285 盗賊の正体
キーリとマンドレイクがいなくなっちゃった!
妖精であるキーリは一人で飛んで行くことはできるけど、鉢植えのマンドレイクが一人で移動することはあり得ない。
だから心当たりがあるとすれば、あの盗賊たちと獣耳族の二人組。
すぐさま馬車をUターンさせて、先ほどの二股の道へと戻ります。
盗賊たちは、蔓で縛り上げられたまま。
周囲を探してみたけど、キーリたちの姿はどこにも見えない。
「二人とも、どこにも、いないみたい、だね」
「なら、わたしがこいつらに聞いてみる」
魔女っこが盗賊の一人に近付いて、「おきてー」頭を揺らしました。
念のためこちらの正体が知られないように、私は馬車の中から魔女っこを見守ります。
こういうとき、自分の体がモンスターであることが恨めしい。
もしも盗賊たちが魔女っこに手を出そうものなら、すぐに茨で絞め殺してやるんだから覚悟しなさい!
「う、うーん……お前は、さっきの嬢ちゃんか?」
「やっと起きた。うちのキーリとマンドレイクを知らない?」
「ハァ? キーリって誰だよ。それにマンドレイクって、まさかあの魔物のマンドレイクのことか?」
「マンドレイクは魔物だよ。でもキーリっていうのは妖精で──」
ちょ、ちょっと、ルーフェ!?
私は蔓でバッテンを作って、魔女っこにアピールをします。
「……あ、これ言っちゃいけないんだった。いまのは忘れて」
「魔物に妖精!? お、お前、なにを言ってるんだ……?」
魔女っこの発言のせいで、盗賊が混乱してるよ!
そもそも盗賊から情報を聞き出すなんて、魔女っこには危ないよね。
お姉さん、心配だよ!
「あなたたち盗賊でしょ? わたしたちから何か盗んだんじゃないの?」
「だから俺たちは盗賊じゃねえぞ。さっきも言っただろう」
そういえば最初に会ったときに、そんなことを言っていたね。
でも猫耳少女が盗賊だって言ってたし、見た目も荒くれ者って感じがしている。
「俺たちは塔の街の冒険者だ。ほら、ここに冒険者組合の資格証もある」
「……ほんとだ。この人たち、冒険者みたい」
え、あなたたち、冒険者だったの!?
あの猫耳少女が『盗賊』だって言うから、つい思い込みをしてしまったみたい──早とちりしてしまって、ごめんなさいね。
「でも冒険者には知り合いがいるけど、あなたは見たことない」
「オレたちは普段、山にいるからな。この密売人の取り締まりは、臨時の仕事だ」
「密売人の取り締まり?」
「最近、聖蜜の密売が増えているらしくてな。だからこうして、街道で無資格の商人や密売人を取り締まってるってわけよ」
「そうなんだ。でも臨時ってどういうこと?」
「本来この仕事は、ホルガーやフランツが領主様に任じられて責任者になっているんだが、あいつらは王都に行ってるからな。俺たちはあいつらの代わりだ」
──思い出した!
そういえば冒険者組合が、街で行われる聖蜜の商売のサポートをしてるんだったね。
しかも、いま話に出て来た元伍長のフランツさんは、蜜関係の仕事の責任者をしている。
だけどフランツさんは王都に出張中だから、代わりにこの人たちが取り締まりを任されていたみたい。
それに見た目についても納得がいったよ。
普段はこういった仕事をしないうえに危険な山岳地帯を縄張りにしているから、街にいるような冒険者とは違って柄が悪いんだ。
──それにしてもフランツさんはわかるけど、ホルガーって誰だろう?
聖蜜の関係者は私と知り合いのはずなんだけど、知らない名前だね。
どこかで聞いたことある気はするけど、名前と顔が結びつかない。
もしかしたらそのホルガーさんは、新人の冒険者さんなのかな。
一度、会ってみたいね。
「むしろ盗賊はあの獣耳族の連中さ。無許可で大量の聖蜜を運んでいたからな」
「そうだったんだ……わたしたち、勘違いしてたみたい」
つまり盗賊風の冒険者さんたちが、密売人の獣耳族を捕まえようとしていたってことだったみたい。
ということは私たち、あの獣耳族に騙されたってことだよね。
あの猫耳たち……許すまじ!
この人たちが盗賊でないとわかれば、拘束している理由はない。
魔女っこが冒険者を縛っていた蔓を解き終わると、彼らは改まってこう尋ねてきます。
「それで仕事だから一応聞くが、アレは持っているか?」
「さっきもそんなこと言ってたけど、アレってなに?」
「聖蜜を運んでいる商人が持っているアレといえば、『聖蜜の売買許可証』に決まってるだろう。ほら、これのことだよ」
そう言いながら、冒険者さんが木製の許可証を見せてくれました。
板状のその許可証には銀色のプレートが張り付けてあって、そこに聖蜜の売買を許可するという領主様の刻印が刻まれています。
「ちなみに塔の街の関係者なら銀のプレート、街の外からやってきた商人は銅のプレートだ」
「それとはちょっと違うけど、似たような許可証なら持ってる」
魔女っこが鞄の中身をごそごそと探していると、「あった」と呟きながら小さな板を取り出します。
「領主からもらった許可証なら、これ」
魔女っこが冒険者さんたちに許可証を見せつけると、彼らの表情が一気に青ざめていきます。
「え、これって……!」
「おいおい、金のプレートじぇねえか!?」
「てことは、聖蜜の重要関係者ってことか!?」
「嬢ちゃん…………いったい何者だ?」
「わたしはルーフェ。アルラウネの森のルーフェ」
そう言いながら、魔女っこはフードを外しました。
さらりとした長い白髪が、冒険者たちの視界に入ります。
「白髪の女の子……もしかして、紅花姫アルラウネ様のところのあの子か!?」
「間違いねえ。昔、広場で聖蜜を売っているのを見たことあったが、たしかにこんな真っ白な髪をしてたぞ!」
「塔の街の最重要人物の一人じゃねぇか!」
「すまねえなあ、金プレートの関係者にあんな態度取っちまったよ」
以前、聖蜜の売買に関するルールができたと、領主様から『聖蜜の売買許可証』をもらったんだよね。
金のプレートが張り付けてあるから随分と豪華な許可証だなと思ったけど、どうやら私たち専用の許可証だったみたい。
聖蜜を製造しているのは私しかいないから、特別待遇になるのは仕方ないけど。
動揺した冒険者さんたちは、いまにもひれ伏しそうになっています。
それほどの驚きだったんだろうね。
そんな冒険者たちの反応を無視するように、魔女っこはこう切り出します。
「それよりも、わたしたちの仲間がいなくなっちゃったの。なにか知ってる?」
「嬢ちゃんの仲間? そう言われても俺たちは獣耳族を捕まえるので夢中だったし……」
やっぱり冒険者たちは無関係だったのでしょう。
だけど考え込むように顔を見合わせた冒険者の一人が、「そうだ!」と声を上げます。
「そういえば獣耳族の一人が、馬車の裏に近付いていくのを見たな」
ははーん、なるほどね。
猫耳少女が冒険者さんたちを使って私たちの注意を引き付けているうちに、もう一人の獣耳族が背後から馬車に侵入して、キーリとマンドレイクを連れ去ったってところかな。
でも、なんでキーリとマンドレイクをさらったんだろう……?
その後、冒険者さんたちは街道を進んで隣町に向かいました。
樽二つ分の聖蜜を運んでいた獣耳族は、きっとどこかで聖蜜を売ろうとするはずだと推測したみたい。
一緒に隣町まで行こうかと誘われたけど、丁重にお断りしました。
冒険者たちと別れた私たちは、街道の主道とは外れた、別の道を進むことにします。
「この左の道、なんだか怪しい、よね」
獣耳族に道を尋ねたとき、彼女は左の道は行き止まりだと言っていた。
いま思えば、あの発言も怪しい。
それにもしも冒険者さんたちが向かった隣町に獣耳族がいなかったときのことを考えて、私たちはこちらの道を進むのが得策のはず。
「待ってて、キーリ、マンドレイク。いま助けに、行くからね!」
街道を外れて左へ伸びている、謎の道を進んでいきます。
あまり整備されていない道みたいで、たまに車輪が跳ねたりしてガタガタと大きく馬車が揺れる。
そうして平原の道を進んでいった先は、なんと森でした!
「ここって、もしかして、私の森の、一部?」
どうやらここは、アルラウネの森の外れも外れ。
一応、私の根とは繋がっているけど、これまで一度も意識したことがない場所だね。
「ねえアルラウネ。これ、なんだろう?」
「たぶん、バリケード、かな。しかも、私の茨の……」
なんと目の前の森の入り口が、トゲトゲの茨の群生地帯になっていたのだ!
馬車が通れないどころか、人っ子一人すら入れません。
仮に無理矢理この道を進もうとすれば、体が血まみれになって再起不能になるだろうね。
「この茨、アルラウネが生やしたの?」
「ち、違うよ! たぶん、知らないうちに、生やしちゃった、んだと思う……」
昔、無意識のうちに変な植物をたくさん森に生やしたことがあった。
きっとこの茨たちは、その時に生やした子たちなんだろうね。
「これじゃ進めないね。あの猫たちは他の道を行ったのかな」
「ううん。きっと、この道を、進んだん、だと思う」
獣耳族は身軽なことで有名です。
きっとこの茨の道に、彼女たちしかわからない隠し通路があるんだ。
「その証拠に、この道の先に、たくさんの生物の、気配がする」
私は蔓を地面の下に差し込んで、森の根っこにクリスマスツリーの寄生根を挿し込んでみました。
他の木の根を切り落として繋がれるクリスマスツリーの力のおかげで、私は鉢植えアルラウネになってもいつでも地下に広がる根のアルラウネネットワークに繋がることができるのだ。
だから木の根っこを通じて、この先の様子が少しだけわかる。
この茨の先からは、数十名分の生物の振動が伝わってきました。
「二足歩行の生物が、たくさんいる……!」
振動の多くは、数人ずつに分かれて移動している。
まるで、家ごとに分かれて暮らしているよう。
「もしかして、あいつら、ここに住んでる?」
獣耳族が近くに住んでいるなんて話は、聞いたことがない。
でも確実に、大勢の人型の生き物の気配がする。
「もしかして、この先に、獣耳族の村があるの……?」
クリスマスツリー:この作品で出てくるクリスマスツリーはクリスマスのために飾り付けられた木のことではなく、オオバヤドリギ科の半寄生植物であるオーストラリアンクリスマスツリーのこと。このクリスマスツリーは南半球のオーストラリアに分布し、12月の真夏のクリスマスの時期にオレンジ色の花を咲かせます。他の植物の根を切って水やミネラルを横取りするこのクリスマスツリーは、地下の電線なども切ってしまい停電を起こすこともあるのだとか。
次回、獣耳族の村です。