はできるようですね」
なんだか上から見られている気がする。
都会の貴族って怖い。
「ですが、あたくしはそんな獣耳族のお辞儀を見るためにあなたを呼んだのではありません。たしかに獣耳族と会うのは初めてなのでいろいろと聞きたいことはありますが、今日あなたをここに呼んだのはほかでもありません」
そう……わたしを公爵邸に呼んだ理由。
それがずっと、気になってた。
いったいなんで、わたしを連れてきたんだろう。
理由もわからずに呼ばれるのは怖いから、早く教えて欲しい。
そう思いながら、わたしはトゥルペ公爵代理から視線を外しました。
その時、やっとわたしは気が付きます。
この部屋の、異様な光景を──。
トゥルペ公爵代理は、両手を広げながらわたしに尋ねます。
「ですが、本題に入る前に是非ともお聞きしたいことがあります。獣耳族のあなたから見て、この部屋はどう見えますか?」
「…………絵がたくさんあって、すごいです………………」
そう──この部屋には、絵がいっぱい飾られていた。
壁の四方にぎっしり飾られている。
それだけの数があるのに、そこに描かれている人物は全部、同じ人でした。
──ア、アルラウネの顔がいっぱいある!!!!
部屋にある絵画は、すべて聖女イリスのものでした。
金髪の優しそうな女の人が、こちらに微笑みかけている。
幼少期から10代後半くらいまでの絵があるうえに、教会にいる絵、戦場でモンスターを倒す絵、人々を治癒する絵、街で民に祈られている絵。
他にも、家族のような人たちと一緒に描かれている絵もある。
その絵にはオレンジ色の髪の人も一緒に描かれているから、たぶんそれがトゥルペ公爵代理なんだと思う。
とにかく、全部が聖女イリスの絵。
こんなにたくさんの聖女イリスの絵は、『塔の街』の領主の館でも見たことがない。
え、なんでこんなに、聖女イリスの絵が飾ってあるの?
もしかしてこの人も、領主のマンフレートさんみたいに、聖女イリスの熱狂的ファンなの!?
「いかがかしら。あたくしのコレクションのご感想は?」
ど、どうしよう。
こういうとき、なんて答えればいいんだろう。
変なことを言ったら、怒られちゃいそうで怖い。
だって相手は、王様の次に偉い人の代理。
怒られたら、ものすごく怖いと思う。
でも、こういうときの返事を、わたしは勉強してこなかった。
わからないよ。
どうしたらいいと思う、アルラウネ?
だけど、どれだけ考えてもわからなかったので、わたしは正直に答えることにします。
「なんだか家を思い出すみたいで、落ち着きます」
アルラウネの森には、アルラウネの子どもたちがたくさん生えていた。
あれと比べれば、同じ顔の絵画が十や二十あるくらいじゃ、なんとも思わない。
だってアルラウネの森には、数えきれないくらいのアルラウネが住んでいるんだから。
わたし以外、全員が同じ顔のアルラウネに囲まれながら生活をしていたわたしにとっては、あまり驚くことではない。
しかも、聖女イリスはアルラウネとまったく同じ顔。
だからむしろ、アルラウネの森を思い出すみたいで、懐かしくなっちゃった。
「……………………」
わたしの返答を聞いたトゥルペ公爵代理が、プルプルと震えながら黙っています。
もしかしてわたし、変なこと言っちゃったかな?
おそるおそるトゥルペ公爵代理を見続けていると、バンッと机を叩きました。
え、怖いんだけど。
トゥルペ公爵代理は、わたしに視線を向けると、大声で叫びます。
「あなた…………最っっっっっっっっ高ですわね!!!!」
「!?」
「この部屋を見て、『落ち着く』と言ったのは、あなたが初めてでしてよ! えぇ、えぇ、そうなのです! この部屋は、あたくしのかわいい妹──聖女イリスちゃんを偲ぶために作った、安らぎの部屋なのですわ!」
「聖女イリスちゃん!?」
誰かが聖女イリスのことを呼ぶとき、みんな「イリス様」とか「聖女様」なんて言っていた。
でも、「イリスちゃん」と呼ぶ人は、初めて見た。
「獣耳族は蛮族だと思っていましたが、考えが変わりました。どうやらその辺の人間族よりも、見る目があるようですわね。褒めてつかわしますわ」
「ありがとうございます……」
よくわからないけど、これだけはわかった。
この人、変な人だ。
しかもめちゃくちゃ、聖女イリスが好きみたい。
「イリスちゃんはエーデルワイス公爵領の誇りであり、そしてあたくしたちエーデルワイス公爵家の自慢の娘でした。そんな子が、恐れ多くもあたくしの妹だなんて、その事実を知ったときはどれほど驚いたことか! えぇ、えぇ、そうなのですわ。あんなにかわいくて頑張り屋さんな妹を応援するために、あたくしは絵師にイリスちゃんの絵を描かせ続けて、気が付いたらこうなってしまったのです!」
「そ、そうなんですね」
ものすごい早口。
『塔の街』の領主マンフレートさんもそうだったけど、もしかして貴族って、みんな聖女イリスのことが好きなのかな?
だとしたら、貴族とは仲良くなれるかも。
わたしも聖女イリスのことは、嫌いじゃないから。
「ルーフェさんと言ったかしら? この部屋を見て家のように落ち着くなんて、あなたとは話が合いそうね。獣耳族でも、イリスちゃんことは知れ渡っているのかしら?」
「……たぶん?」
「えぇ、えぇ、そういうことなのですね。獣耳族でも、ルーフェさんのようにイリスちゃんの素晴らしさを知っている者は少ないと。あなたは、そう言いたいのですわね?」
「……はい」
「さすがは大量の聖蜜を運んだ凄腕の商人、センスがありますわね。それでいて、あたくしはとっても気になるのですが、ルーフェさんはイリスちゃんのどこがお好みなのかしら?」
「…………顔、です」
だって、アルラウネとまったく同じ顔だから。
それだけで、親近感が湧いてしまう。
「えぇ、えぇ、あなた、素晴らしいですわ! イリスちゃんのお顔はお母さま似なのですが、とってもかわいらしいのに、聖女の衣装を着るとさらに華やかになって凛とした佇まいをしているのです! あのお姿を初めて目にしたときなんて、あたくし嬉しくて涙を流してしまったものですもの。そんなイリスちゃんとあたくしは半分だけ血が繋がっているせいか、似ているところもございます。鏡をみるたびに自分の顔を見てうっとりとしてしまったことは一度や二度ではありませんわ。だから、ルーフェさんの気持ち、とってもわかりますわ」
「…………はい」
すごい。
わたしがひと言しゃべったら、それが10倍くらいになって返ってくる。
こんな人、はじめて。
「ルーフェさん、このあとお時間よろしくて? あたくしと一緒にお茶を飲みましょう。えぇ、えぇ、そうするべきですわ」
「……わかりました」
こんなに聖女イリスのことが好きなひとなら、女騎士カタリーナさんより聖女イリスについて詳しいかもしれない。
だから、アルラウネと聖女イリスの関係を、この人なら知ってるかも!
「コホン。それで本題なのですが、ルーフェさん。あなたのことは調べさせていただきました」
「…………え?」
「『塔の街』で蜜売りをしながら生計を立てていたようですね。マンフレート辺境伯とも懇意にしているようで、街では天使だと呼ばれていたとか。普段はフードで頭を隠していたようですが、それは自分の正体が獣耳族だということを知られないようにしていたということですね。空を飛ぶことができるのも、獣耳族の恵まれた身体能力で跳んでいただけでしょう。そして森でモンスターと暮らしていたようですが、獣耳族だから森が恋しかった、というところかしら」
わたしがこの街に来たのは、昨日。
それなのに、なんでそんなことまで知っているの?
こわい。
魔女王キルケーとは違った意味で、なんだか恐ろしい。
「驚いているようですね。我が公爵家の情報網を侮ってもらっては困ります」
公爵家の情報網、こわい。
わたしのこと、どこまで知ってるんだろう。
「足が動かない妹のために働いているという証言も入手しました。このエーデルワイスの街にも足の不自由な妹がいるようですし、同一人物でしょう。そしてなにより、ルーフェさんと仲が良いという噂の、アルラウネの森の紅花姫アルラウネのことが気になります。情報によればそのアルラウネは森に無数に生息しており、どれもみんな同じ顔をしているとか。間違いありませんか、ルーフェさん?」
「は、はい」
トゥルペ公爵代理は、なんでそんなことを聞いてくるんだろう。
もしかして、アルラウネの顔が聖女イリスに似ているってことを、この人は知ってるんじゃ……?
そんなわたしの予想は、的中してしまいました。
トゥルペ公爵代理が、机に伏せてあった一枚の絵画をわたしに見せてきます。
「このアルラウネ、とても良い顔をしているのね。あたくしの好みですわ」
「そ、その絵は!?」
「これはマンフレート・トゥルムブルク辺境伯がエーデルワイスに立ち寄った際に、あたくしが譲り受けた物ですの。あたくし、この絵を見たとき、ひと目で気に入ってしまいましたわ!」
女騎士カタリーナさんによって、机の上に金貨が並べられていきます。
聖蜜の樽30個分と、同じくらいの量の金貨です。
トゥルペ公爵代理は金貨の山を見せながら、わたしにこう言います。
「それでお願いなのですが、そのアルラウネを一匹、わたくしに売ってくださいませんか?」
次回、魔女っこ、はじめての公爵邸訪問 その4です。