282 旅の始まり
今日は出発日。
そのせいか、わざわざ森まで見送りに来てくれている人たちがいました。
馬車をプレゼントしてくれた棟梁さんと大工さんたちだけでなく、冒険者組合やご近所の農家さんなど、街の人たちも大勢来てくれたよ!
元々仲の良い街の人たちは、先に王都へ旅立っていました。
そんな彼らを除いても、これだけの人が見送りに来てくれるとは思ってもいなかった。
この森に来てからいろいろあったけど、ここ数年の積み重ねが目の前の人たちとの関係なのだと思うと、なんだかジーンとしてしまう。
私、モンスターになっちゃったけど、人間関係には恵まれたほうなのかもしれないね。
街の住人を代表して、棟梁さんが声をかけてくれます。
「アルラウネの嬢ちゃんがいなくなると寂しくなると思ったけど、森にアルラウネは残るんだな」
「はい、私の分身を、残していくので、そこは安心、してください。ほら、挨拶して」
私は新たに子アルラウネ代表へと就任させた子へとアイコンタクトをします。
「このたび、ママの代わりに、森を管理、することに、なりました。以後、お見知りおきを」
この子は普段から、森の管理を任している子アルラウネです。
数いる私の子アルラウネの中では、しっかり者な印象の子なの。
不思議なんだけど、私の分身だからって、みんなが同じっていうわけじゃないんだよね。
魔王城で料理修行している子アルラウネみたいに、稀に個性がある子が出てくるみたい。
そんな料理大好きアルラウネと期間限定で交換留学しに来ている友達のバロメッツさんとも、お別れの抱擁を交わします。
「アルラウネさん、早く帰ってきてくださいね」
「バロメッツさんも、元気でね。帰ったら、お土産話を、たくさんお話、しましょう」
バロメッツさんが私の森に移住してきてからは、彼女と毎日おしゃべりをするのが日課になっていました。
その役目は子アルラウネに任せることになるから、きっとバロメッツさんも寂しくはないはず。
とにかく、あとのことは森に残していく子アルラウネたちに任せます。
ドライアド様たちへの挨拶も済ませましたし、きっとなんとかなるでしょう!
だって、私の分身なんだもん!!
そして最後に挨拶をしたのは、チャラ男と第一王子であるレオンハルト殿下でした。
なぜか二人で肩を組みながら、楽しそうにクマ肉を頬張っています。
二人は街で同棲生活を始めたらしいけど、どういうわけか馬が合ったみたいで、いつの間にか仲良くなっていたみたい。
いったい、この数日間でなにが……!
そんなチャラ男たちは後日、私たちと同じように王都への旅を始めるそうです。
魔女から逃げてこの森にたどり着いたレオンハルト第一王子だったけど、ついに王都へと戻る決意をしたみたい。
「腹をくくったよ。僕は、腐敗した王城を正してみせる!」
そう決意をするレオンハルト第一王子の瞳には、王族としての矜持が宿っていました。
塔の街での生活を経て、心境の変化があったみたい。
「君たちから聞いたゼルマと魔女の話を聞いて、やっと決心できたよ。この国を、あの者たちの好きにさせてはいけない。このままでは死んだイリスも、報われないだろう……」
私の顔を見ながら、レオンハルト第一王子はそんなことを言います。
もしかして、私の正体を疑っての発言なんじゃないかと思えてドキドキしてしまう。
まだ私がイリスだってことは見抜かれていないはずだけど、いったいどういう意味でイリスの名前を出したんだろう……。
私の顔をじーっと見ていたレオンハルト第一王子は、今度はチャラ男へと視線を向けます。
「問題は僕が魔女から命を狙われていることだが、それについてはカイルに護衛をお願いした。カイルの実力であれば、魔女たちを蹴散らすことも可能だろう」
「なんだかよくわからないが、一人で家に帰れないから一緒に来てくれって泣きつかれたんだわ」
「泣きついてなんかいない! それにその言い方だと、僕が一人で家に帰れないお子様のように聞こえるんだが!」
「だってそうだろう? 一人で家に帰れないんだぜ、こいつは」
「くう……王都に着いたら、見てろよ」
チャラ男は、レオンハルト第一王子が王族だってまだ信じていないみたいだね。
同時にレオンハルト第一王子は、チャラ男の正体が魔王軍のドラゴンだって知らないようです。
仲が良いのは嬉しいんだけど 不安なのは二人がお互いの正体を知ってしまうこと。
殺し合いとかしなければいいんだけど……。
チャラ男は私たちに手を上げながら、別れの言葉を投げかけてきます。
「オレたちは後日出発する。もしかしたら、どこかで合流できるかもな!」
「その時は、よろしく、お願いしますね」
別れの挨拶を済ませた私たちは、ウッドホースゴーレムの馬車へと乗り込みました。
ちなみに私は、バケツアルラウネになっています。
旅の道中は、小さくなっていないといろいろと不便だからね。
全員が馬車に乗り込んだことを確認した私は、馬車内を飛び回っている妖精に声をかけます。
「それじゃキーリ、準備は、大丈夫?」
「もっちろんー! トレントも大丈夫だって」
御者役であるアマゾネストレントも、ばっちりだと枝を上げています。
そして置物状態になっているマンドレイクは、すやすやと眠っているから問題ない。
「ルーフェも、平気?」
「アルラウネがいるから平気」
魔女っこは私のバケツを抱っこしながら、ニコリと微笑みました。
こうして魔女っこと一緒に旅に出るのは、これで三度目になる。
一度目は、炎龍様に焼かれた森からドリュアデスの森へと移住したとき。
二度目のときは、魔女っこの村に里帰りした。
そして、今回が三度目。
今度はいったいどんな旅になるのか、楽しみだね。
ワクワクとした心を胸に抱きながら、最後に見送りに来たみんなへと大きく蔓を振ります。
「それじゃあ、行って、きます!」
旅の始まりだ!
次回、 フライハイト大平原です、