妖記 妖精を捕まえるとは良い度胸ね
妖精のキーリ視点です。
あたしの名前はキーリ。
これでも、とっても偉い妖精なのよ!
でも、屈辱だわ。
アルラウネと一緒に盗賊と獣耳族の様子を眺めていたら、背後から忍び寄る第三者に気が付かなかったの。
獣耳族の猫は生粋の盗賊で、忍び足が得意とは聞いていたけど本当だったのね。
だけど獣耳族ごとき、大妖精として名高いあたしの相手じゃない。
そう思っていたのに──。
「妖精専用の捕獲籠なんて、聞いてないんだけど!」
鳥籠みたいな小さな檻に捕まったみたい。
高貴な妖精であるこのあたしを鳥類と同待遇に扱うなんて、良い度胸ね。
しかもこの籠、普通の籠じゃない。
あたしの魔法を以てしても破壊できない、特注品みたい。
なんでこんな珍しい妖精籠を、獣耳族が持ってるのか意味わかんないわね。
あたしを誘拐した獣耳族の猫たちは、森の中へと進んでいった。
そして信じられないことに、森の中に獣耳族の集落があったの。
ムッとしたあたしは、鳥籠を運んでいる猫耳女をにらみつける。
「なに勝手に森に住みついてるのよ! ここはアルラウネさまとあたしの森なんだから、住むなら住むで家賃を寄越しなさいよね!」
「にゃんにゃんだ、この妖精。妖精籠に入れたのに、にゃんでまだ意識があるのニャ……?」
「ふんっ。あたしをその辺の妖精と一緒にしてもらったら困るんだけど。あたしはただの花の妖精じゃない、大妖精なのよ!」
「この妖精、うるさいニャ……静かにして欲しいニャ…………」
どうやらあたしと一緒に、マンドレイクもこの泥棒猫に捕まっちゃったみたい。
だけど、変よね。
たかが獣耳族ごときが、妖精とマンドレイクを誘拐するなんて聞いたことない。
あの馬車には、いま絶賛値上がり中の聖蜜がたくさん積んであったのに。
「泥棒猫、あたしたちをどうするつもりよ?」
「妖精は獣鬼様に献上するにゃ。マンドレイクは……秘密ニャ」
「獣鬼様!? もしかしてそれ、魔王軍の獣鬼マンタイガーのこと?」
魔王軍四天王の一人、獣王マルティコラス。
その兄である獣鬼マンタイガーは、獣王マルティコラスよりも苛烈で残忍だって噂。
その悪逆非道な行いから、魔王軍四天王に任命されることはなく、代わりに弟である獣王マルティコラスが四天王になったって話だったはず。
そんな恐ろしい魔族が、なんでこの森にいるの?
魔王軍が人間の国の王都を襲おうとしているってアルラウネから聞いていたけど、もしかしてそれが理由?
それならそれで、あたしたちの森でゆっくり休んでなんかいないで、さっさと人間の街でも襲いに行きなさいよね!
あたしが妖精籠の中で暴れていると、泥棒猫が不思議な行動を始めた。
なぜか突然、マンドレイクの鉢植えに花を植えだしたの!
「おい、そこの泥棒猫! うちのマンドレイクになにしてんのさー!」
「にゃにゃ!? ちょ、ちょっとインテリアにしようと思ったから、花を活けて華やかにしているだけニャ……」
「マンドレイクをインテリアにねー。あんた、変わってるわね」
鉢植えに花を活けすぎたせいで、根本にあるマンドレイクが隠れちゃってる。
あれじゃ、わざわざマンドレイクの鉢植えを選ぶ意味がないんじゃないの?
「これで準備はばっちりニャ。さあ、獣鬼様のところに行くニャ」
泥棒猫はあたしとマンドレイクを持ちながら、集落の一番奥の大きなテントへと移動する。
しかもこのテント、獣耳族たちよりも獣臭い──。
これは、獣人の匂いね。
テントの中に入ると、多種多様な獣人たちがこちらを待ち構えていた。
狼に虎、猿に猪などの顔を持つ人型の魔族たちが大勢いる。
そんな彼らの一番奥に、玉座のような椅子に偉そうにふんぞり返る大柄の魔族がいた。
人型の獅子のような姿をしているその男は、人面のライオンのような顔をしている。
目は濃い群青、体は真っ赤な血の色をしていて、コウモリの翼を持ち、尾はサソリ。
前に見たことのある、魔王軍四天王の獣王マルティコラスにそっくり。
つまりこの獅子男こそが、かの獣王の兄である獣鬼マンタイガーってわけね。
そんな獣鬼へ向けて、泥棒猫が恭しく頭を下げる。
「獣鬼マンタイガー様、カッツェが参上いたしましたニャ」
この泥棒猫の名前はカッツェっていうみたい。
その名前、どこかで聞いたことがあるわね。
たしか大陸西部にあった獣耳族の国の王族が、そんな名前だったような気がするけど。
「カッツェか。聖蜜の運搬はしっかりやり遂げたんだろなァ!?」
「は、はいニャ! 塔の街から、しっかり聖蜜を盗んできましたニャ!」
泥棒猫は、妖精とマンドレイクだけじゃない。
聖蜜泥棒でもあったってわけね。
そんなの、文句を言わないと、あたしの気が済まないんだけど!
「ちょっと、聖蜜を盗んだって、どういうことよ! あの聖蜜は、アルラウネさまの大切な蜜なんだからね!」
「…………カッツェ、なんだその妖精は?」
獣鬼マンタイガーが、ギロリとあたしを睨む。
視線だけで人を殺してしまいそうな狂気が籠っていて、周囲の獣人や泥棒猫が身震いするのがわかる。
だけど、あたしには効かない。
だってあたしは、ただの妖精じゃないんだから!
「この大妖精キーリさまを誘拐するとは良い度胸ね。あたしをこんなところに連れてきて、どうするつもりよ!」
「そりゃ……食うんだよ、妖精をなァ」
「え……?」
妖精を、食う?
このあたしを?
獣鬼マンタイガーは酒が入った大瓶を飲み干すと、そのままガラス製の瓶をバリバリと噛み砕く。
なんでも食べるとは聞いていたけど、まさかここまで見境がないなんて信じられない。
「人間も美味いが、それよりも妖精は極上だァ。それでいて人間の数百人分の
力を得ることができる。オレ様はなァ、食えば食うだけ強くなるんだよォ」
なにそれ。
そんなの、アルラウネみたいじゃない!
「わざわざ宰相閣下から特別製の妖精籠を頂戴したかいがあったってもんだなァ。お前を食ってさらに力をつければ、オレ様が魔王軍四天王になることは確定ってもんだァ」
間違いない。
この獣鬼は、妖精を食べたことがある。
「ゆ、許せない……あんた、あたしの仲間を、食べたのね!」
「妖精なんて、森で花や植物を愛でているだけの無能だろうがァ。オレ様が食ってやったほうが、世の役に立つってもんよォ!」
獣王マルティコラスと獣鬼マンタイガーは、かつて何か国もの人間の国を滅ぼし、そこに住む人々をすべて虐殺したうえに、自分たちの餌にしたという。
なんて恐ろしい魔族なんだろうって思ってたけど、それ以上の感想は浮かばなかった。
だって妖精であるあたしは、人間とは関係ない。
そう思っていたけど──妖精にまで手をつけているのなら話は別。
このことを、女神の森にいるディアナ様が知ったらどうなるか。
いくら温厚なあの方でも、さぞ悲しむはず。
すべての妖精は、あたしの同胞であり、そして弟妹でもある。
こいつだけは、あたしが絶対に許さない……!
妖精籠で暴れるあたしを面白そうに鑑賞する獣鬼マンタイガーに、泥棒猫が両手を揉み合わせながら声をかける。
「それで獣鬼様、こちらの妖精と、聖蜜の樽と、あとこのインテリアの花を献上いたしますニャ」
「インテリア? そんなのいつオレ様が欲しいと言ったァ!?」
「このテントは殺風景すぎますニャ。きっと室内が華やかになると思いまして…………ほら、ここに飾っておきますニャ」
泥棒猫が、マンドレイクの鉢植えを端の方に置く。
やっぱり所詮は猫──室内にマンドレイクを置いておくなんて、正気じゃないわ。
あのマンドレイクの悲鳴は、妖精であるあたしだって耐えられなくて気絶するくらいなんだから。
獣鬼マンタイガーは、聖蜜の樽を覗き込みながら、上機嫌で笑い出す。
「これだけの聖蜜があれば、いくら傷を負ってもすぐに回復できる。我が軍は、最強の軍団になる──宰相閣下も、さぞお喜びになることだろうォ!」
「そ、それは良かったニャ。それで申し上げにくいのですが…………これだけ献上したのですニャ。そろそろ人質を解放してくれませんかニャ?」
「ハッ! これくらいで解放するわけねェだろォが! ガルデーニア王国の王都を滅ぼしたら、約束通り解放してやるよォ」
どうやら泥棒猫たちは、獣鬼マンタイガーに人質を取られているみたい。
だから獣人の言いなりになっていたわけね。
それでも、あたしを誘拐して良いってことにはならないけど。
獣鬼マンタイガーはペロリと聖蜜を舐めると、頬を紅く染める。
「この甘くて蕩けるような蜜、最ッ高だぜェ! アルラウネの蜜ってのが信じられねぇなァ」
ゴブゴブと聖蜜を飲みだす獣鬼。
見たところ、すでに病みつきになっているみたい。
「オレ様のバカな弟はなァ、どこかのアルラウネに負けたって話だァ。世の中にはこんなに美味い蜜を出すアルラウネもいるのに、情けない弟だぜェ」
ガッハッハッハと、部下の獣人たちが笑い出す。
どうやらこいつら、それが同じアルラウネだって知らないみたいね。
なら、一つ忠告をしてあげましょうか。
「ふんっ! あたしを解放しないとどうなるか知ってる? その獣王を倒したってアルラウネが、あたしを助けに来てくれるんだから!」
「ハッ、馬鹿言ってんじゃねェ! 植物であるアルラウネが移動できるはずがねェだろうォ? 紅花姫アルラウネが生息する森の奥地に行かなければ、一生出会うことはねェんだよォ!」
再び大笑いする獣人たち。
どうやら、アルラウネのことを何もわかっていないみたい。
「良いことを教えてあげるわ。あたしの主であるアルラウネさまはね、その辺のアルラウネとはまったく違うの。なにせ魔王軍四天王だろうが魔女王だろうが、全部やっつけちゃうくらい強いんだから!」
「どれだけ強くてもなァ、出会わなければ問題ねェんだよォ! それに万が一戦っても、オレ様が絶対に勝つ。これだけの聖蜜があれば、いくら四天王並の強さがあるアルラウネだろうと、オレ様の敵じゃないなァ!!」
高笑いする獣鬼マンタイガーは、あたしが入っている妖精籠を手に取る。
そのままあたしの顔を見つめると、よだれを出しながら舌なめずりした。
「さあ、食事の時間だァ。お前を食って、オレ様はさらに強くなるぜェ!」
「バカじゃないの? 誰が黙ってあんたなんかに食べられると思ってるの?」
泥棒猫と獣鬼マンタイガーが喋っていてくれたおかげで、時間ができた。
これだけ時間があれば、あたしの精霊魔法で妖精籠を破壊できる。
カチャリと、妖精籠の扉の鍵が開く。
何重にも闇魔法のロックがかかっていたけど、あたしくらいの妖精になればそれを解除するくらい造作もない。
妖精籠から飛び出たあたしは、獣鬼マンタイガーを見下ろしながら指を差す。
「あんたなんか、全然怖くないんだから!」
「なにィ!? どうやって妖精籠から抜け出した!?」
「何度も言ってるけど、あたしは特別な妖精──大妖精キーリ様なんだから! あんたなんか、すぐにボッコボコにしてやるんだからね!」
「…………ほほう、妖精の癖に、随分と強気じゃねェかァ。どこからその自信が来るんだァ?」
そりゃ、決まってるわよ。
あたしはアルラウネの妖精。
前にアルラウネのことをマーキングしたから、どこにいるのか現在地が手に取るようにわかる。
だからね、あたしは知ってるのよ。
アルラウネが、この獣耳族の集落に到着したってことをね!
「後悔しても遅いんだから! あたしのアルラウネさまが、あんたなんかすぐに倒しちゃうんだからね!」
というわけで、妖精のキーリ視点でした。
次回、魔王軍四天王になりたい獣鬼マンタイガーさんです。