272 アルラウネだけど王都に行っても平気ですか?
「パンディアさんと、一緒に、王都へ、ですか?」
「ワタクシはこれから、王都へ向かうのでございます。王都の守りは厳重ですが、万全ではありません。アルラウネさんも来てくれたら、心強いのでございますよ」
まさかのお誘いだね。
とはいえ、パンディアさんの気持ちは理解できる。
あのヘカテが魔女王を取り戻そうと王都を襲撃しようものなら、たちまち大混乱に陥ってしまうだろうからね。
闇の女神であるヘカテの力があれば、王都を破壊することも不可能ではないはず。
私が生まれ育ったあの美しい王都が、闇の女神によって蹂躙されるのは見たくない。
「それにアルラウネさんも、王都に興味がおありだったのではございませんか? なにやら地中で工作しているのは視えているのでございますよ」
私の体には、光魔法のオーラが流れている。
だから王都へと伸ばしている根っこの光を、パンディアさんは視認することができていたみたいです。
「別に、いますぐにどうこうしようと思っているわけではございません。アルラウネさんにはアルラウネさんの移動方法があるでしょう。ワタクシは先に行っているので、後から来てくれるだけでも嬉しいのでございます」
「それなら……考えないでも、ないかも」
このまま王都に出発するのは、さすがに急だからね。
これでもいまの私には、それなりに守るものができてしまっています。
アルラウネの森を、このまま放置することはできない。
行くにしても、準備が必要だ。
「あとこれは、友人としての忠告なのですが……」
言い辛そうな表情をしながら、パンディアさんは続けます。
「闇の女神であるヘカテは、ルーフェさんの体を依り代にすることに失敗いたしました。ですが、また憑依する可能性は高いのでございます」
「今回みたいに、ルーフェの意識が、またヘカテに奪われる、かもって、ことですか?」
「その通りでございます。ルーフェさんが魔女である以上、ヘカテの呪縛からは逃れられないのでございますよ」
それは安心できない情報だね。
いつ、またヘカテが魔女っこを狙うかわからない。
当分の間は、魔女っこから目を離さないほうが良いかも。
「それにヘカテは今回、本気を出してはいなかったのでございます。魔女王を助ける猶予が残されていないことから考えても、強硬手段を取ってくる可能性は高いのでございますよ」
「ちょっと、待ってください。ヘカテの力は、あんなもの、ではないという、ことですか?」
天使であるパンディアさんを圧倒していたあの力は、かなりの力だったはず。
それなのに、ヘカテがまだ本気を出していなかったなんて。
「ワタクシの見立てでは、ヘカテは本来の、十分の一も力を出せていなかったように感じられたのでございます」
「十分の一……」
どうりで、簡単に追い払えたわけだね。
さすがは女神様ってことなのかな。
理由は知らないけど、ヘカテが弱っていて助かったよ。
「ヘカテが依り代を欲している間は、本来の力を出すことはできないとワタクシどもは推測しております。それでも実の娘である魔女王を助けるためであれば、なりふり構わず王都を血の海にすることはあり得るのでございますよ」
ヘカテは人間のことを、排除するべき敵のように思っていました。
そんなヘカテが王都でなにをするかと考えるだけで、頭が痛い。
なにせその王都とは、私が生まれた愛すべき故郷なのだから……。
「こうしちゃ、いられないね」
王都には、守るべき人がたくさんいる。
イリスとしての家族、聖女見習いの後輩や仲間たち。
それに領主のマンフレートさんと皇姫フロイントリッヒェの結婚式だって、王都で開かれるはずだ。
あの二人の晴れの日を、邪魔させるわけにはいかないよね。
「もしもヘカテが、王都に現れたら、守り切れると、思いますか?」
「聖魔結界があるので、魔王軍相手であれば大丈夫なはずなのでございます。ですが闇の女神ヘカテ相手となると、完全に安全とは言い切れないのでございますよ」
だからこそ、王都に一緒に来てほしいと、パンディアさんは私に頼んでいるのでしょう。
天使であるパンディアさんが、お願いしてくるくらいです。
これはもしかすると、本当に王都が危険なのかもしれない。
「魔女王奪還のために、魔王軍が王都を襲撃する可能性がございます。ワタクシは万が一の時のために、魔王軍を待ち受けるため王都に行くことになっているのでございます」
その魔王軍と一緒に、ヘカテが現れる可能性が高いらしいです。
魔王軍も気になるけど、私にとっての最大の問題は、魔女っこについてだ。
もしもヘカテがまたルーフェを依り代にするつもりだとしたら、なにか対策を考えなければいけないかも。
少なくとも、魔女っこから目を離さないほうが良さそうだね。
「そしてアルラウネさんには、ひとつ謝らないといけないことがあるのでございます。ヘカテや魔王軍がガルデーニア王国の王都を狙うのは、ワタクシたちが原因なのでございます」
「……どういう、ことですか?」
「すべては、教会が計画した、作戦だったのでございますよ」
魔女王を捕まえて、魔王軍をおびき寄せる。
それがミュルテ聖光国の計画だったと、パンディアさんは語ってくれました。
「アルラウネさんが魔女王を討ったことで、教会は攻勢に回ることができたのでございます。弱った魔女王を餌に、魔王軍の一部をガルデーニア王国の王都へとおびき寄せるつもりなのでございます」
「でもそれじゃ、王都の民は、どうなるんですか?」
「犠牲は付き物なのでございます。これまでの戦でも、そうだったのでございます」
悔しそうなパンディアさんの顔を見て、悟ります。
天使であるパンディアさんは、人々が傷つくのを許せないのだと。
「魔女王が王都で拘束されているという情報が、いずれ魔王軍側へと流される手はずになっているのでございます。それまで王都は安全ですが、その後はどうなるかわからないのでございます」
この作戦は、パンディアさんが計画したものではなさそうだね。
だとしたら、こんな作戦を考えたのは誰なんだろう。
天使よりも偉い人……女神様は人々を愛しているはずだから、きっとそんな計画は立てないはず。
それに女神様がいちいち、人間の争いごとに口を出すのも想像できない。
魔王軍と人間の戦いにヘカテが参戦していないのも、その良い証拠です。
となると、私が思いつく候補は二人。
教会を動かしている表のトップである教皇、そして裏のトップである “女神の巫女様”のどちらかだ。
だけど、天使であるパンディアさんのように、私が知らない実力者が他にも隠れているかもしれない。
断定するのは良くないけど、警戒する必要はあるかもしれないね。
少なくともミュルテ聖光国にいる誰かが、ガルデーニア王国がどうなったとしても、魔王軍と魔女王さえ排除できればそれで良いと思っているのでしょう。
私の故郷を、戦場にしても良いと思っているのだ。
──そんなこと、許せない!
「パンディアさん……私の正体が、イリスであることは、内緒にして、くださいね」
「ということは、来てくださるのでございますか?」
「はい、決めました」
この決断は、簡単なものではありません。
イリスである私が死んでから、もう6年近くが経過している。
アルラウネとして私が目覚めてからも、3年が経った。
その間、なるべく王都へは目を向けないようにしていました。
王都にはイリスの家族だけでなく、聖女イリス時代の知り合いがたくさんいるから。
特に、私を裏切ったあの二人がいる……。
だけど、そろそろ目を背けるのを辞めても良い時期かもしれない。
アルラウネになったばかりの頃の私であれば、モンスターになってしまった自分のことを受け入れることができずに、怖くて森に隠れていたいと思っていたかもしれない。
でも、いまは違う。
いまの私には、信頼できる仲間がたくさんいる。
森で一緒に暮らす、家族がいる!
だから、もう恐れることはない。
「私も王都に、行きます」
魔女王を助けたい、ヘカテと魔王軍。
この機会を利用して魔王軍の力を削ぎたい、ミュルテ聖光国とセレネ教会。
それぞれの思惑が、王都で絡み合おうとしている。
でも、警戒するのは、それだけじゃない。
グランツ帝国の皇太子妃は、魔女だった。
魔女王を奪還するために、帝国が介入してくる可能性だってあるよね。
魔王軍と魔女だけでも手一杯なのに、帝国まで攻め込んできたら、いまのガルデーニア王国では耐えられるとは思えない。
幸い、魔女王は私の支配下にいます。
私であれば、この争いを止められるかもしれない。
──ちょうど良い機会かもしれません。
聖女イリスが死んだあとの、王都がどうなったか。
それをこの目で、確かめに行くとしましょうか!
次回、魔女っこ、はじめての旅行計画です。