日誌 魔女っこ、はじめての公爵邸訪問
魔女っこ視点です。
わたしの名前はルーフェ。
アルラウネたちと一緒に王都へ旅行している最中に、エーデルワイスという大きな街に着きました。
この街は、わたしがこれまで見てきたどの街よりも大きい。
どこを見ても人ばかりだし、建物は大きくて立派。
わたしが育った村の何百倍も大きかった『塔の街』が小さく思えてしまうくらい、このエーデルワイスという街は大きくて賑やか。
そんなエーデルワイスの街に来るのを、わたしは楽しみにしていた。
なぜならここは、聖女イリスが生まれた街だから。
『塔の街』で悪魔のネビロスさんからそう教えてもらったときから、ずっと行きたいと思っていた場所だった。
しかもこの街は、魔王軍が聖女イリスの弱みを握るために何度も襲撃したけど、すべて返り討ちにあって失敗した街でもあるとネビロスさんは言っていた。
魔王軍も一目を置く場所だということを知って、余計にこの街が特別だと感じてしまう。
エーデルワイスは、聖女イリスの故郷。
そしてわたしが聖女イリスのことが気になっているのは、アルラウネが理由です。
聖女イリスは、アルラウネとなにか関係がある。
なんで森生まれ森育ちのアルラウネが、聖女イリスほどの有名人と関係があるのかまったくわからないけど、それでも二人には似ている部分があった。
顔が、似ている。
わたしは聖女イリスの顔を直接見たことはないけど、『塔の街』の領主の館で聖女イリスの絵画を見たことがある。
たしかに、アルラウネとそっくりだった。
他のみんなも、同じことを言っている。
アルラウネの薄緑色の髪を、薄い金色に変えたら、聖女イリスの絵画とそっくりになる。
でも、それ以外はまったく似ているところがない。
聖女イリスの下半身は植物ではなかったみたいだし、口から蜜も出ない。
服もちゃんと着ていて、アルラウネのように蔓で体を隠したりしない。
そして聖女イリスは誰もが憧れるお姉さんなのに対して、アルラウネはまだ子どもでおっちょこちょいなところがある。
顔以外は、まるで別人。
だからこそ、気になる。
──なんでアルラウネの顔は、聖女イリスとそっくりなの?
その理由を知るために、わたしはエーデルワイスに来た。
そのためにも、聖女イリスの実家であるエーデルワイス公爵家に行きたい。
聖女イリスの姉である、エーデルワイス公爵代理と会ってみたい。
そんなことを『ピルツ商会』で話してみたんだけど、よくわからないけどさっそくそれが叶うことになる。
朝起きたら、宿の部屋にエーデルワイス公爵代理の使者が訪ねてきた。
エーデルワイス公爵代理から招待されたようです。
わたし、これから聖女イリスのお姉さんに会えるみたい。
わたしは喜びながら、使者の人を見返します。
でもその時、わたしは気付いてしまった。
招待状を持ってきたエーデルワイス公爵代理の使者が、アルラウネの顔を見てぎょっと驚いていることに。
アルラウネはマントを被りながらトレントの頭の上に乗って、人間のフリをしています。
顔は出ているけど体は隠しているから、知らない人が見たら人間の子どもにしか見えないはず。
それなのに、使者の人はアルラウネを見て明らかに驚いているようでした。
──もしかして、アルラウネがモンスターだってバレちゃった?
心臓が高鳴るのがわかる。
でもアルラウネの顔を見たら、わたしはもっと困惑してしまいました。
アルラウネも使者の人の顔を見て、信じられないものを見たかのように驚いていた。
じーっと見つめ合う二人。
もしかしてあなたたち、知り合い?
ううん。
一瞬そんなことを思っちゃったけど、それはありえない。
だってわたしとアルラウネは、エーデルワイスに初めてきたんだから。
使者の人はコホンと咳払いをしてから、「外に馬車が用意してあります。ついて来てください」と、わたしを先導します。
宿を出ると、見たこともないくらい豪華な馬車が止まっていました。
大きさはウッドホースゴーレムの馬車よりも小さいけど、お貴族様が乗るような品のある馬車でした。
わたしが馬車に乗り込もうとすると、使者がアルラウネに待ったをかけます。
「公爵邸へはルーフェ殿しか呼ばれておりません。妹殿は宿でお待ちください」
アルラウネの表情が、悲しそうに萎んでいくのがわかります。
口をパクパクとさせて抗議しようとしているけど、言葉が出ないのかそのまま黙ってしまいました。
そういえば、アルラウネも聖女イリスの実家に行ってみたそうだった。
アルラウネだけお留守番させるのはかわいそうだし、どうにかしてあげたい。
使者の人にお願いをすれば、なんとかなるかな。
「あの子はわたしの大切な妹。一緒じゃないとイヤ」
「そうは申されましても、公爵代理は貴族です。子どもを同席させることはできませんし、そもそも公爵代理が招待していない者を公爵邸に招くわけにはいきません」
「でも、わたしも子ども──」
「おかしいですね。ルーフェ様は20歳だとお聞きしましたが?」
「そうだった。わたし、20歳なんです」
ごめんね、アルラウネ。
子どもはダメなんだって。
アルラウネはまだ子ども。
生まれてからまだ3年しか経っていないんだから、当然だよね。
13歳であるわたしくらい立派なお姉さんになるまで、我慢してね。
それでもアルラウネは現実を受け入れられないみたいで、ぎゃーぎゃー駄々をこね始めました。
わたしはアルラウネのお姉さんなんだから、こういう時はちゃんと妹のしつけをしないと。
使者の人に聞こえないよう、アルラウネに近付いて小さな声で話しかけます。
「アルラウネはお留守番。いい、わかった?」
「…………うん」
宿にはアルラウネ以外にも、トレントと妖精のキーリがいる。アルラウネの子どものマンドレイクだっている。
みんな一緒だから、寂しくはないはずだよね。
アルラウネとの別れ際に、しょんぼりしているアルラウネの頭を撫でてあげました。
この世の絶望を感じているように絶句をしているアルラウネを宿に残して、わたしは使者の人と一緒に馬車で移動します。
馬車の中では、わたしと使者の人が向かい合って座っていました。
二人きりになったからなのか、使者の人がわたしに話しかけてきます。
「我が名はカタリーナ・カーン。エーデルワイス公爵家に仕える騎士です」
使者の人は、騎士のような格好をしている大人の女の人でした。
騎士みたいとは思っていたけど、本当に騎士だったみたい。
「わたしはルーフェ。今日はよろしくお願いします」
「ルーフェ殿はどう見ても未成年にしか見えませんが、獣耳族は童顔の種族だから子どもに見えても実は成人していると『ピルツ商会』の者から聞きました。念のため、獣耳族である証をお見せてしてくれませんか?」
「…………わたしは獣耳族のルーフェで間違いない。これがその証拠」
フードを脱いで、頭をカタリーナさんに見せつけます。
変身魔法で作り出したネコ耳が、私の頭から生えていました。
どういうわけか、わたしは獣耳族のフリをしなければいけなくなってしまった。
いまだになんでそうなってしまったのか理解できない。
獣耳族のフリって、いつまでやらないといけないの?
そんなわたしのネコ耳を目にしたカタリーナさんが、パアッと笑顔になります。
「ほ、本物のネコ耳だぁ! 初めて見た……触りたい」
「……………………触る?」
「!? い、いえいえ、私は職務中の身です。お客様であるルーフェ殿の耳を触るなどできません!」
「……わたしは気にしないけど?」
「ルーフェ殿、ご容赦を。公爵代理に叱られてしまいます!」
残念。
ネコ耳をカタリーナさんに触らせてあげれば、わたしの頼みを聞いてもらえると思ったのに。
恥ずかしそうにわたしのネコ耳をチラ見するカタリーナさんは、この場の空気を変えようとしているのか、こんなことを質問してきます。
「つかぬ事お伺いしますが、先ほどいらしたルーフェ殿の妹さん…………あの方は、ルーフェ殿の実の妹君なのでしょうか?」
「あの子は、わたしの妹。それは間違いない」
「なら、妹さんも獣耳族なのですか? 獣耳はないようでしたが……」
しまった。
わたしが獣耳族ってことになっちゃってるから、アルラウネも獣耳族ってことになっちゃうんだ。
アルラウネの頭にネコ耳はない。
どうしよう?
その時、良いことを思いつきます。
昨日覚えたばかりの、あの言葉を使えばいいんだ。
「わたしの妹は私生児。お父さんは一緒だけど、お母さんは違う。だから獣耳がない」
「そ、それは! 妹さんのお母上は、人間族だということですか!?」
カタリーナさんは立ち上がりながら、わたしにそう叫びます。
しかも馬車の中で立ち上がったせいで、勢い余って天井に頭をぶつけて「いたいっ」と頭を押さえました。
困った。
なんだかめんどくさいことになった気がする。
カタリーナさんは、頭を押さえながら続けます。
「もしや妹さんのお母上の髪は、金色ではありませんでしたか!?」
「金色? ううん。妹のお母さんは知らない」
「そうですか……」
なんでこの人は、アルラウネのお母さんのことが気になっているんだろう。
でも、待って。
アルラウネのお母さんって、誰?
植物モンスターだから、お母さんも植物モンスターのアルラウネだったはず。
でも植物って、人間とは違って両親とかいなそう。
だけどアルラウネは、自分の子どもであるアルラウネをたくさん生んでいる。
ならアルラウネのお母さんも、そうやってアルラウネを生んだの?
あの森に他のアルラウネはいなかったはずだけど、お母さんアルラウネはいったいどこにいったの?
うーん。わからない。
植物の生態って、難しい。
よくわかんないから、今度アルラウネに聞いてみよう。
でもその前に、もうひとつの疑問をカタリーナさんに尋ねます。
「なんでわたしの妹のことが気になるの?」
「…………私は現在、公爵代理のトゥルペ様の護衛騎士をしております。ですがそれよりも前は、トゥルペ様の妹様の護衛騎士をしていたのです」
「それってもしかして、聖女イリス?」
「はい。イリス様が聖女と呼ばれるまでの数年間、ずっとお仕えしておりました」
驚いた。
この人も、聖女イリスと会ったことがあるんだ。
しかも護衛騎士をやってたくらいだから、聖女イリスに詳しいのかもしれない。
だから、つい聞きたくなってしまう。
「教えて。聖女イリスはどんな人だったの?」
「イリス様はひと言で表せば、天才です。光魔法の申し子のような方で、光の女神セレネ様のようにお優しく、初代聖女ネメア様の生まれ変わりだと讃えられ、エーデルワイス公爵領の民の誇りでした」
カタリーナさんが、懐かしそうに聖女イリスについて語ります。
顔を見ればわかる。
この人も、聖女イリスを慕っていたみたい。
「私がイリス様にお仕えしていたのは、イリス様が5歳から11歳の間──イリス様が正式に聖女となって国直属の護衛が付くまでの数年間でした」
「聖女イリスの子どもの頃を知ってるんだ」
「もちろんです! ああ、懐かしい……イリス様の幼い頃は、それはそれは天使のように可愛らしいお方でした!」
思ってた以上に、このカタリーナさんは聖女イリスと面識があったみたい。
しかも、かなりの好印象。
この人なら、ネコ耳を触らせなくても、いろいろと教えてくれるかもしれない。
だからわたしは、一歩踏み込んでみることにします。
「見た目は…………聖女イリスの外見は、どんな感じだったの?」
その瞬間、カタリーナさんの雰囲気が変わりました。
それまで大切な思い出を懐かしんでうっとりしていたはずのカタリーナさんが、急に真面目な顔つきになって応えます。
「イリス様のお姿…………それは」
カタリーナさんが、わたしの目を見ながらこう告げます。
「ルーフェ殿の妹さんの顔────イリス様の幼少期のお顔は、まさにルーフェ殿の妹さんのようなお姿でした」
次回、魔女っこ、はじめての公爵邸訪問 その2です。