278 ルーフェの知っていること
魔女っこの言葉を聞いて、私は唖然としてしまいます。
魔女の里でマライとゼルマの名前を聞いたって、どういうこと!?
そもそもだけど、魔女っこが魔女の里に連れ去られたのは、私が姉ドライアドと戦った直後でした。
私が魔王軍四天王の姉ドライアドを倒している最中に、魔女っこは魔女王に誘拐されてしまったんだよね。
結局、炎龍様の助力を得て魔女っこを取り戻すことができました。
魔女っこが魔女の里で見聞きしたことはある程度聞いてはいたんだけど、すべての会話を教えてもらったわけではない。
だからこそ、今更ゼルマとマライの話題が出てきたことに、動揺を隠せませんでした。
「ルーフェは、その二人の、名前をどうやって、聞いたの?」
「魔女の里の魔女たちが、二人の名前を話してるのを聞いた」
「その人は、二人について、なんていって、いたの?」
「魔女の誰かが言ってた。魔女の里で新しい魔女が来たのは、ゼルマ以来だって」
「魔女の里に、ゼルマが!?」
「でもゼルマは魔女にはならなかったから、本当はマライ以来だって」
「そ、そんな…………」
ゼルマが、魔女の里にいた。
し、信じられない……。
つまりゼルマは、魔女の里からのスパイだったってこと??
聖女見習いは、人間の女の子しかなれません。
一度でも魔女になってしまった者は、結界の影響もあって王都に入れないので、これまで聖女見習いが直接スパイになることはそこまでありませんでした。
だけどゼルマは、魔女の里出身であったのに、魔女ではなかった。
ゼルマには推薦人もいたらしいから身元がしっかりしていたのもあって、スパイだと見抜くことができなかったんだ!
「わたしの前に魔女になった人たちの話だから、なんとなく覚えていた」
「よく覚えて、いたね。ルーフェ、偉いよ」
「えへへ。アルラウネ、もっと褒めていいよ」
よしよしと蔓で魔女っこの頭を撫でてあげます。
思ってもいなかったところから、重大な情報を入手してしまったよ。
ゼルマはてっきり、魔女王と繋がっている協力者的な存在だと思っていた。
でも、違った。
ゼルマは元々、魔女の里陣営の人間だったんだ!
つまり、最初からガルデーニア王国の敵だったわけになる。
──ということは、ゼルマは最初から、私のことを消そうと思っていたんだね。
私とゼルマの付き合いは、子どもの頃からです。
ゼルマが10歳になったときに、彼女は聖女大聖堂にやって来た。それから私は、ずっとゼルマの面倒を見てきた。
ゼルマは将来有望な聖女見習いであったため、すでに聖女になっていた私が直接指導することになったの。
なのでゼルマは、後輩であり、弟子のような存在でもあります。
結局、裏切られちゃったわけだけど、その理由は私の婚約者である勇者を奪い取ることだけだと思っていた。
でも本当は、最初から私を殺すつもりだったんだね……。
ゼルマが魔女の里のスパイであれば、聖女イリスを殺したい理由はいくらでもある。
私がゼルマに優しく接していたあの何年もの間、ゼルマはいつか私を殺すことを考えていたんだ。
──ゼルマに、会いたい。
実際に彼女に会って、このことを尋ねてみたい。
そう心の底から、思ってしまう。
それに、マライ皇太子妃が魔女の里出身ということも、知れて良かった。
マライ皇太子妃の正体は、魔女。
しかも魔女の里出身だということは、帝国に潜入しているのは魔女王の命令だったはず。
裏で動くのが好きな、魔女王が好みそうなやり方だよね。
内部からグランツ帝国を侵略していることを考えると、同じことをガルデーニア王国にしかけていてもおかしくはない。
その先兵が、あのゼルマだったのだ。
他にも、気になることがあります。
第一王子が王都の城で、魔女を見たという話です。
問題は、なぜ王都内に魔女が存在できていたかということ。
聖魔結界があるから、魔女は王都の中に入ることはできないというのに……。
結界を操ることができるのは、聖女大聖堂の主である聖母様か、もしくは聖女だけ。
そのゼルマが聖女なのだから、聖魔結界に細工をしていてもおかしくないかも。
──結界が正しく発動しているか、確かめる必要があるね。
もしもゼルマによって結界に綻びが生じているとなれば、王都は丸裸も同然。
魔王軍の襲撃に、耐えられないかもしれない。
「え、ちょっと、待って」
天使であるパンディアさんから、魔王軍が王都を狙っているという話を聞いたばかりだったよね。
聖魔結界があるから、王都の守りは完璧だと思っていた。
だけど、もしも結界が正しく作動していなければ、魔王軍に付け入られてしまう恐れがある。
そもそもだけど、これらはあまりにもタイミングが良すぎる。
魔女と魔王軍は裏で通じているし、これは両勢力が示し合わせた、ガルデーニア王国への侵略なのかも……!
いろいろと考え込む私に対して、第一王子が怪しむように尋ねてきます。
「君は本当にイリスとは関係ないんだよね? 随分とゼルマのことを気にしているようだったが」
ま、まずい!
さすがに、第一王子に怪しまれちゃったかもしれないね。
「魔女とは色々と、因縁があった、ので、気になった、だけですよ」
「そうか……だが君の先ほどの表情は、生前のイリスを思い出させる顔つきだった。小さい頃から、イリスは考え込むときにそんな顔をしていたから」
第一王子、私のことよく覚えてるんだけどー!
さすがはヴォル兄のお友達。
私の子どもの頃をよく知っている相手なだけあって、油断できない。
「私の顔が、そのイリスという人に、似ているから、レオンハルト様が、勘違いした、だけではない、でしょうか」
「……君、モンスターなのに僕のことを様付けするなんて、随分と変わっているね」
──しまった!
つい聖女時代の癖で、『レオンハルト様』って言っちゃった!
魔女っこの話が衝撃過ぎて、さっきから墓穴を掘りまくっているよ!
「こうやって話をすればするほど、まるで君がイリスそのもののように思えてきてしまう。アルラウネだというのに、本当にあの子と瓜二つなんだ」
「でも私は、人間では、ありません。他人の空似、ですよ……」
「……たしかにその通りだな。それによく見たら、イリスよりも君のほうがスタイルが良い。イリスはそうだな…………ちょっと胸元が寂しかったから」
──胸元が寂しい?
この私が??
ほほう。
なるほどなるほど……。
第一王子であるレオンハルト様は、私のことをそんなふうに見ていたんですか。
イリス時代の私は、たしかにそうだったかもしれません。
だけど、それは禁句です。
婚約者を寝取られた経験があるので、ちょっとそこを比較されるのはむかつくのです。
だから、もう容赦はしません。
「人間さん、これ、おいしいですよ?」
「これは……ハチミツかい?」
「私の蜜。つまり、聖蜜です」
「聖蜜だって!? これがあの!」
第一王子は、目を輝かせながら私の蜜を受け取ります。
「金貨を山ほど払わないと手に入らないっていう、あの聖蜜か!」
私の蜜、もしかして王都で高騰してる?
元々は、そこまで高価な代物じゃなかったんだけどね。
「さあさあ、人間さん。私の蜜は、おいしいですよ?」
腹いせに第一王子を蜜漬けにしようとしたところで、森から唸り声があがりました。
そう、ラオブベーアが出てきたの!
私の蜜の匂いに釣られて、やってきちゃったみたいだね。
「グルァアアアア!」
「ひい、またあのクマモンスターだ!」
第一王子が逃げるように後ずさった瞬間、雷鳴が走ります。
チャラ男が雷で、ラオブベーアを瞬殺したのです。
「よっしゃ、これでクマ肉が手に入ったぞ!」
獲物を仕留めたことで喜ぶチャラ男に対し、第一王子が拍手をしながら近づきます。
「カイル……君、すごく強いじゃないか! もしかして名のある冒険者だったりするのかい?」
「まあ、そんなところだな」
「なら頼む、僕の護衛をしてくれ。王都まで連れて行って欲しいんだ」
「うーん、よくわかんねえけど、いいぞ」
「よし、決まりだ。王族として、僕は王都に戻ってゼルマの陰謀を止めるという使命がある。ゼルマが魔女の里出身なら、なおのことだ……もう逃げていてばかりの逃亡生活は、終わりにする!」
「まあオレは魔女とはあんまり関わりはないし、王都に連れて行くくらいならお安い御用だぜ。王都には入れないかもだが、観光ついでにこの国を見てみたいって思ってたしな」
えぇええええ!?
なんか、とんとん拍子で話が決まっていったんだけど!
さっきからこの二人、やけに仲良くなりすぎだよね。
二人が泉に体を洗いに行ってから、完全に打ち解けちゃってるじゃん。
しかもチャラ男、魔女とあんまり関りがないんだ。
てっきり魔王軍の魔族は、みんな魔女とも仲が良いんだと思っていたよ!
「そういえばあんた、住むところがないんだよな。王都に行くまで、オレん家に来いよ」
第一王子がチャラ男の家に泊まる!?
チャラ男の正体は人間ではなく、魔族。
しかもあの炎龍様の弟です。
そのチャラ男の家に、ガルデーニア王国の王子が泊まる。
こんなとこ、間違いなく前代未聞だよ!
「いいのかい? 君みたいな強者の家であれば、安心して眠ることができそうだし、願ってもいない申し出だ」
「じゃあ決まりだな。街に戻ったら、オレたちの今後のことを話し合おうぜ」
はたして魔族であるチャラ男のもとへ、ガルデーニア王国の第一王子を住まわせてもいいのかな?
──うん。
私はもうガルデーニア王国の聖女でなければ公爵令嬢でもない。
そう、私はただの森のアルラウネ!
森のアルラウネは王族とかそういう難しい話はよくわかんないの。
だから聞かなかったことにしますとも。
それにしても、チャラ男と第一王子が同棲か……。
いったい、どうなっちゃうんだろう。
ちょっと気になるかも……!
次回、魔女っこ、はじめての旅行計画 その2です。