31 森サーで舞踏会を
春が訪れました。
アルラウネになって二度目の春です。
というのも、私がアルラウネに転生した時期が春だったみたいなの。
アルラウネに転生してからしばらくしたら夏になって日照りが始まったからね。
逆算すると、春にアルラウネとして生まれたことになるわけ。
ぽかぽかして暖かい気候。
日差しもほどよくあって、光合成日和の一日だ。
雪が溶けたおかげで地中には大量の雪解け水が埋蔵されている。お水おいしい。
春って、最高だね!
もうあんな辛い冬とはおさらばだ。当分雪も見たくない。
とはいえ、ザゼンソウを食べたことで自家発熱を覚えた今の私にとってもう冬は恐るべきものではないのだよね。
それでも、やっぱり冬より春が良いよ。
動物たちも春の到来を喜んでいるみたい。おかげで、最近の夜がうるさくて困るの。
盛るのはいいけど、ほどほどにね。近所迷惑はいけません。
元気になったのはなにも動物だけではない。
昆虫も、そして植物も活性化している。
おかげで最近は近所にたくさんの植物が生えてきた。
賑やかなのは良いことだね。
私もね、体の底から震えるくらい、春に歓喜しているのがわかるよ。
花冠も鮮やかに咲いている。
蔓の艶も良い。
蜜の量もいつも以上だ。
あぁ、やっぱり春は素晴らしい。
全ての生物が喜びを分かち合い、成長を育む母なる季節。
日課の光合成にも拍車がかかるというものね。
どうしよう、私も成長しちゃいそう。
ねえ、そう思わなくて、ハチさん。
ごきげんよう。
私の女騎士であるハチさんが皆で会いに来てくれたのだ。
冬が始まる前に会った以来だね。ずっと寂しかったよ。
うん、どうしたの。
なになに、そうか。蜜を取りに来たのね。
うん、ハチさんのためなら私、蜜あげちゃう。
もういくらでも持って行ってちょうだい。
蔓にかぶりついて、蜜をふんだんに舐めつけていく。
蜜付きの蔓はすぐさまハチさんへと渡して、次の蔓にかぶりつく。
そうして10本以上の蔓に対してハチさんが蜜採集をし始めた。
まるで一人でハチさん全員と手を繋いでいるみたい。
そうだわ。
ねえ、ハチさん。
春なのだし、少し踊りましょうよ。
前回はクマパパに拒否られたから、今度こそきちんと踊りたかったの。
大丈夫、森サー主催の舞踏会は女同士で踊るのです。
さあハチさん、わたくしと踊ってはくださいませんか?
アルラウネと10匹のハチさんによる、春のワルツ。
ステップを踏めない私の代わりに、ハチさんが優雅に羽を動かす。
そうして蜜を採取しながら舞を踊るのだ。
一人でたくさんのハチさんにエスコートしてもらっているこの感じ。いや、私がエスコートしているのかな。
まるで指揮者がオーケストラに向かって指揮棒を振っているような感覚だよ。
さあ、ハチさん、次はタンゴを踊りましょう。
春になって元気になったから、私いま燃えているの。心がね!
激しく、情熱的に踊りましょう。
まるで恋をしている乙女のように。
楽しいなー。
どうしよう、森サー、最高すぎるのですが。
あら、ごきげんよう。
見ない顔ですけど、新入りさんですか。
お名前を伺ってもよろしいですか?
なるほど、蝶々さんですか。
ご新規のお客様は蝶型モンスター、ルストシュメッターリング。
人間くらいの大きさがある蝶でした。
ちょうちょう。つまりはてふてふ。
巨大てふてふだね!
なんだろう、モンシロチョウに似ているかな。
どうやら蜜がご所望みたい。
ここは森サー。悪しきものはご退場願いますよ。
あら、でも気品ある蝶さんですね。
先頭にいる蝶は他の蝶よりも綺麗な柄をしていて、動きもどこか優雅な感じがする。
まるで王都のお茶会でいつも女性の中心になっていたとある公爵夫人のよう。
蝶さん、あなたもしかして、お蝶夫人なんて呼ばれていたりはしませんか?
まだ若くて結婚していない蝶だとしても、ついお蝶夫人と呼んでしまいたくなるような品を備えている気がするのだ。
うん、決めました。
このてふてふのことはお蝶夫人と呼ばせていただきます。
蔓にかぶりついて蜜をふんだんに塗りつけ、お蝶夫人の前に持っていく。
お蝶夫人が口吻を伸ばしていった。
蝶にはね、花の蜜や水を吸うための長いストローみたいなものがあるの。それのことを口吻というわけ。
お蝶夫人は口吻使って蔓の蜜をせっせと吸いだした。なんだか癒されるね。
ああ、そこの君!
これ以上私に近づいちゃダメ。こちらのお蝶夫人みたいにきちんと蜜を採取しなさい。
お蝶夫人のお連れのてふてふかしら。
取り巻きはしっかりと指導しておいてもらわないと。
ほら、お蝶夫人みたいにお行儀良く蜜を採集しましょうね。
え、聞けないですって?
直接私に特攻してくるなんて良い度胸ですね。
このままあなたが私の雌しべに触れたら、ハチさんに触れられるのと同様に私は受粉しちゃうの。
蝶もね、体に雄しべの花粉をつけていることが多いわけ。
だから受粉させられちゃう。
てふてふに襲われるつもりはございませんことよ。
反抗的なてふてふには下の口にご招待。
敵対的な相手には容赦はしません。
普通の食虫植物なら優雅に蝶々と戯れたりなんかしないで、容赦なく捕食しているからね。
まだ私は甘いほうなのです。
てふてふをもぐもぐする。
お蝶夫人は取り巻きの粗相をお詫びしたいのか、私の蜜付きの蔓を口吻で吸いながら、ゆらゆらと動き出す。
もしやダンスのご招待を受けているのではなくて。
もちろんですともお蝶夫人。
わたくしでよろしければ、是非ともお相手させていただきます。
蝶とワルツを。
これが本当の蝶の舞だね。
このままなら私たち、一緒に舞踏会のエースを狙えそうだよ。
ライバルはハチさんの女王陛下ことお姉さまかな。
お姉さまとは会ったことがないけど、きっと何をしても優秀そうな気がするんだよね。だってお姉さまだし。わたくし盲信しているの。
あぁ、なんて楽しい時間なのでしょう。
長く辛い冬は色々と大変だったけど、その全てを払拭できるくらい、今が楽しい。
そうだよ、ここ最近森の四天王やクマパパと戦ったり、過酷な冬の生活に震えたりしていたからすっかり遠ざかっていたけど、私はこうやって平和に過ごすことが望みなの。
光合成しながら楽しく暮らす。
そうしてお水おいしいと呟きながら、静かに植物ライフを。
それでいて、友達のハチさんと蝶々を招いてみんなで遊ぶのだ。
今はまさに夢のような時間を再現しているね。
平穏な日常を送りながら女騎士やお蝶夫人らと踊る、春の舞踏会。
なにこれ、凄く楽しい!
森サー最高なのですが。
私、主催者としてとても嬉しいです。
またやろうね、みんな!
そんな私たちの愉快な時間を邪魔しようとする不穏な音が響き渡った。
私が森サーの姫たちとダンスを踊っていると、森の向こうが騒がしくなってきたのだ。
私からみて左の方角。そちらがなにやらうるさい。
物騒ともいうね。
木が倒れる音や、動物や魔物の叫び声なんかが聞こえてくるのだ。
こういう時に、ちょっと気になるから様子を見に行こうとできないのが悲しいね。なにせ植物だから。もうこればかりはどうしようもないよ。
ハチさんもてふてふも、みんな動きを止めてしまっている。
せっかく楽しい時間だったのに、水を差されてしまったね。
誰だこんな真っ昼間から騒いでいるやつらは。
森の主として許しませんよ。
私がぷんぷんと怒っていると、木の間から犯人と思しき動物がやって来た。
タヌキだ。
タヌキたちが慌てた勢いで逃げてくる。
そのまま私を通り越して、森の奥へと消えて行った。
中には怪我をしているタヌキもいた。いったい何があったのだろう。
遅れて、長老タヌキが現れた。必死の形相である。
私に向かって何かパクパクと口を開くと、そのままタヌキたちを追うように逃げていった。
え、なに。
どういう意味なの。
もしかして、誰か来たよっていう合図?
私の推測は正しかったようで、タヌキ長老はお客さんを連れてきた。
そう、森の敵という名のお客様を。
木を倒しながら、そいつはやって来た。
捕まえたタヌキを貪りながら、面倒くさそうに歩いてくる。
頭はウシ、首から下の体は人のもの。
ミノタウロスである。
筋肉質の強靭な体が、歴戦の戦士であることを物語っていた。
5メートルくらいはあるだろう。
クマパパよりも小さいから大丈夫と思いたいけど、そうはいかない。
ミノタウロスはクマパパや私のように魔物ではない。
魔族と呼ばれている。
魔物はモンスターとも呼ばれていて、言語を操らない凶悪な獣のような存在だ。
そのせいか魔法も使えない。
だけど、魔族は違う。
魔族は魔物を従える立場にある。
魔族とは魔物を従える種族の総称。
ゆえに多種多様な種族が混在しているため、まとめて魔族と呼んでいる。
人と同様の知能と言語を操り、さらに魔族は人と同じように魔法が使えるのだ。
強力な魔法を使用する伝説中の魔族には魔人とも呼ばれるものもいるらしい。
そして、たいていの魔族は魔王の配下だ。
その証拠に、このミノタウロスは鎧を着ている。
鉄の鎧を身にまとい、頭には兜。
手には巨大な斧を持っていた。
兜には、黒い翼が二つ書かれている。
あの印は、魔王軍に所属している者の証でもある。
間違いない。
どう見ても、森に生息する生物じゃないね。
余所者だよ。
タヌキ長老は、こいつを私のところに誘導した。
つまり、こいつは倒すべき敵なのだろう。
よーし、わかったよ。
森の主として就任したあの日、私は決めたのだ。
この森をみんなごと守ると。
私がやらねば、森サーも崩壊してしまうからね。
女騎士ことハチさんとお蝶夫人たちに、下がるように指示を出す。
危ないからね、遠くに避難しておいて。
私が森サーのみんなを守るから。
さて、ミノタウロスさん。
こんにちは。
魔王軍と戦うのは4年ぶりだね。
あの時はまだ人間で聖女として全盛期だったけど、今は人間辞めちゃったよ。
植物モンスターになったけど、それでもあなたは私の敵です。
どうぞお手柔らかにお願いいたしますね。
私は私の平穏な生活を守るため、あなたを排除します。
全ては静かに植物ライフを過ごすために。
さあ、始めましょうか。
森の主として、初仕事のお時間です。
お読みいただきありがとうございます。
次回、誰か私に代わって食後のデザートになりたいお方はおられませんかです。







