291 マンティコアゴロシの実
私は獣鬼マンタイガーの口内に、テッポウウリマシンガンでライオンゴロシの実を発射していきます。
すぐさま獣鬼マンタイガーの口は、ライオンゴロシだらけになりました。
「私から、あなたへの、プレゼントですよ」
「ぐっ、こんな種、すぐに取れば問題──い、痛っ! 引っかかって、取れないだと!?」
獣鬼マンタイガーは口についたライオンゴロシの実を取ろうと引っ張るけど、どうしても取れないみたい。
それもそのはず、ライオンゴロシの実はそう簡単には取れないんだよね。
太いトゲには釣り針のような「かえし」がついているので、一度刺さると簡単には取れないのがライオンゴロシです。
このライオンゴロシという植物の実は、ライオンのような強者にとっても、ある意味で天敵のような植物なんだよね。
というのも、地面に落ちているライオンゴロシの実をライオンが踏んで手足に食い込ませることで、この植物の攻撃は始まります。
歩くたびにかえりの針によって深く食い込んでしまったライオンゴロシの実を、ライオンは口を使って外そうとする。
でも、それこそが罠。
今度はライオンの口にライオンゴロシのトゲがザクザクと刺さってしまい、さらに抜けなくなってしまいます。
そうして体力が削られ、食べることも歩くこともできなくなったライオンは、やがてライオンゴロシの実を踏んだことで餓死してしまう。
そういった由来から、ライオンゴロシという名前がついたそうです。
最強の動物としてよく話題になるライオンだけど、植物に負けることもある。
しかもそのライオンを利用して実は種を遠くまで運ばせる──植物って、意外に狡猾だよね。
「取れないなら、獣王の咆哮で吹き飛ばせばいいだけだッ!」
再び、獣鬼マンタイガーの口元に魔力が集中します。
ライオンゴロシごと、私に攻撃しようとしているみたいだね。
でも、無駄ですよ。
「そのライオンゴロシは、特別製って、言いましたよね?」
「な、なんだこの植物は!? オレ様の魔力を吸い取っているぞ!?!?」
そのライオンゴロシは、ただのライオンゴロシじゃない。
精霊の力である「生命力吸収」を込めた、魔力吸収効果持ちのライオンゴロシなのだ。
前に、魔女王キルケーの右目に植え付けた魔力を養分とするあのヤドリギと同じ効果だね。
ライオンゴロシの刺さったトゲから、獣鬼マンタイガーの魔力をすい取っているのだ。
だから口内に魔力を貯めて獣王の咆哮を発射しようとしても、無意味ですよ。
むしろその魔力は、全部いただいちゃいますから。
「オレ様の魔力が、吸い取られていく……!?」
「そのライオンゴロシは、魔力を吸収するよう、品種改良して、あります。そして、その魔力を養分として、実はどんどんと、巨大化していく」
生命力吸収によって、獣鬼マンタイガーの魔力はライオンゴロシへと取り込まれてしまった。
その魔力を栄養として、ライオンゴロシはさらに大きくなる。
伸びたライオンゴロシのトゲは、獣鬼マンタイガーの肌を突き破り、肉をえぐる。
栄養によって成長したライオンゴロシの実は、形を大きく変えてマンティコアゴロシの実になったのだ。
徐々に巨大化するライオンゴロシによって苦悶な表情となった獣鬼マンタイガーが、必死に声を出す
「この植物……と、取れない…………取って、くれぇ」
「嫌ですよ。あなたは、キーリを、食べようと、しましたから」
あと、獣耳族も。
きっと私が知らないだけで、数多くの獣耳族たちが獣鬼マンタイガーの犠牲になっているのでしょう。
そんな極悪人を、このまま許すことはできない。
ちなみにこのライオンゴロシは、私の妹分であるアマゾネストレントがどこからか拾ってきたものです。
ドリュアデスの森近くにライオンゴロシが生えていそうな場所はないはずなんだけど、いったいどこで見つけてきたんだろうね。
そういえばアマゾネストレントを森の外で待たせているんだった。
長居をするのは可哀そうだから、さっさと終わらせちゃいましょうか。
「獣鬼マンタイガーさん。私の仲間を、食べようとした、あなたを、許しません。その報いは、償ってもらい、ますよ」
「妖精を食ったところで、誰も困らないだろうがッ! 獣耳族だってそうだ、奴隷であるあいつらは、オレ様に食われて当然の存在だッ!」
「あなたは……誰かに食べられた、経験がないから、そう言えるんですね」
でも、私にはある。
聖女イリスとして後輩の聖女見習いに裏切られた私は、四肢を切られて植物モンスターに食われた。
蔓で体を引っ張られ、巨大な植物モンスターの口に引きずられていったときの恐怖は、いまでも思い出せる。
まあいまは、私がそっち側になっちゃったんだけどね。
だからこそ、あのときの私と同じ気持ちを味わわせてあげましょう。
「獣鬼マンタイガーさん。あなたは自分が、捕食者の立場だと、思っているようですが、甘いですよ。森にはとっても怖い、植物がいるん、ですから」
私は地面に蔓を挿し込み、地下に広がる私の根っこ──アルラウネネットワークに接続します。
そこから養分を吸収し、植物生成を行う。
次の瞬間、大テントの屋根が破れます。
テント内に、大きな影がかかりました。
「な、なんだあの植物の化け物はッ!?」
「化け物だなんて、酷いですね。私のかわいい、ハエトリソウ、ですよ」
大テントの外に、塔のように巨大なハエトリソウを生やしました。
鉢植えアルラウネになっている私は、子どもサイズになっているからね。
いまの私の下の口の大きさで獣鬼マンタイガーは入らないので、代わりの口です。
「デカいといっても、しょせんは植物! 植物なんかに、オレ様が負けるわけ──」
「これから、食事なんですから、暴れないで、ください、ね」
地面から大量の黄色い寄生根を伸ばし、獣鬼マンタイガーの体を突き刺します。
ネナシカズラは「黄色い吸血鬼」の異名を持つ寄生植物。
それを百本以上、体中のいたるところに挿し込んでやりました。
全身から栄養分を吸い取られていく獣鬼マンタイガーはすぐにしなしなになり、完全に無力化されます。
あとは、いただくだけだね。
「……こ、これが、魔王軍四天王を撃破したアルラウネの力……こんなことなら、もっと離れた場所で、野営をするんだった…………」
「森の外れだからと、安心していた、みたいですが、残念でしたね。この森だけでなく、この地域一帯は、すべて私の、テリトリー下に、あるんですよ」
巨大ハエトリソウが、大テントの中に顔を降ろします。
そして大きく開いた二枚の葉が、獣鬼マンタイガーをパクリと捕食する。
「しょ、植物なんかに、このオレ様が……アガッ…………」
そのまま巨大ハエトリソウを、地中の中に戻します。
あとはゆっくり、地面の中で消化すればいい。
「植物に食べられる、怖さを、身をもって、体験してください」
徐々に溶かされていくあの感覚。
めちゃくちゃ、怖いんだから。
さて、これで厄介者はいなくなったね。
キーリも助けたことだし、あとはマンドレイクを回収すれば終わり。
「あ……でも、ルーフェが、気絶しているん、だっけ」
視線を大テント内へと戻します。
すると、獣耳族のお姫様であるカッツェさんが、目をキラキラと輝かせながら私のことを見ていました。
「も、もしかしてあなたさまは……魔王軍四天王である獣王マルティコラスを撃破した、あの紅花姫アルラウネさまですかニャ!?」
「そうですね。たしかに、そのアルラウネは、私のことです」
「ま、まさか紅花姫アルラウネさまだったとは露知らず……これまでのご無礼をお許しくださいニャ!」
そう言うと、カッツェさんは私に向かって平伏しました。
しかも彼女だけでなく、大テントの外からやって来た獣耳族たちみんなが私に向かって頭を下げ出します。
これ、いったいどういうこと?
「獣耳族の宿敵である獣王を倒した紅花姫アルラウネさまのことを知らない獣耳族はいないニャ!」
獣耳族は祖国を獣王に滅ぼされ、何百年も獣王たちから虐げられてきた。
そんな長年の宿敵である獣王を倒した私は、知らないうちに獣耳族から英雄視されていたみたい。
「ですが、紅花姫アルラウネさまはもっと大きいお方だと聞いていたのですがニャ……」
「私、大きさは、自由に変えられる、からね」
獣鬼マンタイガーも、それで私をあのアルラウネだと認識できていなかった。
でも見た目に騙されると痛い目にあうのは、自然界ではよくあることだから許してね。
カッツェさんたちは、両手を挙げて喜びながら話します。
「獣鬼マンタイガーがやられたいま、獣人たちのリーダーはいなくなったニャ。獣耳族は、やっと自由になるニャ!」
「それじゃ、これから、国に帰るの?」
「母国は何百年も前に、滅んだニャ。だからニャーたちが帰る場所は、もうないんだニャ……」
そのため、獣耳族たちは獣鬼マンタイガーに連れられて奴隷のように過ごしていたようです。
「ニャーたちに行く場所は、この世界にどこにもないんだニャ……」
「……それなら、うちの森に住む?」
大きくなったいまのアルラウネの森には、獣耳族を受け入れる土壌がある。
この野営地にいた獣耳族は百人程度のはず。
それくらいなら、森に住まわせても問題ないよね。
「い、いいのですかニャ?」
「土地は空いている、からね。そのかわり、私の仕事を手伝って、くれるならだけど」
「しますニャ! 是非とも、手伝わせてほしいニャ!」
とはいえ、私の仕事は森の管理と、聖蜜などの商品の販売準備くらいしかない。
それだけだとすぐに暇になっちゃいそうだから、人手が増えたことだし、この際なにか新しい事業を考えてもいいかもね。
あとは塔の街で仕事があれば、斡旋してあげようかな。
こうして獣耳族は、アルラウネの森の一員となりました。
森が広がりすぎて管理する人材が欲しいと思っていたから、ちょうど良かったかも。
実際、ここに獣耳族の野営地があることに、私は気づかなかったわけだし。
万歳をする獣耳族たちだが、その一方で獣鬼マンタイガーとの戦闘で負傷者がたくさん転がっている。
まだ息はあるみたいだから、助けてあげないとね。
「親交の証に、私の蜜をあげます。これを飲めば、すぐに傷は、治りますよ」
「あ、ありがとうだニャ! さあみんな、聖蜜を飲むニャ!」
悪行を働いていた獣鬼マンタイガーを倒した。
獣耳族たちの移住先も決まった。
あとは馬車に戻って、旅を再開するのみ。
「でもその前に、この獣人たち……どうしよう?」
大テントの中には、マンドレイクの叫び声を聞いて気絶したままの獣人たちが大勢残っている。
彼らは獣鬼マンタイガーの部下とはいえ、このままパクリとしてしまうのはさすがに可哀そう。
目を覚ましたら、大人しく家に帰ってくれないかな?
そのとき、地面が小さく揺れます。
ドスンドスンと、何者かがこちらに近付いてくるのを感じる。
「もしかして新手?」
外に残っていた獣人が、異変に気付いたのかもしれない。
私は蔓を出して警戒しながら、大テントの入り口へと視線を向けます。
次の瞬間、テントの入り口が黒いモサモサの毛に覆われました。
そのままテントの上の部分をビリビリと破りながら、何者かが中へと侵入してくる。
「お、遅くなったクマ! でも迷子の獣耳族の子どもを探しに出かけていたから、許して欲しいクマ!」
外から現れたのは、巨大な熊──ではなく、クマ獣人でした。
それにしても大きい。
クマパパまでとはいかずとも、獣人たちの中では人一倍背が高いね。
クマ獣人は、自分の肩に獣耳族の子どもを乗せています。
しかもその子どもは、熊獣人に懐いているみたいで、「おじたんありがと」なんて言っている。
クマ獣人も満更ではない様子で、恥ずかしそうに「人助けをするのは当たり前だクマ」なんて答えていました。なんだか仲が良さそうだね。
「あれ、獣鬼様がいないクマ? それにみんな倒れてどうしたクマ……ん、この香りは!?」
熊獣人の鼻がピクピクと動く。
そして私のほうへとドスンドスンと近づくと、頭を屈めながらこう言います。
「この甘い香りは……聖蜜クマ!? た、食べたい……我慢できないクマぁ」
やはり熊獣人とはいえ、クマパパと一緒。
もしかしてクマは、私の蜜をペロペロしようとする変態しかいないの?
でも、このクマ獣人は違った。
私をペロペロするどころか、予想外の言葉を投げかけてきたのです。
ライオンゴロシ:ゴマ科で、南アフリカの乾燥地の砂地に生息する植物。果実には四方に伸びた太いトゲがあり、その先端に太く短い「かえし」がついています。英語では「悪魔のかぎづめ」と呼ばれているそうです。
次回、聖蜜大好きクマ獣人さんです。