274 ルーフェの旅行準備
森でたき火の跡を発見した翌日。
今日も私は、ドリュアデスの森をパトロールします。
目的は、森に住み着いている謎の人物を調査するため。
もしも悪人が森に逃げ込んでいたら、なにをしでかすかわからないからね。
ちなみに旅行の準備は、魔女っこに任せてあります。
魔女っこが自信満々に「大丈夫、わたしに任せて!」というものだから、すべて一任することにしました。
でも、あの自信はいったいどこから来るんだろう……ちょっと心配。
だから念のため私も旅行の準備をしようと思ったんだけど、別にわざわざすることは何もなかったんだよね。
私は聖女イリス時代に旅慣れていたし、アルラウネになったいまは旅行の必需品をいつでも創り出すことができるから。
食料は私が植物生成で作ればいいし、飲み物については私の蜜がある。
夜に野宿する場合は私の蔓をテント代わりに使えばいいし、金羊毛の綿も出せるから防寒対策もばっちり。
シャンプーも作れるので衛生面も問題ない。
ついでに聖女イリス時代にガルデーニア王国の地図をすべて暗記しているので、王都への道も完璧です。
もし迷子になったとしても、地中に張めぐらせている根があるから、すぐに位置を確認することができる。
「だから私は、特にやること、ないんだよ、ね~」
私って、けっこう優秀かも?
自分でいうのもなんだけど、なんでもできちゃうすごいアルラウネなのだ!
つまり、私がいれば、魔女っこのサポートは万全の体制になるはず。
そういう理由もあって、旅の準備は全部魔女っこに任せることにしたの。
「ルーフェが、どんなふうに、準備をするのか、楽しみかも」
気分は、はじめてのお使い……もとい、はじめての旅行の準備を見守る保護者です。
どうせなら、魔女っこの後をこっそりつけて、様子を確認すれば良かったかも。
魔女っこがどんなものを用意してくれるのかわくわくしながら、森をパトロールします。
そんな時、ドリュアデスの森でチャラ男と遭遇しました。
しかもどういうわけか、旅行の準備をしているはずの魔女っこも、なぜか一緒にいたのです。
「ルーフェ、なんで森に、いるの!?」
旅行の準備はどうしたの?
まさか森で迷子になったなんてことはないよね……?
「それにチャラ男も、一緒だなんて……まさかチャラ男に、なにかそその、かされたんじゃ?」
けれども魔女っこは私の声が届いていないのか、一心不乱に森を走っています。
謎すぎるその行動に、私はさらに不安になってしまう。
そんな私の疑問に応えたのは、チャラ男でした。
「オレがそんなことするわけないだろう! 嬢ちゃんに旅行の指南をしてほしいってお願いされたから、その修行をしてるだけだ!」
「旅行の……修行?」
「ああ、そうだ! 旅といえば、体力が大事だからなッ!」
改めて、私は魔女っこへと視線を戻します。
魔女っこが重りを持ちながら、森を走っている。
もしかしてそれ、修行なの?
しかも、旅行の……??
困惑する私をよそに、チャラ男が魔女っこに指示を飛ばします。
「オラオラ、もっと走れ! その重りをアルラウネだと思って走るんだ!」
「……うぅ、旅行って大変…………」
「いいか、旅は命がけだ! 油断したらすぐに死ぬ。生き残るためには、体力が一番信用できる荷物になるってわけだ!」
「その発想は、わたしになかった……アルラウネを守るため、わたしがんばる」
「いいぞ、嬢ちゃん、その意気だ!」
いや、ちょっと待って。
それ、絶対に間違ってるから!
旅行の修行とか、意味わかんないから!
というか、なんで魔女っこがチャラ男から旅行の指南を受けているの?
なにがどうなったら、魔女っことチャラ男そういった関係になるのか、全然わかんないんだけど!
「ちょっとチャラ男! ルーフェに、変なこと、教えない、でよ!」
「変なこと? トレーニングのなにが変だっていうんだ?」
「トレーニングと、旅行は、関係ないじゃん!」
「いいや、関係あるね! 体力がないと旅に出てもすぐにへばっちまう。嬢ちゃんみたいなちびっこなら、なおのことだぜ」
チャラ男のくせに、ちょっとまともなことを言ってる……?
たしかに、体力は大事。
聖女時代の私も体力には自信があるほうだったし、あるにこしたことはないです。
なにせこの世界の住人の移動方法は、徒歩が最も多い。
歩く速度、そして持久力は、現代日本人よりもはるかに能力が高いのだ。
魔女っこのような子どもが、長距離を移動するのはそれなりに過酷です。
王都までとなるとそれなりの日数もかかるし、今回のように大移動することは、魔女っこにとって人生初のことかもしれない。
──まあ、いざとなったら、魔女っこには飛んでもらえばいいんだけどね。
魔女っこは、鳥に変身できる。
ひと目を避けて単独での長距離移動は、実は最も得意としているんだよね。
とはいえ、体力はないよりはあったほうがいい。
旅行に行く前に疲れて倒れられるのは困るけど、たまには体力作りも悪くないかもしれません。
「でも、旅行の準備に、修行は絶対、間違ってる……!」
それだけは譲れない。
もしも魔女っこが旅行の準備をすべて捨て去り、体力だけで旅を乗り切ろうとしようものなら、私がチャラ男を叩きのめす!
「チャラ男、わかってる? トレーニングのあとは、きちんと旅行の、準備も、教えてよね?」
「ああ、わかってるって! オレに任せろッ!」
本当に大丈夫かなあ……。
チャラ男は炎龍様の弟だけど、炎龍様とは違って信用ならない。
悪い奴ではないからある程度は信頼しているけど、脳みそまで筋肉でできているような奴だから、こういうことについては何も任せられないね。
とはいえ、せっかく魔女っこもやる気になっているみたいだし、ほどほどに見守ることにしましょうか。
チャラ男は体育会系みたいだし、トレーニングの指導員として魔女っこをお願いしてもいいかもしれないしね。
光合成をしながら、魔女っこを見守ります。
チャラ男も魔女っこと一緒に、森を走っている。
まるで熱血教師といった感じです。
──でも、そろそろかな。
魔女っこは、あまり体力があるほうではない。
我慢強い性格をしているせいで頑張り屋さんなところがある分、倒れる限界まで頑張ってしまうのだ。
ドリュアデスの森に引っ越したばかりの頃も、無理して倒れてしまい、ドライアド様のお世話になったことがあったね。
「もう、無理……」
魔女っこは私の前まで走って来ると、その場で腰を下ろします。
蔓で魔女っこの頭をよしよししながら、部活のマネージャーになった気分で尋ねてみます。
「お疲れさま。喉乾いた? 私の蜜、飲む?」
「飲む……!」
魔女っこと木陰で休憩します。
なんだか、本当に部活のマネージャーになった気分。
「なんだ嬢ちゃん、もうへばったのか! オレはまだ全然大丈夫だぞ!」
「ルーフェは、休憩中なの。チャラ男一人で、走ってきたら?」
「おっ、名案だな! ちょっと走ってくるぜ!」
そう言い残し、チャラ男は森の奥へと走っていきました。
チャラいくせに体育会系って、あいつはどれだけうるさい男なのさ。
さてと。
邪魔者がいなくなり、魔女っこと二人きりになりました。
最近はいろいろと忙しくて、のんびりと魔女っこと過ごす時間がなかった。
「たまには、こういうのも、良いかもね」
森でお昼寝です。
そういえば私は、こういった生活を望んでいたんだ。
チャラ男のおかげっていうのは癪だけど、ちょっと幸せかも。
そのまま二人でお昼寝をして、目を覚ました時には夕方になっていました。
チャラ男はまだ戻ってこない。
魔女っこもいるし、悪いけどそろそろ帰りましょうか。
「ルーフェ、起きて。そろそろ、帰ろう」
「……アルラウネ。チャラ男は?」
「あいつのことは、忘れて。旅行の修行についても、忘れていいから」
「そういえば、チャラ男から気になる話を聞いた。忘れる前にアルラウネに教えておく」
どうせ、筋トレの仕方とか、どうでもいいことを教わったのでしょう。
それでも嬉々として私に話そうとしてくれる魔女っこに、水を差すことなんてしませんとも。
「なんか、チャラ男が変なことを言ってた……森に謎の原住民が住んでるって」
「……え、謎の原住民!?」
まったく想像していなかった話の内容に、私は驚きを隠せません。
森に住む謎の人物というと、私にとってはかなりタイムリーな話題です。
なにせ昨日、たき火と家の跡を見つけたばかりだったから。
「ちなみに、どんな原住民って言ってた?」
「うーん、なんか、金ピカだったって」
「金ピカ……」
「たぶん、あんな感じ」
魔女っこが、私の背後を指さします。
振り返ると、チャラ男が戻って来たところでした。
「おーい、帰ったぞ!」
チャラ男は自分の肩に、なにか人のようなものを担いでいました。
その謎の人物の髪の色は、ちょっとだけ金色に見えます。
「見ろよこれ! 森の原住民を捕まえたぞッ!」
ちょっと待って。
謎の原住民、チャラ男が捕まえちゃってるじゃん!
次回、森でチャラ男が捕まえてきた人が、私の知り合いだった件です。